第19章 ── 第18話

 エンセランスがシュルシュルと少年の姿に戻る。


「ボクが負けるなんて……ケントはホントに人族なの?」

「ああ、異世界人かもしれないけど、人だと思うよ」


 ドーンヴァースのキャラデータのまま転生してきたから本当に人間かどうかは解らんけど、宿っている精神は人間のままだよ。


「ま、約束は約束だし、ケントの提案に協力するよ。本当に面倒事はそっちで何とかしてくれるんだよね?」

「ああ、そのつもりだよ」


 俺はインベントリ・バッグから通信機を取り出してエンセランスに渡す。


「もし何かあった時は、これで連絡をくれ」

「これは?」

「離れていても会話ができる魔法道具だよ」


 エンセランスは興味深げに小型通信機を見回している。


「人間はこういう物が必要なんだね」

「ドラゴンは必要ないのか?」

「うん。念話が使える者は必要ないでしょ? ボクは使えないから幻霊使い魔アストラル・ファミリアを使ってるよ」


 ああ、マリスも使ってたなぁ。便利な精神体のミニ・ドラゴンだな。


「なるほどねぇ。幻霊使い魔アストラル・ファミリアは結構便利そうだね」

「便利だよ。小さい荷物を運ばせることもできるから。この魔法道具ではできそうにないね」


 それが出来ると便利だけど、装置の小型化が不可能になるからな。

 起点となる魔法装置を現地に置いておけば比較的小さい魔法道具で可能になりそうな気がするが、決まった場所にしか転送はできないというデメリットがあるし、起点が壊されたらアウトだ。


 どっちも一長一短と言えるね。


「この魔法道具はどこの遺跡から出土したのかな? 随分新しいようだけど」


 エンセランスは小型通信機の表面を指先で様々な部分を触って感触を確認している。


「それは俺が作ったヤツね」

「そんな訳ないじゃん」

「本当だけど?」


 エンセランスはいぶかしげに目を細める。


「この世界の魔法道具は、今から二三〇〇年くらい前に滅んだ魔導文明の遺産だよ。ボクもその作成方法の秘密を手に入れようとしてたけど、どうにもならなかったんだ。今の人間が作れるはずないじゃないか。ましてや異世界人だって言うし」


 ほう。魔導文明か。二三〇〇年も前だとシンノスケやタクヤたちとは関係なく滅んだって事か。


「エンセランス、ケントは世界一の魔法道具作成者でもあるんじゃぞ? そんな事も知らんとはのう。どれほど住処に籠もっておるんじゃ」

「マジで!? ここの所……七〇〇年くらい外に出てないかも……」


 すげぇ。筋金入りの引き篭もりだ! 俺の一年程度の引き篭もり歴なんか目じゃねぇ!


 ようやく引き篭もり生活の目処が立ったのは、運良く仕事で実績を上げて金を手に入れてからだからな。

 ドラゴンの中でもエリート階級だろうエンシェントの財力を最初から持ってたエンセランスが羨ましいなぁ。


「八〇年くらい前、エルフが東方の国で魔法道具の工房を作ったんだよ。俺はその工房を譲り受けたんでね。自分の知識とその工房の施設を使って魔法道具を作ってるんだ」


 エンセランスは目を輝かせ始める。


「くっ! ケントの事を知れば知るほど興味が沸くな!」


 何やら少し悔しそう。


「どうじゃ? ケントは凄かろう?」


 何でマリスが毎度得意げなんですかねぇ……


「さすがはマリソリアちゃんが気に入るわけだよ」

「エンセランス、我がこの姿の時はマリストリアじゃ。間違えるでない」

「あ……そうなの?」

「冒険者としての名前じゃからな。今はマリストリアとして旅をしておるのじゃ」


 エンセランスは納得したように頷く。


「解った。マリソ……マリストリアちゃん……だね?」

「そうじゃ。仲間たちは我をマリスと愛称で呼ぶがの!」


 エンセランスは解ったと言い俺に視線を戻す。


「ケントのその魔法道具の工房を今度、見せてよ。宇宙の話の続きも聞きたいし」

「ああ、今度の件が片付いたらな」


 エンセランスは了承の意味で頷いた。


「で、ボクは何をしたらいいの?」



 数日後、蛮族の地の殆どを覆うジャングル一帯に、地面を震わせるほどの凶悪な咆哮が響き渡った。


 獣人族は空を見上げ、身を凍りつかせた。巨大なドラゴンが空を舞っているのを見たからだ。


 ドラゴンは大空を悠々ゆうゆうと大きく旋回し、各部族の勢力圏の上空を飛んでいく。


 そのドラゴンの背に、俺と仲間たちは乗っていた。


 ドラゴンの背に乗って空を飛ぶなんて事は、ティエルローゼ史上では例の無い初めての事件だろうと思う。


 俺は念話画面を呼び出す。


 念話画面の通話リストの一番最後のあたりだ。「地域……」という項目がある。これを選択すると、俺が行ったことのある地域全域の人間や生物全体に念話で言葉を伝えることができる。

 もちろん、もっと細かな設定もできるのだが、ここでは割愛する。


 この機能は、昨日イルシスから教えてもらったものだ。


 実は俺の念話は普通の念話ではなく、神たちが神託などで使うのと同等のものだったらしい。だからスキル名が「念話:神界」って記述になっているんだって。取得当時は何のことか解らなかったんだけど、ようやくそのスキル名に合点がいったといった所です。


 神々の推測では名もなき創造神によって転生させられた俺は、彼にとって神として呼び出した人物だったのかもしれない。だから、通常の念話とは違う神界人である神が使う念話と同じスペックのスキルが開花したんじゃないかと俺は推測している。そんな気は毛頭ないんだけどね。


 だが、便利に使えるなら使う主義なので、このスキルを使って蛮族の地の獣人たちに話しかけることにしたわけ。


 俺は大きく息を吸ってから蛮族の地の全獣人族に話しかけた。


『この地域に住まう獣人よ。争いを辞めろ。俺はケント・クサナギ。救世主が作った約束の地を知るものだ』


 俺は滔々とうとうと話し続けた。


 各部族は争いを辞めて代表者を選び、森の中心地に近い場所に集まる事。もし従わない場合、これからこの地を治めるエンシェント・ドラゴン、エンセランス・ファフニルによって部族は焼き尽くされる事。従う者には約束の地が産出する食料の分配が約束される事。従いたくない者は森を自由に出ていくことを許すが、森に戻ってくる事は許さない事など。


『代表者たちは六日後までに指定の場所に集まれ。これは要請じゃない、命令だ』


 そう言い終わると共に、エンセランスに合図を送る。

 すると、エンセランスは世界を震わせるほどの咆哮を再び上げた。


──グォオオォォオオォォォォン!!


 サービスのつもりかエンセランスは、火炎ブレスを盛大に空中に吐いた。


 さて、お膳立てはこんなもんかな?


「エンセランス、協力ありがとうな。六日後にもう一度立ち会ってもらうけど、その時はよろしく」

『お安い御用だよ。今日はテンプラってのをまた作ってくれるよね?』


 俺は苦笑する。エンセランスはマリスと好みが似ているのか、天ぷらと天丼をいたく気に入ったようだ。ドラゴン同士だから味覚が似ているのかもね。


「ああ、了解だ。天ぷらと天丼と蕎麦でいいか?」

『勿論だよ。天ぷら蕎麦は至高だよ』

「おい、エンセランス。天丼が至高じゃぞ」

「いや、カツ丼の戦闘力が最強だ」

「イクラ丼ですよ!」

「いや……生姜焼き……だろ……」


 はいはい。それが皆のリクエストですかね。全部作りますよー。

 俺はカレーが一番だと思うんだけどね。トッピング次第で色々楽しめるしね。

 アースラたち神々が降臨したら困るから今は自粛中だけどさ。


 エンセランスはグルグルと喉を鳴らした。この音は機嫌の良い時の笑いの音だ。同じグルグルでもニュアンスで冷笑とか皮肉とか爆笑とかの区別があるんだが、トリシアやアナベル、ハリスには解らないらしい。ま、ニュアンスだからな。他種族だと分かりづらいんだろう。



 エンセランスが山頂の大穴から住処の戦いの間に降り立つ。この大穴はドラゴンの隠遁術で隠されているので、外からは穴が見えないようになっている。


「とりあえず、一仕事終わったね。さ、料理作ってよ」


 少年の姿になったエンセランスが服を着ながら言い放つ。


 ま、仕方ないな。今日は皆の好きなものを作ってやるさ。さっきリクエストされたしな。


 結構な分量になりそうだから、食い切れる程度の量で作りたいんだが……

 こいつら作ったら作った分だけ食べようとするんだよな。適量が掴みにくい。


 それから六日間、エンセランスに俺の知る限りの現実世界の物理学や天文学などを教えたり、料理などを振る舞ったりしながら過ごした。


 ドラゴン姿のエンセランスとの模擬戦などもトリシアやハリスの要望で行ったが、チーム戦だと仲間を守るのが結構面倒だった。レベル差や能力差があると中々一丸となって戦うのは難しい感じ。相手が強いと顕著に判明するね。


 それと、ドラゴン姿のエンセランスはレベル五四だが、人間姿だとレベルが別換算になることが判明。どういうメカニズムかは解らないが、人間姿なら人間姿のままレベル上げをしないとダメらしい。

 マリスが出会った頃にレベル七だった理由はコレだ。ちな、ドラゴン姿のマリスはレベル七一だったよ。以前はレベル五二だったそうだから、人間姿でレベル上がると元の姿のレベルも上がる可能性もあるね。



「さて、約束の日だ。みんな準備はいいな」


 戦いの間で準備万端整った俺は仲間たちとエンセランスに声を掛けた。


「問題ない……」

「ああ、バッチリだ。いつでもいいぞ」


 ハリスとトリシアが間髪入れずに返事をする。


「これで良い。準備終わったのじゃ」


 背中にタワーシールドを背負ってマリスが立ち上がる。


「もごもご……」


 アナベルはさっき朝食で出したサンドイッチをまだ口に押し込んでいたがコクコクと頷きながら何かを言っている。はよ食え。


「それじゃ、変身するよー」


 エンセランスが服を脱いでから、身を震わせてドラゴンの姿になった。


 彼の背中に簡単な鞍のようなものを付ける。これで乗り心地に四苦八苦しなくて済む。


 簡易鞍に全員が乗り込むと、エンセランスがバサリと翼を羽ばたかせる。


 ドラゴンの飛行能力は物理的なものだけでなく魔法的な方法も用いているのでバサバサと翼を羽ばたかせ続ける必要はない。俺が作ったガーゴイルと同様の飛行方法だ。


 俺がエンセランスに合図すると、一気に大穴を通り抜け、青く澄み渡った空に飛び上がった。


 さぁ、救世主の物語を今日、完結させよう。


 俺たちは決意と共にティエルローゼの大空を進んでいく。

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