第20章 ── 第2話

 次の日の朝、朝食を運んできた女中に色々聞いてみる。


「フソウでは美味い米が作られてるって聞いたんだけど」

「ええ、フソウのお米は大陸一美味しいと評判です」


 自国の食物を褒められて女中は嬉しげにニッコリ。


「旅の間、野宿の時は米を炊いて食べてるんだが」

「お客さんは冒険者様たちと聞いておりますので野宿とかも多いのでしょうね?」


 ま、騎乗ゴーレムを使えば野宿の必要ない時間で街や村に行けるけどねぇ。


「旅の間も美味しい米を炊いて食べられたら嬉しいんで、多めに手に入れたいんだよね」

「それなら、この北の先にある城下町へ行かれるといいですよ」


 城下町か。産地ではなさそうだな。


「フソウで一番美味い産地はどこかな?」

「そうですねぇ……王様に献上されるササンシキは美味しいと聞いてますよ。上品な味わいなんですって」


 ササンシキ? ササニシキの事か? 現実世界で俺はササニシキ系を食べたことはあるが、庶民派の俺としてはコシヒカリ系の方が好きだな。

 実際、日本で出回ってるほとんどの銘柄がコシヒカリ系だと聞いたことがある。新潟のコシヒカリもブランドになってからは高価になっているけどな。


「他の銘柄は? この宿で出してるのは美味しいよね?」

「うちの米はアキヌマ盆地のお米ですよ。『アキの娘』って銘柄です」


 アキの娘……アキタコマチっぽいニュアンスだな。だとしたらコシヒカリ系の有名ブランドだ。


 この国の米がシンノスケが作り出したものだとすると、名前からして現実世界の米の銘柄に準拠するような特徴も持ったものじゃないかと判断できる。


 そういう部分に詳しかったシンノスケはリアル職業が農家だったのかも。蕎麦とか米とかの栽培に詳しいとすると、長野あたりの人だったのかなぁ。


「米処まで出向いて仕入れてみようかな?」

「アキヌマ盆地はずっと北の方ですよ。トラリア王国との国境に近い場所なんですよ」


 トラリア王国ってのも前に聞いたね。フソウと共に米の産地として有名だとかだっけ?


 食事の支度が終わり、女中が部屋から出ていったので食事を開始する。


 朝食は日本風です。塩鮭の焼いたもの、沢庵、ほうれん草の煮浸し、巾着卵と里芋の煮物、豆腐とワカメの味噌汁、そしてご飯だ。


「ワカメが入っているな。これは仕入れたいなぁ。ワカメがあるなら海苔も作っている気がする」

「海苔ってイクラの軍艦というのに使ってる黒い紙ですよね!?」


 アナベルが食いついてきた。


「ああ、そうだ。紙みたいに見えるけど、このワカメとかと同じ海藻から作られているんだ」

「そうなんですかー」


 アナベルはワカメを慣れない箸で掬って眺めている。


 昨日の夕食でも出してやったが、俺はインベントリ・バッグからスプーンやフォークを取り出して皆に渡してやる。


「慣れない食器は難しいだろ。遠慮なく使えよ」

「すまんのう。どうもこう指を使って棒を操る技は我には難しいのじゃ」

「ケントはこの二本の棒の使い手だからな。ああも上手く使うのを見ると覚えたい気もするのだが……」


 トリシアが箸を必死に使って里芋を掴み上げようとするとが、ツルリと滑って器に落ちてしまう。まさに四苦八苦という感じだな。


「何か戦闘に応用が効きそうな気がするのだが」


 俺は苦笑してしまう。箸でどうやって戦うんだよ。宮本武蔵か?


「ま、食べる時は無理なぞしたくないのじゃ。トリシアも遠慮なくいつものを使うといいのじゃ」


 マリスは俺から受け取ったフォークで里芋を突き刺して口に運んだ。


「甘くて美味いイモじゃのう」

「くっ。上手くいかん。より精進しなければ……」


 トリシアも諦めてフォークを手にとった。


「私はこの黄色い袋に入った茹で卵が好きです!」


 巾着卵か。油揚げの中に生卵を入れて煮たやつだったっけな。今度作ってみるか。


 無言で黙々としているハリスに目をやると、少しつたない気がするが、なかなか上手に箸を使ってご飯を食べていた。


「ハリス、箸が使えるようになったのか?」

「コツは……掴んだ……」


 さすが盗賊シーフ系最上級職。器用度半端ないな。ハリスの努力もあるとは思うけどね。


 朝食の後、村の商店を冷やかしに出かけた。観光も旅の目的の一つなのだ。


 異国風の普段着で歩く俺たち五人は目立つらしく、村人たちが珍しそうに視線を向けてくるが、騎乗ゴーレムによる見世物パレードに慣れている俺たちのメンタルには何のダメージも与えてこない。


「あそこが女中さんが言ってた土産物屋らしいな」


 俺が指さした方向に赤いのぼり旗が立っている。フソウ文字で「みやげ」って書いてあるしな。


「あの旗じゃな!」


 マリスが突如走り出す……あれ? トリシアまで走り出した。


「たのもーーっ!」


 おい、マリス! 頼もうって道場破りかよ!


「凄い技術だ! この旗は土産か!?」


 あれ? トリシアは旗に食いついたの?


「この旗はどのように織り上げているのだ? 文字は読めぬが、文字をこのように綺麗に織分ける技術は素晴らしい!」


 ああ、なるほど。染め抜きの技術が東方には無いんだった。ルクセイドにも無かったな。


 土産屋の店員がビックリして目を剥いているので、俺はトリシアに近づいて落ち着かせる。


「それは織る時に色分けしてるんじゃないよ。染め抜きって技術だ。織った布を染める部分と染めない部分を分けているんだよ」

「ケント! そのような事ができるわけなかろう! 布を染料に漬け込めば、単一の色に染まってしまう!」

「いや、だから染め抜きって技術なんだよ。詳しいメカニズムは知らんけどな」

「素敵用語じゃ」


 久々の素敵用語認定頂きました。


「そんな技術がこのフソウにあるというわけか……」


 トリシアは衝撃を受けている。ま、わからんでもない。綺麗に文字や柄が染め抜いてあるとすげえ綺麗だからな。


「ま、機会があったら染屋の見学でもさせてもらおうよ。どうやってるのか解るかもしれんし」

「頼むぞ」


 トリシアは織物とかに興味あるのかねぇ。女っぽい部分発見? ちょっとギャップに萌える。


 ハリスは店の中に並んでいる竹細工を物色していた。

 彼の手には短い竹を繋ぎ合わせた竹のヘビが握られている。


 あっちに傾け、こっちに傾けしているハリスが少し滑稽だったが、彼の目は異様に真剣だ。


「ハリス、そのヘビが気に入ったのか?」

「いや……武器に使えそうだと……思ってな……」


 そんな事を考えていたのか……物騒だぞ。まあ、そのヘビの竹細工を武器に使う登場人物が出てきた時代劇を見たことあるから何とも言えないが。


「一見玩具だが……武器にも変わる……暗器として……使えないか?」

「そういう映像作品を見たことはあるよ。忍者物だったから、出来ないとはいえないけど、強度が問題だろうな」

「強度……か」


 ハリスは少し残念そうに竹細工のヘビを棚に戻した。


「この天秤は神の裁きを模したものですね」


 アナベルがヤジロベエの竹細工を手に取って嬉しげに近づいてきた。


「いや、それはヤジロベエだな」

「そういう神様がおられるのですか?」

「いや、起源はしらんけど……」


 天秤は罪の重さを計る器具だとされる神話が現実世界でも東西問わずにあるからね。こういうバランスを取るような物を見た神官プリーストは神を模したとか言い出すわけだな。


「俺としてはこっちの方が凄いと思うぞ?」


 俺が手にとった竹細工を見た四人が首を傾げる。


「小さい風車の羽だろう?」

「トリエンでもよく見たヤツじゃ」

「羽が二枚なのは何でです?」

「風車の……アレだな……」


 全員が風車の羽の部分だと思ってやがる。


 俺はニヤリと笑いながら、店員に代金の黄銅貨を一枚渡す。


「ふん、そんな単純な物じゃないぞ。ちょっと広い場所に行こうか」


 仲間たちは興味津々で俺に着いてきた。


 近くに公園というより空き地っぽい場所があったので、そこに足を向ける。


「いいか、これは空を飛ぶんだ」


 俺がそう宣言すると、全員が訝しげな顔になった。


「風車が空を飛ぶわけなかろう」

「そうなのです。風が吹かなくちゃ動くことすらないんですよ!」

「そうじゃのう。空を飛ぶなら翼が動かねばならんし、あとは魔法じゃろ」

「それは……魔法道具……なのか?」


 ま、科学を知らないお前たちはそう考えるだろう。


「いいか、これは多分、シンノスケが伝えた俺の世界の技術だ。これは航空力学に則って作られたものだ」


 俺はおもむろにタケトンボの棒の部分を手のひらで抑え、左右の手のひらを前後にビッと動かした。


──ビュウーン


 俺の高ステータスのせいで猛烈な風切り音を出しながら、タケトンボが上空に舞う。


 あまりの回転速度RPMにかなりの高さまで飛んでいってしまった。いつまで経っても落ちてこねぇし。風に流されちゃったかなぁ。


 視線を仲間たちに戻したら、全員大口を開けて空を見上げたままになっていた。


「飛んだのじゃ……」

「凄いですね! ケントさんの言う通り飛んでいってしまいました!」


 マリスもアナベルも子供のように飛び跳ねて喜び始めた。


「一体どうやって……この地も魔法道具作成文化があるのか? それにしては黄銅貨一枚だと?」


 トリシアはといえば、何やら今起きた事象を魔法的なモノだと考えてるようです。全く魔法は関係ありませんけどね。


「あれを……スキルに……使えれば……」


 ハリスの兄貴は自分の忍術スキルに応用するつもりなんだろうか? 脳裏に左右の手を広げてクルクルと回るハリスの姿が浮かび、吹き出しかけてしまった。

 それは少し間抜け過ぎるだろう。でも、きっとそんな想像をハリスはしていると思うよ。しきりに首を横に振ってるし。


 タケトンボが行方不明になってしまったので再度土産屋で購入。仲間たちも思い思いに竹細工の土産を購入したようだ。

 俺も色々と買い込んでおいた。孤児院の子どもたちに喜んでもらえそうだからね。

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