第20章 ── 第19話

 鍛冶部屋の前まで来ると、トンテンカンと鍛冶をする音が聞こえる。

 扉を開けると、熱気とともに一心不乱にハンマーを振り下ろすマストールが見えた。


「おい。マストール。ちょっと作業をやめろ」


 聞こえているのか聞こえていないのか、マストールに行動の変化はない。


「おい! マストール!!」


 俺が大声を出してようやくハンマーを振る手が止まった。


「なんじゃ! 騒々しい! 仕事中なのが見て判らんのか!」

「相変わらず熱心だな。それはそうと、頼みがあって来たんだよ」


 俺がそういうとマストールがようやく顔を上げた。


「そのガキは何じゃ?」

「ああ、頼みはこれね。弟子にしてやってくれないか?」

「弟子だと?」


 マストールは立ち上がると俺とマタハチの場所までやってくる。マタハチは緊張してカチンコチンだ。


「ふん。ひねたガキじゃな。使い物になるんじゃろうな?」

「鍛冶の経験はないし、スキルもないな。まだ八歳だぞ?」

「使い物にならんヤツを連れて来おったのか?」


 マストールが呆れたような顔をする。


「いや、こいつはユニーク持ちでな。お前の教育次第でいかようにもなるぞ?」

「ユニーク? それは何じゃ?」


 ああ、マストールはユニーク・スキルを知らなかったっけ。特殊能力というべきかな。


「こいつの特殊能力『ノービス』は師匠次第ですごい成長を遂げるんだよ。マストールは一流だからな。任せたら凄い逸材になりそうだと思うんだよ」


 マストールはさらにマタハチをジロジロと観察する。


「ま、お前さんの頼みじゃ、弟子にしてやるかの」

「それは助かるね。キッチリ仕込んでやってくれ」


 俺がそこまで言うと、マタハチがガバッと頭を下げた。


「師匠! よろしくお願いします!!」

「何語じゃ? 意味は解らんが、よろしくとか言っておるのじゃろ? じゃが、ワシは優しくないぞ」

「マタハチです! お世話になります!」

「意味は解らぬが威勢だけは良いようじゃ。しごき甲斐がありそうじゃな。よし、こっちへこい」


 マストールが指をクイクイとやってマタハチを連れて鍛冶道具の棚まで行く。マタハチが来ると通じない東方語で道具の説明などを始めたようだ。

 ま、道具の名前を知らないと、マストールに言われても道具を持ってくることもできないからな。


 あとはマストールに任せておき、俺は研究室を覗いてみる。


 やはりフィルが実験を繰り返していた。


「フィル、寝てるか?」


 俺が声を掛けるとフィルが飛び上がるように反応した。


「領主閣下! 出来ました! 出来たんです!!」


 フィルの興奮ぶりがかなり異様で俺は少し引いてしまった。


「な、何が出来たって?」

「じょ、上級回復薬ができたんですよ!」


 は? この前、試薬ができそうって話じゃなかったっけ?


「え? 試薬は?」

「試薬は試薬でございますよ。今は上級薬です!」

「そうなの? って、出来たって事は……」

「はい! 見てください! これです!」


 フィルが手をサッととあるビーカーを指し示す。


 それは赤い液体が入ったもので、HP回復ポーションの色と同じだった。


「ほうほう。少々失礼してと。物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクト


 魔法が掛かると俺の頭の中にアイテムの情報が流れ込んできた。


 おお、間違いなく上級HP回復ポーションだ。


「でかした! よく作れたな!」


 俺が喜びにニッコリするとフィルが満足げに微笑んだ。


「きっかけは簡単でした。ポーションには三つの種類があります。それぞれが全く別の手順で醸成され作られるものでしたが、各ポーションの効果は対象こそ違いますが、効果は同様です」


 そこから、フィルの物凄い長い錬金講義が続く。おかげで錬金術スキルのレベルが上がったほどだ。


 朝方まで続いたせいで寝そびれた。廊下に出るとマタハチが疲れ果てた顔で歩いてくる所だった。


「おっちゃん……鍛冶ってスゲェ…………疲れる…………」

「おっちゃんじゃねぇ……」


 俺も怒鳴る元気もないや。


 俺の前まで来て崩れ落ちたマタハチを抱き上げて屋敷に戻る。


「旦那さま。だいぶお疲れのようですが……」

「ああ、少々疲れたね。マタハチを頼むよ。俺は王様に会いに行く」

「左様でございますか。行ってらっしゃいませ」


 俺は風呂に入ってから貴族服に着替え、転移門で王都の別邸へと移動する。


 以前、領地持ちの貴族は王都に別邸を構えているものだと聞いて購入した屋敷だ。

 一〇人ほど雇って管理や掃除、修繕などをしてもらっているので、貴族としての体面は保てているだろう。


 俺はスレイプニルを取り出して王城へと向かった。


 王城前で近衛兵に誰何すいかされたが、名乗るとすんなりと城内へと案内される。ま、俺は王国の貴族社会では結構な有名人になってしまったからね。


 メイドの一人に案内されて、まずは宰相閣下フンボルト侯爵と面談する。


「よく来てくれたクサナギ辺境伯殿」

「ご無沙汰でした宰相閣下」

「旅の方はどうかね?」

「今は最西端にあるフソウ竜王国という場所にいます。俺の故郷に似た場所で感慨深いですね」


 フンボルトは興味深げだ。


「竜王国というと竜と関係があるのかね?」

「さあ……よく解りませんが、竜を信奉しているらしいですね」

「竜といえば破壊と殺戮の権化のはずなのだが……古の魔神にも匹敵する脅威だ」


 フンボルトも魔神については少しは知っているようだねぇ。


「その魔神ですが、そのフソウ竜王国あたりで転生したプレイヤーだそうです」


 フンボルトの顔色が変わる。


「西方諸国では魔神は救世主と呼ばれ、様々な善行を施しました。それを東側の軍勢が破壊して回った。これが西側と東側が隔絶した理由の一つですね」

「そ、そんな事が……」

「で、プレイヤーの怒りを買って大陸の東側は地獄と化したと。隠された歴史の謎がコレのようですね」


 フンボルトは顔面蒼白ながら口を開いた。


「この話は他言無用に願いますぞ、クサナギ辺境伯殿……」

「もちろんですよ。王家の秘密ですからね」


 フンボルトも王様の右腕ながらある程度、魔神だったプレイヤーの情報は知っているだろうし、それをプレイヤーの俺に知られた事が驚異に繋がる可能性を少なからず考えたかもしれない。


「言っときますが、過去に現れたプレイヤーに過去の人間が何をしたなんてのはそれほど興味はありません。既にその報いを東側の人間は受けているんですしね。俺としては今、自分自身がどう処遇されているかが重要なので」

「も、もちろんだ。辺境伯殿は与えた地位以上の実績を示してくれている。国王陛下も非常に満足されている」


 ああ、そうそう。忘れるところだった。


「ところで……今日、国王陛下とお会いできますか? 献上したい品をお持ちしたのですが」


 国王陛下と会いたいと言った瞬間、少しフンボルトが不安げな顔になったが、献上品と聞いて安堵の色を見せた。


「今度はいかような献上品を用意したのかね?」

「俺が作った魔法道具ですが……ちょっと面白いですよ」


 俺はニヤリと笑ってインベントリ・バッグを叩いた。


「それは興味深い。私も同席して良いかね?」

「もちろんです。これを渡した後の国王陛下の手綱をしっかりフンボルト閣下に握ってもらわねばなりませんからね」


 国王に騎乗ゴーレムを献上してから、フンボルトが少なからず苦労していたのを俺は知っているからね。


「また、苦労のタネになりそうなものなのかね……」


 額に手を当ててフンボルトが嘆息気味に息を吐いた。


「まあ、そうなるかも知れませんね」


 俺は苦笑を禁じ得ない。



 俺は城の中庭に待機していた。フンボルトに国王陛下をお連れするように頼んだからだ。

 王の執務室で例のモノを出す訳にはいかないので、広い中庭にお越し願ったわけだ。


 しばらくして少し不安げなフンボルトと随分と陽気なリカルドが中庭までやってきた。


「おお、クサナギ辺境伯。こんなところで謁見とは初めての趣向だぞ」

「国王陛下、ご健勝そうで何よりです。本日は俺が開発した新たなる魔法道具の一号機を献上したく思い、参上致しました」


 リカルドは嬉しさを隠しつつ、威厳を保ったまま頷いてみせた。


「堅苦しいのはこれくらいで良いだろう。さあ、見せてくれぬか?」


 もう、我慢の限界といったリカルドは俺をき立ててた。


「では、御覧ください。これが新開発の飛行自動車です」


 俺はインベントリ・バッグから空飛ぶ車を中庭に出した。


「おお? これは……」

「馬車……でしょうか?」


 出されたものが結構な大きさで、車輪がついているのが確認できるが、国王にもフンボルトにも何の機械なのか解らない。


「辺境伯殿、これは一体何に使う物かね?」


 フンボルトが質問してきたが、国王はというと車体のアチコチを眺めたり触ってみたりと質問することすら忘れている。


「これは自動車というものです。馬は必要なく、物も人も運べるものです」

「自動車……自動的に動くということはゴーレムか?」


 俺の言葉が耳に入った国王がクルリと振り向いた。


「いえ、動かすには自分で操作する必要があります」


 そう俺が言うと、国王は少々残念そうな顔になる。


「そうか。自動では動いてくれぬか……」

「ご安心ください。この自動車、それだけではありません」


 そう言った途端、物凄い勢いで国王は再び俺の方に顔を向けた。


「何!? 何かもっと凄い仕掛けがあるのだな!? 期待を裏切らぬとはさすがは辺境伯!」

「で、それ以外には何が?」


 国王の狂乱ぶりに比例してフンボルトは不安が増すばかりといった感じ。


「この自動車は、空を飛べます」


 国王の歓喜が臨界点を突破した。


「自由に飛べるというのか!? 自分の思うがままに!?」

「まあ、自由に飛ばせるためには、それなりの練度が必要になるとは思いますが、訓練を積めばそうなります」


 リカルドがフンボルトに向き直る。


「聞いたかロゲール! 人が空を飛ぶ……魔法も使わずにだぞ!?」

「道具は使うようですが……それでも信じられませんね」


 魔法を使わねば、通常飛ぶことが出来ない人類にとって、空を飛ぶというのはやはり夢のような事なのだ。


 魔法によって空を飛ぶにも制限があり、ある程度の高さまでしか飛行はできない。

 しかし、この飛行自動車は大気圏内ならどこまでも上昇が可能だ。そのための安全機構は備えさせてあるからね。

 大空はドラゴン種やロック鳥、グリフォンなどの力強き存在が支配する場所で、人類の支配は遠く及んでいないのだ。国王が喜ぶのも無理はないのかもしれないね。

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