第20章 ── 第6話

「で、ケント。こいつらの処遇はどうする?」


 マリスの手で面白おかしくロープでグルグル巻きにされた首領を足蹴にトリシアが言う。


「ま、普通なら衛兵に引き渡す所なんだが……」


 フソウって衛兵いるのかな? 今まで歩いてきた村には衛兵のような兵士っぽい人間は見かけなかったし……


「とりあえず、次の宿場町まで引っ立てていくか」

「死体は……?」


 あー、一〇人以上も死体があったよ。土塁に埋めていくっての手だが、何気に面倒だ。


「馬車に積んでいこう。目立つがスレイプニルに引かせるしかないが」


 俺はインベントリ・バッグから馬車とスレイプニルを取り出して、死体と生き残りを荷台に放り込む。そして、トンネルを抜け、宿泊予定の宿場町へと出発した。


 三〇分ほどした頃、前方から馬に乗った者とお付きっぽいのが五人ほど、急ぎ足で前方からやってくる。


 乗馬している人物は黒い羽織、陣笠といった出で立ちだ。同心? いやもっと上か。与力っぽい感じか?


 とにかく、時代劇の鬼平みたいなのだ。お付きらしい五人は、これまた時代劇の岡っ引きが捕物に使うような武器を担いでいる。袖搦、刺股、突棒ってやつに似ている。


「とまれーぃ!」


 武士っぽい人物が馬上から叫んだ。


「どーう! どうどう!」


 武士っぽい人物は慌てているようで、馬の制御に苦労している。


「お馬さんよ、鎮まれって。ご主人が困っているぞ」


 俺が前に出て馬の口輪あたりを押さえて撫でてやると、馬はすんなり鎮まった。


「すいやせん。急がされたのでイライラしちまって」

「ああ、そうなの。ま、人間は自分の都合で動物をこき使うからな」


 何故か馬が言っている事が解ったので撫でながら無意識に答えてしまった。


 それを見ていた武士っぽい人は目を丸くしていた。


「そ、その方、馬の扱いが殊に上手いようだな」


 武士は馬から降りると名乗った。


「拙者、キノワ奉行所与力、タカスギ・ツネヨシと申す」

「俺は冒険者の……あれ? タカスギさんは名字が先ですね。フソウでは名字が先か。俺はクサナギ・ケントです」


 タカスギと名乗った武士はやはり与力だったかー。って、ここらの司法制度って江戸時代の日本と同じなのか?


「冒険者……? つかぬ事をお尋ね申す。この辺りで不審な音が鳴り響いたとの訴えが宿場町からあった。何か知らぬであろうか?」


 不審な音?


「どのような音でしょうか?」

「何やら破裂するような音が連続で鳴ったと」


 む? さっきの戦闘でトリシアが撃ったライフルの音じゃねぇか?


「もしかすると、さきほど盗賊に襲われた時に我々が発した音ではないかと思います」


 俺がそう言うや否や、タカスギは身を乗り出してくる。


「何! 盗賊!? してその盗賊は!?」

「殆ど殺しました。生存者は捕らえてあります」


 俺は死体と生きている盗賊を放り込んである馬車の荷台を指し示す。


 タカスギはスレイプニルを見て、また度肝を抜かれていたが職務に真面目というか忠実というか、なんとか荷台を後ろから覗き込みに歩いていく。


「こ、コレは!?」

「いきなり弓矢で襲われまして、反撃に出て制圧しました」


 タカスギは、俺と仲間たちを交互に見て驚いている。


「こ、この人数で……?」

「まあ、こんなレベルの低い盗賊は大したことはありません」


 一応、謙遜しておく。


「それよりも、訴えから随分早くお出でだったようですが」

「う、うむ。実は最近、キノワ周囲の宿場町一帯で盗賊団による強盗、殺人、誘拐などが多発しておってな。

 各宿場街に対し、奉行所が人員を派遣するような状態であった。何か不穏な事があり次第、向かうようにとお奉行からのお達しでな」


 ほう。偶然、その盗賊団の一つを俺たちが退治、捕縛したって事になるのかな?


「何人か生け捕りにしてあります。コイツらをタカスギさんにお渡ししてよろしいですか?」

「引き渡してもらえるかね!?」

「当然ですよ。こんな反社会的な奴らはお上の手で縛り首にでも打首にでもしてもらいたいものです」


 俺がそういうとタカスギは頭を深々と下げた。


かたじけない。この度の盗賊団の一件で我ら奉行所の者は肩身の狭い思いをしておった。そなたの様な腕利きの冒険者に協力してもらえた事は、お奉行もさぞお喜びになられることだろう」


 うん。ノリが時代劇そのものですな。嫌いじゃないよ、こういうの。


「して、そなたたちは、旅の途中のようだが」

「ええ、フソウのお米を手に入れたいと思いまして、遥々旅してきました」

「冒険者が行商のようなことを?」


 何故かタカスギは意外そうな顔をする。


「ま、普通は商人みたいな事はしませんけど、米がないとウチのチームの士気が下がりますんで、できれば本場の美味しい米が欲しいんです。俺の国では米はあまり入ってこないので」

「左様か……そなたたちの出で立ちを見る限り、ルクセイド領王国の者とお見受けするが」

「ああ、そうです、そうです。ルクセイドから来たんです。ほら」


 俺が上を指さしたので、タカスギは上を見上げた。


「上に何が?」

「飛んでるでしょう?」

「トンビかね?」

「いえ、あれはグリフォンです」


 タカスギが目を見開いた。


「グリフォンとな!?」

「ええ、懐かれましてね。付いてきてしまったんですよ」


 俺が手を振ると、イーグル・ウィンドが旋回しながら降りてきた。


「お呼びで?」

「あ、済まん。ちょっとフソウのお役人に紹介しておこうと思ってね」

「そうですか。さっき、あっちの森でクマを見かけました。食べていいですか?」

「構わないんじゃないかな?」


 俺はタカスギに顔を戻した。


「あの、グリフォンが言っているんですが、あの森にクマがいるみたいですけど、グリフォンが食べても問題ありませんか?」

「ク、クマ!?」


 タカスギは慌てて土塁の内側にある森に目をやる。お付きらしい五人も慌てて武器を構えて森を警戒する。


「ク、クマが土塁内に入ってきては……マタギどもは何をしているのか」

「ああ、ウチのグリフォンが食べたいそうなんですが、よろしいでしょうか?」


 タカスギはバッと顔を俺に戻すとコクコクと頷く。


「そうして頂けると我が国の民も助かる……して、このグリフォンは人は襲わないのであろうか」

「失敬な。あるじの命令なく人など襲うかよ。あるじに危険が迫れば別だが」


 グリフォンが不機嫌そうにプィッと顔をそむけ、それを見て俺は苦笑する。

 イーグル・ウィンドの言ってることが解るのはもう驚きもしない。

 もう彼にとって俺たちは完全に主人の位置にいるらしい。まあ、ダイア・ウルフたちの組織に組み入れられているんだから当然か。


「人は食べないそうです」

「先程も思ったが、そなたは動物の言葉が解るのかね?」

「どうも、そんな能力を手に入れたみたいで……」


 ハリスも頷いている。


「俺も……動物の言葉は理解できるが……ケントは会話すらできる……」


 妙に自慢げなのがマリスみたいですよ、ハリスの兄貴。


「イーグル・ウィンドどうもありがとう。クマは好きに食べていいそうだぞ」

あるじよ、了解です。少々腹を満たさせてもらいます」


 そういうとイーグル・ウィンドは空に舞っていった。見ていると森に目掛けて急降下攻撃を仕掛けてた。

 タカスギたちはポカーンと見ているばかりだ。


「それにしても、与力という身分のお役人が盗賊団の対応にお出ましになるとは珍しいんじゃないですか?」


 俺の質問にタカスギが弾かれたように反応した。


「そ、その通りではあるのだが……今回の盗賊騒ぎは広範囲でな。二〇騎程度の同心では手が足りぬ。与力とて黙って見過ごすばかりもいられずにな」


 ふーむ。この周囲一帯を二〇騎ねぇ。いつの時代も町方は人手不足ですか。


「なるほど。では、盗賊の運搬もお手伝いしましょう。宿場町には牢屋はあるんです?」

「お、おお。有り難い。それではご同道頂こうか。牢は用意してあるので問題はない」


 タカスギは馬に乗り、お付きの者たちは俺たちを先導する形で前を進む。


 御者台の隣を並走するタカスギは、俺にしきりに話しかけてくる。


「冒険者というと、様々な地を行くのであろう?」

「そうですねぇ。色々と旅してますよ」

「ルクセイドあたりには地下の迷宮なるものがあると聞くが」

「ああ、ありますよ。人々の為に神々が作った訓練場らしいですよ」

「おお、神々が!」


 そんな会話が宿場町に着くまで続いた。


 盗賊の死体を下ろし終わり、生き残りを牢に繋いでから俺たちはタカスギと別れの挨拶をする。


「本日は協力、誠にかたじけない。礼はいずれまた」

「気にしないでください。冒険者の義務みたいなもんです」


 俺がそう言うと、タカスギは何かを悟ったような顔で頷いた。


「クサナギ殿、またいずれ相見あいまみえましょう」

「その時は一緒に酒でも飲みましょう、タカスギさん」

「では、いずれ。御免……」


 そういうとタカスギは番屋と呼ばれる牢屋兼役人の詰め所のような建物に入っていった。


 一日一善というが、中々良いことをしたね。

 このあたり一帯を恐怖に陥れていた盗賊団の一つを捕縛できたのは悪くない。

 せっかく日本の江戸時代っぽい雰囲気の国だというのに、情勢不安とかマジ勘弁。やはり日本に似ているんだし治安が良い方が気分がいいからね。

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