第19章 ── 第16話
それぞれの木皿に切り分けたお好み焼きを載せていく。
「よし、食え。熱いから気をつけろよ」
言ってるそばから食いしん坊チームがかぶり付き、トリシアとアナベルがハフハフし始める。
「うぐっ! こいつ反撃して来やがった! 駆逐してやる!」
「あ、熱いのです……」
トリシアは物騒すぎだな。アナベルはいつも通りの天然だ。
マリスの方を見ると、さすがドラゴンというべきか、あまり熱げではない。エンセランスも夢中でかぶりついている。
「どうじゃ、エンセランス?」
「こ、これが料理か……!!」
満足そうだから良しとしよう。
ハリスは落ち着いて食べているっぽいが……一口がいつも以上に多いようだし、そうでもなかったか。熱いのを我慢してるっぽい気配だな。
俺は次に広島風お好み焼きに取り掛かる。
まず生地を薄く広げる。その上にキャベツと天かす、ネギなどをこんもりと山のように載せる。豚バラ肉を載せてから生地を少し回しかける。
生地が焼けてきたらひっくり返し、載せた野菜が蒸れてシンナリとするまで放置。
その横で焼きそば用の麺を焼く。ソースを絡めながら横の生地と同じくらいの大きさにしておく。その上に蒸らし終わった横の生地を大きなヘラで「よいしょ」と乗せる。
今度は生卵をその横に落とし、ヘラで潰しながら広げる。そしてその上にさっきのをを更に乗せる!
焼けてきたらひっくり返す……この時卵が少し半熟の方が俺は好みだ。
ソースをたっぷり掛けて、青のり、鰹節を振りかけて出来上がり!
焼けたものは切り分けて、どんどん皆の皿に乗せていきますよ。
「次が来たのじゃ!」
「今度のはさっきのとは別の形です!」
「次々と新戦力を……!?」
お前ら騒ぎすぎ。
さて、次に焼きそばを作っておこう。
ま、スタンダードにキャベツと豚肉でいいだろ。ここに干しシイタケなんか入れるといい感じなんだが、無いものは無いから諦める。
焼きそばは食べ終わったヤツから順番に皿に出してやる。
んで、全員が夢中になっている所で、タコ焼きを作る事に。
窪みのある鉄板に油をたっぷり塗りまくり、生地をドバーッと流し入れる。
それぞれの窪みに順番にタコ投入。天かす、刻み紅生姜、ネギなどを振りかける。
お好み焼きのお替りなどのリクエストに応えつつ、少し置く。
タコ焼きをひっくり返すヤツ……名前は解らん。それを突き入れて様子を探る。
ふむ。そろそろコロコロできそう。
少しやってみるが……以外と難しいのね。
しばらくやってみて、勘がいいのか料理スキルのせいかあっという間にコロコロと回すコツを掴んでしまった。
両手にアレを持って凄い素早さでコロコロしまくる。
それに気づいた仲間たちやエンセランスは目を点にしている。
「あれは何のスキル?」
「さあ……なんじゃろな? 凄い動きじゃが」
エンセランスとマリスは首を傾げつつもじっと観察している。
「素晴らしい動きだ。見ておけ、ケントの華麗な針さばきを。きっと戦闘にも活かせる」
トリシア、針さばきってなんだよ。刺突系武器の使い方とは違うと思いますが?
「何をやってもケントさんは凄いのです。料理をしている様には……まるで見えません!」
アナベルもか。相変わらず言いたい放題だな。
「あれはきっと敵の目を攻撃するのに使えるな。あの玉は、目玉を模したものに違いない」
おい、トリシア。嫌なこと言うな! 想像しちまったじゃねぇかよ。
ハリスは胸元から小さいノートの様な物を取り出して必死に何かを書いている。あとで見せてもらわねば。西方語も喋れるようになったが、読み書きはまだ出来ないはずなのに一体何を書いているのか。すげぇ気になる。
焼き上がったタコ焼きを木を薄くスライスして船のようにした皿に載せて、ソースをたっぷり。マヨネーズもさっと掛けて、青のりに鰹節だ。
「ほい。タコ焼きの完成だ。これも熱いからな」
俺の警告にトリシアとアナベルは過敏に反応し、フーフーと息を吹きかけつつ慎重に齧っている。
ハリスも無言で口に入れたが、お好み焼きの比ではない熱にあわてて皿に戻していた。
「熱い」って言ってるんだがなぁ……
マリスとエンセランスは熱耐性があるっぽいので平気で口に放り込んでるが。
「うまーっ!」
「これも美味いね!!」
はい、マリスの「うまー」出ましたー。エンセランスも気に入ったっぽいな。
「これが……悪魔の魚か……?」
ハリスは齧ったタコ焼きの中の白と赤のクニッとしたタコを引っ張り出して恐る恐るといった感じで見ているが、意を決して口に入れた。
「こ、これは……!」
タコ、美味いだろ? ハリスは恐れすぎ。
粉物パーティが終わり、ドラゴンの居間で寛ぐ。
火傷した口の中をアナベルが魔法で癒やしていたのはちょっと笑ったけど、なかなか面白い食事会になったな。
「粉物パーティはどうだったよ?」
一応、感想を聞いておく。
「今までのケントの料理とは一味ちがう趣向だったな。眼の前で料理するというのは中々面白かったぞ」
「そうですね。料理が出来ていく過程が魔法のようでした」
「全部、味は似たような感じじゃったが、美味かったのじゃ!」
「腹が……はち切れそう……だ……」
ハリスの兄貴、全員がそうだと思うよ。俺、一つも食う暇なかったもん。みんな凄い勢いで食べ散らかしたからなー。
「で、エンセランス。人間の料理はどうだった?」
ゴロリと転がるエンセランスに聞いてみた。腹がすごい事になってるけど。
「あれが料理なんだな。牛とかを丸かじりするより美味いね。牛のまるかじりも美味しいけど、食料に手を加えるという労力は無駄じゃない事が良くわかった。生肉を食べられない人族の知恵が生み出した究極の方法なんだね」
うーむ。牛のまるかじりってそんなに美味いのか? ドラゴンの味覚はサッパリわからん。
ま、「料理をするようになったので、食べ物を消化しやすくなり、余った時間を文明の発達に使えた」とかいう説を唱えていた本もあったし、あながち間違いではないのかもしれないね。学術的に認められていたかは知らんけど。
しばらく休憩してお腹も落ち着いたところでエンセランスに例の提案をしてみることにする。
「エンセランス。君は外の出来事にあまり関心はないと思うが」
「外? 全く無いね」
「今、この山の麓の森で獣人族同士が不毛な争いを続けているんだ」
「ふーん」
やはり余り関心はないようだなぁ。
「で、俺はその争いを辞めさせたいと思っている」
「それとボクに何の関係が?」
「君のエンシェント・ドラゴンとしての名前を借りたい」
俺がそういうとエンセランスは首を傾げる。
「どういうこと?」
「人族にもそうだが、獣人族やエルフ、その他妖精族……いや、全ての地上の生物にとってドラゴンという種族は、破壊と恐怖の象徴だという自覚はあるか?」
「当然でしょ。神はともかく、普通の生き物はボクたちエンシェントに勝ちようがないんだから」
エンセランスは得意げに鼻を鳴らす。
「ま、少し面白いヤツがいたら命を助けてやる事もあるけどね」
エンシェント・ドラゴンにおいて、同族以外の生命は面白いか面白くないかという判断基準で生殺与奪を判断されているわけか。
「で、ボクの名前を貸したらどうなるの?」
「エンセランスの名の元に争いを辞めさせるんだよ。辞めなかったら滅ぼすと言ってやるわけ。ま、ただの脅しだね」
「脅すだけなの?」
「そうだよ」
エンセランスは途端につまらなそうにする。
「脅すだけで、争いは止まると俺は思う。そこで各部族の代表者を出してもらって、話し合いの場をもたせるつもりなんだ」
エンセランスはゴロリと転がり、向こう側を向いてしまった。
「エンセランス! ケントの話をちゃんと聞かぬか!」
マリスが立ち上がりエンセランスの尻に軽めのキックをかましている。
「わ、解ったよ……話がちっとも面白くないんだもん……」
エンセランスは渋々といった感じで身体を起こした。
「今までは、争いが先で話し合うという事が各部族間で出来ていなかったんだ。それを設けてやりたいんだよ」
「それがケントに何の意味があるの?」
「俺は争いの元になった人物と同郷なんだ。今は亡きそいつの願いを叶えてやりたいんだ」
俺がそういうとエンセランスはチラリと俺の顔を窺う。
「知り合いなの?」
「いや、面識は全く無いよ。かれこれ五〇〇年も前に死んだヤツだからね」
「なんで知りもしないヤツのために?」
「んー。悲痛の中で死んでいったヤツの魂のためかな? 知りもしないヤツだけど、生まれ故郷とは違う異世界で、失意のドン底で復讐の業火に魂を焼かれ、そして死のうとした男を哀れんでも良いじゃないか」
現実世界でのシンノスケの詳細は解らないが、ティエルローゼに転生してからの彼の人生は何となく想像できる。
彼の心根は優しく、愛に溢れていたんだ。なのに、それを踏みにじられ、自分の家族を無慈悲に殺されてしまった。
自分が家族と一緒だったらときっと思ったに違いない。その絶望と悲嘆が彼を魔神に変えてしまった。
今ならば彼が何故、魔法付与がされていないノーマルのオリハルコン製フルプレートを着ていたか解る気がする。
同じプレイヤーだったタクヤが現れて自分を止めようと必死になっているのを見て、彼に殺してほしかったんだろう。全てに決着を付けて欲しいと思ったんだよ。
魔剣グラムを持っているようなプレイヤーがノーマルなんか着てるわけないんだからね。
タクヤも同じだよ。彼の武器はノーマルのオリハルコン製の大太刀だった。タクヤはシンノスケを殺したく無かったんだろうな。彼のインベントリ・バッグの中には、ちゃんとした銘のある太刀が入っていたからね。
その刀は「妖刀村雨」という。ある小説で出てきた架空の日本刀の名前から取ったヤツだろう。一応、そこそこ強いレイド・ボスがドロップするアイテムだったと記憶している。
今回の件は、その悲痛の中で殺し合った二人のプレイヤーに対する同郷の人間としての
なので、どうあってもエンセランスに協力してもらわねばならない。
「名前を貸してもらえないか?」
「どうしようかなぁ……面倒な事はゴメンなんだけど」
「面倒は掛けないよ。最初の部分でドラゴンの姿をお披露目してもらうことになるけど、あとは俺たちで何とかする」
エンセランスの反応は全く乗り気じゃなさそうだ。
さて、どうするか。ドラゴンを説得するなんて経験はないからなぁ。なかなか骨の折れそうな案件だ。
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