第20章 ── 第16話

 帰り道、ソウエモンはずっと黙ったままだった。


「クサナギ殿」


 俺の後ろを歩いていたソウエモンが不意に声を掛けてきたので、俺は足を止めて振り向いた。


「あれは一体……どういう事なんでしょうか?」

「ん? あれって?」

「私たちの長屋も全て……今はクサナギ殿の持ち物となりました。我々は出ていかねばならないのでしょうか?」

「あれ? 町役人さんと俺の話、聞いてなかった?」


 ソウエモンは地面に向けていた視線を俺に向けた。


「町役人と……?」


 どうやら殆ど聞いてなかったようだ。


「あー、誤解させましたかね。立ち退きとか大家と話してたし」


 俺は苦笑してしまった。あそこから心あらずだったのか。


「あれは方便ですねぇ。大家は欲張りそうだったんでね」

「どういうことでしょうか?」

「大家を脅しつけてあの辺りを売らせるために色々と画策しました。誤解させたのなら謝ります。申し訳ない」


 俺は頭を下げた。


「ま、発明は本当ですが、国家機密でもなんでもないんですよ」


 俺は多くを語らずにおく。何となく気が向いたからソウエモンたちを少し手助けしたいと思っただけだからね。深い理由もなんもないんだよ。


「フジサワさんには、長屋を寺子屋に使ってもらって、維持や管理をして頂くわけですから、その周囲の方々を助けたかっただけですよ。俺は金銭くらいしか出せないので恐縮ですが」


 ソウエモンの目に少し理解の色が浮かぶ。


「クサナギ殿はなぜ今、この国に……いえ、私たちの所へやってきてくれたのでしょうか……」


 ソウエモンが顔を上げ、夜の空に浮かぶ小さい月を眺めた。


「米のためですなー。あと味噌と醤油」

「は?」


 ソウエモンが空から俺に視線を戻して呆けたような顔になる。


「俺は米と味噌、醤油を仕入れるためにフソウまでやってきたんですよ」

「そ、それだけのために?」

「当然です。日本人たるもの、米、味噌、醤油は欠かせません」


 俺は再び歩き出す。ソウエモンが慌てたように付いてくる。


「ク、クサナギ殿はニホンジン……そして冒険者……」


 ボソリとソウエモンが囁くのを聞き耳スキルが拾ってきた。


 あ、日本人って言っちゃったな。まあ、いいか。ティエルローゼにはない国だし。



 翌日から空飛ぶ自動車作成を再開。


 フレームを少々改造して骨格にスプリングやショックアブソーバーを仕込んで、車体自体に対ショック機構を組み込んだ。

 荒れ地を走行したり着地時の衝撃を車輪だけでなく車体でも吸収するようにしたわけ。空を飛ぶ以上、耐衝撃性能は必須事項だろう。


 車体などはアダマンチウム製だから衝撃に強いけど、中の人間がシェイクされては堪ったものではないですからな。


 シャシーとフレーム、魔導エンジンは完成した。あとは反重力機構を取り付けたり、各種制御装置、安全装置、魔導バッテリーなどの組み込みだ。


 ゴーレム作成で培った制御回路などをふんだんに組み込むとしよう。これに速度や姿勢制御などやらせることで、操縦者に余分な操作をさせないようにするわけ。

 突発的な事態に陥った時、往々にして人間は身体が硬直したりして動けなくなるからねぇ。


 そういった事をゴーレム的な管理機構に任せれば危機的状況にも冷静に対処が可能になる。

 もちろん、精度の高い魔力パルスを反重力機構に断続的に供給するのも人間にやらせることはできない。ゴーレム的な管理機構が必要な所以だ。


 コリコリと制御回路をミスリルの板に彫り込んでいく。


 ゴーレムの制御基盤には、このミスリルの板がどうしても必要だ。このミスリルはファルエンケールのものではなく、ドーンヴァースから俺が持ち込んだミスリル・インゴットからしか作れない。


 どうしてもティエルローゼで作ったものには不純物が混じってしまい、妙な魔力ノイズが発生してしまうからだ。


 その点、ドーンヴァース製のインゴットは純度一〇〇%という何とも反則的な代物なのだ。

 そりゃゲーム世界でミスリル・インゴットと設定されれば、それ以外の構成物が入り込む余地はないわけだから、純度も一〇〇%になるわけですよ。


 もっとも、ドーンヴァース製のインゴットには限りがあるので、今はマストールが純度を上げる研究を俺の工房でしている。今の所、純度は九六%程度だという話だ。がんばれ、マストール。



 昼になり、仲間たち、そして例のごとく子供たちが飯を食いに来る。


「ケントー。今日の昼は何じゃ?」

「今日はキノコのカレーだぞ」


 俺は長屋の母親たちが周囲で採れるモノを色々と持ってきてくれるので、それを使った料理を試していたりする。


「キノコのカレーは美味そうだな」


 周囲の巡回警備から帰ってきたトリシアがニヒヒと笑いながらやってくる。


「カレーって何だろう?」

「辛いから辛ぇって言うんだよ、きっと」


 マタハチが首を傾げ、チヨが鋭い指摘をする。確かに辛いですが、子供がいるので半分は甘口です。それにカレーは日本語じゃなくてインド語? ではないだろうか。


「いい匂い~」

「これは、香辛料という物の匂いではないでしょうか?」


 ハナが周囲に漂うカレーの香りをクンクンと嗅いでいる。メガネは相も変わらず博識ですなぁ。


「メガネ、よく知ってるな」

「父上と行った祭りの屋台で、これに似た匂いを嗅いだ事があります」


 匂いを嗅いだだけかよ。食えよ。まあ、フジサワさんは貧乏っぽいから無理か……


「屋台の人の話では大陸の中央から北側で採れる木の実などだそうですね」

「そうだぞ。大陸の東側でも採れるらしくてな。とある都市の市場で大人買いよ」

「大人買い……?」


 あぁ。大人買いってのはオタク用語だな。一般的には使われてないか。


「ま、大量に仕入れたって事だよ」

「なるほど……」


 俺はカレーの用意をしながら笑ってしまう。


 この世界で大人買いしてるのが全部食料関係だもんなぁ。プラモとかフィギュアを大人買いしたいもんだよ。



「んまい!」

「何でしょうか。この後を引く辛さは……」

「ご飯に汁が絡まって……口に入れたら笑顔になっちゃう!」

「美味しいの!」


 子供たちが大絶賛です。甘口カレーだけどね。


「そうだろう? これはケントの料理の中でも逸品だからな。神すら食べに来るほどだ」


 トリシアが子供たちに自慢する。


「神カレーと名付けましょう」


 アナベル……お前、その発想はいい加減辞めろ。


「我もそろそろトリシアたちと同じ方の鍋を試してみたいのじゃが?」

「やめておけ……地獄カレーなどと……名付けそうだからな……」


 マリスが物欲しそうにトリシアの皿の上を見ていたら、ハリスが変なツッコミをして自ら吹き出しそうになって肩を揺らしている。


 自分で言って自分でウケてるし……沸点低すぎだぞ、ハリス。



 夜になり安全装置の魔法回路を作る作業をする。


 安全装置には、車体を守る物、車体から守る物、そして搭乗者を守る物が必要だ。基本的には全て耐衝撃フィールドを発生させるものだが、用途によって別々に作ることにする。

 どれかが一つ故障しても大丈夫なようにするためだ。もちろん予備装置も組み込むので六個作らねばならない。

 安全対策なので慎重に設計と開発をしましょうかね。



 それから二日して、車体外装以外の部分がほぼ完成した。今日は試運転をしてみます。


 ゴムがないのでタイヤは作れないので、車輪は革を何重にも張り合わせて少々の弾性をもたせたものになったが、ショックアブソーバーやスプリングなどを多用したので乗り心地は悪くないと思う。


「出来たのかや?」


 マリスが子供たちを引き連れて見学に来る。


 マリスはすっかり周囲の子供たちのボスになってしまったなぁ。


「すげぇ! 鍛冶屋すげぇ!」


 度々、鍛冶仕事を見に来ていたマタハチが目をキラキラさせて感動している。


 どっちかというと魔法道具作成なんですが。


 この自動車の操作法は基本的に現実世界のオートマ車と一緒だ。アクセルとブレーキ、ハンドルで操作をする。


 ただ、空を飛ぶため、高度計と高度変更用のスライド・スイッチがハンドルに付いている所が違いだ。

 このスライド・スイッチを上下させることで、下降、上昇、ホバーリングが可能となる。


 反重力と聞くと空中に浮き上がるイメージがあるが、重力に反発するわけでなく、重力を打ち消してゼロにするのが俺の反重力装置だ。

 なので、上昇するには魔導エンジンが発する排気によるスラスターが必要になる。下降も空中での前進後退も同様の仕様となる。


 地面に接地している場合、魔導エンジンのシャフト回転を利用した車輪の駆動が動力源となるが、この時は反重力効果が切られるように制御される。そうでないと車輪の回転で地面を走れないからな。


 俺が飛行自動車の操縦席に乗り込むと、隣の座席にトリシアが乗り込んできた。マリスとアナベル、ハリスが後部座席に座っている。


「おい。まだ試運転だぞ?」

「ケチ臭いこと言うな。新魔法道具の性能を見せてもらわねば、夜も眠れなくなる」

「そうじゃ、そうじゃ。ケントはケチじゃのー」

「神の御業を今体験するのです!」

「本当に……飛ぶのか……?」


 お前ら……失敗したり故障したりして落ちても知らんぞ。まあ、安全装置は問題なく可動するはずだけどな。


「仕方ないな。それじゃ行くぞ」


 エンジンを始動すると「ブルルル」と少なからず大きな音で可動する自動車に、マリスに付いてきていた子供たちは尻込みをしている。


 俺はシフトレバーをニュートラルからドライブに入れ、アクセルをゆっくりと踏み込む。


 車体がゆっくりと前に進み始める。


「おお!」

「動いたのじゃ!」

「馬もいないのに不思議なのです!」

「さすがは……ケント……」


 続いてスライド・スイッチを上昇方向にスライドさせる。


 フワリと車体が軽やかに浮き上がった。


「飛んだな!」

「凄いのじゃ! 翼もなく浮いておる!」

「このまま神界に連れて行ってください~」

「ビックリ箱だ……」


 お前ら、ウルセェ!!!


 子供たちが浮いている自動車を見て大口を開けて見上げていた。

 マリスが嬉しげに子供たちに手を振っている。


 ラジエターの水温にも問題はなさそうだし、魔導バッテリーの魔力消費量も予測の範囲は越えていない。

 俺は慎重に飛行自動車を元の位置に下ろす。


 よし、試運転は大成功だ。これに装甲を施せば完成だな!

 まず、この自動車を三台作ろう。

 一台は俺の、もう一台はリカルド国王への献上用、そして最後の一台はレオナルド・ジョイスへの納品用だ。


 一台はほぼ完成したわけだから、あと二台作るのは工房を使ってもいいかも。それにしても半年必要なかったな。一ヶ月ほどで設計から開発まで終わってしまった。

 やはり俺って天才かも。「自画自賛ウゼェ」って声が聞こえてきそうなのでこのくらいにしておく。

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