第20章 ── 第14話

「よし、撤収!」


 俺はパーティチャットで仲間たちに号令する。


「結構、面白かったのじゃ」


 俺を背中に乗せて、ボンキュッボンなマリスが面白げに笑いながら夜空を舞う。


『あの程度の脅しで逃亡しなくなるのか?』


 トリシアの疑念の籠もる声色が聞こえてくる。


「まあ、ここは俺の故郷の江戸時代というのに似ているし、まず逃亡しないだろうね」

『そうなのです?』


 アナベルも懐疑的のようです。


「ああ、怪異が本気で信じられていたんでね。あの盗賊の反応を考えると……ここも似たり寄ったりだろう」

『俺は新しい忍術を試せたので満足だ』


 そういや、ハリスは大ガマガエルに乗って火を吹かせてたな。どこの児雷也かと思ったが、あれには屋敷の連中、かなり度肝を抜かれてたな。俺が面白おかしく教えた忍者エピソードを現実のものにするとは、ハリスもやるなぁ。


「あの大ガマガエルは一体どこから連れてきたんだ?」

『蛮族の地の北の湿地帯だ。頼んだら二つ返事だった』


 影渡りで連れてきたらしいが……ハリスも俺と同じように動物と喋れるようになってるらしいからなぁ。俺たち二人でビックリ人間コンテストに出たら、ワン・ツー・フィニッシュを期待できるコンビになりそう。



 翌日の朝、俺たちは巻き込んでしまった子供たちの住む長屋に顔をだした。


 俺を目ざとく見つけた、母親の一人が他の親を呼んでやってきた。そこにはメガネの父親もいた。ヒョロっとした感じで、腰に刀を差してはいるが、重そうだ。


「俺たちの厄介事に子供たちを巻き込んでしまいました。今日はお詫びにお伺いしました」


 俺が頭を下げると、母親たちが慌てたように口を開いた。


「い、いえいえ! クサナギ様には子供たちが大変お世話になっておりますし!」

「そうですよ。お腹いっぱいご飯を頂いたり、こちらこそ頭を下げなくちゃいけないんですから」

「ウチのバカ息子なんて、クサナギ様の弟子になるんだなんて大それた事を言っておりますし」


 いつまでも頭を上げない俺に、メガネの父親が声を掛けてきた。


「まあまあ、こんなどぶ板の上では何ですから中に入りませんか?」


 メガネの父親はニコニコ笑いながら、自分の長屋の入り口を開けてくれる。


 メガネの住んでいる部屋は六畳二間で、奥を寝室に使っているのがミニマップに表示されているので解る。ふすまが閉じているので詳細は解らないが、奥に一人寝ているようだ。時々、咳をする声が聞こえてくるので奥さんか何かだと思われる。


「汚い所ですが……」


 六畳で狭いので母親たちはメガネの父親に話をする事を任せ、入り口辺りから中を覗く事にしたようだ。


 俺は座敷に上がると、正座でメガネの父親と相対するように座った。俺の後ろに仲間たちも座った。


「フジサワ・ソウエモンと申す」

「クサナギ・ケントと申します」


 俺は頭を下げて挨拶する。


「クサナギ様はフソウの方ですね」

「いえ、違います」


 フジサワ・ソウエモンは、首を傾げている。


「はて? 外国の方には見えませんが」

「まあ、顔も名前もフソウ風ですが……」

「立ち居振る舞いもフソウの文化に精通しておいでのようでしたので……失礼しました」


 ふむ。まあ、畳文化は大好きだからね。そのあたりの作法は自然に出来るように勉強しましたよ。現実世界での話ですけど。


「俺たちは冒険者でして、ルクセイドの方から来たんですよ」

「ほう、あのグリフォンがいるという」

「そうですね。俺の仲間のマリスがグリフォンに懐かれてますよ」


 俺はイーグル・ウィンドを思い出して苦笑する。


 あいつ、まだ帰ってきてないよ。クマを食いに行ったっきりだ。


「今回、俺の借りている長屋がちょうど子供たちが遊びに来ている時に盗賊団に襲われまして……物騒な事に巻き込んで、申し訳ありません」

「話は聞きました。子供たちを守って頂き、ありがとうございました。クサナギ様が謝ることでもありません。何やら奉行所の同心が関わっていたとか」


 さすがにメガネ。周囲の喧騒や、押入れから出てきた時に見た光景などから話を組み立てたらしいな。


「ええ、既にお奉行様や与力のタカスギさんに引き渡しましたので、事件は一件落着でしょう」

「左様でございますか。中々素晴らしいお働き、フソウの民としてお礼申し上げます」


 ソウエモンは両手を付いて深々と頭を下げた。


 うーん。謝罪に来ているのに逆に感謝されてしまったよ。


「頭をお上げください。謝りに来たのに、これではアベコベですよ」

「確かにそうですね。堅苦しいのもこれくらいにしておきましょう」


 頭を上げたソウエモンが笑いだした。

 ソウエモンの顔に最初のニコニコ顔が戻ってきた。こっちが素顔なのだろう。

 入り口にたむろしている母親たちも笑いだした。


「何かお詫びをしたいのですが、お困りの事などありませんか?」

「といいますと?」

「いや、謝罪だけでは俺の気が済みません。怖い思いをした子供たちや心配をされた親御さんたちに何か出来ないものかと思っていまして」


 俺にそう言われたソウエモンが母親たちの方に顔を向ける。母親たちもどうしたものかと困ったような顔をしている。


 お詫びをしに来て困らせるの図ってキャプションが付きそうだな。


「私どもは見ての通り、貧乏長屋の住人です。その日暮らしの着の身着のままで、些細な困り事はありますが、別段どうにもならないような困り事はありませんね」


 俺に顔を戻したソウエモンは眉毛をハの字にしつつ笑う。


 俺はソウエモンとメガネが住む部屋を見回す。


 傘張りの内職が天井からぶら下がり、その下の壁際には書物が大量に積み重なっている。

 奥の襖の向こうには病人がいるようだ。


「フジサワさん、奥方はご病気で?」


 俺がそういうと、ソウエモンは襖に視線をやった。


「ええ。少々厄介な病気でして」

「どのような?」

「胸の病です。世界樹あたりで採れる人参とやらが特効薬だと聞きますが、高直こうじきすぎて手に入りません」


 ふむ。胸の病というと結核か何かかな?


神官プリーストに魔法で治療してもらえば……」

「もっと高直こうじきではありませんか」


 ソウエモンが苦笑を深めた。


 ん? クリスの副官ソリス・ファーガソンの母親を神殿で治療した時はオーファンラント金貨で二枚くらいだったが?


「アナベル」

「は~い」

「奥方がご病気らしい、治療して差し上げてくれないか?」

「お安い御用なのですよ~」


 アナベルは俺に言われて、襖を開けようとした。


「お、お待ちください! 妻の病は伝染ると聞いております!」

「ああ、大丈夫です。アナベルは神官プリーストですから、問題ありませんよ」


 ソウエモンは慌ててアナベルを止めに行こうとしたが、俺がそういうと座り直した。


「よ、よろしいのでしょうか……愚息に食事まで頂き、妻の病まで治して頂くなど……」


 武士の挟持が許さないとかかな? 武士としての対面や面目などという言葉が時代劇などにはよく出てくる。


 他の者から施しを受けるということを屈辱と感じる気持ちは、日本人の俺には理解できる気がする。でも、そんなプライドは必要ないんじゃないか?


「フジサワさん、甘えちまいなよ」

「そうですよ。奥様が治ったら、また針仕事とか教えてもらえるし……私たちも助かります」


 母親たちが拝むように胸の前で手を合わせている。


 フジサワ夫妻は、浪人ながら周囲の住民に慕われているようだ。武士としては珍しい部類なのかもしれない。


「フジサワさんにはよく助けて頂いてますし……」

「あたしたちは知っているんですよ。奥様がお金に困った私たちのために、キモノを質にお入れくださった事も」

「ウチのバカ息子に文字まで教えてくださってますし」


 うーむ。なるほど……これは肩入れするのもアリか?


「どうですかね? フジサワさんは学問の徒だと息子さんからも聞いていますが、俺たちが住んでいる長屋を近所の子供たちに学問を教える寺子屋にしてみては」


 ソウエモンがハッと顔を上げる。


「寺子屋ですか」

「ええ。俺たちはあそこに一週間ほどしか滞在しません。あそこなら寺子屋を開くのに立地的にもいい感じがしますが」

「しかし、寺子屋となると教本などを用意せねばなりませんし」


 そりゃそうだ。それなりに金はかかるだろうな。


「フジサワさん、俺は子供は国の宝だと思っています」

「その通りです。子供こそが次代の国の基礎を築くのです」

「俺はどの国であっても子供は守られ、そして立派に育てていかねばならないと思っています」


 ソウエモンがウンウンと感心したように頷く。


「俺に国なんて境は関係ない。この国の子供にも元気に立派になってほしい。そこでフジサワさん。あの長屋です。以前、あそこは寺子屋があった」

「ええ、二年ほど前まで師匠夫妻と娘さんが住んでいました」

「娘さんが死んでしまって師匠夫婦は引っ越したと俺も聞いています」

「誠に不幸な事故でした」


 子供は殺人事件とか言っていたけど、やはり事故死だな。本人もそう言ってたし。


「あそこで寺子屋をフジサワさんに開いてもらえば、子供たちに学問を学ばせるのに最適かと思うんです」

「教えるのは構わないのですが……」

「金銭面は気にしないでください」


 俺は奉行から渡された袱紗を取り出して、ソウエモンの前に置いた。


「こ、これは?」

「これはお奉行所から預かったものです。これを使ってください」


 ソウエモンが恐る恐る袱紗を開けた。


「き、金貨五〇枚!?」


 はい。切り餅一つ金貨二五枚入りなので五〇枚ですね。


「こ、これほどのお金は……」

「長屋の購入、教本や墨、筆、硯、紙などの費用に当ててください」


 実はあの長屋、借りる時に幽霊が出るとかで大家が手放したがっていたんですよ。もう成仏させてしまったのでいませんけども。


「あの長屋、金貨一〇枚で売りたいと大家が言ってました。フジサワさんが購入して地域の子供たちのために使ってくれませんかね?」


 ソウエモンが再び、手を付いて深々と頭を下げた。


「謹んで、お預かり致します!」


 よし、これでいい。子供たちが学問を学び、立派に育ってくれるなら、これほど嬉しいことはない。みんないい子だしね。

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