第20章 ── 幕間 ── 王都マツナエ、オエド城にて
「それで……南で上がった咆哮の件について調べは付いたか?」
フソウ中央政府、俗に「バクフウ」と呼ばれるオエド城の執務室で筆頭老中タケイ・マサノブが忍に報告を促した。
「それが……古代竜様を従えた救世主が再来し、彼の地を平定したという情報が回ってきています」
タケイが忍にギロリと目を向けた。
忍集団「オニワバン」の頭領モギ・フウサイは跪いたまま下げている頭にチリチリとした感覚を覚える。
タケイの威圧スキルがフウサイを更に萎縮させているのだ。
「失礼致します!」
突然、シュッと姿を現した新たな忍が慌てたように口を開く。
「何事か!?」
タケイの気を削がれ、フウサイを縛っていた威圧効果が無くなり、フウサイは何とか息を吸い込むことができた。
「お話し中の所、申し訳ありませんが、火急の報せをお届けに参上仕りました!」
「火急の報せだと? 何が起きた?」
「はっ! キノワ城下にて代官ワジマが盗賊団を組織し、街道にて人々を襲い、金品を強奪していたことが判明しました! これには奉行所役人が幾人か関わっていました!」
「何だと……!?」
タケイの眼の前が真っ暗になる。
そもそも、ワジマの登用を上様であるトクシマ・ノブナリに進言したのは、タケイその人であった。
「それで、ワジマの企みは市中に露見したのか!?」
「はっ! キノワ奉行所にて全ての賊は捕らえられました! 代官ワジマは屋敷にて
タケイは思考を必死で巡らす。
ワジマが悪事を働き、事は既に露見しているとなると……
奉行のトキワは機先を制し、通常なら隠すべき不祥事を露見させる事で自らの身を守る奇策に出た。民衆はトキワを喝采で称えるに違いない。
ワジマをタケイ自身が推挙した手前、このままでは筆頭老中の地位を狙う他の者たちに付け入る隙を与えることになる。
「奉行のトキワのその後の動きは?」
「はっ。賊は即日に斬首、獄門。賊に関係した同心は入牢。苛烈な取り調べを行っています」
当然の行動だ。配下の者まで関わっていたとしたら、苛烈に扱うことで自らの潔白を証明しようとしているのだ。トキワめ、やはり頭が切れる男だったか。
「そのトキワ様ですが」
「トキワがどうした?」
「はっ。何やら冒険者を雇って事に当たらせたらしいと聞いております。その冒険者が全てを解決したとか」
「冒険者だと?」
タケイは再び思考を巡らす。フソウでいう所の冒険者は、上様が自ら組織した秘密組織だ。フソウ内のみでなく、他国にまで足を運び、地域の安寧を担う特殊部隊。
幼少の頃、救世主シンノスケの物語がお気に入りだった上様のお遊びのような組織だったが、今では国内の暴かれざる不正を正す事すらやっている。
「その冒険者の素性は?」
「潜入させていた者によれば、クサナギ・ケントなる者を頭領とした五人組だと報告してきています」
特殊部隊としての冒険者のチームは、四~六人ほどの集団で行動する事が基本だと聞いている。
間違いなく、隠密部隊だ。しかし、タケイの記憶には「クサナギ」などという姓の冒険者は聞いたことがない。
「モギ。その方、クサナギと名乗る冒険者に心当たりはあるか?」
「クサナギ……さて、私めの記憶には……あっ!」
突然、フウサイが何かに気づいたように大きな声を上げた。
「何だ!? 何か心当たりがあるのか!?」
「取るに足らぬ情報だと思い、読み飛ばした物の中にクサナギという名前を見た気が……」
タケイのこめかみに青筋が立つ。
「その情報を今すぐ、この場に持ってまいれ! 事は一刻を争う!」
「はっ!」
フウサイが素早く姿を消し、タケイはイライラした顔でフウサイがいた場所を睨んでいた。
「他に解っている事は?」
「はっ! 俄には信じられない話ですが、見たこともない術を使う忍が目撃されたようです」
「見たこともない術だと?」
「はっ、闇から突然現れ、影に沈み消えていったと。そのような術は、我々オニワバンの者でも使えるものはおりません」
「モギにもか?」
「無理だと思われます」
その忍がクサナギという冒険者と関わりがある可能性は非常に高いとタケイは判断する。
やはり隠密部隊に違いない。そうであれば、自分とワジマの関係から、自分自身が調査対象にされかねない。
自分自身に不正や咎は身に覚えのない事だが、隠密に睨まれたなどという噂が立とうものなら、筆頭老中の地位は確実に失うことになる。
筆頭老中は潔白にして清廉である事が望まれるのだ。
廊下をひた走りながらモギは焦りを感じていた。まさかあの情報がそれほどの重要性を帯びていようとは。
モギが一週間ほど前に受け取った報告に、タケノツカ村に現れた冒険者の情報があった。
その冒険者は外国からやってきたという話で、村の人々に古い時代に廃れたという料理を振る舞ったという。
たったそれだけの話だったが、タケイの反応やキノワ城下に放っていた配下の報告などを総合的に考えてみると、蛮族どもの南の地に現れたと報告が来ている救世主との関係も否定できない。
本物の救世主が現れたのであれば、フソウ竜王国建国以来の大事件となる。
救世主が姿を消してからフソウは様々な外敵から国を守るため、富国強兵に努めてきた。
そして、様々な試行錯誤により忍部隊を組織し、自国内だけでなく他国の情報を集め、軍事に活かしてきた。
救世主が現れたら世は完全に平定されることになる。そうなればモギが率いる忍部隊は用無しになってしまうかもしれない。
例の咆哮がフソウにまで轟いた時、他の国では国王と呼ばれる地位にある上様が、咆哮の正体を調べるように下命したため、モギは配下を急遽、蛮族の地に派遣することになった。
上がってきた報告は信じられないような話だった。救世主が古代竜を従えて蛮族どもを平定したというモノだった。
この情報の真実味が否応無しに高まってきているとモギは感じ始めていた。
自分の執務室に飛び込んだモギは、報告書の山に飛びつき、引っ掻き回した。
「ない! ない! どこだ!?」
自分はあの報告書を読んだ後にどこに置いた!?
半狂乱に探し回るモギの目にゴミ箱が映った。
今度は、ゴミ箱に取り付いて中を引っ掻き回す。
必死に引っ掻き回していると、ゴミ箱の一番奥にクシャクシャになった書類を見つけた。
その書類を掴み上げ、慌てて広げてみる。
「これだ……危うく燃やされてしまう所であった……」
モギは
タケイは忍に詳しい情報をせがむ。
「そのクサナギという冒険者の詳しい情報は解っておるのだろうな?」
「クサナギ・ケントなる冒険者はキノワ城下に入る前に盗賊団に襲われ、一五人を排除、五人を捕らえたそうです」
「たった五人でか?」
「そのようです」
物凄い腕前だ。隠密でも相当なものだ。
「それから?」
「キノワ城下に入った後は長屋を借り受け、何やら鍛冶屋のような事をしていたという話です」
「鍛冶屋……? 冒険者がか?」
「報告にはそうにあります」
訳がわからない。隠密は基本的に戦闘に特化した究極部隊だ。鍛冶の技など覚える暇すらないはずだ。それが鍛冶だと?
「タケイ様! お持ち致しました!」
「うむ。見せてみろ」
タケイはモギから報告書を引ったくると貪るように読んだ。
「何だこれは……板前のマネ事……それも天ぷらとな!?」
天ぷらは元日に上様のみが食す事を許された伝説の料理だ。かの救世主が伝えた最上級の料理なのだ。
それを先程のキノワ城下の報告にあったクサナギ・ケントなる冒険者が民衆に振る舞ったと書いてある。
タケイは自分の執務机にしがみつき、荒い息を整えようと必死に息を吸い込んだ。
「モギ! この冒険者をこのマツナエの地……オエド城まで連れてまいれ!」
「となると……クサナギという者は……」
「間違いない! この者は……いや、この御方は救世主様だ!」
「なんと! 救世主様が……八〇〇年ぶりにお戻りになられたと!?」
タケイは鋭い視線をモギに向ける。
「いいな! 決して失礼のないようにお連れしろ! 私は上様にご報告せねばならぬ! いいな!
「はっ! この命に変えましても必ず!」
モギだけでなく、キノワの報告にきた忍も一緒に部屋から出ていった。
とうとうこの時が来たのだ。この救世主が最初に現れたフソウに救世主様が再降臨なされたのだ。
この地を太古の昔から守護する古代竜ヤマタノオロチ様と対話できる者が、やっと見つかった!
これで北の地、姉妹国であるトラリア王国の問題が解決できるやもしれない。そうなればタケイの地位は安泰だ。
その為にもモギに頑張ってもらわねばなるまい。今までモギの率いるオニワバンは期待を裏切ったことはない。
震える足を強引に動かし、オエド城の最上階「天主の間」にタケイは必死に向かった。
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