第19章 ── 第10話
今回の計画において、まずは甲虫人族を仲間に引き入れてみるかな? 俺を新たな救世主として友好的な反応だしね。
「この地域の平和のために、君たち甲虫人族に協力を求めたいと俺は思っている」
「どのような協力でしょうか?」
「そうだな。ここは獣人族の地と言っていいだろう。君たちはどうか知らないが、獣人族というのは、力を絶対と思考する部分があるんだ」
セルニスは黙って俺の話を聞いている。
「ならば力を以て従わせるのが一番楽だと俺は考えている」
「確かにそういう部分はあるかもしれません。我々はそれほど数としては多くありませんが、身体的に非常に頑健にできています」
そういや、カルンたちが襲ってくる前にそんな話をしていたっけな。
「みたいだね。その甲羅ってのかな。外骨格は鉄よりも強いようだし」
セルニスは頷く。
「なので他の獣人族は我々を強者として見ているようなのです」
俺は頷き、甲虫人の現状を確認する。
「今、この集落にいるのが甲虫人の全部なの? 四〇~五〇人程度しかいないみたいだけど」
「いえ、現在、三〇人ほどの防衛隊が二隊ほど我々の縄張り近辺を周回防衛活動に出ています。我々の部族は全部で一五〇人ほどおります」
防衛部隊が全部で六〇か。カルンの斥候隊などを考えると、残りの人数が少数部隊として食料調達や田園地帯探索に出ているということだろう。
「各防衛部隊三〇か。それでどのくらい戦えるのかな?」
「敵の数が一五〇程度なら何とか抑えることができます」
同レベルなら通常の獣人の五倍ほどの強さがあるってことか。普通の人族とならそれ以上の強さって事だ。甲虫人パネェな!
「他の部族の勢力はどういう感じなのかな?」
「斥候隊の情報によればですが、南の鳥人族は総戦力五〇〇程、北の蜥蜴人族が三〇〇程度、東の猿人族が八〇〇だと報告されています」
ふむ、大した勢力じゃないな。それら戦力は単一の種族で構成されているとは考えられない。猿人族も他の獣人種族から戦力を集めているようだし。となると軍隊としての統率力は半減するだろう。
国家としてまとまりがあるなら別だが、この地域は何百年も騒乱を繰り返してるし、時代によって台頭する勢力の入れ替わりがあるならば、弱小部族の戦意はさらに落ちる。支配勢力が、他の勢力に変わる事もあるはずだし、積極的に戦って恨みを買うような行動を弱小勢力がするわけないからね。
甲虫人族が他の弱小部族を取り込んでいないというのも強みになっているって事だろう。
以前、狼人族の集落で聞いた甲虫人族の主張を思い出す。
「そういや、害虫や益虫を使役しているから、救世主の田畑は自分たちの物だとか言っていると聞いたんだが、事実なのか?」
俺がそう聞くと、セルニスが首を傾げる。
「はい? 最初の母なる個が、この地の生物を体内に取り入れて、我々子どもたちを生み出したのですが、その時の生物がティエルローゼの昆虫だったとは言い伝えられています。しかし、我々に昆虫や虫を使役する能力はありません」
ん? 甲虫人族って宇宙人と現地生物とのハイブリッドなのか?
「最初の母なる個は、このティエルローゼでは長く生きられる身体を持っていませんでした。なので、昆虫の身体を基礎構造としたそうです」
すげぇ。生物工学の粋を集めたような種族なのかも。すでにSFの域なんですけど。
「今も、そんな技術があるのか?」
「いいえ、ありません。最初の母なる個のみ持っていた能力ですから」
どうやら現地生物との融合によって、そういうSF的能力は失われてしまったらしい。
少し勿体無い気がするが、未知の地に入植する段階では有効な能力だとしても、定住後の生活に不必要な能力を維持すると他の能力効率が低レベルになってしまいそうな気がする。生存という目的において取捨選択する必要があったと判断する。
「すごい種族だなぁ、甲虫人って。数が増えたら地上を制圧することも不可能じゃなさそう」
俺がそんな想像を口にすると、セルニスは首を横に振った。
「不可能です。我々種族には大規模な人口を生み出すほどの能力はありません」
「出生率が低いって事かな?」
セルニスは頷く。
「我々甲虫人は他の獣人族とは根本的に子孫を残す仕組みが全く違います。ある程度の人口になると卵を産む事ができなくなってしまうのです」
それは興味深いね。人口爆発が起きない種族なのか。生物的な人口抑制を遺伝子レベルで制御しているということだぞ。一体どんなシステムなのだろう?
「事故や戦争、病気などで人口がある程度減ると、それを補うくらいの卵を産むようになるのです。それが母なる個の仕事です」
他の甲虫人は母なる個に選ばれない限り卵を産む身体機能が封印されるとセルニスは言う。
「種族を分けたりした場合は?」
セルニスはまた首を横に振る。
「分離した集団が母なる個を選んでも、卵を産むことはできません」
仕組みはさっぱりだが、人口を一五〇人以上増やすことを遺伝子レベルで禁止されているようだ。なんとも勿体無い生物だなぁ。少数部族に甘んじるしかないとは。
それでも、その強靭さはこの地域での発言力を維持するのに十分なものだろう。
「なるほど。理解した」
手に入れた情報から最終段階の展望を予測しておく。
「君たちはドラゴンを知ってるか?」
「ドラゴン……蜥蜴人族が自分たちの祖先だとか言っているようですが」
あー、ファンタジー設定でよくそういうリザードマンいるよね。事実上別生物ですが。眉唾も良いところです。
「その説は嘘だよ。そんな設定はこのティエルローゼにはない」
俺が言い切るとセルニスが、キリキリと音を立てた。少し驚いているっぽい雰囲気。
「ドラゴンとは炎を吐き、空を飛び回り、破壊と絶望をもたらすと伝承にあります」
その認識の方が確かだろうね。
「まあ、大体合ってる。ドラゴンはティエルローゼにおいて最強の生物だ。機嫌を損ねたら、周囲が完全に崩壊するほどだ」
「そのドラゴンが何か?」
「この西の山にそのドラゴンの一匹が住んでいるんだよ」
俺がそう言うと、セルニスは動揺を示すギリギリという激しい音を出し始めた。
「安心しろ。西の山のドラゴンは今は脅威じゃない」
「しかし、そのような生物の住む山の麓に我が集落は……」
「ま、不安はもっともだけどさ。俺の仲間に鎧姿の小さいのがいただろう?」
「はい。メス……の人族の子どもだと理解しています」
俺は少し呼吸を置いて口を開いた。
「マリスという名前だけど、彼女は実はドラゴンなんだよ」
「え?」
セルニスはキリッと短い音を出して思考が停止してしまったようだ。
「彼女の本当の名前はマリソリア・ニズヘルグ。この大陸の中心にある世界樹の地下に住処をもつ、エンシェント・ドラゴンの一人だ。彼女は変身能力で人間の姿をしているが、れっきとしたドラゴンなんだ」
セルニスは言葉も音も発する事ができないようだ。
「彼女は西の山に住むドラゴンの友人らしくてね。そういう経緯で西の山に向かうわけだが……」
セルニスの顔色を窺うが、相変わらずの無表情だし、感情を示す音も出していないのでサッパリ解らない。
「で、今回、この地の騒乱を収める上で、西の山のドラゴンに協力を要請するつもりなんだ」
「……ドラゴンの力を以て、部族を滅ぼすという事でしょうか……」
ようやくセルニスが口を開いたが、出てきた言葉は物騒極まりないものだ。
「それは平和的じゃないなぁ……俺はそんな血生臭い解決方法は考えてないよ」
セルニスはキリキリと不安や畏れを感じさせる音を出す。
「ど、どのような方法なのでしょうか……」
「うん。西の山のドラゴンに、この地の戦いをやめるように命令させるんだよ」
世界中の人類種全てが同盟して戦いを挑んでも勝てるかどうか解らないエンシェント・ドラゴンがそう命令したら、弱小な獣人族はどうなるか。当然、従わざるを得ない事になる。
エンセランスに各部族から代表者を出すように命じてもらって、部族間会議を開ければ、戦争やら争いを無くすことは簡単だろう。
マリスにしてもらってもいいけど、マリスがドラゴンの真の姿になるのを見るのは、ちょっと怖い。その後、俺や仲間のマリスに対する態度が変わっちゃうようなことになったら困るしな。
「ドラゴンの言葉に逆らえる種族……いや、生物がいるとは俺は思えない。抑止力としては完璧だと思うんだが」
「確かに……破壊の権化と伝えられるドラゴンに言われたら、我々は従うしかありません……」
セルニスは力なく応える。
「でも、どのような手段にしろ、この地に争いが無くなる方が俺はいいと考えているよ。それとも争い続けるのが各部族の望みなのか?」
「そ、そんな事はありません……どの部族も平和を願っていると私は思います」
俺はセルニスの言葉に頷く。
「本当はそれが自発的に行われるのが理想だ。だが、この地の戦いは八〇〇年も続いている。おいそれと実現するとは思えない。ならば力によったモノだとしても平和を実現する方が、各部族のためになるはずだ」
不満は出るかもしれない。ならばドラゴンに抗うほどの力を持てばいい。
この世界は弱肉強食だろ。あのトリシアでさえ、それを否定できなかったんだ。力の無い者が力のある者に抗うならば強くなればいい。強くなれないなら現状に甘んじるしかないじゃないか。
俺は幼少時の自分の境遇を思い出す。子供の自分には何の発言力もなかった。親の言いなりで生き、物理的にも精神的にも暴力を振るわれ続けた自分が心底情けなかった。
ならば強くなればいい。だから俺は必死に勉強したし、親の望んだ良い大学も出た。そして世界的なM&A企業に入社してたった一年で成功したんだ。運も良かったかもしれない。だけど、それも実力のウチだろ?
「救世主様のお考えは理解致しました。その上でお聞きいたします。我々、甲虫人族に何をお求めでしょうか?」
セルニスがキリッキリッと決意の音を出しながら俺に問いかけてきた。
「そうだな。現状、争いを辞めさせても、地域のバランスを欠くだけだ。それなら今の戦力を増やすことは可能かどうかだな」
「一時的であれば、今の防衛隊戦力を五割程度は増やすことは可能だと思います」
ということは一二〇人ほどの部隊になるわけだな。他の部族の戦力に換算すると六〇〇人規模の戦力という事だな。
「よし、その状態を一週間ほど維持してくれ。各三勢力に三〇人ずつで当たる事」
「畏まりました。そのように致します」
「そして、残りの三〇人。これを使って森中に噂をばら撒け」
「噂ですか……?」
「ああ、救世主が戻ったとね」
「それは噂ではなく事実ですが?」
君たちはそう考えてるってだけだろ。他の部族がそう思ってくれるかは解らんし。
「救世主はドラゴンの協力を得ている事も同時に流す事」
「それも事実とお伺いしていますが」
ま、まあ……そうなんだけど!
「救世主はドラゴンの力を以て、この地を平定するつもりだともね」
他の国や地域なら眉唾もいいところの偽情報とレッテルを貼られるだろうけど、この地なら解らない。どうも神々への信仰は薄く、救世主信仰が蔓延している気がするから。
「例え噂だとしても救世主がやってきたというだけで、各部族は動揺するはずだよ」
「その通りでしょう。我々も含め、各部族は救世主様の再来を待ち望んでおりました。救世主は約束の地『田んぼ』を部族にもたらす……これはこの地の部族に共通した教えです」
シンノスケよ、凄い期待されてたようだぞ? 八〇〇年も待たせたなんて、罪なヤツだなぁ。
ま、お前のやりかけた仕事は俺が引き継いでやるよ。お前とは手段が全く違うとは思うけど、文句は言うなよ。虚空に消えた魂が俺の行動を見ているとも思えないけどさ。
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