第19章 ── 第17話
煮え切らない態度のエンセランスにマリスが再び怒り出す。
「エンセランス! ケントに協力せぬのというのなら、もうケントの料理は食べさせぬのじゃ!」
「え? 何で!?」
勝手に俺の料理を云々されてもなぁ。
「ケントは我の嫁じゃ! 何の見返りも無しにケントの料理が食べられると思うておるとは片腹痛いわ!」
「ずるい!」
「ずるくない! 我もケントも二度とお前の住処になど遊びに来てやらんのじゃ!」
まるで子供の喧嘩です。というか、今、見た目が子供なのでまんまです。
「まあ、協力が得られないなら、俺はマリス以外のドラゴンと関わるつもりは今の所ないよ」
俺がそう言い放つと、エンセランスの顔が衝撃に染まる。
「だってそうだろう? エンシェント・ドラゴンは人間に興味はないし、今だって積極的に関わってきているドラゴンはマリス以外皆無だ。生物としてもこの世界固有のものでもないし。関わり合う必要はないよね」
エンセランスが泣きそうな顔になる。
「べ、別に協力しないなんて言ってないよ!」
「協力してくれるのか?」
「うーん、協力するのに決定的な理由が足りないんだよ」
「決定的理由?」
エンセランスが頷く。
「だって名前を貸すって事は、何か問題が起きたらボクが対処しなきゃならないんでしょ? 料理を一回食べただけじゃ割に合わない! もっと何か欲しいよ! ケントの知ってる別世界の知識とかもっと教えてくれるならいいけど」
別にそれは構わないけどなぁ。エンセランスの中でティエルローゼの世界観が崩壊する事もありえるけどね。
「問題が起きたらだけどな。もっとも俺たちが対処できない問題が起きるとしたら、ドラゴンが大挙して攻めてきたりした場合だけだと思うがね」
俺は苦笑気味で言う。
ドラゴンが大挙して襲ってくるなんて事はまずありえない。マリスが以前言っていた事が正しければ、ドラゴンの氏族同士は戦いあっている。それも魔法で隔離空間を作ってその中でやり合うというルールを設けているそうだ。
そんなドラゴンたちが協力して蛮族の地を襲いに来るなんて事はまずない。
「ド、ドラゴンが大挙して……?」
エンセランスはその光景を想像したのか身震いしている。
「ド、ドラゴンが一匹程度なら対処できるって事?」
俺は頷く。
「君のレベルが標準的なエンシェント・ドラゴンなら対処は可能だ」
エンセランスは怪訝な顔になる。
「ならボクと戦ってみる? 勝てたら無条件で協力してやるよ」
「ふむ。命のやり取りは無しって事で良いのか?」
エンセランスはレベル五四、脅威度は中だ。脅威度が大や重大なら問題も多いが、中であれば無傷とはいかないかもしれないが、対処は可能だと思う。
「じゃ、入り口の戦いの間に行こうよ」
「戦いの間?」
「ほら、入ってすぐの所」
ああ、あの金貨とか色々雑多になった広間か。あそこは「戦いの間」という名前なのか。
俺はマリスに確認のために目をやる。
「あそこが戦いの間じゃ。ドラゴンは形式を大事にしておってな。ドラゴンは侵入者を出迎えるために、ああいう戦いの間という場所を設けておる。ま、形式的なもんじゃがな」
そんなルールがあるのか。
「ほら、ケントがさっき言っておったじゃろ? ドラゴンは破壊と恐怖の存在じゃと。エンシェントより格下のドラゴンどもも同様に思われておるはずじゃ」
そうだろうね。俺がドーンヴァースで死んだのは下級ドラゴン相手だったからねぇ。
「人間どもは洞窟の住処でドラゴンが待ち構えておるような幻想を持っているはずじゃ。そんな可愛い期待を壊さないような配慮があの場所じゃな。エンシェントは本当ならもっと文明的じゃからのう」
確かに。この居間やさっきの研究所を見ると、文明的な生活を送っているのは解る。最初に入ったあの広間は壁は岩むき出しだったし、文明的というより魔獣の巣みたいな感じだったもんなぁ。
「よし、解った。エンセランスを力で以て納得させてみるとしようか」
俺はそう言いつつエンセランスに目を戻す。エンセランスがニヤリと笑うが、美少年の笑顔というより血に飢えた猛獣のような雰囲気に見えた。
「そこのエルフみたいに腕の一本は覚悟しておいてよ」
「お手柔らかに」
俺は最初の広間に戻りエンセランスと向かい合う形で対峙する。
仲間たちも広間の入り口付近に固まって観戦しはじめる。
「ケントは大丈夫だろうか」
トリシアの不安そうな声にマリスが力強く頷く。ま、トリシアはグランドーラとかいうドラゴンにやられてるからね。不安になるのは理解できる。
「平気じゃ。エンセランス程度ならケントは負けぬ」
マリスもエンセランスの実力を知っているからな。何とかなるだろうと俺も思っているよ。
「そうですよね。神々に選ばれたケントさんならドラゴンだって余裕ですよ!」
アナベルがシャドーボクシングみたいに両の拳を突き出している。可愛らしく胸が揺れるので眼福ですなぁ。
「戦いに……協力できないのが……残念だ……」
ドラゴンと戦う時は助太刀すると言ってくれていたハリスが口惜しそうだ。ハリスは相変わらず律儀だなぁ。
「覚悟はいい?」
「ああ、俺はいつでもオーケーだ」
エンセランスは「オーケー」の言葉に最初は首を傾げるが、何も言わずに頷いた。
意味は教えてないが、さっき使ったから理解できたんだろう。
エンセランスが身体を震わせると、一気に身体が膨れ上がる。
でけぇな。こうやって敵として対峙してみると、その威容は他の生物とは比べ物にならないね。気を抜いたら震えだしそうだよ。
『まずは小手調べ』
エンセランスが俺に口を向けクワッと開いた。
俺は直ぐにショートカットに登録しておいた『
──ゴアッ!!
猛烈なブレスが俺を包み込むが、何のダメージも与えてこない……と思った途端、丸太のような太い尻尾が襲ってきた。
巨大な尾が容赦なく打ち付けられ、俺は岩がむき出しの壁にふっ飛ばされた。
くっ……凄い衝撃だ。以前の俺なら身体がバラバラになっていたかもしれない。
だが、俺は飛ばされながらクルリと空中で回転し、足で岩の壁に着地できるように体勢を調節する。
──ズンッ!
壁に足が衝突するが、俺の足は難なく衝撃を吸収する。岩の壁には小規模なクレーターが形成された。
俺は壁を蹴って本来の地面へと軽やかに着地した。
『やるぅ~』
エンセランスが
「今度は俺のターンかな?」
俺は足に力を入れて地面を思いっきり蹴った。
──ボシュッ!
俺の身体は一気に音速を越えた。
濃密な個体の中を泳ぐような感覚を覚えながらエンセランスに接近する。
エンセランスは俺の突然の加速に目を見開いた。
防御しようとエンセランスの腕が動くのが見える。
だがもう遅いよ。
俺は防御に動くエンセランスの腕を蹴り上げる。
普通の人間なら太いドラゴンの腕を蹴り上げるなんてことはできない。だけど、俺はレベル八五を越えているからね。さっき確認したらレベル八九になってたし。
「秘剣……無刃斬……」
剣を鞘走らせながらスキルを発動させる。
その途端、俺の剣の刀身が無数に分裂して閃光とともにエンセランスの胴体に炸裂した。
あれ? 何で分裂してるんだよ。
──ズババババババババ!
無数の峰打ちが連打となってエンセランスを打ちのめす。
『うがぁ!?』
エンセランスは悲鳴を上げながら、後方の岩肌へとふっ飛ばされる。
──ゴバァ!
俺の時より巨大なクレーターが岩の壁に穿たれた。
『キュウ……』
エンセランスが変な声を出して、クレーターから地面へと転がり落ちた。
「と、こんな所か……な?」
エンセランスを確認すると、全く動く気配がない。
あれ……? やば! 殺しちゃった!?
俺は慌ててエンセランスに駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
調べてみると、エンセランスは絶命ではなく気絶していただけだった。ステータスバーのHPも七割ほど残ってる。
俺はホッと胸をなでおろす。
「生きてたか。手加減を失敗したかと思ったよ」
俺が立ち上がると、後ろから仲間たちの声が聞こえてくる。
「な? 我の言った通りじゃったろ? 一撃じゃぞ?」
「信じられない……あのエンシェント・ドラゴンを単騎で撃退するなど最早、人間業ではない」
「当然ですよ。ケントさんは神々に選ばれた存在なのですから」
「ビックリ箱を……遥かに……超えた……か」
なんでマリスさんはいつも得意げなんでしょうか。アナベルも神に選ばれたとか強調したがるし。
トリシアの反応が一番それらしい感じだと思うよ。人間業ではありますがね。
ハリスのは通常運転ですな。ビックリ箱を越えると何になるのか謎だけど。
「おーい」
俺はペシペシとエンセランスの鼻面を叩くが、一向に目覚める気配がない。
「アナベル。
「は~い」
嬉しげにアナベルが走り寄ってきて魔法を唱えた。
すると、エンセランスがガバッと頭をもたげる。
『い、今のは一体……』
「今のは俺のスキルだよ。敵を無力化するための技だ」
エンセランスは一瞬、今置かれている状況を理解できなかったようだが、俺が解説してやるとようやく自分が負けた事を理解したようだ。
『ボクが気絶させられるなんて……親父にぶん殴られた時以来だ……』
ゆっくりと身体を起こしたエンセランスが、そんな事を言う。
エンセランスの親父か……もっとデカくて凄いエンシェント・ドラゴンなんだろうな。そのドラゴンと同等くらいの衝撃は与えられたと思っていいかな?
でも、その親父とは出会ったりしない事を祈りたい。きっとバトル・ジャンキーまっしぐらな気がしてならないから。口よりも手が先に出るタイプはドラゴンに多そうだしな、マリスも含めて。
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