第19章 ── 第8話

 甲虫人の長兄カルンは自分の背中の傷が完全に塞がった事に驚愕していた。


「こ、こんな……ありえない……」

「ん? 回復魔法を知らないのか?」

「か、回復……魔法……?」


 カルンは俺に問われて戸惑いを見せた。


「魔法というものがあるとは聞いてる……でもそれは破壊のためのもので癒やしにまで使えるなんて聞いてない」


 確かに神聖魔法以外の回復魔法もあるし、俺も水系の回復魔法を使える。


 神聖魔法は神力を用いたものであって、魔法使いスペル・キャスターの行使する魔法とは根本的に違うとされている。


 魔法使いスペル・キャスターの魔法は自分の中の魔力を使って精霊力を形にするという。使われた魔力はMPの消費という形で減少する。

 神官プリーストの魔法は、神官プリーストが神に祈り、神の力が奇跡を起こすとされている。その代償に神官プリーストの魔力が消費されているらしい。


 ま、呪文とかを見る限り、俺は同一のものだと思っているけどね。どっちもMPは使うし、神が仲介しているかしていないかの違いでしかないだろ。


「お前たちは魔法が使えないのか?」

「俺たち甲虫人族は魔力などという怪しげな力は持ってない。他の部族は使うらしいけど……」


 ふむ。生物的にMPというステータスが欠落しているのかな? 確かに他の獣人族と比べると人間とは掛け離れた姿形ではあるよね。


「さてと……俺たちを突然攻撃してきた理由を聞こうか」

「理由……? 他の部族は全部敵だから……?」


 やれやれ、パラノイア気質なのかね。


「ということは、お前たち甲虫人族は自分たち以外全てが敵と認識しているという事でいいな?」

「そ、そうなのかな……?」


 今、自分でそう言ったじゃないかよ。


「お前じゃ話にならんなぁ……部族の長はいるのか?」

「俺たちは母なる個の命令に従っているんだ」


 個? 女王蜂みたいなもんかな?


「ふむ……そいつに会わせて欲しいんだけど」


 俺がそう言うと、カルンは周囲の弟たちを見回すような仕草をしている。


「お、俺の一存では何とも……」


 主体性がないなぁ。まあ、虫だしな。


「ふむ。ま、まずはお前の住んでいる場所に案内してもらおう。その後は俺たちが自由にやるさ」

「俺たちの巣に? 何の用?」


 うーむ。あまり話が通じない感じだな。


「いいから案内しろよ。お前たちを捕まえたのは俺たちだ。拒否するなら死んでもらうだけだ」


 俺はジロリと冷たい視線をカルンに送る。


「案内しないとは言ってないよ……あっちだよ」


 カルンは外骨格の腕を西の方に突き出した。


 度胸がないってデータに出ていた通り、強者には弱いっぽいな。


 俺がハリスに無言で頷くと、ハリスは拘束していた甲虫人たちを自由にする。


「こ、こっちだよ」


 立ち上がったカルンは、俺たちを手招きするような仕草をしながら弟たちと連れ立って歩き始める。


「よし、みんな行くぞ。警戒は怠るなよ」



 カルンたちの住む集落は、ここから一日ほどの距離にあるらしい。俺たちの目的地である山の麓付近だそうだ。


 目的地に行く前に甲虫人族から対処しておくとしようかね。


 道中、カルンたちに甲虫人族のことを色々と聞いてみる。


 甲虫人たちは俺たちが、自分たちを殺す気がないと知ってから、気を緩めて色々と話してくれた。


 甲虫人族は遠い空の彼方からこの地にやってきた最初の「母なる個」によって生み出された種族なんだそうだ。


 なんか現実世界で都市伝説的に言われていた「昆虫宇宙起源説」みたいだな。厨二病的な発想で俺は嫌いじゃないけど。


 その「母なる個」とやらは母体を害しながらも自分たちの子供を生み出した。それが甲虫人の先祖だとか。

 それ以来、長に該当する「母なる個」を部族の中のメスを全員で選び、その長の指導の元、この地で生きてきたらしい。


 外来異星生物の集団が甲虫人族という事だろうなぁ……現実世界なら「地球外知的生命体を発見!!」とかいって某UFO研究家の矢負氏がテレビ特番を放送して大騒ぎするところだよ。


 ま、ティエルローゼだと異世界人がいるんだから、宇宙人くらい珍しいもんじゃないよな。


 途中、カルンの弟の一人がチラチラと俺たちの様子を窺っているのに気づいた。


「何だ?」


 俺が問いかけると、慌てて前に向き直ったが、恐る恐るといった感じで返答した。


「もしかして……お前たちは……救世主様なのか?」

「は? 何でそうなるんだよ?」

「い、いや、救世主様は猿に似た所があると言い伝えられてきたから……」


 キリッキリッとした音をたてながら、カルンの弟ベルンがおどおどした感じで言う。


 彼は自分の部族の言い伝えに詳しいらしく、さっきの甲虫人の生い立ちについてもカルンの補助をしていた。


「救世主は甲虫人とどのように関わったんだ?」

「救世主様は俺たちに戦い方と食べ物をくだされたんだと言われている」


 ベルン曰く、甲虫人は少数部族であり、それまで他の部族と戦う術すら持っていない弱小種族だったらしい。

 救世主であるシンノスケは、甲虫人たちに身を護る術を教え、新鮮な肉などを手に入れるための狩りも教えてくれたそうだ。


「救世主様はそのうち田んぼっていう物から食べ物が取れる時代がくるって言ってたと聞いたよ」


 ふむ。シンノスケは結構博愛主義だったんだな。甲虫人を宇宙人としてではなく、土着の種族として接していたんだろうな。


「俺らはその田んぼってのを探索する斥候隊なんだ」


 カルンが誇らしげ気にギシギシと音を立てながら言う。


「兄ちゃんは他の部族と戦うの嫌いだからなー。斥候隊にしてくれた母なる個に感謝だね」


 ギリギリ素早い音をたてながら、次男と言っていたハルンという甲虫人が言う。


 所々文化というか生物の違いからくる話しの噛み合わない時があるが、平和に生きていきたいという所は他の人類種と変わらない。

 宇宙から来た知的生物だが、その心根や思考などはあまり人間と違いはないという事かね。


 これなら「母なる個」とかいう長的存在とも話し合える可能性があるね。


「そうそう。お前たちが住んでいる場所の西に山があるだろう?」

「ああ、あるよ。俺たちが住むには寒すぎる所だし、食べ物もないし、恐ろしい化物が多いんだけど」


 恐ろしい化物か。それが複数? エンセランスの事とは違うっぽいようだが。


「どんな化物なんだ?」

「俺たちは見たことないよ。そんな怖いところには行きたくない。聞いた話しだと俺たち甲虫人をまるごと食べちゃうんだと」


 まるごとか。甲虫人の大きさは平均的人間よりも小型だが、それでも一五〇センチ程度の身長だ。まるごと食べるとしたら、かなり大きいのかもしれない。ドラゴンの住む山だし、ワイバーンとかドラゴン系の大型魔獣かもしれないな。


「それ、俺も聞いた! なんだかブヨブヨしたヤツだって!」


 ブヨブヨ? 太っているのかな。ファット・ドラゴンとか?


「転がって来たとかも言ってたね」


 転がる? ドラゴンが?


 俺は彼らの描写にヘンテコなドラゴン像が頭に浮かんでしまった。

 ドラゴンなのに丸々太っていて、手足が地面にも付かず転がりながら移動するという珍種。


「ぶは!」


 その想像が脳裏で動き出して吹き出してしまった。


「ど、どうかしたか? 救世主様?」

「い、いや、何でもない。というか、俺は救世主とは違うぞ」

「はー。そういう事にしておくって事だね。理解した」


 何か、勘違いしているようだが、ドライアドと同じで俺をシンノスケと勘違いしている可能性が高いな。まあ、訂正しても暖簾に腕押しになるっぽいので無視だ。虫だけにな!


 およそ一日歩き、ようやくカルンたちの集落にやってきた。


 カルンに連れられた俺たちを見た集落の甲虫人族が集落の中心にある広場に集まってきた。その数、およそ四〇匹。


 大マップ画面で確認してみても殆どがレベル一〇以下で、レベル二〇を越える甲虫人は二~三人しかいない。


「カルン、猿人族を捕まえてきたのか?」

「なかなかやるな、カルン。モルン一族も良い跡取りができたもんだ」


 甲虫人たちは口々にカルンを囃し立てたが、カルン自身はアワアワしたように六本の手足を動かしている。


「い、いや……捕まえてないよ。救世主様一行を案内してきただけだよ」

「そうなんだ! 襲いかかった俺たちを殺しもしないで傷を治してくれたんだよ!」

「救世主様たちは凄いんだ。魔法で傷を治す事ができるんだ。伝承通りだよ!」


 おい、俺は救世主じゃねぇよ。つーかシンノスケも魔法使えたのか? そこ、ちょっと気になるんだけど。


 喧騒が急に静かになると、御輿みこしのようなモノに乗せられて運ばれてくる甲虫人が見えた。


「おお、母なる個がやってきたぞ」


 甲虫人たちは御輿みこしの通る場所を空けて、ひざまずくような姿勢で頭を下げる。


 カルンたち五兄弟も同様に俺たちの前で御輿に向かってひざまずいている。


「皆のもの、何事ですか?」


 御輿みこしの上の少し大きめの甲虫人が言葉を発すると、周囲の甲虫人の何人かが顔を上げた。


「カルンの斥候隊が戻ってきました」

「救世主様一行をお連れしたそうです!」

「魔法で傷を治すらしいのです!」


 思い思いにカルンたちから聞いた事を御輿みこしの甲虫人に伝えている。


「救世主様が……カルン。おもてを上げなさい。そこにいる方たちが救世主様で間違いありませんね?」

「はぁ。多分、そうだと思いますけど……」

「はっきりしませんね」


 ギシギシと御輿みこしの甲虫人が嫌な音をたてると、カルンが震え上がるように身体を揺らて平伏ひれふした。


「魔法で傷を癒やしたし、ものすごい強いんだ……猿人族に似てるけど、ワサワサしたのが生えてないし、言い伝えの救世主様にそっくりだよ……」


 自信なさげに言うカルンから御輿みこしの甲虫人はこちらに顔を向けた。


「確かに猿人ではありませんね。森の北に住むという人族という存在でしょう。救世主様は人族なのですから」


 御輿みこしが降ろされ、ゆっくりと甲虫人が降りてきた。


「お初にお目にかかる。私は甲虫人族で母なる個をしております、セルニス・サランと申す。このような場所に来た理由を聞きたい」


 さきほどの丁寧な口調とは違い、為政者風に尊大な口の聞き方になった。

 人間なら部下には尊大で部外者には丁寧になるのが普通だが、甲虫人は逆なのかね。


「俺はケント・クサナギ。冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のものだ。ここの西にある山に向かっている」


 ま、実際は蛮族の地の争いを無くすために動いてるんだけどね。今はそれを言う必要はないと判断する。


「ボウケンシャ……」


 セルニスがキリキリキリと素早い音を出し始める。


「カルン! 貴方に命じます。この方たちを饗しなさい。くれぐれも失礼のないように!」


 セルニスは鋭い声色でカルンに命じた。そして他の甲虫人たちにクルリと向き直ると四本の腕を空に掲げる。


「救世主様が戻られた! 盛大に祝う準備を! 救世主様に救われた我々の繁栄の様を隅々までお見せするのだ!」


 すると、周囲の甲虫人たちがギリギリギリと大きな音をハモるように立て始める。


 何だこりゃ? とうとう救世主にされちまったよ。一体全体どういうことなんだ?

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