第20章 ── 第15話

 その日のうちに、ソウエモンと連れ立って、俺の借りている長屋の大家を訪ねた。


「これはこれは、クサナギさん。今日はどういう御用で?」


 金払いの良い店子が訪ねてきたので、大家はご機嫌な顔で俺を迎えた。

 しかし、俺の後ろにソウエモンがいるのに気づいて、大家の顔にはあからさまに侮蔑の色が浮かんだ。


「おや、フジサワ先生。今日は溜まった家賃を支払って頂けるので?」


 一応、相手は浪人ながら武士だからセリフ自体はある程度丁寧だが、態度が不遜極まりない。


「あの……その……」


 うーん。フジサワさんは度胸とか根性が足りなさそう。


「大家さん、今日は俺の借りている長屋をやっぱり買い上げようかと思って出向いたんですよ」


 フジサワさんが長屋を使うとかは隠しておく。こういうヤツは、どうせフジサワさんを交えて話を進めたら足元を見てくるからな。


「お買い上げ頂けるので!? お気に召したようで何よりです」


 突然、降って湧いた儲け話に大家はニッコニコだ。


「ま、あの辺りの土地勘が俺にはないんで、近所の長屋に住む浪人さんに一緒に来てもらったわけですよ。学があるそうですしね」


 大家は、ソウエモンをチラリと見たが、立ち会うだけと思ったようで基本的に彼を無視しはじめる。


「左様ですか。ささ、こんな所では何なので、中にどうぞ」

「それじゃ、お邪魔しまーす」


 俺は少しウキウキだ。こういう交渉事で仕事もしてたし。買い叩いてやろうかね。


「それで……やはり、例のものは出ましたか……?」

「出ましたね。一四~一五って所ですかね」


 大家は俺がニコニコ笑いながら言うと、顔を引きつらせる。


「なのにお買いになると?」

「ええ。アレが出ると噂なら人も近寄らないでしょう? 仕事の関係であまり人に詮索されたくないもんで」

「なるほど……」

「それで、先日の値段でいいですかね? 金貨一〇枚とお伺いしましたが」

「もちろんですよ。私もあの噂が立ってから様子を見に行くのも怖くて」


 ソウエモンは俺と大家の会話を聞いて何のことだか解らないといった顔をしている。


「それじゃ、金貨一〇枚」


 俺はバッグから金貨を一〇枚、数えながら置いていく。大家は金貨が重なっていく様子を見て本当に嬉しそうだ。


「んで、今、言ったように人に詮索されたくありません。あの辺り一帯は大家さんの地所でしたよね?」

「ええ、あそこと、そこのフジサワさんの長屋あたりから四方一〇町分は全部」


 大家は結構な土地持ちで、貧乏長屋も含めて町家半分の家作の持ち主でもある。


「あの辺りの大家さんの土地と家作を全部売ってくれませんかね?」

「は?」


 大家は唐突にそんな事を言われてポカーンとした顔になる。


「俺はこう見えてもとある国でそこそこの地位にありましてね。俺の作り出す発明品は国家の秘密とされることもあります」

「発明?」

「ええ。そういう発明品の秘密が外部に漏れると色々厄介な事になるんですよ」


 俺は渋面を作ってことの深刻さを強調する。もちろん嘘だが。


「そうなると、秘密を知ったものが出たら……」

「フソウの中央に申し立てをして捕縛してもらいます」

「中央に!?」


 大家は目を見開いてアワアワしはじめた。


「事が露見した場合は死罪なども適用されるかと」


 はたから聞いていればハチャメチャな内容なのだが、脅されている本人ってのは大抵思考が停止してたり周回してたりして脅しだと気づかなかったりする。


 大家は幽霊屋敷に俺たちが住み着いた日からコッソリ様子を見に来ていたのを俺は知っていて、こんな脅しを掛けているわけ。

 新しい店子が心配だったというのもあるだろうけど、素性などを詮索したかったのはミエミエだったからねぇ。


「そ、それで……秘密を守るためにも買いたいと……」


 大家は俺が作っている得体の知れないモノが国家機密に該当するもので、ヘタをしたら首が飛ぶと思っただろう。


「ええ、ある偉い方のご依頼品でしてね」


 わざとぼかす事で、フソウの偉い人と繋がりがある風を装う。レオナルド・ジョイスの依頼品だから、ルクセイドのそこそこ偉い人だから嘘ではない。

 嘘を信じさせるには、全てを嘘で塗り固めずに真実を織り交ぜる事がポイントだ。


「それで、あの辺り全部ならいくらになりますか?」


 大家は脂汗をタラタラと流しながらソロバンを弾き始めた。


 大家はあの一帯以外にも土地も家も沢山持っているので、手放したところで生活の問題もないほどの金持ちだから、売ってくれるだろう。


「そ、そうですね……このくらいでどうでしょうか……」


 ソロバンの玉は結構な金額になっている。彼としては自分の命の値段のつもりなんだろう。金貨四〇〇〇枚か。大した金額ではないな。


「ふむ。買った場所に住む住人や店なんかもありますよね。立ち退きなどの費用はそちらもちで?」


 俺が言うと、大家は慌てたようにソロバンを弾き直した。


「で、では……三五〇〇枚で……」


 俺はニコリと笑って頷いた。


「それで買い取りましょう」


 ソウエモンは何をやっているのか理解できず、俺の顔と大家の顔をマジマジと見つめるばかりだ。


「代金の支払いは……」

「現金で払いますよ。沽券状などはあるんでしょうね?」

「も、もちろんです。書き換えに町役人様の所に行かねばなりませんが」

「解りました。今からでも?」


 大家は俺のペースに飲まれっぱなしで拒否する気配がまるで無い。


 俺は大家が沽券状や証文などをかき集めて持ってくる間、金貨を三五〇〇枚と金貨一〇枚を畳の上に並べておく。


 金貨二五枚の山が全部で七〇個、これで三五〇〇枚。それと金貨一〇枚。


 並べられた金貨の山をソウエモンが穴が開くほど見ている。全部、ルクセイド金貨だが、フソウ金貨とルクセイド金貨は等価なので何の問題もない。


「す、凄いお金ですね……」

「ん? ああ、ちょっとルクセイドの迷宮で稼いできたので」

「しかし……よろしいのでしょうか?」


 ソウエモンは何か落ち着かなげな感じだ。


「何がです?」

「既に五〇枚お預かりしていますが……」

「ああ、そうでしたね。それは別に良いです。好きに使ってください」

「し、しかし……」


 そこに大家が紙の束を抱えてやってきたため、会話は中断される。


「ああ、大家さん。ルクセイド金貨ですが、三五一〇枚出しておきましたよ」


 黄金の山を見た大家が、ヘナヘナと力が抜けたように腰を下ろした。


「た、確かに頂きました……」

「では、その沽券状やら証文やらはお預かりしますよ」


 俺は大家の手から転がり落ちている紙の束をポイポイとインベントリ・バッグに放り込んでいく。


「さて、町役人さんのお宅はどこですかね?」

「ご、ご案内、い、致します」


 大家が力の入らない腰を必死に立てて、立ち上がる。



 町役人の屋敷へ向かう途中、タカスギさんが走って俺の所にやってきた。


「ク、クサナギ殿!」

「やあ、タカスギさんじゃないですか。どうしたんです?」

「はっ! 先日の件でお奉行のお沙汰が下りましたのでご報告に」

「お、もう出たんですか。お奉行様は仕事が早いですね」


 俺が褒めるとタカスギが嬉しそうに微笑む。


「ええ。主だった者は斬首、獄門と決まりました」

「随分苛烈ですね」

「と、当然ですな。あれほどの事を起こした輩どもですからね」


 タカスギが眉間に皺を寄せて頷く。


「マエダ・ギザブロウは?」

「マエダは……昨日、自宅にて腹を切って死んでいるのが見つかりました」


 ふむ。事が露見してあの世に逃げ出したか。


「代官のワジマはどうです?」

「は。今は自宅で謹慎している模様です。何やら頭の様子がおかしくなったなどという話もありましたが」


 妖怪大作戦で脅したからねー。何はともあれ、フソウの王都への報告なんかも含めて、後は奉行所に任せてしまえばいいだろう。そういうのは面倒だからな。


「それでは、私はこれで。まだ片付けねばならない事が山積みでして」

「お疲れ様でした。今度、一緒に飲みにでも行きましょう。俺はまだ何日かあの長屋にいますので」


 タカスギが少し嬉しげに頷く。


「それでは私はこれで。しからば、御免」


 タカスギはそう言って、来た時と同じように足早に去っていった。


「申し訳ない。お待たせしました」


 俺とタカスギの立ち話の間、大家とソウエモンに待ってもらっていたので謝るが、二人の顔は蒼白といった感じになっていた。


「どうしました?」


 大家が恐る恐るといった感じで口を開いた。


「あの……先ほどの方は奉行所の……」

「ええ、与力のタカスギ・ツネヨシさんですよ。少々お奉行様から頼まれた事がありましてね」


 大家の顔色がさっきから青くなったり白くなったり忙しいね。

 でも、思わぬ所でタカスギさんが登場してくれたおかげで、大家に言った脅しが真実味を帯びたとも言える。

 タカスギさんとの話は全部聞こえてたはずだからね。


 人間は自分の信じたい事を真実だと思う生き物だ。

 先程の俺が脅した内容が真実なら俺に逆らうと死ぬと勝手に思っただろう。なにせ、権力筋の人物と親しげに「斬首」やら「獄門」などというセリフが飛び交うような会話に興じてるんだからね。



 その後、町役人に頑張ってもらって、貧乏長屋を含むあの一帯の土地や家の名義は全て俺の名義に書き改められた。


「これで手続きは全て完了です」

「お手数をお掛けしました」

「なに、仕事ですからね」


 若いながら柔和な町役人は、墨や朱に汚れた手を振る。


「それでは、大家さん。おつかれ様でした。言っておきますが、くれぐれも今回の件は内密に」


 大家はコクコクと無言で頷いて、逃げるように町役人の屋敷から出ていった。


「あの方はどうなされたのです?」

「いや、突然あの一帯を買い上げられて驚いていたのでしょうね」

「なるほど。さて、仕事も終わりましたし、一献いかがですか?」

「いいですね。ご馳走になります。フジサワさんも一緒に飲みましょう」


 ソウエモンは始終無言だったが、その顔がまるで何が何だか分からないと言っていた。


 この時、町役人と親しくなったので、後々、俺が手に入れた一帯の家賃や管理などを任せる事にした。

 利益を上げる事よりも、その辺りの貧乏人の力になってもらうように頼んでおいたので、長屋の人たちの暮らしも良くなるに違いない。

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