第20章 ── 第20話
「いいですか、行きますよ?」
いきなり国王に運転させるのは非常に危険なので、まず自動車がどういうものなのかを理解させるために、俺が操縦して見せる事にした。
国王は助手席、フンボルトは後部座席だ。
エンジンを始動させるとリカルドの興奮は最高潮に達する。
「なんという鼓動。まるで生きているようだ!」
ゆっくりとアクセルを踏んでエンジンの回転を上げる。スライド・スイッチを少しずつ上昇方向にスライドさせる。
フワリと車体が空中に浮いた。
「おお、浮いたぞ!」
窓から下を見た国王が嬉しげに叫ぶ。フンボルトは何やら神に祈っているようでブツブツと言ってる。
「それでは王都の上空を一周りしてみますよ」
俺はある程度まで上昇させた後、スライドバーを戻してアクセルを踏み込んだ。
軽快に速度を上げる飛行自動車は、風を切りながら王都上空を進んだ。
ハンドルを切ると自動的に車体が斜めになりながら旋回する。
「凄いぞ! 街があんなに小さく見える!」
現在、およそ高度三〇〇〇メートル。城も街もミニチュアサイズに見えるのは当たり前だ。
「どうです? これが飛行自動車です」
「これは凄い! 何という浮遊感! 何という開放感!」
どうやらお気に召したようだね。フンボルトは高い所は苦手みたい。さっきからずっと座席の手すりにしがみついてブツブツと
三〇分ほど飛び回った後、自動車を元の中庭に慎重に着陸させる。
「操縦はそれほど難しくはありませんが、結構な速度が出ますし安全に使ってください。こちらが操縦用のマニュアル……説明書になります」
俺は用意しておいた操縦マニュアルをフンボルトと国王に渡す。紙の束といって良いほど厚いので、覚えるのは大変だろう。
一応、国王への献上品なのでリミッターは掛けておいた。
高度は一〇〇〇〇メートルまで、速度は一〇〇キロメートルまで。オープンカー状態だと高度は一〇〇〇メートルまでとした。寒さで死なれても困るし、エアコン装置は付いているけど限度があるからね。
「クサナギ辺境伯、感謝するぞ。この世界のどの国の王であっても、これほどの逸品を持っている者はおるまい」
「そうでしょうね。でも、これから、また二台作ることになります」
「そうなのか?」
「ええ。これを作るきっかけになったのは実のところ空飛ぶ魔法道具の作成を依頼された事だったんです。でも、一号機は国王陛下に献上しようと思い、これを最初に作りました」
それを聞いた国王は少し残念そうでもあったが、世界初の第一号機の持ち主という称号には満足したようだ。
「なるほど。その名誉を余に与えてくれた事、大いに感謝するぞ!」
「もちろん、二台のうち一台は俺自身のために作る予定ですが、もう一台はルクセイド領王国の金持ち商人に納品する事になります」
「ああ、聞いている。ルクセイドという国と通商条約を結ぶことになったのだったな」
「はい。グリフォン騎士が治める国です」
フンボルトが蒼白な顔ながら国王に情報を話している。
「そのグリフォン騎士と、この飛行自動車で空を飛んだら壮観であろうな」
「確かに。国の威信を示す事にもなるやもしれません」
フンボルトは賛成なのか? まあ、脳内でイメージすると面白い図ではあるが。実現するかどうかは国同士の良好な関係、それと自動車操縦の腕次第だろう。
午後も夕方近くになってフソウ竜王国に戻った。
長屋の裏庭に開いた
俺が留守にしていると聞いて、この長屋の家事を手伝いに来ていたらしい。
「驚かして済みませんね。ちょっとした魔法ですよ」
「はぁ……魔法だったんですね。何か妖怪でも出てきたのかと……」
妖怪か。本当にいるなら是非見てみたいものだが。
夕食の準備を始めた頃、マリスたちも帰宅した。
「遅かったな。用事は終わったか?」
「ああ、国王が大喜びしてたよ」
買い物から帰ってきたトリシアは手に入れた
「マリスは今日、何してきたんだ?」
「土塁の向こうまで探検してきたのじゃ。最近、街の東側に謎の巨大生物が現れていると噂での」
「子供たちとか?」
「我がいれば問題なかろう。アナベルも一緒だったしのう」
「ふむ。それなら安心か」
この二人のタッグを打ち破れる魔獣は中々いないだろうからな。東の巨大生物か。少し気になるな。
「ハリスは?」
「俺は……鍛錬だ……」
また新しい忍術でも考えてたのだろうか? すでに相当な腕前だろうにな。
夕食を食べつつ、今後の予定を話し合う。
「用事も片付いたし、そろそろアキヌマへと出発するぞ」
俺がそう言うと、トリシアが反応する。
「アキヌマか。噂では見渡す限り黄金の稲穂らしいぞ。地平線までずっと広がっている様は絶景だろうな」
「全部米なのかや?」
「そうらしい」
どれほど作ってんだ? 主要輸出品とは聞いてはいたが。俺がそれなりに買い入れても問題なさそうな感じだな。
「ご飯の心配が無くなりますね」
「そうだな。米がない生活なんて俺には考えられないからな」
現実世界にいた頃、海外生活で米のない生活を何ヶ月かしてみたが、結構精神に来るんだよ。俺には耐えられない。
「明日、近所に挨拶回りをしてから、出発だ。マップによれば、ここから北へ一週間ほどのあたりらしい」
キノワからアキヌマまでおよそ三〇〇キロメートル。一日四〇キロほど歩けばいい計算だ。俺たちの脚力なら何の問題もない。
「そうそう。途中の山岳地帯が温泉地らしいぞ?」
「温泉とは何だ?」
あれ? 温泉しらない?
「温泉は温かいお湯が湧き出している所だな。お風呂として使うんだ。成分に色々な効能があったりするんだよ」
「成分? 効能?」
「美肌とか、怪我の治りが早まったり、疲れが癒えたりするんだよ」
アナベルが突然立ち上がる。
「神の泉のことですか!?」
「何だそれ?」
「神の泉は神力が宿った湧き水の事です! 神々とカリスの戦いの後、神々が疲れを癒やしたと伝承されています!」
そんな代物があるのか。てか疲れを癒やしたって温泉の事じゃねえのか?
「神の泉は時々発見されるのですが、お風呂に使えるほどの量が出るというのは聞いたことがありません」
ふむ。東側には山は多いが火山は少ないからなぁ。火山地帯じゃないと温泉は出ないよね?
「その山岳地帯は火山帯らしいからな。温泉も湧くさ」
「神の泉……楽しみなのです!」
その温泉のある宿場町は「ツクサ温泉郷」という。マップ画面にそうラベルがあるんで間違いないだろう。クサツのアナグラムですかねぇ。
アナベルが大変嬉しそうなので、二~三日滞在してもいいかもね。混浴とかあったりして!
湯けむり温泉ポロリもあるよ的なキャッチフレーズが頭に浮かんだが、そんなお色気展開を期待しても裏切られる気がするので期待しないでおこう。
翌日、朝から挨拶回りをする。
長屋のソウエモンや子供の母親たち、タカスギさんのお宅にも挨拶回りをしておく。それと町役人のアサカさんには俺の買った地域の管理と運営をしっかりと頼んでおく。
一応、挨拶回りはこのくらいで良いだろう。
長屋の戸締まりをしてから出発する。そのうちこの長屋に子供たちが通い始めるはずだ。
「よーし、出発するぞ」
「おうさ」
「出発なのです!」
トリシアとアナベルが歩き出した俺とハリスの後に続く。
「今行くのじゃ」
少し淋しげにマリスが長屋を見ていたが、直ぐに走り出して俺たちに追いついた。
「なかなか面白かったのう」
「色々あったからな」
「マリスちゃんは子供たちと仲良くなったですからね。毎日楽しく遊びました」
そういうアナベルも一緒に遊んでたじゃんか。
「大丈夫じゃ。遊びたかったらいつでも飛んでこれるじゃろ?」
「ドラゴンの姿で飛んでくるなよ。俺に言えば
「その時は頼むのじゃぞ?」
「ああ、任せとけ」
町の東側、キノワ城下と土塁の東側を分ける関所まで来た時、長屋の人々と子供たちがいるのに気づいた。
「クサナギ様、お見送りをさせて頂きます」
ソウエモンが代表して口を開いた。
「様」? この前まで「殿」だった気がするんだが。
「見送りなんてよかったのに。でも嬉しいですよ」
ソウエモンの隣には病気が治った奥さんが立っている。なかなかの和風美人だ。
「また、お戻り頂けますでしょうか?」
「そのうちね。様子を見に定期的に来るつもりだよ」
「お待ちしております、救世主様」
ソウエモンが深々と頭を下げると、大人も含め、子供たちも頭を下げる。
「は? 救世主? いや、俺はただの冒険者ですよ。救世主はシンノスケでしょう」
「いえ、クサナギ様は救世主様の生まれ変わりでしょう。ニホンという場所から来た冒険者。下々の者のために尽力を惜しまない。我々の伝承通りでございました」
そんな大それた事はしていないが? 少々、金を出したのと子供にご飯食べさせただけだ。彼らにはそれしかしてない。
「まあ、俺は救世主じゃないよ。俺はケント、ただの冒険者さ」
俺はそう言って手を振りながら彼らの前を通り過ぎる。
「照れておるのじゃ」
「照れケントは萌えるからな」
「可愛いのです」
そんな女性陣の言いたい放題を無視して関所を東に出る。
関所の道は東へ続く街道と北へ続く街道に分かれている。ここを北へ向かえばアキヌマ方面だ。まずは温泉地ツクサを目指す。
新たな冒険に向けて俺は気合を入れた。
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