第20章 ── 第11話

 食事をしながら子供たちの長屋の住人について聞いてみる。


 マタハチたちの長屋は貧乏長屋らしく、屋台を担いで働いていたり、お針子をしていたり、人足だったりと、街の底辺を支える人々が住むような場所のようだ。


 ご飯を腹いっぱい食べるような事はできないみたいで、子供たちだけではなく、大人も食べるのに苦労するらしい。

 イモのヘタが載ったお粥なんか良い方で、今日の朝、母親たちが持ってきたようなキノコは街に女たちが売りに行くためモノで、自分たちの口には入らない。


 なんとも貧しいものだな。


 ただ、解ったのはこの国の税金は安い。人頭税はないし、貧乏長屋の家賃は一ヶ月で鉄貨五枚、物品税も通行税もない。


 では何で国の財政を賄っているのか。農民から米を年貢として納めさせており、それが税収の基本だ。


 他国は金本位制だし、フソウも貨幣流通は健在だ。だが、それは賃金などを算定する基準ではない。

 賃金の基準は米であり、米本位制と言うべきものだ。まるで江戸時代の武士階級みたいだよ。それが一般庶民にも適用されていると考えていい。


 米一こくの相場は約金貨一枚と政府によって決められているらしいが、米の出来高によって少し上下するそうだ。

 米一こくが、一〇〇〇合。一合が約一五〇グラムだから、米一こくは一五〇キロだ。


 米一五〇キロでフソウ金貨一枚か。安いのか高いのか解らん。

 オーファンラント金貨一枚が俺の感覚だと四~五万円くらいの感覚なので、八~一〇万円くらいか。日本での米の相場から考えると……同じくらいか、少し高いかな?


 ちなみに、フソウの通貨は金貨一枚は銀貨四枚、銅貨なら一六枚、青銅貨なら八〇枚、黄銅貨なら四〇〇枚、鉄貨なら四〇〇〇枚という感じ。

 それと白金貨は存在しないようだが、大判金貨なる貨幣が金貨一〇枚の価値があるという話だ。ほとんど流通していないっぽいけどね。


 銅貨以外はオーファンラント金貨の二倍の価値と考えればいいだろう。ここはルクセイドと変わりないね。

 銅貨はオーファンラントの五倍の金額だが、その分だけ大きいので非常に扱いづらい硬貨だと感じた。元々、米の取引に使う通貨だったそうで、その名残らしいとのこと。


 これらはタッちゃんこと、タツミ君、俺がメガネと呼んでいる子供から仕入れた情報だ。


「ここは昔、寺子屋の師匠の住んでいた長屋です。娘さんが急死してしまって、それが理由で引っ越していってしまいました。文字を教える人が居なくなったので、私の父が近所の子供に教えているんです」

「俺は教えてもらってないけどな」


 マタキチはデヘヘと笑った。


「マタキチは勉強嫌いだから」


 ま、この時代だと義務教育なんてないからな。やりたくなければやらなければいい。大きくなってから泣くのは自分だけどな。



 三日ほど、俺はエンジン開発の作業に忙殺された。

 時々マタハチが俺の作業を覗きに来ていたが、大人しく見ていたので追い払いはしなかった。


 ドバババとエンジンが景気よく回り、試運転はいい感じだ。


「すげぇ。これ、何なの?」


 マタハチが目を輝かせてエンジンを眺めている。


「これか? これは自動で馬車を走らせるための機械だ。こいつで馬なし馬車を走らせるんだよ」

「そんな事ができるの!?」

「ああ、魔法回路を組み込んであるからな。風と火の魔法で軸を回すように作ってある」


 俺は魔力供給をカットして試運転を終了する。


「すげぇ! 俺もこんなの作ったりできる!?」

「どうかなぁ……これを作るには高い精度の作業が要求されるから、鍛冶、彫金のスキルがまず必要だ。高い魔法技術と知識も必要だろう」

「魔法? 魔法は難しそう……」


 マタハチはショボンとする。


「ま、魔法はそこそこ才能が必要だからなぁ」

「鍛冶は? 鍛冶はどうなの?」

「鍛冶は……努力次第である程度はできるんじゃねぇか?」


 マタハチの目がピカリと輝く。


「おっちゃん! 俺を弟子にしてくれよ!」

「はぁ!?」


 俺は隣りにいたマタハチを見下ろしつつ素っ頓狂な声を上げてしまう。


「お前、鍛冶屋にでもなりたいのか?」

「うん。おっちゃんみたいな鍛冶屋になりたい!」

「おっちゃんじゃねぇ! つーか、俺は鍛冶屋じゃないんだが……」

「鍛冶屋じゃないの? こんなに凄いの作ってるのに?」

「俺は冒険者だ。マリスもアナベルも、俺の仲間たちはみんな冒険者だぞ?」


 マタハチは良くわからないという顔だ。


 ハリスが町からの道を歩いてくるのが見える。


「よう。例の件はどうだ?」


 ハリスが無言で顎を振る。家の中で内密に話したいという仕草だな。


「よし、本日の作業は終了だ。マタハチ、今日はここまでだ」

「ちぇ、もっと見たかったのに。おっちゃん! さっきの話、考えといてよ!」

「おっちゃんじゃねぇ!」


 俺が叫ぶ前にマタハチは手を振って走っていってしまった。まったく。俺のどこがおっちゃんなんだよ!


 ハリスが俺に背中を向けて肩を震わせていた。俺はちょっと裏切られた気がした。



「それじゃ報告を聞こうか」

「これを……見てくれ……」


 ハリスがガンマイクを取り出して、記録映像を再生した。


『奉行……キノワ殿が引き入れたその冒険者……隠密ではないのか?』

『そのようです。いかが致しましょう』

『隠密が相手では分が悪い。しばらく大人しくしておく必要がありそうだ』

『ではそのように部下に申しておきます』


 肥え太った金襴緞子きんらんどんすといった感じの着物姿のヤツが俺が見たことあるヤツと話している映像だった。


「コイツは見たことあるな」

「コイツの名前は……マエダ・ギザブロウ……吟味方与力と聞いた……」

「吟味方?」


 吟味方与力とは、お奉行が采配する必要もなさそうな些細な案件の裁定をする高級官僚だ。


「こっちは?」

「キノワ城下町の……代官だ……」


 俺は目の前が真っ暗になる。


 黒幕は代官かよ。悪徳代官とかどこの時代劇だ。某ご隠居の諸国漫遊記じゃねぇんだぞ。


 しかし、町の権力の中央も中央、一番上のやつが黒幕だとすると、お奉行のキノワもどうにもならないんじゃないのか?

 これはお奉行に報告してよいのだろうか……無かったものにするために手勢とか向けられたら目も当てられないんだが。


 俺は紙を取り出して手紙をしたためた。タカスギ宛だ。内密に話をしたい旨を記しておく。


「ハリス、これをタカスギさんに届けてくれないか。くれぐれも誰にもさとられないようにだ」

「了解だ……それと……いや……何でもない」


 そういうとハリスは足早に長屋を去っていった。ハリスにしては少し歯切れが悪かったな。いや、ハリスはいつも歯切れ悪いか。コミュ障だし。


 夕方になり、食事の支度をしているところにタカスギさんが単身やってくる。役人風の格好ではなく、素浪人って感じというべきだろうか、変装してきたっぽい。


「御免」

「いらっしゃい」

「火急の御用と伺いました」

「まあ、入って下さい。誰かに聞かれると不味いので」


 俺はタカスギさんを玄関から入れてマップ画面を開き、周囲を確認する。


 白い光点がいくつか確認できるが、あやしいモノではなさそうだ。


 俺は包丁を手に大根を千切りにしながら、後ろに座っているタカスギさんに報告する。


「例の件なんですがね。黒幕が解りました」

「もうですか!? まだ三日しか経っておりませんが」

「ええ、うちのハリスは優秀なんで」


 トントントンという包丁の音が周囲に響いている。


「それで……黒幕とは?」

「キノワ城下町代官」

「な、な、なんですと!? ワジマ様が!?」


 ワジマっていうのか、あの代官。


「ええ。それと吟味方の与力が代官の手足となって動いているようですね」

「吟味方……」


 タカスギさんは顔面蒼白といった感じだ。無理もない。ただの盗賊騒ぎが実は代官による犯罪だったんだからな。


「名前はマエダ・ギザブロウとか言うらしい」

「ギザブロウ殿が!? 次席ですぞ!?」

「次席だか主席だか知らないけど、そうらしいからね」

「しょ、証拠は!?」


 俺はガンマイクを取り出し、その映像を見せる。


 それを見たタカスギは不思議機械の事など気にもならないようで、食い入るように映像を見ていた。


「し、信じられないが……これを見る限り事実のようだ……」


 タカスギは俯いて肩を震わせている。


「ま、大事なのは間違いないね」

「わ、私は一体どうしたら……」

「お奉行に報告して大丈夫かな?」


 タカスギが顔を上げる。


「大丈夫とは……?」

「無かった事にするために俺たちを捕まえるとか暗殺しようとするなんてことはないかとね」

「そ、そんな馬鹿な事を……!!」


 それがあり得るから、俺は政治家やら何やらは嫌いなんだよ。


「トキワ様と代官はどんな関係?」

「トキワ様は譜代です。フソウ建国の時より代々王家に使えた直臣のお家。王様の覚えも目出度く、キノワ奉行を任されました。ワジマ様は地方出身ながら地方反乱を未然に防いだ事を買われたお方と聞いております」

「関係としては薄いのかな」


 タカスギは少し考えてから応えた。


「そうですね。挨拶程度はする関係だったでしょうが、中央の頃から繋がりがあったとは思えません」


 タカスギが言うんだからその程度の関係だったのだろう。


「ここに来てからは?」

「定期報告などで会われる機会は多いかと。ただ、行政と司法の関係性としては双方独立していますので、密接な関係とは言い難いかと」


 タカスギによると、現代のように行政と司法が協力するような事は殆どないみたいだ。となると、お奉行は無関係か。


「理解した。では、この事をお奉行に内密に報告してくれますか?」

「承りました。されば急ぐので……御免仕る」


 事の重大さを認識したタカスギは、慌てるように長屋から出ていく。


 さて、これからが問題だ。無関係だとは思うが、奉行が何らかで関わっていたなら俺たちにも危険が及ぶし、タカスギさんもどうなるか解らないな。


「ハリス」


 俺はそう言うと、影からハリスが出てきた。


「タカスギさんの身辺を護衛してやってくれ。念の為だよ」

「既に……分身を付けてある……」


 さすがハリス。ソツがないねぇ。

 よし、代官の勢力がどう動くか、少し様子を見ようか。動かないようなら俺らが揺さぶりを掛けるのも良いかも知れないね。

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