第20章 ── 幕間 ── ハリス

 ハリスは命じられてから直ぐに行動を起こした。


 まず、例の聞き耳を立てていた人物を調べる事にした。

 隠形術の全てをつぎ込んで奉行所に潜入する。だが、それほど高度な隠形術はまるで必要なかった。

 ハリスが普通に歩いていても誰も気づかないのだ。いや、気づかないというより気に留めないというべきか。


 ハリスの気配を断つスキル「ステルス」技能はレベル一〇のカンスト状態になっている。一〇レベルまで行くと、スキルを発動中は人混みの中を歩いても誰も気づかないほどになる。よほどの高レベル職じゃないと感知すら難しいのだ。


 ハリスはまず、その男を見付けるため、灌木に潜んで奉行所の建物を監視していた。


 ほどなく、例の男が奉行所の廊下を歩いているのを発見した。同僚とすれ違う時、名前を呼ばれていたので覚えておく。

「マエダ殿」、「ギザブロウ殿」、男はそう二種類で呼ばれた。姓と名であることは簡単に判別できた。


「マエダ・ギザブロウ……か」


 それからは比較的簡単だったと言っていい。


 マエダ・ギザブロウが懇意にしている下級役人「同心」と呼ばれる衛兵と同じような役職のものが四人ほどの存在が割れた。こいつらに分身を一人ずつ付けて泳がせる。


 この同心たちは「お手先」という者を使って、城下市中の情報を集めたりしている。その中で、ケントや自分、仲間たちの情報を探っている気配があった。例の会見で自分たちを警戒したのだろうとハリスは判断する。


 それと共に、お手先の何人かが怪しげな人物たちに会いに行った現場を確認した。

 分身から伝わってくる情報を逐一手帳に記録する。ハリスは自分の手帳に、その怪しげな人物たちがいる場所を地図にして記録してした。

 場所としては六箇所。それぞれにならず者といった風体の男たちが出入りしているのも確認済み。盗賊だと推測できる。


 二日後。

 ハリス本人は、マエダ・ギザブロウをずっと付けていたが、面相を頭巾で隠したマエダが、闇夜にまぎれてある屋敷に入っていくのを確認した。


 ハリスは忍者服に身を包み、屋敷へと潜入した。


 この国の屋敷は天井の上と床の下に妙な空間があるので潜伏するのが非常に簡単だった。

 ハリスは屋根の瓦を外して、手裏剣で屋根板をこじり開けて中に潜入した。あとで元通りにできるように傷は最小限にしておく。


 潜入した屋根と天井の空間を音もなく移動し、マエダのいる座敷の上までやってきた。


 ふと、見ると眼の前に紺色の装束を身に着けた者が潜んでいるのを発見する。


 ステルス技能のため、相手は自分に気づいていないので観察していると、どうやらその人物も潜入した者らしい感じだった。


 ステルス技能の使用を解除し、じっと見ていると。ようやくその侵入者はハリスに気づいた。

 ビクリと身を震わせて振り向いた者の目は恐怖に見開かれていた。


 ハリスは人差し指を一本立てて口の前に持っていく。それを見た侵入者はコクリと静かに頷いた。


 どうやら、代官を調べている者のようだ。もしかしたら同じ目的の者なのかもしれない。


 ハリスは天井板を少しだけずらし、ケントに借りたガンマイクを構える。


 ちょうど物凄い派手なキモノに身を包んだ男が入ってきた所だった。


「マエダ。あまりここに来るなと言っておいたはずだぞ」

「火急の知らせがあり、罷り越しました」

「知らせとは?」

「お奉行が冒険者と会いました。その冒険者を調べてみましたが、町の外れの長屋に住み着いたばかりの者たちだとの事」

「何者だ?」

「鍛冶のような事をしているようですが、周囲には冒険者だと言っているようです。外国人だと申しておるようですが、容姿と名前からしてフソウの者だと思います。随行する仲間は本当に外国人やもしれませんが」


 ハリスはガンマイクの録画ボタンを押した。


「奉行……トキワ殿が引き入れたその冒険者……隠密ではないのか?」

「そのようです。いかが致しましょう」

「隠密が相手では分が悪い。しばらく大人しくしておく必要がありそうだ」

「ではそのように部下に申しておきます」


 そこまで記録した所で派手男が手を叩いた。


「ま、なるようになる。今日は酒を付き合ってくれるのであろうな?」

「仰せのままに」


 ハリスは停止ボタンを押し、録画を止めた。


 ハリスの様子を窺っていた侵入者は、彼のやっている事が解らないのか不思議そうな目で見ていた。


 ハリスはもう一度、口に人差し指を当ててから影渡りのスキルで屋根の上に戻った。

 屋根板と瓦を元に戻しておく。


 次の日、周囲の通行人などに聞いてハリスは屋敷の主の素性を知った。

 ヤツはこの町の支配者。領主を代行する身分のものだった。

 いわゆる代官というものだ。


 この町自体は以前のトリエンと同じように王家直轄地で、その管理運営を任せるために、譜代家臣という名の貴族を派遣しているらしい。


「前の男爵……みたいなヤツか……」


 ハリスはトリエンを治めていた前男爵の事を思い出す。

 彼自体は冒険者だったので繋がりも関係もなかったが、トリエン領民は高い税金を捻出するのに四苦八苦していたのを知っている。

 稼ぎ口もないのに税金を払わなければならないのだから堪ったものではない。


 だが、ケントが現れてからトリエンは好転した。様々な仕事が作り出され、町の者は潤い出した。大規模な建築や畑の整備などで、仕事がなかった人々にも食い扶持を稼ぐ事ができるようになったのだ。


 ケントが領主になってからのトリエンの発展具合は目を見張るものがあった。その一部始終をケントの傍らで見られた事がハリスには喜びだった。


 ハリスはそこまで思考を進めたが、首を振って現実に戻った。


「さて……ヤツが黒幕なのは……間違いなさそうだ……」


 ガンマイクの入った無限鞄ホールディング・バッグをポンと叩き、ケントのいる長屋へ向かう道を歩き出す。


 ケントがどう判断するかは解らない。あとはケントに任せよう。

 しかし、あの侵入者は何者だろうか。代官と敵対する組織の手の者であれば、ケントの邪魔にはならないか。


 ハリスにとっては「ケントの敵かそうでないか」が重要で、素性や目的などは考慮に値しないと思っていた。


 ハリスのこの判断は、後に間違っていた事だと判明する。自分は手に入れたありのままの情報を全てケントに話さなければならないのだと。

 ハリスがそれを知った時、同じ間違いは再び起すまいと心に誓うのだった。

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