第20章 ── 第4話
約束の夕方なので蕎麦屋へと向かう。
仲間たちも俺の料理を晩飯にでもするつもりか着いてきた。
ふと見ると、蕎麦屋の前に一〇人ほどの村人が集まっている。
「何か騒がしいな」
「喧嘩かや!?」
いや、喧嘩ってわけじゃなさそうだぞ。
蕎麦屋の主人が来ている村人に何やら話をしている。集まっている村人の雰囲気はあまり良くない。
「で、いつ来るって?」
「そろそろのはずだ」
「幻の天ぷらが作れる旅人、それも外国人だなんて嘘じゃないのか?」
「そこは解らない。本人がそう言っているんだから」
ああ、あの村人たちが集まっている原因は俺か。
俺たちが歩いてきたのに気づいた蕎麦屋の主人が手を上げた。
「ああ、お客さん。待ってましたよ」
「この人達は?」
俺は集まっている村人たちの事を蕎麦屋の主人に聞いた。
「はい、近所で食べ物で商売している者たちでして。お客さんに天ぷらを作る所を見せてもらう話をしたら集まってしまいまして……」
何、吹聴してんだよ……
俺は頭が痛くなりそうになったが、天ぷらの製法が知りたい者が結構いたということだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
蕎麦屋の主人が頭を下げる。
「ま、集まっちゃったんだから仕方ないか」
俺は集まった人たちを確認する。
一膳飯屋の主人や居酒屋の主人、屋台飯屋の料理人、俺達の泊まっている宿屋の料理人まで来ているようだ。
ふと街角が気になって目を向けると……例の密偵女中が、隠れているつもりか路地からチラリと顔を出して、こちらを窺っていた。
うーん、怪しまれてる?
「この人数だと蕎麦屋さんの料理場は狭くないですか?」
「まあ……そうですが」
だからと言ってどこか広い厨房がある店など、この村にはないと飲食店の主人たちは言う。
「うーん、どっか広い場所……外でもいいんだけど」
俺は少々困ってしまう。
すると、例の密偵女中がトコトコと歩いてきた。
「あら、お客さん。どうしましたか?」
結構わざとらしいな。さっきまで様子を窺ってたじゃんか。本人は気づかれてないつもりなのかも。
「ああ、どこか料理ができる場所がないかと思ってね。この人たちが俺の料理を見たいと言うので」
「お客さんは冒険者では? 料理もできるのですか、多芸ですね」
ニコニコしながら密偵女中が言う。
「料理ってのは冒険では士気を保つ為に重要な要素なんだよ。いつでも美味い料理ができるようにしておくのはリーダーたる俺の責任さ」
「左様でございますか……そうですね。この近くなら良い場所がございますよ。ご案内致しましょうか?」
「ツバメ坊、そんな場所あったかい?」
宿の料理人が密偵女中に話しかけた。同じ宿の従業員だからか愛称で呼んでいるね。
「タツさん、その呼び方は辞めて」
「ああ、すまん」
「竹細工工房なら広いじゃない」
密偵女中がそう言うと、一膳飯屋の主人がポンと手を打った。
「おお、そういえば。あの場所を借りればいいな」
「よし、俺がちょっくら村長の所に使わせてもらえるように言ってくらぁ」
そういうと屋台飯屋が走っていく。
何が起こっているのかと、道行く村人までが集まってくる。
大きいといっても村での出来事だ。田舎の退屈した生活の中では目新しいことが起こると一気に噂が広まってしまう。
工房を借りた屋台飯屋が帰ってくる頃には、俺達の周りには二〇人ほどの人だかりができていた。
「お客さん、すみません……大事になってきてしまいました」
蕎麦屋が謝る。それに被せるように人だかりの村人たちが冷やかすように笑った。
「この村のモンは退屈しているからねぇ」
「ちげぇねぇ。面白そうだから俺たちにも見学させてくれや」
仕方ないな。見られて困るものでもないし、良しとしよう。
俺たちはゾロゾロと工房の前までやってきた。
「こちらが工房を借りたい旅人ですかな?」
工房の前には村長らしい老人が村娘に支えられて待っていた。
「ワシはシンゲンサイと申します。この村の村長です」
「あ、どうも。冒険者のケント・クサナギと申します。工房をお貸しくださってありがとうございます」
「なんのなんの。好きに使ってくだされ。何やら廃れてしまった料理を作るとかなんとか」
「ええ、天ぷらというものです。蕎麦屋さんに頼まれましてね」
「なるほどなるほど……」
好々爺といった村長のシンゲンサイは髭を撫でながら笑った。どうやら彼も見学チームに入るようだ。
ま、料理というだけあって火を使うし、工房が火事にでもなると困るからだろうな。
工房に入って、奥の一画に料理用の道具をインベントリ・バッグから取り出して用意を始める。
簡易
一つは蕎麦汁を温める用で、以前作っておいた蕎麦汁の鍋を掛けた。
もう一つは天つゆ用だな。
折角だから天ぷらだけでなく、天ぷらそば、天丼なども作ってやろうと思っている。それとトンカツなんかも出そうかね。カツ丼もいいね。
ギャラリーも増えたから、食事会とでも洒落込もうという趣向だ。
この用意をみて、マリスを筆頭に仲間たちも大喜びだ。
「おお、天プリのみではないのじゃ! 油の鍋が二つもあるから、カツも揚げるはずじゃぞ?」
「鍋二つはトンカツの時の兵站装備だしな」
その通りですよマリスさん。トリシアは相変わらず軍隊か戦闘用語で話すね。
「トンカツとは……」
「トンカツは豚の肉を使った料理ですよ?」
集まっている料理人がトンカツと聞いて首を捻るとアナベルが嬉しげに解説を始めた。
取り出した料理用のテーブルに各種材料を置いていく。
「えー、天ぷらは揚げ物の一つです」
「揚げ物……」
「ええ、宿の料理で油揚げを使った巾着卵が出ましたが、油揚げの製法と代わりません」
宿の料理人が、ふむと思案顔になる。
「それにしては大きい鉄鍋ですね。豆腐を薄く切ったものを揚げるにしてもそんなに大きい鉄鍋は必要ないはずですが」
「天ぷらは油を大量に使うんです」
俺はインベントリ・バッグから取り出した油樽から、鉄鍋の中にゴマ油をドボドボと注ぎ込む。
「うわ……あんなに油を!?」
料理人たちが驚く声が背後に聞こえる。
「ええ、油は多い方が一度に揚げられますからね」
油の入った二つの鍋の
「なるほど、あの
シンゲンサイが感心している。彼は簡易
油が温まるまでに食材の下準備を始める。
「すごい……流れるような手さばきだ……」
宿の料理人がため息にも似た感じで囁くと、他の料理人たちも無言で頷いている。
ま、料理レベル一〇は伊達じゃありませんよ。
天ぷらと共にフライにするものも、どんどん用意する。
同じ食材を使っても、天ぷらとフライでは違う美味しさがあるからね。
「ワクワクじゃのう」
「お腹が鳴ります!」
「カツ丼もありそうだな」
食いしん坊チームがつくしの頭のようにテーブルの向こうから顔を出している。
俺はニヤリと笑いながら片目を瞑って見せた。三人ともニッコリです。
油の準備が整うと、そこからはガンガン揚げていく。
ハリスがご飯を器に盛ったりと手伝ってくれたので非常に楽だ。なんせ分身してるからな。
それを見た村人が目を皿のようにして驚いていた。その中でも密偵女中のツバメ女史が無言で顔を真っ白にしていたのが印象的だった。
出来た料理はどんどんと料理人たちや観客に振る舞われた。天ぷら定食、天丼、天ぷら蕎麦、エビフライ定食、トンカツ定食、カツ丼などなど。
怒涛の揚げ物系料理攻撃によって、村人たちの顔がどんどんと笑顔になっていく。サクサクの衣に舌鼓を打つ者、カツ丼に涙を流す者。
そのうち、ほとんどの村人が集まったようで、工房の外にまで行列が出来てしまった。
ま、材料はたんまりあるから、別にいいか。
揚げ物の宴が終わったのは四時間も経った後だ。
食いしん坊チームもお腹をポンポコリンにして満足したようだ。
俺は残り物でかき揚げ丼を作ってハリスと食べた。
働き通しで俺とハリスは一食も食べられなかったからな。
「ま、残り物だが仕方ないな」
「ケントの料理なら……何でも美味いから……問題はない……」
ハリスが上手に箸でかき揚げを摘んで口に運んでいる。
「日本に似ているけど、こういう料理が廃れている所は違うな」
「ケントの……故郷か……」
「ああ、俺の故郷は食道楽の天国だからな。食へのこだわりは世界一という国柄だったから」
ハリスはそれを聞いて頷く。
「だから……これほど美味い料理を……作れるわけだな……」
「見よう見まねだけどな」
後片付けをした後、工房を村長に返す。
「ありがとうございました」
「いやいや、素晴らしい料理の数々を振る舞って頂き、村人たちも大変喜んでおります」
「ま、素晴らしいというほど大した料理じゃないんですけどね。お大尽が食べるような高級料理というわけじゃありませんから」
村長が首をかしげる。
「あれほどの油を使う料理は大変な高級料理だと思います」
村長曰く、油を作るのは非常に多くの植物を使うらしい。今回使ったゴマ油などは、菜種油と違ってあまり絞り取れないのだそうだ。
人力だとそうだろうな。機械を使って強大な圧力を掛ければもっと作れるだろうになぁ。
それと小麦もいささか値が張るそうだ。他国からの輸入が主であり、フソウ国内ではあまり作られていないという。
庶民が利用する蕎麦屋に
ま、村人が喜んだなら問題ない。一応、天ぷらの製法は料理人たちに見せることも出来たしね。
村長との別れ際、彼からフソウ金貨で五枚も渡されてしまった。断ろうと思ったが、フソウ金貨は持ってなかったので有り難く頂戴することにした。小判に似ているのが面白いな。
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