第20章 ── 第18話

 夜飯の準備をしていると、マタハチが父親と母親を意気揚々と連れて訪ねてきた。


「おっちゃん!」

「おっちゃんじゃねぇ! 何度言えば解るんだマタハチ!」


 マタハチが俺にまとわり付いているのをヒヤヒヤした感じで眺めているマタハチの両親。


「も、申し訳ねぇ。新しい大家様にバカ息子が……」


 マタハチの父親がオロオロとしながら土下座をし、母親も同じように地べたに座り込んで頭を下げ始める。


「ああ、構いませんよ。子供は元気なのが一番だし」


 俺は二人を無理やり立ち上がらせる。


「オレはマタキチと申します。大家様にマタハチが無理なお願いをしているそうで……」

「ああ、鍛冶屋の弟子にしてくれという話ですね」

「へぇ。そんな夢みたいな話をマタハチに聞きまして、父親と母親の許しを貰ってこいと言われたと……」


 恐る恐るといった感じの父親に俺は頷いてやる。


「言いましたよ。ご両親のお許しがあるなら、俺の師匠に会わせてやってもいいかと思いましてね」

「こんなバカ息子が鍛冶屋などになれるとも思えないのですが……」


 うーむ。被支配者層は自分らを卑下しすぎだなぁ。人間の可能性に支配者の子供か、そうでないかなど関係ないんだが。


「マタハチには才能があるかもしれません。彼には珍しい能力があることが判明しましたから」

「珍しい能力?」

「これはユニーク・スキルという代物でしてね。ティエルローゼの住人には珍しいものです」


 俺はマタハチのユニーク・スキル「ノービス」の事を両親に説明してやる。


「マタハチは師匠次第で腕のいいどんな職人にもなれる才能があるんです。おわかりですか?」

「といいますと、鍛冶屋に弟子入りすると鍛冶屋になれるというわけですか」

「端的に言えばそうなります。ただ、師匠の腕も重要になりますので、一流の師匠に師事させるのが肝要ですが」

「しかし、弟子入りとなると結構な銭が必要に……」


 あー、貧乏だもんなぁ。マタハチの父親は俗に「棒手振り」と呼ばれる歩き行商を生業にしている。一日の利益は黄銅貨一枚にも満たないらしい。これで一家三人で暮らしているのだから大変だ。


「金は必要ありません。息子さんを預かる以上、食も住いも全てこちら持ちですよ。もちろん賃金は払います。ただ……」

「ただ?」


 マタキチが不安そうな顔になる。


「俺の師匠筋の元で職人となるなら、それなりのスパルタ教育は覚悟してもらいますよ」


 俺は苦笑気味にぶっきら棒なマストールを思い出す。マストールは教えるって感じじゃないからな。見て盗め的な感じだよ。


「スパルタってなんでしょう?」

「ああ、修行は厳しいものになるという意味です」


 父親のマタキチが納得したように頷いた。


「では、オレたちがお頼みすれば、マタハチはお弟子にしてもらえるということでよろしいのでしょうか?」

「そうなりますね」

「よろしくお願いします!」


 マタキチが深々と頭を下げると、母親も倣って頭を下げた。


「息子さんを遠くの外国に行かせても良いんですか?」

「オレは、しがない野菜売りです。一日いくら働いったって大して稼げるわけでもねぇ……カカァにも息子にもロクに食わせてもやれねぇ……そんな思いを息子にさせたいとは思いやせん」

「あたしもそう思います。腹を減らした息子に食べさせられないのは心苦しくて」


 要はそういう事だろう。手元に置いて空腹にさせるより、例え離れていても腹いっぱい食べられる生活。自分の息子にはそういう人生を送ってほしいということか。


 俺の父親や母親と比べたら雲泥の差だな。俺は愛情の欠片すら感じなかったからな。マタハチが羨ましい限りだねぇ。


 その後、色々と話を聞いてみると、マタハチはこの夫婦の八人目の子供らしい。先の七人は死産や病気などで死んでしまったという。

 なのでマタハチだけは立派な大人に育って欲しいと思っていたそうだ。

 今回の機会は渡りに船といった感じで、出来ることならマタハチを世話して欲しいと思ったと。


「解りました。それでは息子さんはお預かりしましょう。今夜にでも師匠の元に送り届けます」

「今夜ですか? 外国ではないので? この近くにそんな腕の良い鍛冶屋の師匠がいるとは聞いたことありませんが……」

「ああ、歩いていったら、半年くらい掛かる場所なので。魔法で送りますから、距離は何の問題ありません」


 俺がそういうと父親も母親もビックリしすぎて腰を抜かしそうになった。



 マタハチの両親が帰っていくと、奥の座敷からマリスが顔を出した。

 トリシアやアナベル、ハリスは旅が近いので武具の手入れをしているようだ。


「話は終わったかや?」

「ああ、終わったぞ。マタハチはマストールに預けるつもりだ」

「マストールなら間違いなしじゃな!」

「マストールの腕は一流だからな」


 俺とマリスのやり取りを見て、マタハチは不安と期待がないまぜになったような顔だ。


「師匠はマストールっていうの?」

「そうだよ。ドワーフ族でも有名な鍛冶一族の頭領だ。修行は厳しいものになると思っておけよ」

「ドワーフ……聞いたことあるよ。金属を扱わせたら世界一の妖精族だって」

「そうだぞ。ミスリルとかアダマンチウムを簡単に成形する技術は凄いんだ。おまけに鍛冶の神の信徒だし」

「へぇ……鍛冶の神ってどんなの?」

「マストールを巨大にした感じだな。供物供物とうるさい食いしん坊だ」

「冷しゃぶは食べれずに神界に帰ったがのう」


 マタハチがマリスの言葉に不安げな顔になった。


「か、神様が来る所なの?」

「ああ、そうか。マタハチ、これは言っておかなきゃならんことだ。ちゃんと聞いておけよ」


 俺はトリエンの屋敷に神々が遊びに来る事があることを説明する。この事は俺の屋敷に出入りするならば暗黙の了解であり、他言無用の極秘情報だ。これが守れなければ、俺の領地に住まわすつもりはない。


「だ、大丈夫! 誰にも話さないよ!」

「ま、話したら神罰の雷がお前の頭に落ちて黒焦げになるだろうね」


 子供を脅すような事を言いつつ俺は笑ってしまう。


「ほ、ほんとに?」

「多分な。神が地上に降臨するのは色々と不味い事らしいんでね。その秘密を守るためなら神はそのくらいしそうだよ」


 マタハチはコクコクと頷いて、誰にもしゃべらないと無言で天に誓っていた。



「じゃ、これからトリエンに行ってくる」

「ああ、了解だ。戻るのはいつになる?」


 トリシアが俺のいれたお茶を飲みながら言う。


「ま、明日の昼くらいだと思っておいてくれよ。一応、マタハチをマストールとリヒャルトさんに頼んでから、リカルド国王の所にも顔を出してくる予定だよ」

「アレを献上するのじゃな」

「ま、一号機は国王に差し上げておくに越したことはないだろ。貴族とかはこういうのが面倒だねぇ」

「ケントさんは如才ないのです」


 ま、これも付き合いの一つだしな。

 一号機は実験機みたいなものだし、試行錯誤などもしたから愛着もあるが、これから作る二号機や三号機の方が性能は高くなるだろうし、こだわるつもりはない。


「それじゃマタハチ。いくぞ?」


 俺がそういうと、マタハチがブンブンと顔を縦に振った。なにやら不安げな顔つきだ。これから起こる事が解らないからだろう。


「ほんじゃ、魔法門マジック・ゲート


 手を掲げて魔法を使うと何もない空間に鏡面のような転移門ゲートが現れる。

 マタハチはそれを見て目を皿のようにしている。


「んじゃ、行ってくる」


 俺はそういうと、マタハチの手を引いて転移門ゲートに入った。


 瞬時にトリエンの俺の屋敷の前に到着する。マタハチは目を回しそうな感じだが、なんとか踏みとどまっている。


 転移門ゲートが開いた時の光などを見て気づいたのか、使用人たちが住む別館からリヒャルトさんが慌てて出てきた。


「お帰りなさいませ、旦那さま」

「ただいまー。変わりはないかな?」

「はい。今のところご報告すべきモノは何もございません。ところで……」


 リヒャルトさんがマタハチをジロリと見た。マタハチはそれに気づいて、俺の後ろに回って顔だけ出してリヒャルトの様子を見ている。


「ああ、この子はマタハチ。マストールの弟子にどうかと思って連れてきたよ。西方語しかしゃべれないけど、西方語が解る人いたっけ?」

「ほう。マストール様のお弟子に。承知致しました。マストール様は今、工房に居られます。それと西方語は私が話せます」

「なら問題ないかな。今後、マタハチにリヒャルトさんが東方語を教えてやってくれ。それはそうと、マストールはファルエンケールにはまだ戻らないのかな」

「存じ上げません。彼の氏族の者が定期的に物資を持ってきますが」


 うーん。しばらく滞在するとは言ってたけど、腰を落ち着けちゃいそうですな。それはそれで俺は全く問題ないんだけどさ。うちの工房の仕事もしてくれるしね。


「それじゃ、工房に顔をだしてから西に戻るから、見送りとかいらないよ。マタハチの部屋を用意しておいてやってね」

「承りました。お任せください」


 頭を下げるリヒャルトさんにヒラヒラと手を振ってからマタハチと屋敷に入った。


「お、おっちゃん、スゲェ金持ちだったんだね……言葉はわからないけど」

「おっちゃんじゃねぇ! 俺はこの周囲一帯の領主なんだ。そこそこ金はあるよ」


 以前物置き部屋だった所の扉を開ける。マタハチが中を覗き込んで、首を傾げた。


「この部屋にオレは住むの?」

「ははは、そんな訳ない。ここは工房への転移装置があるんだよ」


 マタハチを連れて転移点に入ると、工房前の扉の横に出た。


「す、すげぇ……オレ、もう何がなんだか……」

「ま、これが転移魔法だな。この工房に通うんだから慣れろよ」

「うん……」


 巨大なオリハルコン・ゴーレムのレイが地響きを立てながら歩いてくる。


「レイ、ご苦労。この人物を利用者リストに登録しろ。名はマタハチだ」

「オオセノママニ」


 レイのレーザースキャナーが作動し、マタハチを舐めるようにスキャンする。


 マタハチは突然やってきたオリハルコン・ゴーレムを見て、恐怖で硬直してしまった。


「登録完了シマシタ」

「それじゃ、警備よろしく」


 レイが頭を下げて元の位置に戻っていく。


「あ、あ、あんな化物が……」

「あれはオリハルコン・ゴーレムのレイだ。工房使用者以外の者を排除するための存在だよ」


 工房の扉を開けて中に入ると、フロルが待っていた。


「お帰りなさいませ、ご主人様。いらっしゃいませ、マタハチ様」

「お疲れさん。マストールは鍛冶部屋だね? ああ、フロル。マタハチには西方語を使ってくれ」

「はい、畏まりました。マストール様は本日一日、鍛冶部屋にて作業しております」


 俺は頷くと、廊下を進む。マタハチもおっかなびっくりという感じで付いてくる。

 マストールに気に入られたらいいねぇ。マストールは仕事中だと気難しいからな。

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