第20章 ── フソウ道中膝栗毛

第20章 ── 第1話

 ほぼ、マムークへの指示や計画の伝達が終わり、俺達は念願の米の産地であるフソウ竜王国を目指すことになった。


 今まで集めてきた情報から、フソウ竜王国には日本人っぽい名前の人間が多くいるらしい。トリエンの例の食堂の料理人の女性も和風美人だった。

 少し楽しみだ。


 農地地域を北に抜け、しばらく進むと湿地、沼地、湖などが集まる地域になる。

 この辺りは蜥蜴人族を頂点とした水生獣人やその支配部族が住む地域となる。


 俺たちが沼地を騎乗ゴーレムで北上していると、出会う獣人たちに跪かれる状態だ。既に俺たちがエンセランスの協力の元、蛮族の地を支配した旨が各部族に周知されているという事だ。


 それが俺たちへの尊敬からなのか、それとも畏れからなのかは解らない。重要なのはエンセランスと俺たちに獣人部族が従っているかどうかだ。

 獣人全体からの忠誠心などは望むべくもないが、マムークを中心とした各部族の代表者たちにはある程度の忠誠心を感じ取れたので心配はないだろう。


 ただ、時々コッソリと視察しておこうと思う。信用のおける密偵を潜入させておき、定時連絡を入れさせるのが俺の作業量が少なくなっていいね。レベッカに指示しておくか。



 足場が悪い土地が多いため、騎乗ゴーレムに乗っていたとしても通常の行軍速度はかなり落ちる。


 蛮族の地最北部にあるシーリアン湖を小舟で渡る頃には既に一週間ほどの時を要してしまった。これは致し方ない事だろう。


 シーリアン湖の北側は巨大な竹林地帯だった。現実世界では見たこともないほどの規模の竹林地帯を見て、竹は森を形成するのだろうかと考えてしまったほどだ。


 「竹林」とは書くが、「竹森」などと書かないもんなぁ。ま、どっちも名字に使われたりするし、あながち無いものとも言えないか。



 さて、この竹林地帯がフソウと蛮族の地との境界線となる。

 フソウへの道らしいものはマップ画面で調べても見当たらず、フソウ竜王国側のあたりは竹を加工する事を生業とした村々がいくつも存在している。


 俺たちはその一つを選んでフソウ竜王国への第一歩を踏み出す。


 村の名前は「タケノツカ」村といった。竹ノ塚村か? ますます日本風だな。


 その村は一二〇人ほどの村人が住んでおり、マップで確認できた他の村よりも大きめだ。


 村で一番大きい建物は竹の加工作業に当てられていて、村の婦女子たちが工員として働いているようだ。

 男たちは竹の伐採と運搬を担っているようだな。


 村には宿屋があり、商人などが竹細工などの仕入れにやって来て利用している。



「いらっしゃいませ」


 村の宿屋「竹馬の友亭」に入ると、受付の女中が笑顔で挨拶をしてきた。


 従業員というより、まさに女中といった格好だった。現実世界の日本でもはとんと見かけることが無くなった、筒袖と呼ばれる着物に良く似ている。それにたすき掛けをして、受付前の土間の掃き掃除をしていた。


「おー、着物かな?」

「え? はい。お客さんたちはお国の外の人ですか?」

「ああ、そうだよ。俺たちは冒険者なんだが、泊まれるかな?」

「勿論ですよ。奥座敷に大部屋が一つ開いております」


 俺が頷くと、女中は受付カウンターの中に入った。


「宿帳に記入をお願いします」


 宿帳を見ると横書きではなく縦書きだった。それも筆と墨だよ!


「和風~♪」


 つい口を吐いて出てきた言葉にトリシアが反応する。


「珍しいな。ケントが感嘆の声を上げるとは」


 あ、いや、「和風」と言ったのであて、「ワフ~」と言ったわけでは……


「俺の故郷の古い時代に、ここは雰囲気が似てるんだよ」

「そうなのかや?」

「そうなのです?」


 マリスが俺の後ろから脇の下に頭を突っ込んでくる。

 アナベルも宿帳を覗き込む。文字は西方語でも東方語でもなく、多分フソウ独自の言語だ。

 だが、俺にはこの文字も読めた。基本的な文法はひらがなと漢字の組み合わせで、ほぼ日本語と同じ構造だ。ますます親近感が湧く。


 俺は仲間たち全員分の名前と職業などを書き込んでおく。


「外国の方にしては結構な筆さばきでございますね」


 女中は俺が筆で書いたフソウ語を眺めて感心している。


「そうかな? 俺の故郷の文字体系に似ているんでね」


 女中は少し首を傾げるような仕草をした。


「ではお部屋にご案内致します」


 そういって女中は上がりかまちの上に下駄のようなサンダルを脱いで上がる。


 俺も無意識に靴を脱いで上がったが、トリシアたちは靴のまま上がろうとする。


「おい。靴は脱げよ。土足厳禁だ」


 トリシアたちはキョトンとしたが、無言で頷いて俺の言葉に従ってブーツを脱いだ。


「お客様はフソウの習慣をよくご存知なのですね」

「ま、ここの構造を見ればおおよそ理解できるよ」


 日本と同じだとは言えないからな。


「左様でございますか。ではこちらへ」


 どうも色々聞きたがる女中だな。俺はマップ画面で女中のステータスを確認しておく。


『ツバメ・カタヒラ

 職業:暗殺者 レベル:一六

 脅威度:なし

 竹馬の友亭の女中。その身分は仮の姿。実はフソウ竜王国王家直轄部隊の隠密部隊の工作員。フソウ国境付近の情報収集の任務を遂行中である』


 あー、なるほどな。この村はこの辺りで最も大きいし、周辺地域の情報が集まってくる場所でもある。

 酒場を併設している宿となれば、情報収集の任務には最適だろう。


 俺はますますフソウ竜王国に親近感が湧く。この女中さんまるで忍者部隊のクノイチだなぁ。



 板張りの廊下を歩いてどんどん奥に進む。通路の両脇は襖で、それぞれ上の部分に部屋の名前が木の板で打ち付けてある。


「こちらでございます」


 通された奥座敷は「楓の間」と書いてあった。ますます日本の旅館じみてる。


 部屋の中は畳、そして障子だった。


「おお、マジで純和風だな!」


 俺が嬉しそうに中に入ると、女中が部屋の押入れから座布団を人数分出してくれた。


「それではごゆっくり」


 女中が頭を下げて部屋から出ていった。その脚さばきは音もしない。なかなかの才能だ。いずれは忍者かな?


「ケント……今のは……」

「ああ、この国の密偵だな。国境の防衛情報の収集が任務のようだね。別に問題を起こしに来たわけじゃないから、気づかないフリをしていればいい」

「了解だ……」


 さすが高レベル忍者のハリスだ。彼女の体捌きを見て気づいたのだろう。


「何じゃ? 何の話じゃ?」

「いや、なんでもないよ」


 俺は笑いながら首を振った。


「この部屋には椅子もないのです」

「ああ、これは畳といって、そのまま座っても寝転んでもいいんだよ」


 アナベルはパッと太陽のような笑顔になって畳の上にダイブした。


 おい、ダイブは作法から相当外れた行為だぞ。それに……なんで水泳の練習始めた? 畳の上で泳ぐのはまあ、日本人も良くやるけど。


 トリシアは珍しそうに部屋を見回しながら外に繋がる障子を開いた。そこには見事な日本庭園が広がっていた。


 おお、鹿威しまであるよ。


「これは、なかなか……む? この庭は箱庭を意識しているのか?」

「ああ、そうと思う。そういうものを再現したものだ。俺の故郷にある文化と同じだろう。俺たちの世界では日本庭園と呼ばれるものだ」


 トリシアは感心したように頷きながら庭を眺めている。


 部屋の隅に床の間のようなものがあったが、そこは床の間ではなさそうで、鎧を掛けられるようにマネキンっぽい木人形がおいてあった。

 ま、全部が全部日本と同じ様式ではないと言うことだ。見た目床の間のこの空間は客の荷物や装備を置くスペースなんだろう。


「失礼します」


 さっきの密偵女中と他の女中の二人が部屋に入って来た。

 密偵女中は四角い木製の箱を持ち、もう一人は大きい四角いお盆に茶碗や急須、茶筒、ヤカンなどが乗っていた。


「お茶をお持ち致しました」


 女中の二人はテキパキとお茶の準備をしはじめる。


 持ってきた木の箱は木製火鉢だった。江戸時代などの古い時代には日常的に使われていたものだ。仕切りがあって片方には灰が入っている。仕切りのもう片方には蓋がしてあるので中は解らないが、木炭が入っているのだろう。

 蓋のしてある方の側面下部に引き出しの取っ手が付いているから、そこに火打ち石などが入っているのではないかな?


「それでは説明をさせていただきます」


 火鉢の使い方、お茶の入れ方、水を補給する場所などの説明を受けた。


 五人なので火鉢一つでは足りないと思ったが、暖を取るための大火鉢は後で持ってくるそうなので問題なさそう。


「それでは、ごゆるりと」


 そういって女中たちは下がっていく。


 鎧を脱いでちゃぶ台の上のお茶を飲みながら寛ぐ。


「あー、古き良き日本文化だな、こりゃ」


 俺が気の抜けた顔でお茶をすすると、仲間たちも俺の真似をして寛ぎ始めた。


「そうなのかや? ケントの故郷はこんな感じの場所なのじゃな?」

「ああ、よく似ているね。文化も似てるし……この畳という物は、日本独自の物だったはずだ。救世主と言われたシンノスケが広めたのかもしれないね」


 確かシンノスケが転生してきた場所がフソウだとか聞いたし。


 突然ティエルローゼに転生したシンノスケは、この地に日本を再現しようとしたのかも。だとすると、フソウが日本の古い時代の文化に似た感じになったのも理解できる。

 それにしても、多岐に渡る分野においてここまで日本チックだと、文化を伝えたシンノスケがいかに才能豊かだったかが窺えるなぁ。

 惜しい人物を亡くしたものだ。昔の東方諸国の軍隊を恨めしく思いますな。


 この宿は酒場や食事処が併設されているが、部屋に料理を運んでもらえるサービスもあったので、そっちを利用した。


 出てきた料理は煮物や焼き物、蒸し物などの和食が基本で、もちろん米のご飯もおひつで運んでくれた。



「なるほど、ケントの料理に似た所があったのじゃ」

「ああ、醤油ショルユを使った煮物や味噌ミゾのスープなんかはケントが作るものにもあるしな」

「あの四角いツルンとしたのはプリンみたいでしたよ?」


 トリシア、マリス、アナベルの三人は料理の味つけなどについてワイワイと話し合っている。食いしん坊チームだから仕方ない。


「ケントの故郷に……似ている……ようだな……」

「ああ、ちょっと古い時代の様式にソックリだな。俺が暮らしていた場所と時代は、オーファンラント王国などとあまり変わらない生活様式になってたよ。便利さは段違いだけどさ」

「古い時代の……様式か……」


 ハリスに理解できているか解らないが、彼も俺の世界の情報には興味があるっぽいねぇ。忍者になったくらいだし当然とも言えるか。


 さて、このフソウのどのあたりに米やら味噌があるのかな。フソウ内ならどこでも買えるような物だろうけど、やはり産地で大量に買い付けたいんだよね。色々と情報を収集してみるとしよう。

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