第20章 ── 第10話

 話を整理してみよう。


 奉行のトキワ氏によれば、盗賊団は盗品の仲買人によって雇われた冒険者によって組織されている。ここで言う冒険者は俺たちのような者を言うわけでなく、西側諸国での流れ者や荒くれ者を指しているようだ。


 盗賊団による被害は金品だけでなく、子供や女性なども被害にあっているそうだ。人買いや女衒ぜげんに売るためではないかと推測されるとの事。


 盗賊団には役人──彼は奉行所内の関係者と推測している──が関わっており、奉行所内の捕物情報などを流している。


 とまあ、この程度しか情報がない。しかし、女子供までか。

 物言わぬ金品ならどうにでもなるが、生きている人間では、売った先で足がつきそうなもんだが……



 俺は帰りの籠の中で思案にくれた。今回、俺は例の飛行型自動車の開発における重要な作業があるので、直接捜査はできない。ハリスに動いてもらって、彼が持ち帰った情報インフォーションを組み立て、情報インテリジェンスに昇華する作業をすることになりそうだ。


 長屋に到着すると、トリシアも呼んで会議をする事にした。


「今回、お奉行から依頼があった」

「依頼?」

「ああ、盗賊団について調査をして欲しいらしい」

「あの間抜けな奴らの事をか」

「どうも組織的な奴ららしいんだよ」


 俺はトリシアにトキワ氏から聞いた盗賊団の情報や現在の捜査状況などを詳しく話す。


「ふむ……となると、役人とやらを一人一人尋問するわけにもいかないか」

「そりゃそうだ。情報を漏らしている役人が黒幕とは限らない。そんな内部のスパイを調べてますよ! なんて触れ回るような捜査はできないよ」


 トリシアは納得したように頷く。


「だとすると、私たちが直接動いては目立つのではないか? 私たちは顔立ちも衣服も外国人だぞ?」


 俺はニヤリと笑う。


「普通ならそうだ。だが俺たちにはハリスがいるからな」


 俺がそういうとトリシアはハリスに視線を向ける。


「あぁ。なるほどな」

「俺……?」

「捜査のメインはハリスに任せるつもりだ。忍者であるハリスなら捜査にはもってこいだろう。分身、影渡り……他にどんなスキルをハリスが考えたかわからないが……気配を消すなんてのも、一種の透明化魔法みたいな効果を出してるしな」


 トリシアがコクコクと頷く。


「もう、私では気配を感じる事も難しくなっているからな」

「だろ? ハリスは既に俺の知るリアル忍者以上の能力を見せ始めている。ここはハリスに動いてもらうのが適切だ」

「俺が……出来ることなら……喜んでやる……」


 キラリとハリスの目が光る。


 おー、やる気満々だね。


「でだ、まずはこれを渡しておく」


 俺はインベントリ・バッグからガンマイクを取り出す。以前、ゴブリンと名前は忘れたが黒鎧の会話を盗み聞く時に使ったものだ。


「これは……? 前に一度見た事がある気がするが」

「あっちの世界のアイテムだ。イベント・アイテムだから非売品なんだよ」


 俺はガンマイクをハンドガンのようにカッコよく構えてみせる。


「いいか、これは映像と音を収録するものだ。怪しいやつの行動や言動をこれで記録するわけ」


 俺はガンマイクの実演をする。


 トリシアやハリスに向け、ついで外の木の枝に停まる小鳥にも向ける。


「何をしているんだ?」

「ま、こんなもんか。ほら、これを見てみろ」


 停止ボタンを押して記録を止め、再生ボタンを押す。

AR拡張現実ウィンドウが開き、トリシアとハリスがウィンドウにキョトンとした顔で映し出され、映像が流れて小鳥のズームアップが映し出される。小鳥はピヨピヨと可愛い鳴き声を発している。


「これは!? こんな魔法道具は見たことがない!」


 トリシアが感嘆している。ま、生き写しの自分の映像を初めて見たんだろうからなぁ。ハリスも目を丸くしているし。


「無くすなよ?」


 ハリスはガンマイクを震える手で受け取った。


 俺はハリスに使い方を実践で教え、忘れられると困るので説明書も書いて渡してやる。


「いいか、記録容量は有限だから、決定的なヤツだけを記録してくれよ。重要そうでない場合は、この画面で要らない部分を選択して、この削除ボタンだ」

「了解だ……」


 ハリスは決意に燃える目でガンマイクを自分の無限鞄ホールディング・バッグに納めた。


「どこから……調査を始める……?」

「そうだな。お奉行が言うように役人からかなぁ。この場合、奉行所関係者だろう」


 ハリスは頷く。


「既に一人……目星を付けてある……」

「仕事が早いね。誰が怪しいんだ?」

「トキワ……と会った時……一緒にいた……五人のうちの一人だ……」


 ん? タカスギさんたち?


「聞き耳を……立てていた者が……いただろう……?」

「あ! そんな事言ってたね!」

「自然と……その場を離れるように……誘導したが……」

「ふむ。確かにそいつは怪しいね。よし、そいつから始めてくれ」

「了解だ……」


 ハリスは頷くと眼の前から消えた。


 うわ……忍者っぽい!

 そういうエフェクトは想像の産物なんだけどねぇ。リアルだとどんでん返し的な壁とか掛け軸の裏の抜け穴とかを使って消えたように見せかけるだけなんだけど。ティエルローゼだと何でもアリだな。


 さて、情報が集まるまで俺は作業の続きをしようかね?


 夕方近くになったので、俺はみんなの夜飯を用意することにした。


 ふふふ。今日は豪勢に行くぜ!?


 俺は鼻歌交じりに料理をしはじめた。


 マツタケご飯に土瓶蒸し、マツタケの炭火焼き、マツタケの天ぷら、茶碗蒸し、最後にマツタケのお吸い物。


 ここまで豪勢にマツタケを使ったものは現実世界でも体験したことはない。食べた時を考えるだけで涎が垂れてきそうだよ。



 夕飯の支度が終わる頃、マリスとアナベルが帰って来た。もちろん近所のガキも一緒だ。


「ケント! 土産じゃぞ!」


 マリスが竹で編まれた魚籠びくを頭上にかかげて嬉しげに走ってきた。


「土産?」

「魚じゃ!!」


 俺はマリスから魚籠びくを受け取り、中を確認した。


「鮎だとっ!?」

「あゆ? 誰じゃ?」

「この魚は鮎ってヤツだ!」

「ふーん。子供どもはアジとかなんとか言っておったのじゃが?」


 アジと一緒にするな! アジは海の魚だ!


「これは鮎といって、塩焼きとか鮎ご飯とかに使える香りの良い川魚だ。俺の故郷では、なかなか食べられなくなってきているんだ」

「貴重なのかや?」

「俺にとってはな」


 なんだよ、フソウ。食の宝庫か!? アースラは何をやってたんだよ。何万年もいて知らなかったとはな。戦闘バカはこれだから……


「これは明日使わせてもらおう。今日はもう作っちまったからな」


 マツタケのいい香りが周囲を漂っている。


「お腹の空く匂いなのです!」


 アナベル、お前、最近食う事ばかりだな……残念美人……


「おっちゃん、うまそう」


 マタハチが指を咥えてこちらをみていた。というか、子供たち全員そんな感じだな。


「おう。上がれ。お前たちも食っていけ。今日のおかずはお前たちの母ちゃんが持ってきてくれたヤツだからな」


 俺は子供たちも座敷に上がらせる。


「なにこれ……すごいご馳走が並んでるよ?」


 チヨが目移りするように料理を眺めている。


「噂に聞く料亭の料理にちがいない」


 あまり喋らない地味なメガネっ子がメガネをクイッと上げている。


 メガネってお大尽しか掛けられないんじゃ? 裕福な家の子?


「タッちゃんは相変わらず物知りだな! これが料亭の料理かー」


 間違った知識を広めるなよ、メガネ!


「おい、メガネ。これは料亭の料理じゃない。マツタケ料理だ」

「マツタケ? マツ林に生えるキノコですか?」

「そうだ。こいつは調理次第ですげぇ美味ぇ料理になる」


 メガネをクイッと上げながらタッちゃんと呼ばれたメガネっ子は料理を見ている。


「確かに物凄く美味しそうです」


 さすがのメガネも喉をゴクリと鳴らしている。


「全員、席に付いたか? よし、食え」

「「「いただきまーーーす!」」」


 マリスとアナベル、子供たちは今日の出来事をペチャクチャと喋りながら笑顔で食べはじめる。


「美味ぇ!!」

「美味しい!!」

「これは父上に報告しなければ」

「お母さんの料理も美味しいけど……これってお店で食べるようなご飯? 凄い美味しいの」


 マタハチ、ハナ、メガネ、チヨの四人がそれぞれ感嘆の声を上げる。


「ゆっくり食えよ。お替りは、まだまだあるからな」

「お替りじゃ!」

「私もなのですよ!」


 マリスとアナベルが茶碗を俺に差し出す。


「お前らちゃんと噛んでるか? ちゃんと噛んで食べないと胃に悪いぞ?」

「胃ってなんじゃ?」

「食べたモノが最初に入る内臓だな。噛み砕かれた食べ物をもっと細かくするための器官だ」


 俺がそう教えるとメガネが興味深げに俺を見た。


「おじさんはお医者様ですか?」

「おじさんじゃねぇ!」


 俺がそういうとトリシアが苦笑しはじめる。


「おい、ボウズ。ケントは微妙なお年頃だ。年寄り扱いするとへそを曲げるぞ」

「そうなんですか。大人は難しいですね。失礼しました」

「お前、マタハチたちと話し方が違うな。どっかの御曹司か?」


 俺がそうきくと、マタハチが口にモノを入れたまま喋りだす。


「タッちゃんは……モゴモゴ……」

「口にモノを入れたまま喋らない!!」


 俺がそう叱ると、女の子たちが顔を見合わせて囁いた。


「お母さんみたい」

「うん、ウチもそう思った」


 俺がジロリと見ると、肩を竦めてマツタケご飯を口に運び始める二人。

 口の中の食い物を飲み込んだマタハチが言う。


「タッちゃんは俺の長屋に住んでるお侍さんの子供なんだよ」

「ほう」

「父は浪人です。学があるので近所の子供に文字などを教えています」


 ほほう。浪人の息子か……学があるのになぁ。って、大学浪人の事じゃないのは解ってるよ!

 ま、あれだ。武士や侍って言ったって、いわゆる官僚だ。処世術がないヤツは出世街道から外れるか、弾き出されるのが世の常か。


 ちょっとややこしいが、職業クラスとしてのサムライと、ここでいう侍や武士は別モノなのは言っておく。ほんと、ややこしいね。

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