第19章 ── 第22話

 さらに五日ほど田園地帯で現場の様子を見たり、今後この地の開発や管理を指揮をするマムークに監督官としての心構えなどを教授した。


 続々と周辺部族から作業員が集まり、マムークは的確に各人員に作業を割り振っていく。

 長年、獣人を見てきているだけあって、適材適所は心得ているようだ。


 俺は田園地帯の真ん中にある少し高くなった丘の上に立っている。

 この丘はリサドリュアスが陣取っている場所なので、俺の横には彼女が座っている。


「どうかな?」

「そうですね。田や畑を広げるのは、この獣人たちで行えるでしょう」

「何か問題があるかな?」

「田畑を耕し、植物を育てる事に問題があるやもしれません」


 確かにな。農耕などしたことない獣人たちにいきなり管理を任せても失敗するのは確実だろう。


「気候の面や植物の育成具合などは私たちドライアドで支援することは可能です。ただ、手入れや管理となりますと……」

「そうだなぁ。そのあたりをドライアドが彼らに指導する事はできるかな?」


 リサは少し考え込む。


「そういう事を私たち精霊はしたことがありませんので、できるかどうか……」


 ふむ……人に教えるという行為は、そういうスキルが必要なのかもな。


「でも、貴方が力を貸して下さるなら、大丈夫かもしれません」

「俺の?」

「はい」


 リサは俺の方を向くとニコリと笑いながら頷く。


「どう力を貸せばいいんだ?」

「私の胸に手を置いて、そして目を閉じて下さい」


 あの巨大ウォーターメロンに手を!?


 俺はドキーン! としてしまうが、まあ、胸部の真ん中に置けって事だろう。ま、やってみよう。


 俺はリサの巨大な双丘の少し上あたりの胸部に手のひらを当てて目を閉じた。


「では、私に教える力を与えるように心の中で念じてみて下さい」


 念じればいいのか?


 俺はリサが獣人たちに農業を教えている光景を心に思い描く。その映像は獣人とドライアドたちが和気あいあいと楽しそうに農作業をしているような光景に変わっていく。心和らぐその映像が、俺の心を温かくしていくような気分になって、俺は無意識に微笑んでしまった。


「はい。終わりました」


 リサの言葉に俺は現実に引き戻された。


「あ、なんか不思議な光景が頭に浮かんだよ」

ぬし様の心が私の中に流れ込んできました」


 リサが何やら嬉しそうに俺が手を当てていた部分に自分の手を当てて笑う。


「そ、そうか?」

「これで私たちドライアドで獣人たちに農作業を教えることができるようになりました」

「え? マジで?」


 どういう理由でできるようになったの?


 俺がそう聞こうと口を開きかけると、リサは立ち上がった。


「私の娘たち集まりなさい」


 リサの号令で周囲にいたドライアドたちが集まってきた。


ぬし様に新たなる力を授かりました。この力を使い獣人たちに田や畑の世話の仕方を教えていきなさい。竜人族のマムークという者に農作業用の人員の手配を申し付けるように」


 そう言われたドライアドたちはリサと俺にお辞儀をしてから命令された事を実行しに行ってしまう。


「俺が授けた?」

「そうです」

「それにぬし様?」

「はい。既に私たちドライアドを介し、精霊界は貴方と誓約が結ばれています。よって貴方は私たち精霊のあるじとなりました。精霊は貴方と契約を交わしていますので、貴方が力を分け与えれば、その能力を私たちは行使できるようになります」


 うーん。ドライアドと契約しただけなら解るんだが、精霊界と? 考慮しなきゃならない情報が多くて把握が難しいな。


「俺は農作業のやり方なんか知らないんだけど」

「それは私たちが心得ております。シンノスケから教えられた事も含めて。貴方からは人に教える、人と関わるための力を授けて頂きました」


 マジか。契約した当事者だからそういう繋がりが出来たって事だろうか。俺のできる事を精霊に授ければ、精霊たちは新しい能力を得るわけだ。


 待てよ?

 話を整理しよう。


 第一の誓約とは、精霊が名もなき創造神が精霊と契約を交わした事だという事だ。そして創造神は精霊の力を使って世界を創造したと聞いている。

 そして神々を創造神は作り出し世界の管理を任せた。その後、創造神は姿を消した事になっている。


 力の源であり、物質的な姿や意思を持たなかった精霊たちが、今のように人格や個性を持ち物質的な身体を手に入れたのは、創造神がそう望んだかららしい。

 となると、精霊たちは創造神が自分の身を削り力を分け与えて今の形にしたからではないだろうか?


 創造神が世界から姿を消した理由って……


 俺はそこまで思考を進めた所で身震いしてしまった。


 危ない。これ以上、精霊に変な力を与えるような行動は慎むべきかも知れない。俺の身体が削られて無くなってしまうという危険性があるならだが。


 ただ、これをリサに確認して良いものかどうか。もし、創造神が消えた理由が自分たちの所為だと知っているとしたら、その記憶が彼女らを悲しませる結果を産むかもしれない。相手が精霊だとしても美女を泣かせたくはないからな。それが俺の挟持。


「何か?」


 リサが俺の様子の変化に気づいたのか、首を傾げて問いかけてきた。


「い、いや。何でもないよ」


 俺は無理に笑顔を作っておく。


「農地の拡張が終わりましたら、侵入阻害は解除いたしますか?」

「そ、そうだね。それが良いだろう。誰でも来れるようにして、生きていくための希望をいつでも確認できるようにした方が獣人たちの心の安寧に繋がると思う」


 リサも静かに頷く。


「あと気候の管理なんだけど、今はドライアドがしてくれてるよね?」

「はい。大気の精霊シルフや地の精霊グノームなどの力も借りています」


 精霊力による気候管理だと推測していたが、やはりか。


「今、ここは熱帯に近い亜熱帯になってるけど、もう少し温度を下げて、獣人が住みやすいようにした方がいいだろうね」

「賜りました」


 実際、大陸南部だというのに同じくらいの緯度にある帝国辺りと比べて、気候が違いすぎる。ちょっと暑すぎるし、降雨も頻繁すぎるだろう。


 今まで言及は避けていたが、朝と夕方のスコールは結構辛い。野宿には最悪の気候だよ。


「植物には天国みたいな気候だと思うけど……」


 リサも頷く。


「もう少し人間や動物に優しい感じで気候を管理してね。植物には少し厳しいかな?」

「温室のような環境も植物には嬉しいものですが、少し厳しい環境の方が強い植物になります。その代わり、世話をする者の手間が多くなりますが」


 確かにそうだろう。だから農家は大変なんだし。


「人員は獣人たちが提供してくるし、農作業の苦労は彼らに任せてしまおう」

「そうします」


 今まではリサたちドライアドがやっていた事だ。今後は獣人にやってもらわねばならん。



 農地開拓や農作業などの目処が立ったのを確認した俺は、仲間たちを集めて会議を行う。


「どうだろう? 後は獣人たちとドライアドに任せておけば、豊作間違いなしの田園地帯になると思うが」

「ドライアドの力は植物にとっては絶対的なものだ。失敗はあり得ない」


 トリシアも俺の言葉を補足して肯定する。


「ということは、我らの手を離れるということじゃな?」

「そうなるね」


 俺はマリスの言葉に頷いて応える。


「で、冒険の続きを行おうと思うけど、みんなの意見を聞きたい」

「北に向かうんですよね? フソウ……なんとか国って所でしたっけ?」

「フソウ竜王国」

「それです!」


 アナベルも新たな冒険の旅が始まりそうなのが嬉しそう。


「フソウにも……竜がいる……のか?」

「どうだろう? 竜を崇拝する国らしいから、昔いたのか、今もいるという可能性はあるよな」


 俺はマリスに顔を向ける。


「フソウとやらにエンシェント・ドラゴンがいるかは解らぬ。古代竜は以前ほど世界を歩き回らぬでのう」


 確かに、どの国の伝承や歴史書でもエンシェント・ドラゴンが人里に出没したような話は、大抵が太古の昔の出来事として語られている。


 オーファンラントの砦が古代竜のグランドーラに壊滅させられた事件は非常に珍しい話のようだ。

 グランドーラの件を除けば、ルクセイドに出回っていた各国のドラゴン伝説は千年、二千年といった過去の出来事の伝承だったからな。


 ドラゴンが住むと言われている場所は、比較的多く伝承に残っているんだけどなぁ。


 そういう場所に無謀な冒険者が向かう事例は枚挙にいとまがないようだが、大抵は空振りに終わるか、戻ってこないという感じで、ドラゴンの目撃例は皆無。

 フソウのドラゴン伝説も眉唾な話としてルクセイドでは認知されていた。


「何にしても……行く……のだろう……?」

「そりゃそうさ! 米の産地だからな!」


 ハリスの問いに俺は力強く応える。


「では決まりだな。フソウ竜王国に向かうとしよう」


 トリシアは頷くとそう言った。


「ようやく旅立つことになったのじゃ。少々この地に長く逗留しすぎじゃしの」


 マリスは立ち上がると手を組んで頭の上に上げ伸びをした。


「いっちゃうの?」


 エンセランスが寂しそうな感じでマリスを見上げた。


「当然じゃ! 我らは冒険者なのじゃからな! 問題が解決したら次の冒険に取り掛かるのじゃ!」


 マリスは手を腰に当て胸を反らす。


「そっか……もう人間の料理も食べられなくなるのか……」

「時々、ケントの所に遊びにくれば良かろう。東にケントの領地があるのじゃぞ?」


 エンセランスは淋しげな微笑みを浮かべつつ頷いた。


「まあ、旅を終えて帰国するのは半年以上先だと思うけどね」

「じゃ、一年くらいしたらケントの領地を見に行くよ」

「ああ、歓迎するよ。ただし!」

「ただし?」

「ドラゴンの姿で来るなよ? 領民がパニックを起こすからな」


 俺がそういうとエンセランスが吹き出した。


「ぷっくははは。人間は臆病だな」

「当然だ。人間は弱い生き物だからな。魔獣や魔族から身を護る事も難しいというのに、古代竜なんかが出てきたら神に祈るしか無くなるからな」

「ケントは俺より強いじゃん」


 まあ、それは俺がプレイヤーだからだろう。一〇〇レベルのプレイヤーはこの世界では神と同等の強さを持つんだからな。


「ま、それは例外。普通の人々はここまで強くなれない。神々もそう言っていた」


 アースラ曰く、どんなに頑張っても六〇レベルくらいが上限だろうと言っていた。

 寿命や怪我、病気などで、そこに到達する前に死んでしまうって話だ。


 トリシアやハリス、マリスやアナベルも例外的な存在なのだろう。多分、俺と旅をしているのが最大の要因という気がする。

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