第20章 ── 第9話
俺は籠に乗せられてキノワ城下町を進む。ハリスは俺の籠の横をタカスギさんのお付きの男たちと徒歩だ。
籠の窓から外を眺めると、城下の人々も俺たちの行列を眺めていたりする。こういう光景は比較的珍しいのだろう。
キノワ奉行所はキノワ城下町の東側にあり、六尺棒のような長い棒を持った門番が二人、門を守っていた。
このあたりはキノワの町の司法機関が集まっているらしく、江戸時代の評定所っぽい感じもする。
キノワの財務を統括する勘定奉行も併設してあるので余計そう思えるね。寺社奉行がないので、正確に評定所ではないんだろうけどね。
フソウには宗教的な施設である神社や寺がかなり多く点在するのだが、そういったモノを統括する寺社奉行所はないらしい。
国によって信教を制限していない所は、東側と同じだね。まあ、現実に神が存在する世界でそんな事したら神罰が落ちそうですしなぁ。
奉行所の二〇畳もある広間にハリスと共に通されてしばらく待っていると、仰々しい着物姿の人物が、タカスギさん含む数人の男たちと入ってくる。
これがお奉行様ってやつだな。俺は時代劇よろしく、手をついて平伏しておく。ハリスも俺に倣って頭を下げた。
衣擦れの音で、俺の正面に奉行が座ったのが解る。
「クサナギ・ケントと申されたな。そのように頭を下げる必要はござらん。
そう言われてまで平伏しておく必要はない。俺は頭を上げて奉行とやらの顔を拝む。
何やら目尻が下がった非常に柔和そうな顔が目に入った。
「お初にお目にかかります。お奉行様。私は旅の冒険者、クサナギ・ケントと申します」
奉行は静かに頷く。
「私はキノワ城下町奉行のトキワ・シロウ・サエモンと申す。本日は急にお呼び立て致し、誠に申し訳ない」
奉行のトキワが頭を逆に下げた。
「お顔をお上げ下さい。下々に頭を下げては、お奉行の沽券に関わります」
「武士の沽券など、それほど価値のあるものではないと私は思っている」
そういうと、トキワが膝を進めて俺に少し近づく。
「それに比べ、その方たちの活躍こそが価値のあるものであった。感謝に絶えぬ」
再び頭を下げた奉行が顔を上げると、一緒に来ていた一人に何やら指示を出した。
その人物は、自分の後ろから赤い膳のようなものに載せたものを
「少ない礼だと思うが、それを納めてもらえような?」
その膳らしいものの上には
江戸時代で言う所の切り餅ってやつですか?
まあ、断る理由もないし、犯罪者の捕縛の報奨金だと考えればいいか。
「有り難く頂戴いたします」
「うむ。この礼は盗賊団の捕縛に対するものだ。盗賊団には賞金が掛けられておったので、正当な報酬と考えてもらって良い」
なるほど。しっかりと予算に組まれていたなら何の問題もないね。
「それで」
む。本題かな?
「その方たちが捕らえた盗賊を尋問した結果であるが、何者かに雇われただけの冒険者である事が判明した」
「冒険者なんですか?」
「そう申しておる」
まあ、冒険者は金次第で何でもするというのが西側での認識らしいからな。金を積まれたならば盗賊家業くらいするかもしれない。
「で、その依頼者は?」
俺がそう聞くと奉行のトキワは苦虫を噛み締めたような顔で首を横に振った。
「尋問の責め苦に音を上げる前に舌を噛みよった」
そこまで骨のある奴らだったの? というか尋問の責め苦って……
俺の脳裏にギザギザした板の上に正座させられた犯罪者が石の板を抱かされているイメージが浮かんだ。
あー、江戸時代の取り調べって拷問だったっけ? 拷問に耐えかねて自殺ってのは良くある事かもしれないな。
ま、舌を噛んだって
「でも、少しは解ったのでしょう?」
「盗賊どもは街道などで行商や旅人などを襲い、金品などを強奪するのだ。この部分は既に解っていることだ。
盗賊どもはとある人物に雇い入れられ、幾つかの組に分けられるようだな。それがそのような凶行を行っていた。
そして、強奪した金品は、雇い人が買い上げる。盗賊どもには足の付かない稼ぎとなるわけだ」
ふむ。かなり組織的だな。
「それで、その雇い人は?」
奉行はやはり首を横に振る。
「この度の盗賊が自白した場所に同心どもを踏み込ませた。既に該当の人物はおらず、盗品も殆ど無くなっていた。どこに持ち去られたのかも解らぬ」
ふむ。手がかり無しか。奉行所の手勢が少なすぎるというのも捜査が後手後手に回っている理由だろうなぁ。
「そうですか。解決は難しそうですね」
トキワが眉間に皺が寄ったまま頷いた。
「ところで、その方は冒険者と聞く。ルクセイド領王国からやってきたとか」
「ええ。ルクセイドからここまで来ました」
「はて。ルクセイドからフソウへ参るなら、バルネット魔導王国を経由して来たはずであるが、タケノツカへ向かう街道から来たようだが」
ああ、バルネットは避けて来たからなぁ。
「バルネットは魔法使いに優しくないと聞いてましてね。この南にある蛮族の地を経由してフソウに入ったんです」
「なるほど……南を……」
奉行は少し考えるような顔をする。
「あの地はかれこれ数百年もの間、戦乱を抱えた場所。理由が理由だけに我が国でも手を出す事は禁じた地域ゆえ、出入りは戒めるように通達されている。永きに渡り、我が国がそこに足を踏み入れる事は無かったが……」
俺は頷いておく。
「もう、大丈夫だと思いますよ。あの地の戦乱は収まったはずです」
「ほう。どうしてそう言える」
そのうち判明するだろうし、教えておくか。
「あそこはエンシェント・ドラゴンが支配下に置いたようです」
「何っ!?」
奉行が慌てたように片膝を立てた。
「古代竜様が降臨なされたか!?」
「ええ、そのようです」
トキワは立てた膝をゆっくりと戻した。
「申し訳ない。古代竜様と聞いて少々我を忘れてしまった」
「お気になさらず。エンシェントでなくても、ドラゴンが現れたとすれば大事になりかねませんからね」
「いやいや、我が国は竜を脅威だと思っておらぬ。竜王国である故な」
そういや、竜を信奉しているんだっけ?
トキワはチラリとタカスギたちを見る。
「その方たち、席を外してくれぬか。私はクサナギ殿と密な話をしたいと思っているのでな」
「はっ!」
タカスギが一つ頭を下げると、他の人たちも頭を下げてから立ち去っていく。
「タカスギには苦労を掛けてしまうな」
「タカスギさんは与力だそうで」
「うむ。奉行になった時に付いてきてもらったが、奉行所所属の他の与力と友好的に付き合うのは難しいものらしい」
なるほど、内与力ってやつでしたか。奉行の腹心って事だな。
ハリスが身動ぎをしたのを後ろに感じる。俺が振り向くと、ハリスが俺に何か頷いている。
「どうした?」
「聞き耳を……立てる者が……」
「気づかれずに排除しろ」
「了解……」
そのやり取りを見たトキワが不思議そうな顔をしている。
「どうかしたかね?」
「いや、曲者が聞き耳を立てているようなので」
そういうとトキワが目を厳しいものにした。
「なんだと……」
「大丈夫です。今、ハリスに対処させました」
「ハリス殿? そちらの御仁だな」
「ええ、彼は忍者ですので」
俺がそういうとハリスはニヤリと笑ってトキワに頭を下げた。
「おお……となるとやはり中央の……」
中央? 何のことか?
「あ、いや、それは秘密であるな。失敬した」
ん? 何か勘違いしてる?
「実はクサナギ殿に頼みがあるのだ。聞いて頂けるだろうか?」
「頼みですか? 俺に出来ることならやりますが」
トキワは嬉しげに頷いた。
「今回の盗賊騒ぎ、単純な組織的盗賊事件とは思っておらんのだ」
「といいますと?」
「これは、役人が絡んでいると踏んでいる」
役人が?
「どうも奉行所の情報が外に漏れている節がある」
「となると、奉行所内部に内通者が?」
「そう考えている。誠に遺憾なことだがな」
なるほど。全ての役人が清廉潔白というわけじゃないだろうしなぁ。江戸時代の同心や岡っ引きなどは、付け届けとかいう賄賂が蔓延していたと言われている。そういう悪い部分まで似ているとしたら……
「それを俺たち冒険者に任せようと?」
「うむ……クサナギ殿ならば信用が置けると判断している」
「俺たちもただの冒険者なんですけどねぇ……」
「解っておる。そのように振る舞うことが隠密には義務付けられているのだろうからな」
隠密!! あちゃー。俺たち中央政府の隠密と勘違いされてるのかよ。
隠密同心とか時代劇にあったけど、大抵地方の政府に疎まれるんだよね。そういうのと勘違いされているとなると、悪事に手を染めている何者かに狙われかねないな。
「隠密ではないんですけどね」
「みなまで言うな。解っておる」
否定すればするほど、真実だと思われかねない。困った。
「そういう事にしておきます。で、その捜査を俺たちにしてほしいわけですね
」
「そうだ。外側から調べる方が良いと判断する」
俺もそう思う。内通者がいるなら間違いなくそうするべき案件だ。
「解りました。俺もやらねばならない事がありますので片手間になるかもしれませんが……」
「よろしく頼む」
トキワが深々と頭を下げた。
基本的な捜査はハリスを中心に任せるとしようか。俺には作業があるからな。大詰めは多分、戦闘とかがあるかも。その時はチーム総員で事にあたろう。どんなヤツが悪事を働いてるか解らんからね。
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