第20章 ── 第13話

 俺は左の手のひらに意識を集中する。


 それを一瞬の隙とみたハヤミが刀を繰り出してきたが、無造作に愛剣でハヤミの刀身を切り払う。ただの鉄なんかオリハルコンからしたら豆腐みたいなもんだからな。


「ば、バカな……!?」


 ハヤミだけでなく、まだ生きている襲撃者たちの顔が驚愕に包まれるが、もう遅い。


「世界の理をなす精霊シルフよ、来たれ。その手足は小さき刃、その身体は小さき暴風」


 俺がそういうと、手のひらの上に小さな竜巻に似たものが現れた。


『フフフ……』

『アハハ……』


 何故か俺の回りで小さな子どもの声でそんな笑い声が聞こえてくるが、構わず厨二呪文を喋り続ける。


「我らが敵を斬り、そして絶息せしめよ。小さき竜巻タイニー・トルネード


 魔法名を言い終わると、手のひらの上の竜巻が、いくつもの小さい竜巻に分裂して、襲撃者どもに飛んでいった。


 その竜巻は襲撃者どもの頭に被さり、その陰惨な効果を発揮した。襲撃者どもの頭皮や顔面は容赦なく切り刻まれ、そして風は呼吸のできない真空を作る。


 真空によって吸い出された襲撃者の血液が竜巻を赤く染め、上空に巻き上げられて、大気に霧散していく。


 気づけばハヤミの回りにいた男たちはバタバタと倒れていく。その顔はもはや原形をとどめておらず、ものに寄っては頭蓋骨が完全にむき出しになっていたりもした。

 もちろん、目に入る襲撃者はハヤミを除きしかばねと化していた。


 俺の後ろで息を呑む声が聞こえてきた。


「天狗様だ……やはりここの人たちは天狗様が化けてるんだ……」


 まだ言ってるよ。


「て、天狗だと……!?」


 ハヤミは刀身がなくなった柄を叩き捨てるように地面へ投げ、脇差の柄に手を掛けた。


「先ほどの術を見るとあながち嘘でもないか……」

「まだやるのか? 今なら命は助けてやってもいいぞ?」


 俺がそう言うと、ハヤミの顔に迷いが見えた。


「そう言っておいて逃げた所を後ろからバッサリか……?」

「いや、逃げたらバッサリは当たり前だろ。生きて捕まるか、死ぬかの二択だよ」


 ハヤミの顔に理解の色が浮かぶ。俺の冷ややかな視線を浴びて、ハヤミは死を覚悟したような目の色になる。


「捕まればどの道、死罪は免れん。ならば剣士として……」


 俺の怒りが爆発した。


「貴様など剣士ではない! 剣士とは己を律し、己に打ち勝つ者だ! 人斬りを享楽にする者が剣士を名乗る資格などない!!」


 俺は剣の切っ先をハヤミへと向けた。


「くっ……」


 ハヤミは何やら唸りつつ膝を折った。


 やれやれ、ようやく観念したか。


「ケントー、こちらも終わったのじゃー」


 意気揚々とマリスとアナベルが戻ってくる。


「そうか。こっちも終わったぞ」


 ちなみにトリシアは、まだ屋根の上で全方位警戒中だ。


 しかし、派手にやっちまったなぁ。


 周囲を見回した俺は少しゲンナリする。襲撃者のうち生きているものは五人。マリスたちが引きずってきた四人とハヤミだけだ。


「さて、死体をどうしたものかね」


 思案していると、ハリスとその分身が何やら人間を担いで歩いてくるのが見えた。


「捕まえた……」


 ハリスが抱えた者を俺たちの前に放り出した。黒羽織の侍風の男どもだ。


 これは同心……だよな? 


 全員がロープでぐるぐる巻きにされ、猿ぐつわを噛まされている。


「こいつらは?」

「ここが……襲撃されているのを……遠巻きに見ていた……」


 ハリスがまた林の中に歩いていってしまったので、俺は一人の同心の前にしゃがみ猿ぐつわを外してやる。


 その男は涙目に恐怖の色を湛えている。


「こ、こ、こ……」

「何だ? 鶏のマネか? 同心じゃなくてモノマネ芸人か?」

「こんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」


 何だ? 負け惜しみか?


「こんな事? 何の話だ?」

市井しせいの者たちをこれほど殺害しておきながら、とぼけるのか!?」


 刀や弓を持ち歩いて、襲撃してくるヤツが市井しせいの民なわけねぇだろ。


「その市井しせいの者とか言うヤツが俺たちを襲っているのを遠巻きに見ている段階でお前たちの発言に正当性なんかねぇよ。

 何で市井しせいの民が死んでく様を助けもせずに同心の旦那が見てたんだよ」

「そ、それは……」


 同心たちの目が泳いでいる。


「既にネタは割れてるんだよ。お前ら、悪代官ワジマと結託したマエダ・ギザブロウの配下の者だろ?」

「な!? なぜそれを!!」


 解らいでか! コイツらアホか?


「お前ら、流れ者を集めて盗賊家業をやらせてたんだろが。盗賊からの上がりは山分けか? 大方、代官が五割、マエダが三割、残りをお前らって所だろ?」


 同心たちが目を見開いている。


「ぜ、全部バレているのか……?」


 図星だったの? こっちが驚くわ。ヤレヤレ……芸のない奴らだ。


 林の中からハリスの分身が現れ、どんどん人を運んでくる。


「まだいるのかよ……」

「こいつらの……手の者が……あと八人……」


 お手先とかいうヤツだな。時代劇でいう岡っ引きってヤツだ。全員気絶しているようなので逃げる等の問題はなさそう。


「おい、奉行所で盗賊に関わっているのはお前らとマエダだけなんだろうな?」


 同心は既に観念したらしく、項垂うなだれながらも頷いている。本当に面倒この上ない。


「よもや隠密がここまで強いとは……想像以上だ……」


 猿ぐつわを外してやった同心がボソボソと囁いている。


 隠密じゃないんだがなぁ……ま、誤解を解いてやる言われもないし、隠密って身分はちょっと便利な感じなので黙っておくか。



 捕縛した者の内訳は以下の通り。


 同心……………四名

 岡っ引き……一二名

 盗賊……………四名

 それと、ハヤミ・シンノスケ


 総勢二一名。それと死体が三七人分。


 随分な人間が動いていたわけだよ。ハヤミの話では盗賊団は三つに分けられて活動していたそうで、今回の襲撃で関係者は全て俺たちによって捕まったようだ。


 ハヤミが盗賊団の取りまとめをしていたらしいので間違いないだろう。盗品の買い取りや管理などは岡っ引きがやっていたそうだし。



 押入れに隠れた子供たちが、外に出てきた頃には死体は集めてむしろを掛けて見えないようにしておいた。子供にトラウマを植え付ける趣味はないからな。


 知らせを受けたタカスギさんが、同心や岡っ引きを大量に引き連れてやってきたのは、事が終わって三時間も経ってからだ。


「誠にかたじけない……。まさか、クサナギ殿が襲われるとは……」

「被害もなかったですし、何の問題もないですよ」


 俺は、しきりに頭を下げるタカスギに頭を上げるように促す。


もう、大方の情報は引き出し終わっていたし、それをタカスギに伝えておく。詳細は紙に書いておいたので、それも渡してやる。


「それで、奉行所は今後、どのように動くおつもりで?」

「と言いますと?」

「代官を野放しにしておくわけにもいかないでしょう?」


 俺がそういうとタカスギは視線を畳に落とした。


「我々、奉行所では代官所、しいては代官を取り締まる権限がありません」


 え? 何で?


「すると、放置って事ですか?」

「もちろん、今回の件は中央へと報告を上げます。中央から目付けがやってこないことには手は出せませんので……」


 「目付け」ってあれか、侍とか武士を取り締まる司法官だな。「奉行所」が町人などを取り締まる司法機関で、「目付け」が役人や武士などの支配階級を取り締まる司法機関だっけか。江戸時代其のまんまかよ。


「襲撃されたのは俺たちだからね。タカスギさんたち奉行所が手を出せないなら、俺たちが勝手にするのは構わないよね?」


 俺が黒い感じのニヤリ顔でタカスギさんに言うと、彼は顔面を蒼白にしてコクコクと頷いた。


「くれぐれも無茶はなされませんように……」

「無茶はしないよ。ちょっくら死ぬほど怖い目に合ってもらうだけだよ」


 タカスギの顔に冷や汗がダラダラと流れている。


「な、何をなされるおつもりで……」

「そうだなぁ。妖怪大作戦なんてどうかな?」

「妖怪!?」



 その日の真夜中……


 代官の屋敷に様々な異変が起きた。天井を突き破る巨大な足が現れ、寝ていた者を踏み潰したり、鬼火が数多あまた空を舞ったり、誰もいないのに大きな笑い声が響いたり……


 混乱した代官の部下や使用人たちが屋敷中を逃げ回り、代官の寝所は警備が薄くなった。


「な、何事か!? だ、誰か居らぬのか!?」


 ワジマ・トキサダは、周囲の喧騒で目を覚ましたが、大声で近侍を呼んでも、誰も姿を表さない。


 ワジマが慌てて枕元の刀掛台の刀に手を掛けようとした時、刀掛台を跨いで立っている巨大な影に気づいた。


「うおおぅ!?」


 ワジマは驚愕と恐怖に変な声を出して腰を抜かした。

 力の入らない足と手で必死に後ずさりする、その影がワジマに歩み寄ってきた。


 それは黒光りする鱗に覆われた美しい女体だったが、その目は赤く爛々と輝き、背中にはコウモリに似た翼を持っている。口からは鋭い牙が覗いており、赤い二股の舌がチロチロと動いている。



「ひいいぃぃ!!」


 見れば、その化物の肩に男が乗っていた。


「ワジマという代官はお前だな。お前の悪事は全て露見しているぞ。この天狗様がしかと見聞し、報告した。追って中央から沙汰があるだろうよ。首を洗って待っていることだ」


 そういうと、化物に乗った男は化物と共に襖を開けて出ていこうとした。


「あ、そうそう。逃げも隠れもしないことだ。その場合、櫓櫂の及ぶ限り追う」


 男の目がギラリと光ったようにワジマには感じられた。

 全身を駆け巡る衝撃と共に、ワジマは身動きも息すらもできなくなった。

 これが妖怪の長と呼ばれる大天狗の特殊能力なのだとワジマは思ったが、そのまま気が遠くなり意識は闇に飲まれていった。

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