第20章 ── 第7話

 キノワ城の城下町に入ったのは、例の盗賊騒ぎから二日後の事だった。

 ルクセイドの身分証が、キノワ城下に入るための関所で役に立った。


 この街は城壁などはなく、城の周囲に住居や商店街などが自然発生的に集まった感じの場所で、帝国の貿易都市アドリアーナに似ている気がする。


 俺たちは、キノワ城下町の端っこにある古びた長屋を一棟、丸々借り入れた。

 期間は一週間ほどだが、びっくりするほど家賃は安かった。銀貨一枚とか普通に安すぎるよ。ま、安い分には良いんだけどね。


 実は、そろそろ一週間ほど一箇所に滞在しようと思ってたんだよね。

 例のジョイス商会の会長レオナルドに依頼されたモノを本格的に組み立てようと思っている。


 ここの所、皆が寝静まったあとにちょこちょこと魔導エンジンの設計と開発を続けていた。

 ここに来てようやく目処がたったからだ。

 部品の製造やエンジンの試運転などをするなら、どこかで少し腰を落ち着けた方がいいと考えたわけ。


 借り受けた長屋は、少々町から離れていて、小さな林の中に建っている。

 住人がいなくなって二年ほど経っているそうで、ちょっと気合を入れて掃除をしないと問題があるが、短期間滞在する程度なので大丈夫だろう。


「周囲を探検してくるのじゃ」

「私も行くのですよ!」


 マリスとアナベルが二人して走っていってしまう。


「仕方ない奴らだな。掃除も終わってないというのに」


 トリシアはヤレヤレといった感じで雑巾を絞って畳や縁側を拭いている。

 ハリスは天井に張り付いて、ハタキでホコリを落としている。すごい忍者っぽいけど、器用ですな。


 俺は魔導エンジンの試運転ができるように、庭の草を抜いて場所を確保する。


「掃除までさせて悪いね。皆には関係ない事なんだけど」

「それもケントの仕事なのだろう?」

「空を飛ぶ馬車か……早く見たい……」


 ハリスはともかく、トリシアは一国の重鎮だった事もあるのに掃除を嫌がりもせずに手伝ってくれるので助かります。

 ま、ハリスも転生してきてからいつも一緒にいてくれるので有り難いんだが。


 掃除や場所の確保などが終わった頃、マリスとアナベルが近所のガキどもと遊びながら帰ってきた。


「ただいまーなのじゃ!」

「おなか空いたのです」


 帰って早々に飯の催促かよ。


「で、その子供たちは?」

「近所の子供ですよ」

「一緒に遊んだのじゃ」


 子供たちは結構粗末な着物姿で、つんつるてんな子もいる。肌艶もあまり良くないっぽいので栄養が足りてない感じだなぁ。


「おい、ガキども。飯食ってくか?」


 俺がそういうと、一番大きそうな男の子が目を丸くする。


「おっちゃん、いいの?」

「おっちゃんじゃねぇ! お兄さんだろ!?」

「お、お兄ちゃん……?」


 最後が尻上がりなのが癇に障るが、おっちゃんと言われるには二五は若すぎるだろが。微妙な年頃なんだぞ。


「まあ、いいや。お前ら、残りもんだが食ってけ」


 俺はインベントリ・バッグからタケノツカ村で残り物で作ったかき揚げをホカホカご飯に乗せて汁を掛けて出してやる。


「おお、天丼かや!?」

「いや、かき揚げ丼かな。ま、同じ様なものだが」

「あの時の……だな……」


 ハリスは既に俺と食ったことあるので驚かないだろう。


「かき揚げ? 色々入ってるので美味しいのです!」


 アナベルは頂きますも無しに食べ始めているよ。どんだけ腹減ってたんだ。


「食べていいの?」


 眼の前に置かれてドンブリと俺を交互に見ている子供が涎を垂らしながら言う。


「子供は遠慮するな。いっぱい食って大きくなれ。そしてこの国をしっかり下から支える人間になれ」


 俺の号令で子どもたちが我先にとドンブリを抱えて食べ始めた。


「うめぇ! 母ちゃんの飯なんか目じゃねぇ!」

「マタハチ、美味しいね!」

「チヨちゃん、お米がほっぺについてる」


 子どもたちが賑やかに、そして美味しそうに食べているのを見ると、ほっこりするね。


「マリス、何をして遊んできたんだ?」

「追いかけっこじゃな。我は誰にも捕まらなかったのじゃ」

「マリスちゃん、スキル使うのはズルいのですよ?」

「それも実力のうちなのじゃ」


 得意げに言っているが、遊びにスキル使ったのかよ。容赦ねぇな。


「マリスちゃん、凄いはやいの。眼の前から消えちゃうの」


 チヨと呼ばれていた八歳くらいの女の子がマリスを羨望の眼差しで眺めている。


「チヨ坊は足遅いからなー。俺はマリスを目で捕らえてたぜ!」


 ガキ大将っぽい一〇歳くらいのマタハチが得意げに言うが、多分嘘だな。

 マリスが本気でスキルを使ったら、まず目では追えないよ。マリスの移動スキルは割り込みインタラプト系がメインだからな。


「こっちのお姉ちゃんも凄かったよ。足でドンッ! てやったら地面に亀裂入った」

「見た見た! それでマリスがコケた!」


 おい、アナベル。お前も本気か。一九歳だっけ? もう二〇かな? 子供目線過ぎるだろ。天然娘は健在でした。


「ところで、おっちゃん。こんな幽霊屋敷に住むの?」


 マタハチが不穏な事を言う。


「おっちゃんじゃねぇ。兄ちゃんだ! 一週間くらいここに住む予定だよ。って、幽霊屋敷なのか?」


 そういうと、子供たちがコクコクと頷く。


「ここは二年前、人殺しがあったんだって。それから人は住んでないんだ」

「マジか……」


 どうも安いと思ったら事故物件か! まあ、俺が見た所、幽霊のようなものはいないみたいだが……


「そうなのです? 私が空に帰しましょう」

「大丈夫じゃ。幽霊が出たら、我がおっぱらってやるのじゃ!」

「幽霊ならエマを助けた地下で見ただろ。あれが怖いとかありえん」


 まあ、神官プリーストもいるし問題ないだろう。あんな布被った幽霊なら全く怖くないもんな。


 夕方になり、子どもたちはマリスとアナベルが送っていった。

 また遊びに来るとかマタハチが言っていたのが少し心配。一応、仕事するために借りたんでね。



 長屋の裏側に簡易溶鉱炉などを設置して、部品削りだし用のインゴットを作った。

 出来上がったのは深夜で、仲間たちはもう寝静まっている。


 さて、俺も寝ておくか。


 布団に潜り込んだ時だ。


 ふと気配がして目を開けると、着物姿の一五歳くらいの女の子だろうか、必死に目を閉じて俺の頭の上で両手をかざして念じていた。


「えーい、えーい」


 何やってんだ? というか誰だ?


 俺がジーーーッと見ていると、目を開けた女の子と視線が絡み合った。


「何してんの?」

「あれっ!? 金縛りになってない!?」

「なるかよ。ってか誰だお前?」


 俺がそういって身体を起こすと、女の子はビクッとする。


「う、う、うらめしやー!」


 女の子は両手を広げ、赤い顔で身体をくねらせている。


「怖くねぇ。つーか、すげぇ可愛いらしすぎるわ!」

「えぇーーーー!?」


 女の子は絶望の表情で悲壮感を漂わせた。


「そ、そんなぁ。それじゃ成仏できません……」


 ガクリと両の手を畳についた女の子は涙目になる。


「成仏? どういう事だ?」


 俺は女の子が少し可哀想になって話を聞いてみることにした。


「実は……」


 女の子の名前は「セツ」。二年前までこの長屋に住んでいた子だという。

 喉にモチを詰まらせて死んだらしく、気づいたら幽霊になっていたそうだ。

 両親は悲嘆にくれて、どこかへ引っ越してしまった。だが、セツはこの場所を離れられなかったらしい。地縛霊か何か?


 しばらく一人でこの長屋にいたが、ある時、同業の幽霊がやってきたそうだ。


「成仏するには、生者を驚かして得点を稼がなきゃダメなんだよ」


 そうその幽霊に言われてから、この長屋に人が来るのをずっと待っていたんだと。


「それ、嘘だと思うよ」

「え!? そうなの!?」


 この子、結構ドジっ子? 騙されやす過ぎるだろ。


「じゃあ、私はどうしたら……」


 なんとも可哀想だなぁ。


「というか、死んだら幽霊になるとか……現世に心残りがあるの?」


 俺がそう聞くと、女の子は首をかしげる。


「心残り……? 戸棚のお饅頭くらいかな?」


 そんな戸棚は、もうねぇよ。こいつもアナベルと同じ天然系の子だなぁ。

 このセツって幽霊は全く怖くないな、ちょっと抜けてるし。

 某、サダ○やカナ○みたいなのだったらショック死する自信あるんだけどなぁ。


「うーむ。ちょっと待ってろ」


 俺はとりあえずリストから、それっぽいヤツに念話を繋げることにした。


「あー、もしもし?」

「え? 誰!? あ! ケントね!」

「あ、うん。お久しぶり」

「お久しぶりじゃないわよ! もっと念話してきなさいよ! ていうか、あれから初めてじゃない!?」

「そうだっけ? まあ、いいや」

「よくない!」


 相変わらずタナトシアは良く解らん。


「それはそうと、今、目の前に幽霊がいるんだが」

「え? なにそれ?」

「だから、ゆ・う・れ・い」

「幽霊は解ってるわよ。何で幽霊が目の前にいるのって事よ」

「何かモチを喉につまらせて死んだらしいよ。気づいたら幽霊だったって」

「何それ。死んだら幽界に行かなきゃダメじゃない」


 俺はセツを見る。いやー、この子、そんなシステム、微塵も理解してないと思うんだけど。


 俺が誰と話しているのか、セツは解らないらしく周囲をキョロキョロと見回している。


「つか、幽界ってのがあるの?」

「あるわよ。貴方たちみたいな異世界人のモノじゃないけどね」


 どうやらティエルローゼにもあの世は存在するらしい。俺たちプレイヤーは対象外か。


「生物が死んだら、そこに魂は行くことになってんの」

「へぇ。道案内とかはないのか?」

「いるわよ? その幽霊の所にも行ったはずだけど?」


 俺はセツに話しかける。


「おい、あの世に連れて行ってくれるヤツが来たはずらしいが」

「え? あの世に? 誰のこと?」


 何の覚えもないようだ。


「知らないようだぞ?」

「変ねぇ。今、どこにいるの?」

「フソウ竜王国だな」

「あー。そこ、私の担当じゃないわね」


 へ? 担当なんてあるの?


「連絡しておくから少し待ちなさい」


 タナトシアはそういうと念話を切った。


 何なんだよ。


 しばらくセツという幽霊と待っていると、不意に天井から明るい光が降りてきた。


「すみませ~ん! 一覧から漏れていたみたいで~」

「誰だよ」

「はい。お迎えです~」


 そういうと、小さな子鬼がペコペコと頭を下げた。


「鬼……?」


 セツが少し顔を強張らせる。


「って、いっても小鬼だろ。怖がるほどじゃない」

「こちらの女の子が連絡があった幽霊ですね?」

「そうだな。なんか成仏できなくて人を驚かせようとしていたらしいね」

「あー。そういう噂信じちゃった子かー」


 あちゃーという感じで小鬼は頭を手で抱えた。


「それ、長くやると地獄落ちするんですよね」

「そうなの?」


 セツはそれを聞いて気絶しそうなほど驚いている。ま、幽霊だから気絶はしないだろうが。


「では、あの世にお連れいたしますねー」

「よろしくな」


 小鬼がそういうと、セツの身体が温かい光に包まれた。


「おじさん、ありがとう」

「おじさんじゃねぇ!」


 セツは微笑みながら俺に手を合わせて消えていった。


 うーむ。これ、霊体験なのかな? なんか全く恐怖を感じないんですが。

 何はともあれ一件落着か。寝るとしよう。

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