第19章 ── 第12話

 服と鎧を着込み終えたマリスはズンズンと洞窟の奥に入っていく。

 俺と他の仲間は慌ててマリスの後を追う。


 一応、警戒の為にマップ画面で先の状況を確認しながら進む。

 マップ画面に表示される洞窟の先は途中から真っ黒状態だ。


 あれ? 洞窟内は別マップということか?


 こういう表示はレリオンの迷宮内を外側から見た時と同じような感じだ。

 空間自体が別次元だったり、離れた地点を魔法で空間連結していたりするとこのような表示になる。

 どちらの場合にせよ、空間や次元を左右する手段を持っているという事だな。


 エンシェント・ドラゴンが神と同程度の力を持つ事の証左なので、ますます俺は緊張が高まるのを感じた。


 洞窟をしばらく進むと、巨大なドーム状の空間に出る。


「エンセランス! おるか!? 我じゃ! マリソリアじゃぞ!」


 空間の中にマリスの声が反射して響き渡るが、何の反応もない。


 俺はこのドーム状の空間を見渡してみる。


 この空間は何もないわけではなく、所々に動物や人間、獣人などの骨が転がっている。それが装備していたであろう武具なども一緒に存在しているが、錆びたり朽ちたりしており使い物にはなりそうにない。

 また、一画には金貨や銀貨などが大量に山積みされている場所もあった。


 金貨で何億枚もありそうだなぁ。こんな入口付近の場所に無造作に置いているのを見ると、あまり価値を感じていないって事かもしれんな。


 他にはガラクタなども多数あるが、大した価値はなさそうに見える。


 ドームの上を見上げてみると、山の天辺まで突き抜けるように大きな穴が開いており、空の青色と陽の光が入ってきているのが見えた。


 この穴から空に飛び出すのかね? 雨が振ったらこのドーム空間が水浸しになりそうなんだが。


「出てこんのう……」


 マリスが少々ガッカリしたような声を出し、ドームの奥にある通路のような穴を見ている。


「仕方ないのじゃ。先へ進むかや?」


 マリスが俺に同意を求めるように見上げてきた。


「そうだな。エンセランスに会わなきゃならんし」


 マリスを先頭に俺たちは更に奥へと足を踏み入れる。


 入り口からドームへと続く通路よりいくらか細いが、それでも幅二〇メートルはある通路を進む。


 すぐに広い部屋に出たが、この部屋は天井に非常に明るい魔法の光が灯っていた。

 前方と左右に三〇メートル幅の通路があった。各通路は天井に等間隔の魔法の光が灯り、奥までよく見えた。各通路には大きな扉が左右に並んでいてる。


「エンセランス! どこじゃ!!」


 マリスがまた大きな声を張り上げた。


 耳を済ますが、返答はなかった。ただ、右の方の通路の奥から、ドシンドシンと歩き回るような足音が聞こえている。


 その足音が近づいてくる気配はない。


「おらんのか?」


 マリスが少しガッカリしたような声で肩を落とす。


「マリス、右の方から足音みたいな音が聞こえるようだが?」


 俺がそういうとマリスは右の通路を覗き込む。


「こっちかや?」

「ああ、ドシンドシンと聞こえるけどな」


 どうもマリスやトリシア、アナベルには聞こえていない。

 目を閉じていたハリスが頷いた。


「確かに……微かだが……聞こえて……くる」


 ハリスも同意見のようなので、マリスは右の通路に進路を取った。


「エンセランスめ。何をしておるのか。不用心じゃろうに」


 いやー、ドラゴンの住処にのこのこ入ってくるようなヤツは中々いないと思うぞ?


 右の通路に入って奥に進むと、例の足音が他の仲間にも聞こえるほどに大きくなってきた。


「確かにこっちじゃのう。こっちで何をしておるのじゃろう?」

「ドラゴンの生活様式は解らん。マリスが解らんなら私たちに解るはずもなかろう」


 トリシアが緊張のためか、いつものよりも不機嫌そうな声でマリスに答えていた。


「ドラゴンは自由じゃからのう。それぞれで過ごし方は違うのじゃ」


 マリスは外に住処から飛び出しちゃったしね。エンセランスがどういう事に興味を持って生活しているのかなんて誰も知らないって事だろうな。


「我もヤツとは何百年も会ってないからのう。今は何に興味を持っておるのかのう」


 そうなると誰にも今のエンセランスは知らないということだ。

 そんなだとすると、マリスを友好的な反応で出迎えてくれるか解らないんじゃないのかね?


 一応、俺は大マップ画面で先を確認しておく。


 マップで確認すると、ここから二〇〇メートルほど先の左の大きな部屋に白い大きな光点が表示されている。


 これがエンセランスか?


 クリックしてみる。


『エンセランス・ファフニル

 種族:ドラゴン

 レベル:五四

 脅威度:中

 エンシェント・ドラゴンであるファフニール一族の若者。他のファフニール族のドラゴンと違い、あまり戦いなどには興味はない。知力に優れるエンセランスは世界の成り立ちなどに興味を惹かれ、様々な実験を行っている』


 おお、戦いに興味がないとなれば、比較的安心かもしれないな。ま、緊張を緩める理由にはならんけどね。


 エンセランスがいる部屋が近づいてきた。その部屋の扉は開いており、中から通路にある魔法の光よりも強い明かりが漏れている。


「そこの部屋の中だな」


 マリスの歩く速さが少し上がる。


 何百年ぶりかに会う友人に早く会いたいのだろうね。


「エンセランス! 何で出迎えぬのじゃ!!」


 マリスは入り口から飛び込み腰に手を当てて仁王立ちで叫んだ。


 先程まで響いていた足音がピタリと止まった。


 俺と他の仲間たちはマリスの後ろに並んで立って中を見た。


 そこには体高は二〇メートルほどもあろうか、青い鱗に覆われた巨大なドラゴンが振り返るようにマリスを見ていた。


『だ、誰だっ!?』


 強烈な音の波動が俺たちの身体を襲う。


 トリシア、アナベル、ハリスがパラライズの魔法に掛かったように身動き一つ取れないような状態になってしまった。


 マリスには何の効果もないようで胸を張るように身体を反り返らせている。


「誰だとは何じゃ! わざわざ我が来てやったのじゃぞ!」


 エンセランスの口が巨大な牙を覗かせて開き掛かる。口腔あたりまで見えたが、その辺りに仄かに赤い光が見える。


 あ、これヤバイ!


集団火炎抵抗マス・レジスト・ファイア!!』


 俺は即座に魔法を唱えた。


──ゴアァァアァ!!


 その瞬間、俺たちは猛烈な火炎性ブレスの業火に包まれた。


 ほぼ三秒程度、俺たちはエンセランスの放ったファイア・ブレスに包まれていたが、魔法効果のおかげで全くダメージを受けなかった。


 うーん、やっぱり俺の魔法の威力はおかしいな。


 炎から防御する魔法、火炎防御プロテクション・フロム・ファイアであれば、炎を完全に防ぐ事ができる。だが、これは単体魔法で、一人にしか効果がない。全員に掛かるように呪文を改良しておけばこっちを使ったんだが、無改良だったから使えなかった。


 集団火炎抵抗マス・レジスト・ファイアは、火炎抵抗レジスト・ファイアの魔法を改良して全員に掛かるようにしたものだ。こちらの魔法は炎に対する抵抗値を上げるだけであり、火系のダメージを軽減する事しかできない。


 なのに火耐性スキルを持つ俺だけでなく仲間たちもノーダメージだった。


 マリスの怒号が俺の思考を妨げる。


「エンセランス!!!! 我にブレスとはいい度胸じゃな!!」


 マリスがゴゴゴゴゴという音をまとうような凄まじい気配を発し始め、装備している鎧のパーツが次々に弾け飛んでいく。


 あ、マリスがキレた。


 俺は動けなくなってる三人を抱え、担ぎあげ、少し離れた場所に避難させる。


『我の仲間にまでブレスを放つなど……』


 振り返ると既にいつもの半ドラゴン状態よりも遥かに大きくマリスの身体は膨れ上がっている。


 徐々に首が長くなり、背中の羽根は巨大さを増す。全身は黒光りする鱗に覆われ、可愛いマリスの声は魔獣のような咆哮にも似たモノに変わっている。


 そのマリスの身体にエンセランスの身体が激突し、マリスは通路の反対側にある扉に叩きつけられる。


『何をするか!』


 強かに打ち付けられたマリスだったが、鎌首を上げてエンセランスの首に鋭い牙を突き立てる。


『不埒な侵入者め! 我をファフニルの者と知っての狼藉か!?』


 端から見ていると、映画の巨大怪獣大戦争みたいでワクワクが止まりません。


『不埒はお前じゃ! ニズヘルグの名においてぶちのめしてやろうぞ!』


 その瞬間、エンセランスの動きが止まった。

 エンセランスが動きを止めたとしても、マリスの知ったことではないし、彼女の怒りは収まらない。


 猛烈なドラゴンパンチとドラゴンキックがエンセランスに炸裂し、今度はエンセランスが吹っ飛んで壁に激突した。


『腕の一本や二本は覚悟しての仕打ちじゃろうの!?』


 ドシンドシンと怒りの黒竜マリソリアがエンセランスに迫った。


 ふっ飛ばされたエンセランスは床に倒れた状態になっており、身動きすらできないようだ。首をもたげて目に涙を浮かべている。


『え!? マリソリアちゃん!? マジで!?』

『今頃か!! じゃがもう遅いのじゃ!!』


 マリスがクワッと巨大な口を開けた。


「おい、マリス。そのくらいにしておいてやれよ」


 マリスはピタリと動きを止め、口が開いてそのままで俺の方に顔を向けた。


 それ、勘弁。さすがにちょっと怖いです。


此奴こやつは我だけでなく、ケントにまでブレスを吐きおったのじゃぞ!? 許せんのじゃ!!』

「いや、魔法で無傷だし問題ないよ」


 俺がそういうと、マリスは俺だけでなく仲間たちに瞳孔が縦に細くなっている黄色い目を向けた。


『みんな無事なのかや?』

「ああ、傷一つないよ」


 すると、マリスがコクリと頷いて、四肢に込めていた暴虐な力を緩めるのが解った。


『ケントがそういうなら仕方ないの。エンセランス、許してやるのじゃ。ケントに感謝しておくのじゃぞ!』


 マリスはスルスルと身体が小さくなり、いつもの可愛いマリスに戻った。


 マリス、はよ服着ろ。全国の大きいお兄ちゃんが大喜びするから。


 それにしてもマリスの真の姿は怖ぇな。

 俺が戦ったドーンヴァースのドラゴンなんて目じゃねぇな。それはエンセランスも同じだが。


 プログラムで動かされた存在じゃなく、生物としてのドラゴンは正に地上最強の生物と言えそうだ。アルコーンすら敵じゃないだろう。アースラも勝てるか解らん。

 基礎能力が通常の生物とは根本的に違うことが良く解ったよ。今後、ドラゴンは敵に回したくないモンスターリストの第一位にノミネートしておくとしよう。

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