第20章 ── 第8話
翌日、皆の朝食を作る。
日本っぽい土地柄だし、日本の朝食っぽいのにします。
焼き鮭、豆腐と大根の味噌汁、漬物代わりに梅干し、そしてオニギリだ。
大量に作ってちゃぶ台の上に置いておけば、仲間たちは勝手に食うだろう。
俺はオニギリ片手に魔導エンジンの設計の問題点の洗い出し、部品の削りだしなどを行う。
基本構造は通常のガソリンエンジンとあまり変わらない。ガソリンの燃焼によってクランクを回す代わりに、魔法による空気の爆発的な膨張をクランクの回転運動に利用するわけだ。
風属性魔法だけでは空気の膨張効率が悪いので、ここに火属性を加えることで膨張率の支援を行う。これにより膨張率は飛躍的に向上し、クランク・シャフトが一秒間に一二〇〇〇回転ほどになる。
膨張した空気は排気管から外部へと向かうが、結構な爆風になるので、この風を姿勢制御用に使おうかと考えている。
風属性と火属性の混合術式を魔導回路に彫り込みつつ。オニギリを齧る。
塩むすびに海苔を巻いただけだが、やはりオニギリは美味い。
「お、もう仕事かや!?」
マリスが起きてきて、隣の部屋から出てきた。
「おう、おはよう。朝飯はそのちゃぶ台の上だ」
「何を作っておるのじゃ?」
「今は魔導回路だな。空を飛ぶ前に地上を走れるようにするわけ」
ふんふんとマリスが聞いている振りをしながら、オニギリとおかずを交互に口に入れている。
「我は子供たちと今日は川まで行くのじゃ」
「川か。子供が溺れないように気をつけろ」
「泳がぬから大丈夫じゃろ? もう冬も近いからのう。人間では死んでしまうのじゃ」
確かに。しかし、マリスだけだと心配な気もするな。
「今日もアナベルを連れて行け。万が一の時に
「ふむ。そうするのじゃ」
続いて起きてきたのはトリシアだ。
「もう食べているのか」
超絶美人系の気だるい感じって結構そそるよね。へそ出しのパジャマなので少しエロい。その腹をポリポリ掻きながら眠そうな感じなのが良い。
ハリスも起きてきたが、既にキッチリと普段着に着替えているので、怠惰な感じは微塵もない。みんなにお早うの代わりの会釈をするとちゃぶ台の横に座って朝飯を食い始める。なんか、出勤前のお父さんみたいですな。
「おはようございます~」
殆ど半分目を閉じたアナベルがやってきた。パジャマのボタンがはち切れんばかりの巨乳は健在で、ヨタヨタと歩くと盛大に揺れる。
「私のメガネはどこに~」
あっちの床、こっちの床と顔を回しているが……
「頭の上にあるのは何だよ」
「ほえ~?」
アナベルは頭の上に両手を持っていき手探りする。
「あー、こんな所に」
こんな所って気づけよ! ベタな展開すぎるぞ!
「アナベル、マリスがまた子供と遊びに行くらしい。一緒に付いて行ってくれ」
「はーい」
みんなが朝食を摂り始めた頃。縁側あたりに置いた作業机でコリコリと回路を掘り続けていると、町の方に続く道から何人かの女性がやってくるのが見えた。
「ここかしらね」
「子供たちはそう言ってましたよ」
「寺子屋があった頃は良く来たもんだけど」
俺がその女の人たちを見ると、先頭を歩いていた三〇歳くらいの女性と目が会う。
「おはようございます。こちらはマリスちゃんのお住まいですか?」
笑顔だが、少し警戒したような雰囲気を醸し出しながら話しかけてきたよ。
「ああ、ここは昨日から俺が借りているよ。マリスなら朝飯中だ」
「昨日、私どもの子供たちが大層なご馳走を頂いたとお伺いしまして」
何だ? 大したもんは出してないが?
「ああ、腹が減ってるっぽかったんでね。ウチのマリスたちだけに食わせるわけにもいかないだろ。別に余り物だし気にするな」
俺はこういう近所付き合いはあまり得意じゃない。なのでどうも返答がぶっきら棒になってしまう。
それを察したのかトリシアが出てきた。
「子供たちの母親か?」
「え? エルフ様!? は、はい! 子供たちの母親でございます」
トリシアを見た母親たちが土がむき出しの庭に
「そこに座ると着ているものが汚れる。上がったらどうだ?」
トリシアにそう言われて母親たちは困惑したような顔になる。
「エ、エルフ様と同じ座敷に登るなど……」
トリシアは手を腰に当てて怪訝な顔になる。
「エルフも人族も変わりはない。長寿のエルフを敬う人族は多いが、そこまで敬意を払う事もなかろう。隣人として接してもらえれば良い。
この屋敷の主人は、ここにいるケントだ。ケントもそういう風にしてもらった方が気が楽だろう」
俺に同意を求めるトリシアの声が耳に入ったので頷く。
「俺たちはただの冒険者だ。そんなに畏まる必要はない。子供に飯を食わせたくらいでお礼も必要ない」
俺がそういうと、トリシアはニヤリと笑って母親たちを座敷に上げた。
「ま、茶でも飲んでいけ。ケントが入れる茶ほど美味くはないがな」
ハリスが既にお茶を人数分入れて持ってきた。
「どうぞ……」
「これはどうも……」
母親たちは戸惑いながらもお茶に口を付けた。
「これは、つまらない物ですが……昨日のお礼にお収め下さい」
母親たちが少し大きめの風呂敷を畳の上を滑らすように押しトリシアの前に置いた。
トリシアは遠慮なしに風呂敷を開ける。
そこにはシイタケ、マツタケ……秋の味覚が。
俺は横目でそれを見て、ガバッと身を起こした。
「シイタケ!? マツタケ!?」
俺はキノコ大好きなんだよ。それにシイタケやらマツタケなら大歓迎だ。
俺は座敷に上がると、風呂敷にダイブした。
「おー! ティエルローゼに来て、やっとシイタケとマツタケ、ゲットー!」
トリシアがポカーンとした顔で俺の所業を見てる。いや、子供の母親もだな。
後ろでハリスが「ブホッ」と吹き出すのが聞こえた。
「お、お気に召して頂けたみたいで……」
子供の母親たちが口に着物の袖を持ってきて忍び笑いをした。
「あ、申し訳ない。俺はキノコ大好きなもんで……」
俺は顔を赤くしながら頭を下げた。
「そんなに喜んで貰えるならもっと採ってくればよかったですね」
「そうですね。明日にでもまた採ってきましょう」
俺は下げた頭をまた素早く上げる。
「そんなに採れるの?」
「ええ、町の近くにクヌギ林とマツ林がありますからね。そこに沢山生えていますよ」
なんと、このキノコたちは天然モノだっ!
「そういうキノコは勝手に採取しても問題ないんですか?」
俺の質問に母親たちは顔を見合わせている。
「咎められたことはありませんが」
「領民は大丈夫なんじゃないですかね?」
「町役人さんも採りに来てますよ」
ふむ。フソウ国民だけ採取可という場合もあるか。マツタケなんて高級食材が簡単に手に入るなんて考えられんしな。
そう考えれば軽々にはマツタケ狩りなんてやったら不味いか。他国で捕まったら本国に顔向けできん。
母親たちが帰っていく後ろ姿を見送ると、今度は何かがやってきた。
あれは……籠だな? それと……タカスギさん?
見れば、馬に乗ったタカスギさんと、その後ろに黒塗りの豪華な籠を担いだ男たち、以前見たお付きの男が数人やってくる。
帰っていく母親たちが、その一行をすれ違いざまに見て、目を白黒させていた。
「御免!」
タカスギさんと籠が玄関口にやってきて、彼の大きな声が聞こえてくる。
俺は玄関まで走っていき、タカスギさんたちを迎えた。
「これはこれは。こんな朝早く、タカスギさんが来るとは」
「昨日、奉行所にお手先どもから報告が参り、こちらにクサナギ殿が居を構えたと知りました」
「一週間ほど借りただけなんですけどね」
タカスギは頷くと、紙にくるまれたものを懐から取り出した。
「こちらはお奉行からの書状です」
「お奉行様から?」
俺はその書状を受け取り、中を確かめた。
書状には、盗賊の討伐および捕縛の協力に感謝する旨が長々と書かれ、つきましてはお礼をしたいから奉行所までタカスギとご同道願いたいと書いてあった。
「お奉行が俺とお目通りを?」
「そうです。是非にとの仰せで」
ふーむ。奉行所っていえば、警察と裁判所、所によっては刑務所まで兼務する司法の中心だ。無碍に断っては問題が大きいか。
「今すぐでしょうか?」
「お奉行はそう望まれているようです」
少し申し訳なさげなタカスギさんが頭を下げる。
「タカスギさんの所為じゃないですからね。解りました。ご同道しましょう。俺だけでいいんですか?」
「お連れもご一緒で構いませんが……」
「ではハリスを供に連れて行きます。他の仲間は色々用事があるっぽいので」
「ご随意に」
俺とハリスの支度を待ってもらい、仲間たちに後を任せる旨を伝えておく。
「マリスとアナベルは子供たちと遊びに行くから、トリシアは留守番を頼んでいいか?」
「構わない。そのお奉行とやらは何だ?」
「そうだな。衛兵隊長と裁判長を兼任している感じかね? ようは偉い人だ」
「ふむ。それでは招待を断るわけにもいかんな。気をつけて行ってこい」
「ハリスを連れて行くよ。ハリス頼む」
「了解した……」
ハリスは頷くと普段着から正装に着替えに行った。
「マリス、アナベル。昼は町で何か買って食え。子供たちも一緒だったら奢ってやれ。それほど俺たちの帰りは遅くなるとは思わないけど、お前たちは陽が落ちる前に戻れよ」
「了解じゃ」
「心得てますよー」
よし、俺も支度をするか。お奉行とやらが会いたいってのは昨日の礼だけじゃないような気がする。普通、奉行が一般人と会うなんて事はないはずだしな。少し気を引き締めていくとしよう。
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