第20章 ── 第5話
翌日の朝、米処のアキヌマという地方に向かうため、タケノツカ村を離れて北へ。
村人に教えられたこの道を北上するとキノワという城下街に出る。
キノワ城はフソウの首都マツナエという守るための戦闘城が大きくなったものと聞いた。
昔はその城からマツナエを守るように比較的高い土塁が作られていたという伝承があるらしい。土塁は今では見る影もないとか言っていた。
キノワ城下町までは、およそ三日。途中々々に宿場街や村が点在するそうなので、野営や野宿になることはないと聞いている。
キノワまでの街道は良く整備されており、行商たちも結構な数を行き来している。
俺たちは目立たない様に徒歩に切り替えているので、道連れの行商と一緒に歩いていた。
「高い所をトンビが飛んでますなぁ……明日も晴れですぜ」
行商の言葉に目を上げると、相当な高度を飛んでいるグリフィンが見えた。
ああ、あれはイーグル・ウィンドだよ。律儀に上空警戒しながら飛んでいるんだろう。あまりの高さに普通の鳥にしか見えないくらいだ。
ちなみにダイア・ウルフ部隊は、蛮族の地以降は付いてきていない。
ダイア・ウルフなどの動物型の魔獣には縄張り意識があるので、他の群れとのイザコザが発生すると面倒なことになりかねないからね。今はお忍びだし。
一〇キロほど歩いた所に休憩の出来そうな茶屋を発見。第一の休憩ポイントに辿り着いたということだ。ここはオーヅルという宿場町であり、タケノツカ村を目指す者たちの最後の宿営地となる地点となっている。
「ふー、やれやれ、オレは一休みさせていただきますよ」
行商は俺たちにお辞儀をすると茶屋の前の竹製の長椅子に腰を掛けに行った。大きな荷物を背負っているから疲れるのだろうな。
俺たちは大して疲れていないので先を急ぐ。
マップ画面によると、あと一五キロほど歩けば宿場町がある。その宿場町で昼飯を食べたい。
昼まであと三時間ほどだが、俺たちのステータスなら余裕で到着できるはずだ。
今日のスケジュールとして、夕方までに五番目の休憩ポイント、宿場街まで行きたい。距離にしておよそ四〇キロ。
現実世界だったら軍人だって裸足で逃げ出したいほどの距離だろうな。昔の日本軍は一日で八〇キロも移動したとか
黙々と歩いていると暇だったのか、マリスが道端に落ちていた木の棒を拾い上げ振り回したり、地面に筋を付けたりしはじめる。
なんか小学校の時、登下校中に似たようなことを度々した記憶があるなぁ。
三時間ほど経過し、昼飯ポイントの宿場町イシヅカに到着した。
炭水化物をしっかりと補給しておきたいので一膳飯屋と書いてある食堂に入る。
「おい、マリス。その棒はいつまで持っていくつもりだ?」
トリシアの言葉に目線を下げるとマリスはまだ棒を持っていた。
「棒ではないのじゃ。伝説の魔剣なのじゃ」
ここで俺とハリスが吹き出した。
「ぶほ! ははは! 俺も昔、そんな事言った覚えがあるよ」
「ククク……ケ、ケント……もか?」
俺とハリスが笑いだしたので女性陣が不思議そうな顔をしている。
「何だ? 何が可笑しいのだ?」
「そうじゃ。我が何か面白いことでも言ったかや?」
「どうしちゃったのでしょうか?」
これは女には解らないだろう。小さい男の子なら誰でも経験のある事だと俺は思う。
ハリスもご多分に漏れずといった所だろう。チャンバラしてればよくある話だ。
「いや、すまん。昔のことを思い出してな」
「ケントの昔かや?」
キラリとマリスが目を輝かせる。
「それは興味深い。棒と何か関係があるのだろうな?」
「聞きたいですね!」
笑いが収まったので、食堂に皆で入った。
「とりあえず、飯を食いながら話してやるよ」
店の中は四角いテーブルに丸椅子が幾つか、それと少座敷が二つほどある店だった。
五人もいるので少座敷を陣取りご飯とおかず、汁ものなどを適当に選んで注文しておく。
「で、さっきの笑いは何じゃったのじゃ?」
「ああ、あれね。俺も小さい頃に拾った棒を剣やら刀に見立てて友達と振り回して遊んでいたんだよ」
ハリスも少し笑いながら頷く。
「俺の故郷ではそれを『チャンバラ』って言うのさ」
「チャンバラ? どうしてそういうんだ?」
トリシアも興味津々ですなぁ。
「何かの音か曲を言い表した言葉が語源らしいね。チャンチャンバラバラが短くなってチャンバラって言うと聞いた気がする」
基本的には芝居関連の業界用語では
「ま、演劇で剣の戦いなどをチャンバラというんだ。それを子供なら誰でもやるごっこ遊びに当てはめて、チャンバラごっこと言うのさ」
「ケントが言う……チャンバラごっこは……男の子の遊びだ……」
「男の子じゃと?」
マリスは自分を大人の女性だと思っているらしいので、少し唇を尖らせた。
「まあ、そういうので使った棒は大抵、伝説の剣、伝説の刀だと俺たちは言ったりしたもんさ」
「英雄や……伝説の人物が……使った物を……想像してな……」
そこに料理が運ばれてきたので、この話は終わった。
午後になり行軍を再開。
宿場街の端まで来た時、マリスが棒を街道の茂みに投げ捨てていた。
「もったいないなー、伝説の魔剣」
「ただの棒なのじゃ!」
マリスがプイッと顔を背けて歩き出し、最後尾あたりでハリスの忍び笑いが聞こえてくる。
午後の行程の半分を消化しようとした辺りで、前方の街道が小高い丘みたいなものの下を通るトンネルへと続いていた。
小高い丘は北東から南西へとずーっと続いていて、自然にできた地形にしては不自然に感じた。
「ははぁ。これが土塁かな?」
左も右も見渡す限りこの丘は続いているので、相当大きく長い土塁なのだろう。
古い時代にこれほど大規模な工事がなされたという事に驚く。
土塁の高さは目算でおよそ二〇メートル。
今では木や草などに覆われていて見る影もないが、この土塁の上に
「中々立派な土塁だな。要所々々に手勢を集めれば相当な規模の軍勢を相手にできただろう」
トリシアの言葉に俺も頷く。馬が登るには急だし、弓兵を並べておけば登ろうとする敵兵を射殺すだけの高さもある。
「フソウは昔、軍事大国だったそうだからな。こういう遺構を見るとそれが理解できるね」
「今は使われていないんですねぇ」
「ここまで木や草が溢れてるとなぁ。再整備するには相当な手間が掛かりそうだよ」
街道がこの土塁を掘ったトンネルになっているということは、街道は土塁が使われなくなった後に作られたんだろう。
その時だった。俺の首の後ろがチリチリとした感覚を覚える。
「
俺は無意識にヘパさんとマストールが作ってくれた
四つの球が俺と仲間たちの周囲を高速回転した時、幾本かの矢が俺たち目掛けて飛んできた。
火の防壁球が赤く光ると飛来した矢は一瞬で消し炭になって消滅した。
「敵襲だな」
トリシアがニヤリと笑って肩からライフルを下ろした。
「支援は任せたのじゃ」
マリスも大盾を下ろして剣を抜く。
「腕が鳴るなぁ!」
アナベルの中から瞬時にダイアナが出てきてウォーハンマーを握りしめた。
ハリスは気配を消しつつ五人に分身した。四人の分身体が影に沈み姿を消していく。
俺はマップ画面を呼び出して敵を確認した。
「敵は盗賊、およそ二〇人。土塁の茂みに隠れているぞ」
俺の声にトリシアが反応し、指示を出し始める。
「了解だ。支援射撃を開始する。マリス行けるか!?」
「行けるのじゃ! まずはどこじゃ?」
「トンネルの上部に一〇人、左右に五人ずつ展開している」
俺が敵の位置情報を伝えると、マリスが猛然と走り出した。
そのマリスに向けてさらに矢が射掛けられた。
「甘い! ミサイル・シールド!」
飛び道具防御用のコマンドワードをマリスは叫び突き進む。
矢はその魔法の力場に捉えられ、弾け飛んでは地面に落ちる。
「ジャンプ・ムーブ! レイン・スラスト!!」
跳躍スキルで土塁よりも高く空中に飛んだマリスが、突き系攻撃スキルを発動した。
マリスのショート・ソードから、雨のような貫通型の剣撃波がトンネル上部の土塁に次々と突き刺さる。
───ドガガガガガッ
地面や木の幹などが穿たれる凄まじい音と共に、いくつもの悲鳴や呻きを俺の聞き耳スキルが拾ってきた。
──ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
後方からトリシアのライフルが弾丸を放つ魔法の衝撃音が聞こえてくる。
その音とほぼ同時に土塁の上部の茂みに血飛沫の花が舞い上がるのを俺は見た。
マップを確認すると、すでに一二人の盗賊が絶命している。三人は生きているが虫の息だな。
残りの五人のうち四人が土塁の上から俺たちの方に転がり落ちてきた。チラリとハリスの分身が土塁の上に見えた。
スッと白いローブがはためきながら動くのが俺の目の端に映る。
「虹攻閃槌・雷!!」
ダイアナの振るったアダマンチウム製のウォーハンマーから閃光が四つ飛び出し、落ちてきた盗賊どもを包み込んだ。
「ぎゃあぁああぁ!」
「ガハッ!?」
「ウググググ」
「ギギギギ……!」
盗賊の絶叫と苦痛に喘ぐ声が聞こえてきた。
「あと一人か?」
「もう……捕らえた……」
マップを確認するとハリスの分身を示す光点四つに取り囲まれた赤い光点が一つ、白い光点に変わる瞬間が目に入った。
「よし……戦闘終了。死体も含め、盗賊を集めてくれ」
俺と仲間たちで合計二〇人の盗賊を街道脇に運んで集めた。
生存者は七人。一三人は死体なので山積みにでもしておくか。
最後にハリスに捕らえられたのは盗賊の首領らしいな。生き残った者のうち二人は死にかけていたのでダイアナの治癒魔法で治してやった。
盗賊どもは大人しくしていたが、ロープで縛られる段になって命乞いを始めた。
人様を襲っておいて命乞いかよ。こういう輩は虫唾が走るなぁ。
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