第20章 ── 第3話
正午になったので蕎麦屋で昼飯。
既に俺の蕎麦を食べた事のある仲間たちも喜んで蕎麦屋に着いてきた。
店に入りメニューを見ると、かけ蕎麦、月見蕎麦、もり蕎麦、ざる蕎麦しかない。
「天プリ蕎麦は無いのかや?」
「ケントが作ってくれたトロロ蕎麦というものが食べたいのだがな」
「鴨南ばんが良いのです!」
「肉の……何だったか……」
仲間が贅沢言い出した。店の主人が目をまん丸にしてるんでやめろよな。
「あ、すみません。仲間たちは気にしないで下さい」
俺は店の主人に謝ってから、仲間たちを一睨みする。全員、俺の雰囲気を感じ取って黙ったから、これ以上は不問にしておく。
「まず、暖かいのと冷たいの。どっちが良いんだ?」
「暖かいのじゃ」
「私もそれだ」
「私は冷たいので」
「俺も……」
俺は店の主人に注文をする。
「月見三つとざる二つで」
「あ、はい」
店の主人が厨房に入っていく。
「ケント、月見ってのは何だ?」
「月見ってのは温かい蕎麦の上に生卵を割って落としてあるものだよ。卵の黄身が月みたいに見えるから月見蕎麦というんだ」
その途端、トリシアとアナベルが眉間に皺を作る。
「生で卵を食べたらお腹痛くなりませんか?」
「新鮮な卵ならならないだろ」
「えー? その日生まれた卵でも私は痛くなったことがありますよ?」
どんな所で育った鶏の卵だよ。まあ、現実世界でも生卵が食べてるような国は日本くらいだったからな。トリシアたちの反応が正常なのかもしれないが。
お茶を運んできた店員が口を開いた。
「この村のは大丈夫ですよ。昔、救世主様に教えて頂いた育て方を忠実に守っていますから。他国だとそうもいかないでしょうけど、フソウでは生で食べられる卵は珍しくありませんよ」
シンノスケは養鶏技術も知っていたのか。
「そうなんだ。なら安心だね。あの救世主様の伝えてくれた技術なら」
俺が笑顔を作って相槌を打つと、店員の女性もニッコリと頷いた。
「フソウは救世主様が一番長く滞在された地ですから、色々と伝わっているんですよ。この村にも滞在したことがあるんですよ?」
ほう。蛮族の地へ行く時にでも立ち寄った場所なのかもしれないな。
この村は八〇〇年以上の歴史があるという意味になるが、その頃はもっと小さかっただろう。救世主が立ち寄ったという理由で付近の村の代表的な立ち位置になったから大きくなったんだろうと思う。
「おい。あがったよ」
「はーい」
厨房から店の主人の声が聞こえると、店員の女性はパタパタと奥に入って行く。
すぐにお盆を持った主人と店員が戻ってくる。
「お待たせ致しました」
俺たちの眼の前に月見蕎麦とざる蕎麦が置かれた。
「いい匂いじゃな!」
「これが月見か」
マリスは生とかあまり気にしないので嬉しげだが、トリシアはまだ信用してないのか及び腰だ。
「これに浸して食べるってのが面白いので好きです」
トリシアを一瞬ご愁傷様という顔で見てからアナベルは目の前のざる蕎麦を嬉しそうに見た。
ハリスは無言で箸を手に取った。
「んじゃ頂こうか」
箸の使えない仲間たちにフォークを出してやってから号令を掛ける。
俺はズルズルと月見蕎麦を食べる。
やはり手打ちの蕎麦は美味い。この蕎麦は二八だな。俺は十割より二八の方が好きだ。十割は香りは良いんだが、腕の悪いヤツが打ったものはボロボロと切れて啜れないからな。
「ご主人、なかなか美味いね。ちょうど秋蕎麦が入ってきたのかな?」
「よくご存知で。秋ソバは先週入ってきたばかりでして」
蕎麦の収穫は初夏と秋あたりだし、時期が良かったね。
ミネルバの村もそろそろトリエンに送ってくる頃だろうなぁ。後で取りに行こうかな。
みんなも夢中で食べているので気に入ったようだ。
俺たちが食べ終わる頃、店の主人が俺に話しかけてきた。
「お客さん、蕎麦に詳しいようですが、どこかで修行でも?」
店の主人は俺たちの格好を見て外国人だと解っているはずだが、俺の蕎麦の知識に興味があるのか話をしたいようだ。
「いや、修行はしたことは無いけど、自分でも蕎麦は打ってるんでね」
「そうですか。何やら天ぷら蕎麦とかなんとかお連れが話しておられたので……」
「あれ? この辺りでは天ぷらは作ってないの?」
シンノスケなら天ぷらも広めているような気もするんだけどなぁ。
「天ぷらという食べ物は古い時代に作られていたそうです。今では廃れてしまった料理だそうで、名前は伝わっていますが、作り方を知りません」
廃れた? 何でだ?
「何で廃れたの?」
「はい。何やら高価な材料が必要だとかで……」
高価な素材? タネがそんなに高価なのか? かき揚げ程度なら玉ねぎと人参とかでもいいじゃん?
「あれじゃろ。ケントが作っているのを見ればすぐ解るのじゃ」
「ああ、解るな。あれを初めて見た時は度肝を抜かれたものだ」
「そうですねー。普通なら凄い高級料理だと思います」
「そうだな……あれは……庶民には……無理だ……」
仲間たちが頷きながら口々に言い始める。
「え? そんな高価な物使ってないだろ?」
「お客さん……天ぷらが作れるので!?」
主人が身を乗り出すように口を挟んできた。
「あ、ああ。作れるよ。別に高価なものを使ってないんだけどな」
店の主人、彼は自分をセキスケと名乗り、天ぷらを作る所を見せてくれないかと言い出す。
「見せるのは良いですけど……午後から竹工房の見学をしようと思っていまして」
主人は断られたと思ってガクリと肩を落とした。
「あ、夕方くらいならやってもいいですよ?」
その言葉に主人の頭がパッと上がった。
「ほ、本当ですか!? 是非、よろしくお願いします!!」
上げた頭を、すぐに深々と下げる主人に俺は少し慌てる。
天ぷら程度でそんなに畏まられると反応に困るなぁ。
蕎麦屋を出て竹工房にお邪魔をした。
竹工房の中はだだっ広い土間の上にゴザを敷いた感じで工房というような雰囲気ではなかった。
工員の女性たちがゴザの上に材料や道具を広げて竹を裂いたり削ったりと作業をしていた。
見ていると面白いように形が作られていく。
「凄い……道具さばきだ……」
いつも寡黙なハリスも感嘆の声を上げている。
フソウ国民の職人気質は日本人っぽいな。
俺たちが土産で買ったような子供用の玩具を作っているのは、工房でごく一部だった。工房内の殆どは竹製のザルや水筒、料理用の器具、健康器具など、民間で使われるものを大量に生産している。
竹細工は基本的に青竹は使われず、乾燥させた竹を使ったものを細工しているようだ。
「お試しをお待ちのお客様」
お、体験コーナーの時間かな?
「あ、はい。俺たちです」
俺は手を上げたが、見学客は俺たちだけなので結構間抜けな感じに見えたかも。
声を掛けてきた女性が少しクスクスと笑ったからな。
体験コーナーは工房の隣の小さい建物で行われた。
「今日は簡単なものを作ってみましょう」
人当たりの良い講師の女性が竹と道具を手に取る。
「我は空を飛ぶヤツがいいのじゃ!」
「あ、それは私も作ってみたいぞ」
「私もです!」
「俺もだ……」
またワガママ言い出したぞ。
「竹トンボでございますか?」
「すみません。土産物屋で見て、興味津々みたいで……」
俺は仲間たちの非礼を女性に詫びた。
「解ります。あれは不思議なものですからね。魔法でもないのに空を飛びますから。でも……上手く飛ぶ物は腕の良い職人にしか作れないんですよ」
そうなの? まあ、原理を知らなければそんな所かもしれないな。
「ちゃんとした作り方は弟子にしか教えてもらえないらしくて、私たちのような一般の工員は作り方は知らないんです」
なるほど。一子相伝的何かでしょうかね。でも、実物も売れられているわけだし、見よう見まねでも作れる気がするんですが。
その後、カゴやザル、水筒などといった物を作る方法を習い、何時間か過ごした。
俺は片手間に竹を削り、竹トンボを作ってみた。
講師の女性が、俺が竹トンボを一〇分程度で作り上げるのを見て、顎が外れるほど驚いていた。
そんなに驚くほどじゃないと思うけど。
自分で作った竹細工は持ち帰れるそうなので頂いて帰る。
見学料を銀貨で払ったら工房主が凄い嬉しそうだったので、やっぱり竹細工は安いものだと判断した。あれだけの竹林地帯があるんだから当然だろうな。
夕方近くなってきたので、蕎麦屋に向かう前に食料品店などに寄ってみた。
やはり野菜などは朝市などに顔を出さないと買えないみたいだな。
ま、手持ちの食材で問題なく天ぷらは作れるので何の問題もないけど。
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