第19章 ── 第11話

 次の日の朝、俺たちは西の山へと向かうために甲虫人たちの集落を後にした。


 セルニスには各部族へ情報を流すことを依頼してある。それにより各部族の行動が抑制されると期待している。大規模な争いや戦闘を避けられれば、死傷者を減らせるからね。


 もっとも、甲虫人族が救世主の再来を喧伝する事で、甲虫人族への攻撃が集中する事も視野に入れて部隊の強化を要請しておいた。

 甲虫人族が救世主を擁したとバカな事を思った時の対策だ。他の部族が救世主奪還と称して甲虫人族を攻撃してくる可能性は否定できないんだよね。


 その為に大量に備蓄しておいたフィル特製中級ポーションを甲虫人族の集落に置いてきた。甲虫人族が大規模戦闘に巻き込まれても乗り越えられるようにね。



 西の山の麓には一日ほどの距離を走破しなければならない。

 途中、甲虫人の狩り部隊などに何度か出会ったが、すでに情報の共有がなされていたようで、襲われる事は皆無でひざまずかれるばかりだったので、割りと楽な旅となった。


 山を見る限り、ウェスデルフとルクセイドを分ける山脈やピッツガルトの南にあるアルシュア山ほど大きくない。三つほど同じような頂きがあるため、三牙山と言われているらしい。


「あの真ん中のところの中腹にエンセランスの住処があるのじゃ」


 山の麓まで来た時、マリスが中腹あたりを指さす。


 西にジャングルがあるのを考えると、木々がほとんどないハゲ山なのが不思議な光景として目に映る。それほど高いとも思えないのにね。


 山を登り始めると所々に動物の骨格が転がっていて、随分と荒廃した感じを受ける。


 だが、西のジャングルよりも動物は多いようだ。

 空には鳥が比較的多く飛び回っているし、石の横に穴があるのは穴熊の巣だろうか。時々、オーロックスに似た鹿のような大型動物が遠目の岩肌に動いていたりもする。


 化物がいるとか聞いているが、随分と平和な感じだぞ?


 登山道はないので結構険しい道のりだが、俺たちのステータスならあまり苦労はしない。

 西からの温かい風のせいで、デルフェリア山脈のような極寒な環境でもない。


 不意に上空に影が横切った。


「主たちよ! 何かやってくるぞ! 気をつけよ!!」


 見上げるとグリフォンがかなり上空でクルクルと円を描いて飛んでいた。


「どうした、ケント?」

「いや……」


 トリシアの問いに俺は上空のグリフォンを眺めながら応える。


「ん? 上のはイーグル・ウィンドじゃぞ?」


 マリスも上空で旋回するグリフォンに目をやって手を振る。


 今の声はイーグル・ウィンドの声だったのか? やはり皆には言葉としては聞こえていないようだ。翻訳機能が相当に拡張されているなぁ。


「上から何かくるらしい。戦闘準備!」


 俺がそう号令を掛けると、仲間たちは何がなんだか解らないといった感じだが、指示に従って戦闘準備に掛かる。


 ふと、進む方向に目をやると、何かがゴロゴロと転がってくるのが見えた。


「何だあれ?」


 その転がる物は随分と距離が離れているので正体は解らないが、随分と大きい気がする。


 岩とは色が違うし……何だあれは?


 しばらく見ていると、その正体が解った。


「うわ! あれはスライムだ!!」


 俺が叫ぶと、トリシアがライフルのスコープを覗いて、転がる物体を確認した。


「山でスライムとは珍しい……あれに物理攻撃は効かないぞ」

「退避だ。あの速度で転がっている以上、経路を外せば下に行っちゃうはずだ」


 俺の指示で仲間たちがスライムの経路から退避しはじめる。


 ところが、スライムの経路は地肌から突き出す岩に当たったりするせいか、俺達の方に進路を変える。


「何だと!?」

「マリス!」

「おう! スルー・マジック・ドーム……じゃったか?」


 マリスがコマンド・ワードを言うと、鎧が一瞬光って、俺たち全員を覆うように透明な魔法障壁がドーム状に展開される。


 そこに巨大なスライムがぶち当たった。


 ベタァーっと魔法障壁のドームにスライムがへばり付いた。

 スライムの身体の中にはまだ消化しきれていない小動物の肉片などが浮いている。


 キモい。


 俺は本能的にグロ嫌いなので、なんとも背筋の寒さを感じてしまう。


 通常のファンタジー系のゲームなどではスライムは最弱のモンスターとして設定されている事が多い。

 だが、実際の所、本来のスライムは比較的強いモンスターだ。


 剣や弓などの直接的な物理攻撃は一切効果がないし、防具や武器などがスライムの身体に触れれば、強力な酸性の体液によって腐食などのデバフ効果をもたらす。魔法も部分的に無効化される。水属性や雷属性などは全く意味はないし、毒などもダメだ。

 火によって焼き尽くすか氷で固めてしまうくらいしかスライムへの対処法はないのだ。


 強力な火の魔法などを持たない初心冒険者には最悪の存在だ。魔法使いスペル・キャスターの少ないティエルローゼだと、中級冒険者といえどかなりの強敵となるだろう。


「このままでは不味いな。空弾ブロー・バレット!!」


 トリシアが空弾ブロー・バレットによって、障壁にへばりついたスライムを吹き飛ばす。


 風属性のスキルでダメージなどもないため、スライムは障壁から吹き飛ばされるも近くの地面にベチャリと落ちて身を震わせた。


「どうするのじゃ? あの大きさじゃと、相当厄介じゃぞ?」


 マリスさん、もっともですよ。ウチの工房で作った都市用ゴミ処理魔法道具に仕込んでいるスライムもこれほどの大きさはない。


「一気に焼き尽くすしかないな」

「だとすると、ケントさんの出番ですね!」


 アナベルの言う通りだな。トリシアも魔法は使えるが、火属性魔法は殆ど使えない。森のエルフだから当然だけどね。


「んじゃ、魔法で焼き尽くすか」


 俺は左手を震えるスライムにかざして呪文を唱えた。


「アグニの炎よ。我が呼びかけに応え焼き尽くせ! 火炎嵐ファイア・ストーム!」


──ゴガァアァァァァアァァ!!!


 すると、猛烈な炎がどこからともなくスライムを中心として直径二〇〇メートルに吹き出した。


 その炎や熱気は障壁ドーム内にいる俺たちには何の影響もなかったが、完全に周囲を焼き尽くした。


 魔法の炎が収まった時には、スライムは跡形もなく消え去ってしまった。それどころか、周囲の地面や岩などは融解してドロドロに溶けてしまっている。


「なんという威力か……」

「これ……魔法なのでしょうか……?」

「我のブレスすら子供だましじゃな」

「相変わらず……ビックリ箱だ……」


 仲間たちが今起こった現象に対して口々に感想を述べているが……この効果には俺もビックリ仰天していますよ。


「俺もビックリした。おかしいなぁ……俺の魔法ってこんな威力無いはずなんだけど……」


 この前、工房で木炭を作った時にも同じ魔法使ったけど、これほどの威力じゃなかったぞ。


「ケントさんは火の神プロメスの化身かもしれませんね」


 何故かアナベルが嬉しげに言い出す。


 うーむ。そう言われて信じそうになる程の威力だったからなぁ。プロメスってギリシャ神話のプロメテウスっぽい名前だし火に関する神なんだとは何となく理解できる。ドーンヴァースにはいなかった神だけど。

 もっとも、さっきの厨二呪文にもあるように、俺としては火の神はインドの神話のアグニの方が好みだけどね。名前の響きというか、ファンタジー系のラノベじゃマイナーな所?


「ま、スライムは片付いたようだし、結果オーライ!」

「そうじゃな、オーライオーライ!」


 俺の言葉を復唱しつつマリスが嬉しげに障壁ドームの効果を解除する。


 既に周囲の溶解した岩や土はガラス状に固まり始めていた。先へ進むには問題はなさそうだ。


 そういや、カルンたちが言っていた山の化物って、スライムの事だったのかな?

 転がってきたし、スライムなら獲物を丸呑みにするしな。珍種のドラゴンじゃなかったのは少しガッカリかも。


 その後、幾度かスライムの襲撃を受けたが、頭上のイーグル・ウィンドの警告が毎回あったので対処は難しくなかった。

 威力が半端ないので火炎嵐ファイア・ストームは封印し、初級炎属性魔法の火弾ファイア・ボルトで対処するようにした。それでも通常の火炎弾ファイア・ボールくらいの威力だったのでスライムを焼却するのに困ることはなかったけどね。



 夕方も近くになった頃、巨大な洞窟の前に到達した。


「ここじゃ。ここの奥がエンセランスの住処なのじゃ」


 その洞窟の入り口は巨大で、縦三〇メートル、横五〇メートルもある。エンセランスとやらがどれほどの大きさか想像に難くない。


「ここにドラゴンの隠形術が掛かっているんだよな?」

「そうじゃ。ちょっと待っておれ」


 マリスはそういうと、鎧などを脱ぎだす。


 その様子を観察していると服や下着まで脱ぎ、スッポンポンの可愛いお尻が丸見えになりました。


 これ、後ろから見てなかったら「事案」として警察のホームページに掲載される案件だな。


 マリスの小さい身体がフルフルと震え、半ドラゴン化する。


 あ、完全に警察案件にレベルアップ。


『古き竜の力が命ずる。次元の門を開き我らを招き入れよ』


 不意に目の前に巨大な透明の門のようなものが現れ、音もなくゆっくりと開き始めた。


「おー、これは凄いね」

「今のが竜語というものか。理解はできないが力強い声だな」


 ん? 普通に人語だったけど? 翻訳機能のせいかな? 今はイーグル・ウィンドの鳴き声も人語に聞こえてるしな。


 シュルリといった感じでマリスは元の小さな身体に戻り、服や鎧を着込む。


「これで大丈夫じゃ。あとはエンセランスに会うだけじゃぞ」

「ありがとう、マリス。これからが俺の立てた計画の肝心要の所だ。頼むぞ」

「任せてたも! エンセランスならば我に協力してくれるはずじゃからな!」


 本当にそうだと良いんだけど。


 俺は開いた門とその奥に続く巨大な洞窟を眺め、これから出会うエンシェント・ドラゴンに思いを馳せた。

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