第19章 ── 第15話
エンセランスに案内された部屋は研究室から反対側の通路だった。
こっちの区画は主に生活に必要な部屋があるようだね。
居間に入ると、何もかもが大きい部屋だった。
仲間たちはそれぞれ思い思いの事をしている。
マリスとアナベルが長椅子っぽいモノの上でトランポリンよろしく飛び跳ねて遊んでいる。
トリシアは大きな陶器製のツボっぽいモノによじ登って縁から中を覗いていた。
ハリスは巨大な本棚の本を見つめている。
全てが人間サイズじゃないので、寛ぐことも難しそうだなぁ。
「おーい。とりあえず飯にするぞ?」
俺の号令に皆の視線がこちらに向く。
「話は終わったのか?」
「あら? その子は誰なのです?」
「む。
「アピールって何て意味?」
話は……終わってない。飯の後に切り出そうかと思ってるけど。
というか、マリス。英語混じりで喋ってもエンセランスには通じてないよ。
ハリスが俺の影の中から現れたのを見て、エンセランスが目を剥いて驚いている。
「うわっ!? そ、そんな所から出てこれるの!?」
出てきたハリスは得意げにニヤリと笑っている。さっき、麻痺っぽい事されたから仕返しか?
「ま、腹ごしらえをしてから、エンセランスの協力を仰ごうかと思ってね」
「あ、そう言えば……色々聞くのが忙しくて頼みが何か聞いてなかった……ゴメン」
エンセランスが申し訳なさそうに俯いて謝ってくる。
「エンセランスは相変わらず肝心な所で抜けておるのう。夢中になるといつもこうじゃ」
いえ、マリスさんも頭に血が上ると口よりも先に手が出るタイプだし、どっこいです。
「それで、今日は何を作るつもりだ?」
「あ、そこじゃ! そこが重要な部分じゃぞ!?」
「イクラ丼がいいと提案します!」
「ケントの……料理なら……何でもいい」
そうだなぁ。仲間の好きなものは把握済みだからいいが……
「エンセランスは何か好きな食べ物は?」
俺が問いかけると、エンセランスは少し首を傾げる。
「ボクの好み? 食べるなんてのは胃袋に収まれば何でもいいんじゃない? 今回は人間の食べる物に興味があるだけだから」
あ、うん。研究者に良くいるタイプだね。味なんか二の次で空腹を満たせれば何でもOKな人っているよね。
「マリス・キーック!」
五メートルもありそうな長椅子の上からマリスがエンセランスに飛び蹴りをぶちかますが……
「だ、大丈夫!?」
エンセランスは慌てて転がっていったマリスに駆け寄り助け起こした。
「うーむ、失敗じゃ」
立ち上がったマリスはペロリと舌を出して照れ笑いをする。
「翼もない姿じゃ、ああいうのは危ないよ」
「煩いわ! ケントの料理を馬鹿にする者は鉄拳制裁なのじゃ!」
「そんなに凄いの?」
マリスの心底怒っているっぽい言葉にエンセランスは困惑する。
「凄いどころではないのじゃ……テンプリの柔らかき衣を噛む時なぞ、まさに神々の祝福なのじゃぞ!」
マリスは目をトロンとさせた。天ぷらを思い出しいるためかタラリと涎が出始める。腰までクネクネさせはじめてる。
「マリスの意見に賛成だな。私はカツ丼の戦闘力がケントの料理では最高だと思うが」
「魚を生で食べさせる技法は世界広しと言えど、ケントさんの料理しかありえません!」
「確かに……海鮮丼は……極上だな……」
仲間たちは口々に俺の料理について褒めそやす。
そう言ってもらえるのは俺としても作りがいがあるんだけど。
「なんか大絶賛だね。ボクはケントの得意なのでいいよ」
ふむ。リクエストなしか。仲間のリクエストはこの際無視だ。
「そうだな。んじゃ新作料理を振る舞いますかね」
俺はエンセランスに微笑む。エンセランスもニコリと笑った。美形だと笑顔も可愛らしくていいねぇ。俺も美形に生まれたかった。
「新作だとっ!? ここに来て更なる戦力を投入しようというのか!?」
「ケントの新作……テンプリに匹敵するじゃろうか……いや、匹敵するに違いないのじゃ! そうであろう、アナベル!?」
「そうですよ! マリスちゃん! ケントさんが新作と言った時に外れたことはないのです!」
「いや……ケントの料理に……外れはない……」
仲間たちの反応に俺はニヤリと笑う。
「今日は粉物づくしで行くとしよう。前々から準備はしていたんだが、お披露目してなかったしな」
俺の言葉に一同の目がこちらに向いた。
「粉物づくし?」
「海鮮づくしと前に言っていた事がありますよ。それに近いものでしょうか?」
「粉物って何じゃ?」
「粉……胡椒のアレか……小麦を挽いたものか……」
はい。ハリスさん、鋭いですね。後者が正解です。前者は胡椒ミルでの事ですかね?
俺は料理用のテーブルをインベントリ・バッグから取り出して並べる。
簡易
「今日は、お好み焼きとタコ焼き、焼きそばの食べ放題です」
俺がそう言い放つと全員が顔を見合わせる。
「お好み? なんでも好きな物を焼くって事か?」
「お好みじゃからそうじゃろ? テンプリも焼くのかや?」
「そばって例の帝国のヤツですよね?」
「それは……楽しみ……だな」
いや、好きなものを焼くけど、天ぷらは焼かないよ!
帝国のは蕎麦だよ、アナベル。ここで言う「そば」は麺類の事だ。
ま、説明するより作ってやった方がいいか。
俺はテーブルに各種材料を置いていく。
メインは小麦粉だ。
「おお、ハリスの言った事が当たりっぽいぞ?」
トリシアが俺の取り出した小麦粉の袋を見て身を乗り出してくる。ハリスは自分の考えが当たったからか、得意げにちょっとだけ胸を反らせた。マリスに比べて控えめですね。
続いて、肉や魚介、野菜なども取り出していく。
「生の魚が来ました! あれ? 肉もなのです?」
アナベルが並べられていく素材に首を傾げた。まあ、いつもの料理は大抵素材数は少なめだからな。
お好み焼きは何でもぶち込むもんだから食材からは解らないだろう。
「うぉ……悪魔の魚が……」
タコを取り出したあたりでハリスの顔が強張った。今まで仕入れてから全く使ってこなかったからな。イカは海鮮丼とか寿司で使ったけどね。
「下ごしらえがあるから、少しヒマつぶしててよ」
みんなにそう声を掛けるが、どんな料理が出てくるのか気になるようで、全員が長椅子によじ登って五メートルも上から覗き込むように観戦しはじめた。
まあ、いいけど。
俺はタコを茹でたり、肉や魚介、野菜などをどんどん切っていく。そして一時間程度で所定の下ごしらえを完了させる。
「よし、こんなもんか」
簡易
「鉄板もしっかり熱くなってるな。おーい、そこの椅子に全員座れ」
長椅子の上のみんなに声を掛けると、脱兎のごとく集まってきた。
「料理はどこじゃ?」
「まだ材料だけなのです」
見回すマリスに少々ガッカリっぽいアナベル。
「待て。ケントに抜かりはないはずだ。きっと凄い事が待っているに違いない!」
「ビックリ箱……だからな……」
それほどすごくもないし、ビックリもしないよ。
エンセランスは何が起こるのかワクワクしている。目が凄いキラキラしているのが少しプレッシャーです。
「はい。それでは見て楽しく、食べて楽しい食事会を始めます」
俺は少し大型のヘラを両手に持ってクルクルと回す。
「おお?」
「何それ!?」
マリスだけでなく、エンセランスも声を上げた。
まずはお好み焼きからだ。最初のはスタンダードな豚肉を使ったもので、大阪風のヤツね。
具と生地が混じったものを鉄板の上に広げる。
──ジュワ~
敷いておいた油に生地が落ちると、いい匂いと共に焼ける音がし始めた。
その途端、トリシアたちの喉がゴクリと鳴った。
この音とか匂いがたまんないよね~。
生地の上にスライスした豚肉を何枚も載せ、生卵を真ん中に落とす。
「眼の前で料理するとは……こんな情報戦術に屈するつもりはない……が、屈しそうな自分が悔しい!」
トリシアが訳のわからない事を言い出し始める。
「まあ、待て。外はカリッ、中はシットリに仕上げるから」
粉物の定番、お好み焼きとタコ焼きはそれが重要だろ?
サッと裏返して作っておいた蒸らし用の蓋を乗せる。
「三分だ。三分待て。その後にもう一度ひっくり返して仕上げる」
この火力具合ならそんなものでふっくらと蒸し焼きにできるはずだ。
全員の目は鉄板の上にあるお好み焼きに釘付けになっている。
眼の前で料理されてるのを見るのって凄い楽しいからねぇ。気持ちはわかるよ。
三分ほど経ったので、もう一度ひっくり返し、中濃ソースの経験を生かして密かに開発していたお好みソースを
続いてマヨネーズを掛ける。これが無いとお好み焼きじゃないよね。
青のりはなかったが、ヘスティアさんにもらった海苔をベースに青のりみたいに細かい物を作っておきましたよ。
最後に削った鰹節を振りまく。
「完成だ!」
ティエルローゼで初めて作られたお好み焼きは、俺の想像通りに完成した。
あとは食べた時の感想を聞くだけだが。多分、気に入られると思うよ。
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