第19章 ── 第19話

 エンセランスの背に乗り、緑の絨毯のようなジャングルの上を滑空している。


 しばらく飛んでいくと、俺が指定した目的の地点が前方に見えてくる。

 パッと見た感じは一〇円ハゲという感じだが、縦横一〇〇メートルほどの広さがある空き地だ。


 エンセランスは上で一度一回り旋回してから空き地の真ん中あたりに降りていく。


 一応、攻撃するものがないか警戒するため大マップ画面を開いて状況を確認しておく。


 多数の白い光点が、空き地を取り囲むように森の中に存在している。


 白いから攻撃の意思はなさそうだ。ま、突然敵意を持つ場合もあるのでマップ画面は常時出しておこう。


 エンセランスが翼を二回ほど羽ばたかせ、地響きを立てて地面へと着地する。


 俺と仲間たちはエンセランスの背中から飛び降りて周囲を確認する。


 まだ空き地へ入ってくる勇気のある獣人は出てこないかな?


『気配はするけど……隠れてるね』


 エンセランスも周囲を見回して状況を確認している。


「ふん。意気地のないやつらじゃのう」

「これだけ大きなドラゴンがいるんだ。普通なら怖気づくのも仕方ないだろうな」


 マリスの言葉にライフルを肩からおろしたトリシアが応える。


 トリシアはライフルのスコープを覗き込み、周囲をクルリと確認している。


「頭は幾つか出てるな。出てこないようなら、そういう不用心なヤツの周囲に威嚇射撃してみるか?」


 トリシアさん、銃器与えてから少々物騒ですよ? そんなトリガーハッピーじゃなかったと思いたいが。


「ま、しばらく待ってみようよ。カツサンドもいっぱい作ってきたから」


 俺のインベントリ・バッグには、腹をすかせた獣人がくる事を予想して手軽に食べられるカツサンドを大量に作って入れてあるのだ。


『一個ちょうだい』


 エンセランスが俺の方に頭を近づけて口を開いたので、カツサンドを一つ取り出して放り込んでやる。


 口の中にカツサンドが入るとエンセランスはパクッと顎を閉じたが、やはり大きいままだと食べた気はしないみたいだ。


『一〇〇個くらい一度に出してもらいたかたったな』


 一個って言っただろ。それにコレはお前に作ったわけじゃない。


「ま、今は我慢しろよ。帰ったら好きなだけ食べればいいさ」

「俺にも……」

「あ、ハリスずるいのじゃ。我にも一個!」

「私も~」

「やれやれ、せっかちなヤツらだな。どれ私も」


 お前ら……


 俺は呆れながらも一つずつ手渡してやる。


 仲間が四人ともうまそうにサンドイッチを食べ始めると、北の方から太鼓を叩くような音が近づいてくるのに気づいた。


 俺と仲間たち、そしてエンセランスがその方向に顔を向ける。


 森の北側から、蜥蜴人族を筆頭に鼠人族、象人族、鰐人族などの獣人族が現れた。およそ四〇人くらいだな。


 それぞれの種族ごとに三人~五人程度の人数だろうか。


 獣人たちは俺たちから一〇メートルくらい離れた所まで近づいてくると、全員が膝を折って服従の姿勢をとる。


「始祖様のご命令により、我が勢力に所属する獣人族各部族の代表、および護衛などを引き連れて参りました!!」


 蜥蜴人族の先頭にいた者が大きな声で口上を述べた。


「あー、はいはい。北の蜥蜴人族の方々だね」


 俺は彼らに近づいて声を掛ける。


「そなたは……先日の声の主……ケント・クサナギ殿であられるか?」

「ああ、そうだ。俺がケント・クサナギだ。よろしくね。」


 俺がそういうと蜥蜴人族の代表らしいヤツが得心がいったという感じで頷く。


「我が名はシュギル・ザムサス。始祖様のご盟友であるケント・クサナギ殿に感謝を」


 突然感謝されても困るんだが。


「この地に我が祖先であるドラゴン様……我らは始祖様と言っているが……始祖様をお連れ頂き、感謝の言葉しかありません」


 いやー、マジでそれ迷信だからね。そもそもリザードマンはトカゲでしょ。ドラゴンは恐竜とかそっち系だから。以前、帝国で見た骨格標本からもトカゲよりも鳥類に近い感じだったよ。


「彼はエンセランス・ファフニル。西の山に住むエンシェント・ドラゴンだ」


 実際の所、エンセランスはあの西の山に千年以上住んでるようなので、連れてきたわけじゃないんだよ。外に興味がないから引き篭もってただけだし。


「始祖様! お目に掛かれて光栄に存じます!」


 彼の言葉に取り巻きの獣人全員が深々と頭を下げる。


 エンセランスは胡散臭げな顔でシュギルたちを見下ろしている。


『蜥蜴人族はボクたちの子孫じゃないんだけど』


 エンセランスも俺と同じように考えているようだ。当然と言えば当然だろう。彼らには翼はないしな。根本的に身体の仕組みが違う。


「始祖様はなんと?」


 俺が通訳なのかよ……


「ああ、エンセランスは、お前たちは自分の子孫ではないと」


 俺は苦虫を噛み潰したような顔で通訳してやる。


「ははは。それは当然でございましょう。我らは黒竜ニーズヘッグ族の末裔なれば。しかし、我々はドラゴン族は全て我らの祖先であると崇拝しておる次第で」


 この言葉にマリスが猛烈に反応した。


「なんじゃと!? 我の一族が貴様らのような下賤な種族を生み出したと申すか!?」


 俺の横まで来たマリスがゴゴゴゴゴゴと黒いオーラを身にまとい始めた。

 その剣幕にシュギルたちがどよめく。


「こ、こちらのお嬢さんは……」


 動揺を恐怖の色を見せるシュギルに苦笑とともに応えてやる。


「ああ、彼女は俺の冒険者チームのメンバーだ。マリストリア・ニズヘルグ」

「ニズヘルグ……? 我が祖先と似た姓ですな」

「ま、隠しても仕方ないのでネタバレするけど」

「ネタバレとは何でしょうか?」


 ま、そこは無視してくれよ。


「彼女は人間の姿をしているが、ドラゴンだよ。マリソリア・ニズヘルグが本名だね」


 シュギルはマリスの様子を見て驚愕しており、俺の言葉が聞こえていないかのようだ。

 見ればマリスは既にいつもの二倍くらいの体積になっているんで、俺はマリスの頭をポンポンと叩いて落ち着かせる。


「ぬう。気を抜かせるでないぞ、ケント。此奴等こやつらに騙りの罰を与えるのじゃからな!」

「いや、そこは抑えておけ。命令通りに来た者を殺してしまったら、エンセランスにも俺の名前にも傷が付いてしまう」

「そ、それは困るのう。解った。ここは堪えておくとしよう。シュギルとやら、命拾いをしたな!」


 プリプリ怒りながらもマリスは元の位置に歩いていった。


「ま、ドラゴンを祖先とか言ってると、不要な怒りを買うから気をつけて」


 俺の言葉にシュギルは我に返ったように反応した。


「あ、あの方は一体……」


 やっぱり聞いて無かったのかよ。


「さっきも言ったが、彼女はニズヘルグの一族だ。君たち種族の言い伝えや主張がどうあれ、それを触れ回ると彼女の一族に血統問題で粛清されかねないから気をつけることだね」


 シュギルがパクパクと口を開け締めしているが、言葉は出てこないようだ。


「では、シュギル、それと共に来た代表者たちは少し待っててくれ。他の部族のものが来ないのでは仕方ないからな」


 シュギルたちが少し離れた位置に移動した頃、西の森から以前に会った甲虫人族たちがやってきた。


「セルニスが来たぞ」


 トリシアが顎を振って合図する。


 セルニスは相変わらず御輿でやってきたよ。護衛には見たことないヤツが一人付いているね。総勢六人ほどの集団だ。


「新たなる救世主様。ご命令通り、セルニス・サラン、罷り越しました」


 御輿から降りたセルニスは俺の前まで来るとひざまずいて頭を下げた。


 それを見たシュギルがまた目を見開いていた。


「新たなる……救世主様だと……? ではあの噂は虚言ではなかったのか?」


 ふむ。どうやら甲虫人族は俺の要請通り、噂を撒いていたようだね。今まではその効力は殆ど無かったにしろ、今、この瞬間、ドラゴンを連れてきた段階で信憑性が跳ね上がった事だろう。


「ああ、ご苦労様。よく来てくれたね」


 俺が声を掛けるとセルニスはキリキリと嬉しげな音を発する。


「紹介しておくよ。彼が西の山に住むエンシェント・ドラゴンのエンセランス・ファフニルだよ」

「お初にお目にかかります、エンセランス様。今後、この地の安寧にご協力して頂けるとの事、誠にありがとうございます」


 エンセランスはセルニスの丁寧な挨拶に少し嬉しげだ。


『苦しゅうない。ゆるりと寛ぐとよかろう』


 素の時と違って尊大な態度をとっているな。といってもドラゴン語はマリスと俺しか解らないようだがな。


「ゆっくり寛げと言ってるよ」

「ありがたきお言葉、痛み入ります」


 セルニスはさらに頭を深く下げてからシュギルたちと同じように距離を置いた。


 さて、あとは……?


 俺は東と南の方角に目を向けた。


 じっくりと観察していると、東の森付近の灌木から覗いている頭と目が会った。


 なんだあいつは? 


 俺がジーッと見ていると、その頭の人物は突然立ち上がり、咳払いと共に灌木から出てきた。そいつと共に一〇人ほど同じ種類の獣人も出てきた。全員が猿人族だった。


 ふと南側から羽ばたくような音が聞こえてきたので、そっちに目を向ければ、空に五人ほど鳥人族が飛んでおり、こちらに近づいてきている。


 ほぼ同時に、猿人族と鳥人族がやってきて口上を述べた。


「猿人族の代表、マンドルス・ゴズ。ただいま参上しました」

「鳥人族の代表、シリース・エルロンでございます」


 それぞれの集団は、他の部族の者たちと同じようにひざまずいて頭を下げている。


 だが、俺は物凄い不機嫌になってきていた。あからさまに不機嫌を表に出すのはあまり好きではないが、この場では相応しいと思うので、そうする事にした。


 その雰囲気を感じ取った仲間たちも警戒するように周囲に注意を払い始める。


 全く……こいつらは度し難い!!

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