第19章 ── 第20話

 俺たちの雰囲気を感じ取ったのか、マンドルスが恐る恐る顔を上げてこちらを見た。


「あ、あの……何か不手際でも……?」

「参上が遅くなり、大変申し訳ありません! どうか怒りをお鎮め下さい!」


 シリースに至っては全く別の事で俺が怒っていると勘違いしているようだ。


 俺は二人の代表者をじっくりと観察する。


「命令を聞いていなかったのか?」


 俺がそういうと二人の代表者、およびその取り巻きが顔を見合わせて首を傾げている。


「それとも、俺の命令をちゃんと理解できなかったという事か?」


「ぶ、部族の代表を選出して……こ、この地へ参る事と理解していますが……」


 マンドルスがオドオドとした感じで応えた。

 その言葉にシリースもコクコクと頷いている。


「そうか。従う気が無かったという事だな」


 俺は声のトーンを少し落とし、剣の柄に右手を掛けた。


「お、お待ちを! 私たちは貴方様の言葉通りに代表としてやってきました! 怒りの原因をお聞かせ願いたい!」


 マンドルスは片膝立ちで両手を前に突き出して敵意はないと必死にアピールしている。


「俺は言ったはずだ。各部族は代表者を選出し、この地に来いと」

「そう伺っております! 私が部族の代表です!」


 やっぱり理解していないか。


「各部族だぞ? お前の支配地域にいる狼人族の代表はどうした?」


 この蛮族の地に入った時に世話になった集落は狼人族の村だった。彼らの代表は来てない。

 それにウェスデルフの王城で会った土竜人族は、この地の出身だったはず。彼の種族はこの地で奴隷とされていたようだが、ここに土竜人族の代表者はいない。


 俺がそう言うとマンドルスの目が泳ぎ始める。


「狼人族は……と、取るに足らない部族で……部族というにはいささか……」


──キンッ


 俺の剣が綺麗な金属音と共に鞘に収まる。


「次の代表者を選出して来い。それと、お前たちの勢力下にある全ての部族の代表もだ。漏らさず代表者を連れてこなければ、猿人族、および鳥人族は根絶やしだ」


 鋭い眼光と共に、俺は言い放ち、彼らに背を向けて仲間たちの元に戻った。


 その時、マンドルスの首がゴロリと地に落ちた。盛大に吹き出す血しぶきを猿人族の護衛たちは浴びていたが、動くに動けないといった状況だった。


 鳥人族たちはその光景を目にして腰を抜かしている。


 全く……一罰百戒ってヤツだ。俺は無制限に優しくしてやるほど人間が出来てないんだよ。


『すげぇ……いつ抜いたのか見えなかった……』

「そうじゃろ。エンセランスはまだまだレベルが低いからのう」


 マリスもそれほどレベル変わらないじゃん……って、あれ??


 マリスのHPバーの横を見たら、レベルが六七まで上がってる。

 よく見れば、全員レベルが大幅に上がってた。


 トリシアはレベル七二、アナベルはレベル六六、ハリスはレベル六四と六〇、マリスもさっきの通り六七だ。


 エンセランスが五四だから……一〇レベル以上差がありましたか……そうですか。

 仲間たちのレベルにもう少し注意をしておく必要あるね。彼らのレベルが上がったなら、俺のレベルも上がるんだし。ステータスの振り分け作業しなきゃならんしね。


「あれは英雄神様直伝の居合というモノだな。あれを避けるのは事実上不可能だろう」

「凄いですね! マリオン様みたいです!」

「俺は……見えた……」


 居合……直伝なのかな? 真似ごとではあるんだけど。トリシアがそう言うならアースラの居合に近い動作は出来たってことかもな。マリオンみたいかどうかは知らんけど。マリオンが戦ってる所なんか見たことないしね。

 ハリスには見えたのか。彼の実力もどんどん上がってきてるなぁ。ハリスとなら小さいドラゴンなら狩れそうな気がしてきたよ。いや、今ならハリス単独でも狩れる気がするんだが。


 ちなみに、鳥人族の抜けた腰が元に戻りが動けるようになったのは二〇分もしてからだった。

 猿人族は自分たちの代表の亡骸を担ぎ、東の森へと戻っていった。鳥人族も南の空に慌てて飛んで帰っていった。


 ま、奴らが戻ってくるのに、また六日くらい掛かりそうだな。


 俺は残りの二つの勢力の獣人を集める。


「先ほどの騒ぎを詫びておくよ。申し訳ない」


 俺が頭を下げると、残っていた部族の者たちも土下座よろしく平伏した。


「救世主様の御慈悲に甘えた所業でした。罰せられて当然の事かと」


 セルニスは穏やかに俺の行動を肯定してくれた。


「さすがは始祖様……いえ、エンセランス様たちのご盟友。これで救世主様のお言葉に異を唱える者も無くなりましょう」


 肯定しているのはいいけど、言いなりになるみたいな事は言わなくていいんだよ。


「いや、俺の施策が的を外していたり、間違っていたりしたら異を唱えてもらっていいんだよ。俺はこの地で戦い合ってるのを止めたいだけなんだから」


 ウェスデルフでもそうだったけど、獣人の気質は「力こそ正義」だからなぁ。そこの所が中々理解してもらえないのが辛い。


「さっきの事で解ったと思うけど、勢力が小さい部族であっても、勢力が大きな部族であっても、代表者はそれぞれ平等の発言力を持っていると思ってくれ。これは絶対的な決め事だよ」


 蜥蜴人族の代表シュギルは鼻先が土に埋まるほど頭を下げた。


「はっ! その言葉、肝に銘じます」

「もちろん、勢力の小さい部族は魔獣や猛獣などの外敵には弱いだろう。そういう部族は君のような力のある部族が護ってやるんだ。

 俺は支配地域については口出しはしない。それで長い間、その地域の平和は保たれていたんだろうしね。

 だが、罪もない人たちを奴隷の身分に置くような世襲的身分制度は断固拒否する」


 俺の説明で解ったかどうかは自信がないが、奴隷制度は罪人だけに適用すればいいんだよ。罪があって報いがあるのには反対はしない。


 もっとも、今俺がやってる事も考えてみれば力で押さえつける事だし、何の罪もない獣人たちを支配することだからな。

 言行不一致っぽい気もするけど、手段を選んでられないんで目を瞑ってもらおうかな。

 力で支配するけど、飢えによる争いは無くせるだろうし、この地に平和をもたらせると思いたい。誰かがやらなきゃならん事なら自分でやってしまおう。

 恨むなら恨んで結構。悪人だと思われても俺は構わないさ。


「では、今回集まってもらった理由を説明しようと思う。他の二地域の獣人たちには、後でまた説明するよ」


 俺は神妙にしている獣人たちに説明を始めた。


「まず、君たちの言う救世主、シンノスケが残した田んぼについてだ。俺はその地を見つけた。その田んぼは森の精霊たちが管理していた」


 俺がそういうと獣人たちは「おお」と小さく感嘆の声を上げた。


「だが、この地の獣人全てを賄うほどの食糧生産能力はないと俺は判断した。これを来年までに賄えるほどに拡張しなくてはならない」


 獣人たちはゴクリと喉を鳴らしている。


「よって労働力を提供してもらいたいんだ。争いを禁じるんだから兵隊は最小限で良くなるだろう? 余った人手を農地開拓に供出してくれ」


 シュギルが手を上げた。


「はい、シュギル君」


 俺が指さして指名すると、シュギルが口を開く。


「どの程度の人手が必要になるのでしょうか? 部族の者全部となると村や集落の維持が難しくなります」

「全部ならそうだ。俺は全部とは言っていないよ」


 俺がそういうとシュギルは長い首を引っ込めるように身を固くした。


「怖がらなくていい。命は取らないよ」


 俺は苦笑混じりにシュギルをなだめた。


「シュギル君が言ったように、出せるだけ出して貰えば仕事も早く終わるけど、それじゃ社会は成り立たないね。だから代表者に来てもらっているんだ。

 この案件を自分の部族に持ち帰ってもらって、部族の者たちと相談して欲しい。どの程度の労働力を農地開拓に提供できるのかをね」


 俺は一呼吸置いてから続ける。


「とりあえず、現在の田んぼの広さは一つの勢力なら養える程度しかない。なので今の四倍の広さの田んぼを作ろうと思う。木々を伐採し、用水路を掘る。こういう人員以外にも、農地を耕したり作物の世話をする者も必要になるだろう」


 開墾要員に三〇〇人。農地管理に一〇〇人くらいかね?


「来年の春先までに全部片付けば、夏から秋くらいに畑からは野菜、田んぼからは米、小麦などが収穫できるようになる。どうだ? 協力してくれるかな?」


 俺がそう言うと、セルニスが立ち上がる。


「甲虫人族は全面的に救世主様のお言葉に従います。我が部族から三〇人程度の労働力は提供できると考えております」


 セルニスに機先を取られたシュギルも慌てて立ち上がる。


「我が蜥蜴人族も五〇人からの人員を派遣できると思います!」


 それ以降、他の部族たちも供出できる人数を進言してきた。


 それだけでも結構な人数になるな。


 猫人族からは二〇人、鼠人族は一〇〇人くらい。象人族は二〇人、その他少数獣人部族全体で二〇人。


 全部で二四〇人くらいか。といっても、一度部族に持ち帰ってもらって協議してもらうから、二四〇人前後としておこう。減る事もあるかもしれんしね。

 猿人族や鳥人族の勢力からも派遣してもらえれば、なんとかなりそうな人数は集まるね。


「よし、とりあえず話はそんな所かな。それじゃ、現場を見てもらうとしようかな。みんな、着いてきてくれ」



 俺はみんなを案内して例の侵入阻害障壁へとやってきた。


 集まってもらった場所はこの障壁のすぐ近くだったんだよねぇ。約束の地が目と鼻の先だったなんて、なんとも間抜けな事だね。


 俺が障壁に近づくと、どこからともなくドライアドが一人現れた。


「こんにちは」

「あ、どうも。ここにいる者たち全員で入りたいんだけど、いいかな?」


 ドライアドはクスクス笑いながら頷く。


「おい……救世主様は誰と話しているんだ?」

「さあ……? よく解りません」


 何人かの獣人が囁き会っている。まあ、精霊は普通見えないもんだからな。俺は既に精霊たちと約束した身だから姿を見せてくれているんだと思うけどね。


 俺が歩き始めると獣人たちは慌ててついてきた。仲間たちはその最後尾あたりを守るように後ろにいる。

 いつの間にかエンセランスが美少年姿になっていた。服持ってきてたっけ?



「おおお……!!」


 眼の前に広がった黄金地帯を目の当たりにした獣人たちが驚愕と感嘆の声を上げた。


 まだ刈られていない稲穂が風に揺れている部分は少しあるが、ほぼ刈り取りが終わり、束ねられた稲穂の乾燥作業が始まっていて、そこかしこにドライアドの美女たちが作業する姿が目に入ってきた。


「こ、これが約束の地……」


 セルニスが彼女の複眼に映る光景に感動している。


 さあ、これが君たち獣人が八〇〇年間、追い求めてきた伝説の地「田んぼ」だよ。


 今はドライアドにやってもらってるけど、ああいう作業は君たちがやるようになるんだ。各獣人たちが仲良く管理、運営してこそ、この田園地帯の存在意義があるんだからね。

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