第19章 ── 第21話

 代表者たちと田園地帯を見学しつつ、各勢力間の抗争は全面禁止であり今回の計画は各勢力が協力する事が前提だと代表者に説明する。


 代表者たちは誰も反対せず、命令に従うと誓ってきた事は言うまでもない。


 眼の前に約束の地を見せられたら当然だろう。

 実際ちゃんと観察していれば、この地を管理しているドライアドが俺に従っているのが理解できただろうし、俺に反抗したら約束の地の利権から除外されるのは目に見えているだろうからね。



 ひとしきり田園地帯の見学を終えた獣人たちにカツサンドを手渡して、それぞれの集落や村などに帰した。


 もちろん、草食系の獣人族たちにはカツサンドではなくて野菜の詰め合わせセットを渡したよ。キャベツ、レタス、人参、ピーマンなどだが、象人族には好評のようだったよ。


 獣人たちを帰した後、俺と仲間、エンセランスは田園地帯に残り、猿人族と鳥人族が来た時に対処できるようにしばらく滞在することに。


 エンセランスが難色を示すかと思ったが、エンセランスはドライアドの存在に興味津々のようだった。

 精霊というものが目視でき、あまつさえ会話まで成立するという現象に研究者という立場のエンセランスが反応しないわけはないよね。


「ケント、良いところに連れてきてもらって感謝するよ!」


 夕食時に料理を彼の前に置いた時に、そんな風に感謝の言葉を掛けられた。


「いや、計画の根幹はエンセランスに掛かってるしね。ここを見せるのも対価の一つと思ってもらっていい」


 エンセランスは俺の作ったカレーをスプーンですくってニッコリ笑った。


「精霊というモノが実在することが証明された。伝承でしかないと思ってたからね。精霊とは世界を構築する要素だけど、まさか人格があるなんてね」


 そう言ってエンセランスはスプーンに乗ったカレーを口に入れた。


「───!?」


 突然、顔を赤くしたエンセランスが水のピッチャーを奪い取るように手にした。


 そのままガブガブと水を飲んた。


「なんじゃ、エンセランス。この程度でその反応なのかや?」


 自慢げにマリスはカレーを口にしている。


 ま、エンセランスが口にしたのは中辛だしな。

 マリスのカレーはお子様用の甘口だし。彼女はまだ中辛は微妙らしいので別に作っておいた。


「子供には刺激が強すぎるだろうな」


 トリシアがニヤリと笑う。


「辛いですけど止まらないのがカレーの凄い所なのですよ?」


 アナベルも汗を流しつつカレーをがっついている。


「プッ……」


 ハリスが顔を背けて肩を震わせる。


 おいおい、皆。初カレーの初心者に辛辣すぎでしょう。


「これはカレーという食べ物だ。少々辛いが神すら所望する逸品だぞ?」

「凄い辛い! 最初に言ってよ!」


 だが、エンセランスはカレーの皿に目を落としたまま、ふたたびスプーンを手にとった。


「凄い辛いし……食べる必要もないと思うけど……何でだろう? もう一口食べてみたい気もする……」


 ふふふ、カレーの魔力に掛かったか、エンセランス。日本のカレーは後を引く旨さだからな。


「さあ、トッピングだぞ」

「待ってたのじゃ! 我はエビカツを所望する!」

「私はトンカツだ!」

「チキンカツがいいのです」

「ハンバーグ……カレーに……」


 それぞれのカレーの上にリクエストのトッピングを載せてやる。ちなみに俺は白身魚のフライを載せてみた。


 エンセランスは皆の皿と自分の皿を交互に見て、俺の方に顔を向ける。


「何でボクのには載せないの!?」

「何かリクエストは無いのか?」

「リクエストって何? クエストを繰り返すって事?」

「要望の事だな」

「じゃあ全部!」


 欲張りめ。ま、そういうのもアリだが。


 俺は余分に作ってあるトッピングのネタを一つずつ載せてやった。豪華バージョンだな。


 トッピングと共にカレーを食べたエンセランスの目が輝く。


「載せたやつと一緒だとそれほど辛くなくなった! というか、凄い美味いんだけど!」


 当然だ。日本人がアレンジした日本風のカレーはトッピングでより美味しく、そして完成に近づくのだ。


 こうして、俺はまたカレーの虜となる者をティエルローゼに創り出してしまったが、神すら虜にしているのだから仕方ないね。



 五日後、障壁の外で活動しているドライアドから例の場所に獣人たちが集まりだしているという報告を受けた。


「みんな、猿人族と鳥人族が来たらしい。ちょっと顔を出してくるよ」

「うむ。我も行くのじゃ」

「私も同行する」

「私も行くのです!」

「右に……同じ……」


 ま、仲間たちの反応はいつも通りですな。


「よし、エンセランス。頼むよ」

「任せて!」


 そういうとエンセランスはドラゴンに姿を変える。


 今回も空から行った方が良いだろう。俺はエンセランスの背中に簡易鞍を付けて乗り込んだ。

 仲間たちも乗り込むのを確認してから、エンセランスは空へと飛び上がった。



──ドシーン……


 エンセランスの着地音と共に俺たちは地面に降り立つ。


 周囲を確認すると、かなりの数の獣人たちが平伏して待っていた。


「救世主様! そして新たなる支配者、エンセランス様のご命令通り、全ての部族の代表者を連れてまいりました!」


 新しい猿人族の代表が膝を折り口上を述べた。


「同じく、我らの勢力下の各獣人部族の代表者も連れて来ております」


 小刻みに震えつつも鳥人族の代表シリースも頭を下げた。


 俺は周囲を見渡した。


 本当に様々な獣人がいるようだ。狼人族や土竜人族の姿も見える。


 狐人族、馬人族、兎人族、犬人族……獅子人族や虎人族もいるな。


 あ、あれは竜人族じゃないか?


 竜人族ドラゴニュート、この種族はドラゴンとの血縁はないが、血縁種だと言われている獣人だ。数が少ないため、幻の獣人種だ。リザードマンより、よっぽど竜の末裔だよ。


 他にも雑多に何種族もいるが、数え上げてもキリがないので割愛。


 俺は彼ら獣人族に満足そうに頷いて見せておく。

 俺の反応を震えながら窺っている猿人族と鳥人族への配慮ってヤツですよ。


「各部族の代表者諸君、よく俺の要請に従って集まってくれた。感謝しよう」


 俺がそういうと、猿人族と鳥人族の者たちが安堵したように肩を下げた。張り詰めていたんだろうね。その気持は解る。そう仕向けたのは俺だしな。


「さて、既に甲虫人族、および蜥蜴人族と彼らが連れてきた部族の者には伝えてあるが、今回、ここに集まってもらった理由を説明する」


 俺は、西と北の勢力に話した内容を、再び説明してやる。


 反応は前回と同様で、各部族から人員派遣を率先して願い出てきた。好意からというより、恐怖心からという感じは否めなかったけどね。


 今回の派遣予定人数の概算はおよそ四三〇人くらいだった。

 やはり猿人族と鳥人族の人数が半分以上占めているようだ。

 他の部族は人数的にはそれほど多くないが、土竜人族は数が多いようで四〇人ほど出すとのこと。

 土竜人族は灌漑用水路や木の根などを掘り起こすのに役に立ちそう。


 今回も各部族の抗争を禁止する旨をしっかりと周知しておく。

 ついでに奴隷の廃止も命令しておく。各部族の代表者は同等の発言力を持つと、エンセランスと俺の名のもとに命令しておく。


 エンセランスは『それぞれの部族など等しく価値がない』と得意げに言ってた。竜語だったおかげで伝わらなくて助かったよ。


 ただ、竜人族の者が顔を引きつらせていたのだが、彼らには解ったのかもしれない。もっとも他の部族に正確な内容は知らせられないだろうけどね。物騒すぎるから。


「よし、では約束の地を見学に行くとしよう。ビックリするぞ?」


 命令を聞いた獣人を無制限に怖がらせるつもりはないので、ムチの後のアメを提供だ。


 田園地帯に踏み込んだ獣人族が涙を流してひざまずき田んぼを眺めていた。


 既に刈り取りは終了し、稲の乾燥行程が各所で行われている様は、食糧生産の可能性を如実に物語っており、俺の言葉が全て真実である事が獣人たちにも理解できたのだ。


「噂は本当だった……ドラゴンをつれた救世主様の再来……嘘ではなかったのだ」


 新しい猿人族の代表がボロボロと泣いている。


「争いに心を傷められた救世主様の苛烈な怒りを……我が猿人族は身をもって経験する機会を得られました。これは我が種族の宝となりましょう」


 猿人族の代表者の隣に補佐役のようなヤツがいたが、そいつがそんな言葉を代表者に掛けていた。


 ま、そう思ってもらうと助かるね。


 鳥人族の奴らも猿人族のやりとりを静かに頷きながら聞いていた。



 こうして、俺たちは蛮族の地の掌握を完了した。


 その後、三日ほどでいち早く人員を派遣してきたのは鳥人族と竜人族の者で、例の空き地に一緒にやってきた。


 これから農地開発という仕事が待っているし、それを指揮する者として、その中から竜人族の者を選出した。


 竜人族は他の獣人よりも知能が発達しているので、俺の計画などを伝えておけば、ある程度自動で人員の采配や作業工程の計画などをしてくれそうだからだ。

 鳥人族の間でも竜人の賢者と呼ばれていたらしく、戦いに参加こそしなかったが、侵攻や防衛の作戦計画を立てていたそうだしね。


「マムーク・ケツァル」

「はっ!」

「お前にゴーレムを貸し出す。これを使って農地の開墾を進めてくれ。これが計画書」


 俺は空から測量しておいた農地周辺の地図を書き、そこに農地として広げる予定の地区を書き込んでおいた物や、各部族の代表者を中心とした議会のようなものを作らせて、農地の運営について話し合わせる等、規則や制度を書いた指示書などをマムークにわたす。


「それと、コレも渡しておこう」

「はっ! お預かり致します」


 インベントリ・バッグから携帯用の小型通信機を取り出す。


「これは俺に直接繋がる通信機という魔法道具だ。何か問題が起きたり、指示が欲しい時に使うように」

「ありがとうございます!」


 使い方の説明をすると、あまり文明的でない地域の獣人にしては簡単に理解しているようなので助かるね。


 トリエンの駐屯地を作る時に作成した作業用や重機ゴーレムをインベントリ・バッグから出した時、マムークが腰を抜かしかけたのが少し面白かったけど。



 マムーク・ケツァルを議長とした蛮族の地の評議会が発足するのは、かれこれ一ヶ月ほど後の事だ。

 その評議会が蛮族の地を「エンセランス支配領」と名付け、中心にある農業区画を「救世主クサナギ平和農園」と名付けたと聞いたのは後の話。

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