第19章 ── 第13話
小さくなったマリスが仁王立ちで巨大なエンセランスを見上げる。
「エンセランス! 我が呼ばわっておるのに何をしていたのじゃ!」
『あぁ、ちょっと実験を……』
マリスが床を指差すと、エンセランスがその場所に正座する。
「ヌシが実験? 何を実験しておるのじゃ? 小難しいのは我は好かんぞ?」
マリスがワガママ放題に言い放っている。
『えーと、世界の構築についてだけど……』
ほう。エンセランスは世界の成り立ちを調べているとかデータに出てたっけ。世界がどういう仕組で出来てるのかなどに興味あるのかと思ったが、世界創造について調べているのかね?
「何じゃそれは?」
『神が世界を作った方法を探してるんだ』
「神じゃと? カリスの事か?」
『いや、ボクたちの創造主のカリスは世界を作るほどの力はなかったでしょ』
エンセランスは名もなき創造神の事を言っているんだろう。
マリスは益々解らなくなってきたらしく、盛大に首を傾げている。仕草は中々に可愛いけど、それ以上傾げると転がるぞ?
「解らん! ケントォ~?」
助けを求めるようにマリスは俺に顔を向けてくる。
「あれだな。ティエルローゼを作り上げたと言われる創造神みたいな事をしようと思ってるんじゃないか?」
『だ、誰だ!』
エンセランスがガバッと首をもたげ、口をクワッと開いた。
その途端、マリスが飛び上がってエンセランスの鼻面にゲンコツを落とした。
『あだっ! 何するの、マリソリアちゃん!』
「ケントは我の嫁じゃぞ! ケントに牙を剥く事は我がゆるさんのじゃ!」
『え? 嫁? それメスなの?』
「何を馬鹿な事を言っておる。ケントは優れたオスじゃ!」
エンセランスの目は混乱したように動いている。
『マリソリアちゃん、オスは嫁じゃなくて婿じゃないの?』
「そうとも言うやもしれんな。じゃが、飯を用意するのは嫁の仕事じゃぞ?」
エンセランスが顔を脇に向け、小さく溜息を付いた。
『そんな定義なんだ……』
エンセランス、俺もそこに激しく同意したいよ。
『他の人族も? あれ? エルフもいるの?』
「エンセランス、我は冒険者になったのじゃ。ケントはチームに入れてくれたのじゃ。トリシアもハリスも我を快く仲間にしてくれた者たちなのじゃぞ」
『冒険者? あー、ボクがあげた本のヤツね』
「うむ。その主人公がこのトリシアじゃ!」
マリスが得意げにトリシアを紹介すると、エンセランスは興味深い目をトリシアに向けた。
『へぇ……実在の人物だったんだね』
「そうじゃぞ? グランドーラと戦ったんじゃぞ?」
『アイツと? それって嘘じゃなかったんだ。アイツ虚言癖あるし』
「まだ若いからのう……」
マリスとエンセランスは何やら内輪話で和み始めてるな。
そんな彼らを見てトリシアが困惑したような顔をする。
「何を話しているのだ? マリスの言葉は理解できるから私の事を話しているのは解るのだが」
ああ、俺は竜語も理解できるようになったからな。
「どうも、トリシアの本をマリスに渡したのがエンセランスなんだとさ」
「ほう。でも何百年も会ってないとか言ってなかったか?」
そういやそうだな。どうやって渡したんだろ? てーかトリシア、麻痺状態からやっと抜け出せたのか。
見れば、アナベルもハリスもようやく身体を起こしている。
「ふぇぇ……死ぬかと思いました」
「あれが……ドラゴンの……特殊能力か……」
話によれば、アルシュア山に住むというドラゴンの名前がグランドーラなのは間違いないようだね。以前、マリスが漏らしてた名前だ。
マリスやエンセランスに比べると若いドラゴンらしいし、エンセランスやマリスのようなユニーク・スキルは持っていなかったのかもな。
最初に行動不能にするユニークをグランドーラが持っていたら、今頃トリシアたちは生きてないだろうからね。動けなくした次のラウンドでブレスに焼かれていたはずだから。
『そのエルフの腕がないのって、グランドーラが言ってたヤツかな?』
「そうじゃな。ヤツに食われたと言っておった」
話の内容を推測してトリシアが自分のアダマンチウム製の義手に手をやった。
「マリス、積もる話もあると思うが……」
俺が見かねてマリスに言葉を掛ける。
「あ、そうじゃな。ゴメンなのじゃ」
トコトコとマリスは俺の横まで走ってきて、くるりとエンセランスに向き直る。
「エンセランス! ケントがヌシに提案があるそうじゃ。話を聞いてやってたも!」
エンセランスの目が俺に向けられた。その目は少しキツめに睨んでいる気がしてならない。まあ、ドラゴンの顔はかなり厳しいから、そう見えるんだろうけど。マリスも結構怖かったもんな。
「あー、紹介に預かったケント・クサナギだ。マリスと冒険者をしている」
エンセランスは燃えるような赤い目のまま、じっと俺の言葉を聞いている。
「エンセランス、君に頼みがあってマリスに案内をしてもらった。聞いてもらえるだろうか?」
『人族の者よ。私が人族の願いを聞くと思うか?』
「交渉次第だと思っている。対価は必要になるだろうとは思うけどね」
エンセランスはグルグルと喉を鳴らす。
『人族が私と交渉とな。笑わせてくれる。私の欲しいものを人族ごときが持っているとでも言うのか』
「んー、それは聞いてみないことには解らないね」
そこまでエンセランスと話したところで、マリスの雷が落ちた。
「エンセランス! 何じゃその偉そうな口ぶりは!! ケントは我よりも強いオスなのじゃぞ! お前なぞ一捻りなのじゃからな! ケントが怒る前にちゃんと話を聞かぬか!!」
俺が怒る前に君が怒ってるよ、マリスさん。
『この人族がマリソリアちゃんより強い? 冗談でしょ?』
「冗談ではないのじゃ! 先程も外でスライムを焼き払った魔法は、我らのブレスをも凌駕しておったのじゃからな!」
それを聞いてエンセランスは信じられないという目をトリシアやアナベル、ハリスに向けた。
俺とマリス以外の人物に嘘だと言って欲しいんだろうか。
「マリスの言葉は本当だ。ケントは炎の魔神イフリートを、神獣ケルベロスを使役する」
ま、それは嘘じゃないけど、ただの召喚魔法であってペットや下僕という感じではないと思うんだが。
「ケントさんは神々とも親交を深めるほどの選ばれた人物なのですよ! もう殆ど神様なんですからね!」
いやいや、アナベルさん。それは間違いだと思います。今のところ神などになるつもりもありません。
「ケントは……アルコーンすら……倒すほどの……力を持つ……」
あれは皆の協力があったからですよ。一対一の状況にしてもらえたからこそ、自分よりレベルが高かったヤツを倒せたんだしね。
「まあ、みんなの言葉には誇張はあるように思うが……半分くらいは本当だね」
『ほう。それほどか……では問おう。創造主はどのようにして世界を作り上げたと思う?』
「それはカリスの事を言っているんじゃないよな?」
『勿論だ。人間どもが言う創造主、いわゆる名もなき神の事だ』
ふむ。その話ならアースラたちから聞いてるよ。
「創造主は精霊の力を以て世界を作ったんだよ」
『精霊だと?』
エンセランスは少々思案し始める。
『精霊か……文献ではそういう事を言っているが、そもそも精霊とは何だ? 見たことの無いものをどうやって使うのだろう?』
ブツブツとエンセランスは言いながら思案を続けている。
「精霊ってのは普通は目に見えるものじゃないからね」
俺はヤレヤレといった感じのポーズをしておく。簡単に見られるようなら、だれでも世界を作り出すことができるんじゃないかね?
『お前は見えるのか?』
「いや、普段は見えないと思うよ? つい二日ほど前に木の精霊と話をしたけどさ」
『話をしただと?』
エンセランスが身を乗り出して俺の方に顔を近づける。怖いから辞めて。
「ケントだけじゃないのじゃぞ? 我ら全員ドライアドの姿を見たし、話しもしたのじゃ」
マリスが得意そうな顔で胸を反らす。
『マリソリアちゃんも見たの!?』
エンセランスは衝撃を受けたような顔でマリスに凄いスピードで顔を向けた。
「そうじゃぞ。ドライアドの長は大きかったのじゃ。あの世界樹に宿っておる存在じゃそうじゃ」
『そうなのか。精霊というものが存在するとなると……』
エンセランスは立ち上がるとさっきまでいた部屋の中に入っていく。
エンセランスは、部屋の中の丸いガラスっぽい容器の中を覗き込んでいる。
『ここに精霊力を注入できればもしかすると』
俺たちはその部屋に入り、エンセランスのいるあたりまで進む。
この部屋はどうやら実験室のようだな。棚には様々な大きさの本や実験器具などが所狭しと並んでいる。
真ん中にある、エンセランスの覗き込んでいるガラスの容器は中に黒い霧のようなものが渦巻いていた。
「これは何?」
俺はエンセランスを見上げながら問いかけてみた。
『これは世界の素だよ』
「ほう……」
中の黒い霧は何だろう?
「その黒いのは?」
『これはティエルローゼの外に飛んでいった時に採取したんだ。青い空をもっと高く飛んでいくと、真っ暗な世界になるんだ。ティエルローゼは闇の世界に浮かんでるのさ』
「ああ、宇宙だな。惑星は宇宙空間に存在するからね」
俺は彼の言葉を理解できた。現実世界の科学技術で解き明かした世界の仕組みだからね。
エンセランスが興味深げに俺に視線を落とした。
『宇宙? 惑星? それはどんなもの?』
エンセランスは小さい子供のように聞きたがりな感じになってきた。
「宇宙というのは世界全ての事だよ。英語でいえばユニバースか。空の星も太陽もティエルローゼも宇宙の一部でしかないんだよ」
エンセランスの目がキラキラと輝き始める。
『もっと教えてくれ! お前の話は一々興味をそそるよ!!』
あー、いいのかね? このティエルローゼでは神が実在していて、人々は自然現象を神の御業だと思っている。
そういう側面も確かにあると思う事象もあるが、基本的に自然現象は物理法則によって起こっているものだ。それは科学知識というもので、この世界においてはタブーとなる情報ではないだろうか。
俺はエンセランスに現実世界の人間が科学知識を用いて分析してきた世界の仕組みを説明して良いものか眉間にシワをよせて考え込んだ。
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