第19章 ── 第14話

 俺が思案していると、痺れを切らしたようにエンセランスが足踏みをする。


『ボクには教えられない事なの?』

「いや、神の実在する世界でさ。そこに住む者たちの前でしていい話なのかどうか……」


 俺はチラリとトリシアやアナベル、ハリスに目を向けた。


「何だ? そんなに不味い内容なのか?」

「俺が……聞いても……理解できるとも……思えないが……」


 トリシアとマリスは少し聞きたいっぽい雰囲気だ。


「そうですね! 神々の知識なのですからね! 我々が聞いて良いものではありませんね! みなさん、耳を塞ぎましょう!」


 なぜかアナベルは妙に嬉しげな感じで自分の耳を両の手で塞ぎ始める。


「そうじゃの。小難しい話になりそうじゃし、我たちは別の部屋で寛ぐとしようかのう。エンセランス、ケントを頼むのじゃ。くれぐれもケントに失礼な事をするでないぞ?」

『あ、うん。居間を使ってよ。失礼なんてしないよ』


 エンセランスに許可をもらったマリスは、勝手知ったるといった感じで、三人を連れて部屋を出ていった。


 ま、エンセランスだけに教えるのなら問題ないか。現実世界の物理学だからティエルローゼでも有効な知識かどうかは解らないわけだしね。


「で、何が聞きたい?」

『宇宙とか、さっき言ってたヤツ!』


 随分と幼い感じになったな。マリスも子供っぽいから当然なのかもしれないが。


『というか、思ったんだけど……さっきの言い方だけど、ケントはこの世界の人族じゃないような口ぶりだったね』


 鋭いな。賢いドラゴンだとデータにあったけど本当のようだなぁ。


「ああ、そうだよ。俺はこの世界とは別の世界からやってきたんだ」

『おお……カリスが残した言葉は真実だったのか!?』

「え? 残した言葉って何?」


 俺は逆に質問してしまう。そっちの方が重要な感じがするし。


 エンセランスはカリスの物語を滔々とうとうと話し始める。その話は俺の想像を絶するものだった。


 カリスは別の次元、別の宇宙にいた存在だったそうだ。その次元は魔族が住む世界であり、カリスはその次元宇宙での神々の一人だったという。

 その次元宇宙の神々の知識欲は凄まじく、別の次元にある宇宙の存在を想定していて、その別次元の宇宙にも行き来する事を望んでいたという。


 ある時、神の一人が次元の門を開く方法を確立した。神々はその方法を以て別の次元宇宙の探索に乗り出した。


 しばらくして神々は青く美しい世界を見出し、神々はこぞってその土地へと行くようになった。

 神々はその地の原生生物をいじくり回したり、進化させたりと好き放題したそうだ。


 その様子を見ていた最も力を持つ一人の神がカリスたち神々を元の世界へと連れ戻し、次元の門を閉じた。

 なぜ、その神が他の神々を連れ戻したのかは知らない。その神は以降、カリスの世界から姿を消したからだ。


 カリスや他の神々はいきどおり、封印された次元の門をどうにか開けようとしていた。

 なんとか封印を解除してあの青い世界に向かおうとすると、別の世界が目の前にあったらしい。

 そこはティエルローゼ。秩序の神々と名乗る者たちが治める世界だったという。


 カリスの世界の神々は大いに腹を立て、ティエルローゼを滅ぼそうとしたそうだ。その時にドラゴンが作られたんだそうだ。


『ボクたちに伝わっているカリスの言葉はこんな所だよ』


 俺は黙って聞いていて、ずっと考えていた。


 その青い世界って『地球』なんじゃ? 太古の地球にカリスたち異界の神々が飛来して世界を我が物顔にいじくり回していたんではないか?


 現実の現代社会では既に伝承やトンデモ話になっているが、人間たちが古くから伝承してきた古い宗教に登場する神や怪物たちは実在したのかもしれない。

 北欧神話における神々の戦いラグナロックやギリシャ神話のエピソードなど、科学的に考えたらににわかには信じられない神話ばかりだが、異次元の神々が魔法などの力を以て地球でそういう事をやっていたとしたら。


 眉唾だと思っていた古代の怪物たちはカリスの世界の産物だったのかもしれない。

 突然、高度な文明を持つようになったシュメール人の神アヌンナキなどはカリスの世界の神々だった可能性がある。

 神々が連れ戻されいなくなり、次元の門が閉ざされた地球は、そのような神の奇跡を伝承や神話として残した。


 しかし、次元の門を封印したという神は何者だろう?

 いや、この存在こそがティエルローゼを創り出した名もなき創造神なのかもしれない。

 元の世界を裏切った彼は自らの名を捨て、世界と同化し地球をカリスたちから守りたかったのだろうか。その防波堤としてティエルローゼの神々と人類種を作ったのではないか?


 だとすると、名もなき創造神は地球を護ってくれた存在だったといえる。彼が地球をどうして護ってくれたのかは解らないが。


 こう考えると破壊神カリスがティエルローゼを破壊しようとした理由がすんなりと理解できるんだよね。真実かどうかは解らないけど、そう思うことにしようか。


 ティエルローゼに俺たちプレイヤーが転生しているのは、その創造神がティエルローゼの行く末を危惧して用意した勇者召喚システムという事も考えられるね。

 そうだったら俺やアースラ、シンノスケやタクヤは創造神に招かれた勇者ということだったのかもしれないね。


 我ながらかなり厨二病くさいと思うけどさ。


『で、宇宙って何?』


 エンセランスに声をかけられて俺は思考の迷宮から脱した。


「あ、ああ、すまん。ちょっと考え事をしてたよ」


 エンセランスは怪訝そうな顔だが頷いた。


「で、宇宙だったな。俺たちの世界では宇宙はビッグバンと呼ばれる爆発から生まれたとされている」


 ビッグバン理論はほぼ定説になっているし、インフレーション理論などの補足でさらに補強が進んでいる。まあ、他にも同じような宇宙があるとかいう理論もそんな中で考案されてるよね。


「物質は素粒子という物凄い小さい粒の集まりで構成されててね。それがビッグバンによって生まれたらしいよ」

『なるほど……俺が空の上で集めてきたのはその素粒子ってやつなのかな?』


 素粒子を原子顕微鏡もなしに集めてくる君も結構凄いよ。というか、ドラゴンは宇宙服もなしに宇宙まで行けるってのも凄いけど。

 魔法の為せる技なのだろうかね。


「そういう素粒子が寄り集まって、原子を構成する。原子核は陽子と中性子によって構成され、その周りを電子が回るんだが電子の数とかで物質の性質が決まる」


 正確な情報か自信はないが、学校で学んだ物理学はこんな感じだね。


「一個の電子が回っている物質は水素、電子が二つ回るとヘリウムになる。こういった原子が寄り集まって元素になり、元素が集まって目に見える物質になったりするわけだね」

『すごい発想だね! 俺は世界を構成する上で、そんな考えは思いもよらなかったよ』


 まあ、そうだろうね。中世的な世界だと神の力で全て片付けちゃうからな。

 実際、神が生物を創造しちゃうような異世界で、そんな発想は生まれないだろう。


「神々の力によらない世界創造は、こういう自然現象が元になって作られてると俺の世界では考えられている」

『世界が全部?』

「一応全部だね。俺は物理法則が神なんじゃないかと考えていたよ。この世界に来てからは神という存在を目の前で見たから、俺の世界とこの世界のどっちが正しいのか解らないけどさ」


 エンセランスも頷く。


『カリスが渡った青い世界には神はいなかったらしいんだ。だからカリスたち神々が好き勝手にできたんだろうね。だとしたら、神の手によらない世界というもの実在するんだ!』


 エンセランスは踊るように巨体を動かしている。


「エンセランス、君は世界を作りたいのか?」


 俺がそういうとピタリと踊るのを辞めた。


『うーん。どうやったら名もなき神のように世界が作れるのか興味があっただけだよ。別に神になりたいとも思わないし。作った生物たちに責任を持つなんて面倒じゃない?』


 ああ、それは俺も同意だね。ティエルローゼの神々にしろ、色々と規則とかあるみたいだし、面倒そうだよね。


「激しく同意。のんびりと好きな事をして過ごす方が俺も好きだしな」

『ケントはドラゴンと思考が似ているね。マリソリアちゃんが気に入るわけだ』

「そうなのか? マリスと出会った時、なんか必死な子供だと思ってたんだけどね。放っておいたら危なそうな所が心配だったんだよ」


 そういうとエンセランスがグルグルと喉をならした。


『解る。大きいし力も強いけど、お世話したくなるよね』

「マリスが言うにエンセランスは舎弟だとか言ってたけどな」

『そうだね。俺としては保護者のつもりだけど、彼女はあんな性格だからね。逆らわない方がいいと思う』


 苦笑気味のエンセランス。


 もしかして、エンセランスはマリスの事が好きなのかもね。

 破壊の権化のドラゴンとしては懐が深いのかねぇ。これなら蛮族の地の平定に協力してもらえそうな気がするね。


「ま、うまい料理を与えておけば、マリスたち食いしん坊チームは大人しいもんだよ」

『料理? 肉を焼いたりするやつ?』

「ああ、一番簡単なのはそれだね。人間は生肉を食べると腹を壊すからな。食べ物に火を通すというのが基本的な料理方法の一つだ」

『ブレスで焼くと真っ黒になって苦いから嫌いなんだ』

「それは炭化してるからだ。焼き過ぎだよ」

『そうなの? ちょっと人族の料理というものを食べてみたいな』


 その大きさの生物を満腹にするほどの量は用意できねぇ!


「マリスみたいに人間に変化できるか?」

『ああ、簡単だよ。何で?』

「その方が料理を美味しく食べられるからさ」


 エンセランスの目がキラキラと輝くと、マリスと同じようにスルスルと小さくなっていく。


「これでどう?」


 そこには、青い髪色の美少年が立っていた。背格好はマリスと同じくらいだな。素っ裸なのもアレだが。


 おー、エンシェント・ドラゴンすげぇ。


「バッチリオーケー」


 俺はオーケーマークを指で作る。


「オーケー? どういう意味?」

「ああ、これは俺の世界の言葉だ。この世界だと古代魔法語とか言われてるなぁ」

「そうなの? 古代魔法語か。神々が定めた魔法名に使用されている言語の事だ」


 そうなのか?


「魔法術式を構築する呪文は魔法語とは違うのか?」

「あれは魔力に属性を持たせるためのものだね。精霊との会話に使うとかなんとか言われているらしいけど、俺は精霊は見たことないから嘘なんじゃないかと思ってた」


 ということは? 呪文のセンテンスは精霊語が元になっているということか? エマが聞いたら喜びそうな情報だな。あとで教えてやろう。


「それじゃ、料理を振る舞うからみんなの所に行こうか」

「うん! 凄い楽しみだな!」

「その前に服を着ろ。大きいお姉ちゃんたちが大喜びするぞ?」


 少年姿のエンセランスがキョトンとした顔をする。


「大きいお姉ちゃん? 誰のこと? さっきのエルフ?」

「そこは無視してくれ。俺の世界の腐女子という種類の人たちの話だから」


 俺はエンセランスに案内されて居間とやらに向かう。ドラゴンの居間ってのはどんなのなのかな。そういう代物を見た事のある人間はいないだろうから、少々楽しみ。

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