第19章 ── 第7話

「それでは、またのご来訪をお待ちしております」

「ええ、この土地を平和に利用できる体制が整ったらまた来ますよ」


 ドライアドたちに見送られて隔離された田園地帯を後にする。


 ちなみに、侵入阻害障壁は俺や仲間たちには無害になるようにリサに設定してもらったので、今後は自由に出入りできるそうだ。

 一通り蛮族の地が平和になったら消え去る定めの障壁だが、不意の侵入者に備えるためにも今はこのままで良いだろう。


 まず、俺たちがやることは西の山にいるエンセランス・ファフニルというエンシェント・ドラゴンに協力を仰ぐ事だ。


 ティエルローゼに来て出会ったドラゴン種はマリス以外はワイバーンだけだし、真の姿のマリスを見たことはない。ゲームのドラゴンと違い、知性を持って自律行動をしているとなると、どのような事態に陥るかは全く未知数だ。


 この案件はマリスに一役買ってもらわねばならないし、件のドラゴンに関してのマリスの言葉が正しいならば敵対はないと思いたい。


 しかし、マリスは自信満々だけど、色々と覚悟はしておくべきだろうな。何せ世界最強の存在であるドラゴンだからなぁ……


 障壁の西の端にたどり着き、慎重に通り抜けてみる。


「問題なく抜けられるね」

「うむ。外から中に入るのも大丈夫のようだ」


 トリシアが出たり入ったりを繰り返して確認する。


「ここに入れるのは私たちだけなんですよね?」

「ああ、リサはそう言っていたね。精霊がそうしている以上、獣人だろうがエルフだろうが入ることは出来ないだろうね」


 アナベルにそういうと、トリシアも頷く。


「世界を司る精霊の言葉だ。間違いあるまい」

「それで……これから……あの山へ……行くんだ……な?」


 ハリスが一方を指さした。

 木々の間から見え隠れする大きな山が、その方向にあった。


「そうじゃ。あそこにエンセランスがおる」

「よし。行ってみよう。マリス、道案内は大丈夫だな?」


 確認のために言うが、マリスは困ったような顔になる。


「最後に行ったのは何百年も前じゃし、空から入ったでのう。地上からは初めてなのじゃ……」


 そんな事だろうと思ったよ。


「ま、行ってみよう。行ってみなきゃ解らない事だってあるだろうしね」

「隠形結界を抜けるのは任せるのじゃ。それはドラゴンの技じゃから大丈夫じゃ」


 そういや、ドラゴンの隠形術は俺の大マップ画面の検索にすら引っかからないほどの物らしいしな。そこはマリスに任せるしかないね。



 およそ二日ほどジャングルを進んだ頃、キリキリという変な音を聞き耳スキルが拾ってきた。


「みんな、止まれ」


 俺の号令で仲間たちが立ち止まる。マリスが振り返って俺の顔を覗き込んできたが、俺の顔に警戒の色を見て周囲を確認するように見回し始める。


「どうした?」


 真後ろのトリシアには聞こえていないようだ。


──……キリキリ……


 やはり聞こえる。俺たちの前方、約二〇〇メートルの木の上だろうか。


「変な音が聞こえる」


──……キリキリ……


 今度は右前方だ。


 俺は大マップ画面を開き当該地点付近を表示させる。そこには赤い光点が五個ほど光っていた。


「敵っぽいな。五匹確認できる」


 光点をそれぞれクリックしてステータス・バーを表示させていく。

 ついでに一つの詳細データを確認しておく。


『カルン・モルン

 種族:甲虫人族

 職業:戦士一二レベル

 甲虫人族セルン部族の斥候戦士。弟たちと斥候隊を組織し、救世主が残した田畑を探す事を日課としている。膂力りょりょくには優れるものの、いまいち度胸がなく、他の部族との戦いを避けている』


 ふむ。これが例の甲虫人族か。


「キリキリとかいう音を出してるのは甲虫人族らしい。光点が赤いから敵意を持っているのは間違いない」


 それを聞いた仲間たちが戦闘フォーメーションをとる。


「それにしては襲ってこないな」


 トリシアは俺の作った狙撃ライフルを中腰で構えてスコープ越しに周囲を警戒している。


「どうもリーダーらしいのが度胸のないヤツらしいよ」


 俺がそういうとアナベルがニヤリと笑う。


「敵意を持ってて度胸がねぇとか……戦いの場に出るべきじゃねぇな」


 あら、久々にダイアナ登場ですか。


「部族間の争いは嫌いだから田んぼ探しをしているっぽいな」

「そこまで解るのかや?」

「ああ、俺の大マップ画面のデータには、そう表示されてるんだよ」


 マリスは面白げに思ったのか笑っている。


「ケントが味方じゃと便利じゃのう。敵としたら堪ったもんではあるまいがの」


 ま、情報は力だからね。これだけ簡単に情報が手に入るのは確かに便利だ。


 その時、俺の聞き耳スキルが言葉を拾ってきた。


「兄ちゃん……気づかれたっぽい……」

「バカ、見えてるよ……武器を構え始めたんだからな」

「どうするんだよ。カルン兄ちゃん」

「今考えてるよ! 少し黙ってろ」


 そんな声と共にキリキリという音も聞こえてきた。


 あの音は警戒音か口を動かすと甲羅が擦れて出る音なのかもしれんな。


 マップを見ている限り大きな動きはない。敵対的なわりにマジで度胸がないっぽいな!


「ハリス、分身で奴らの後背を遮断できるか?」

「承知……」


 ハリスが五人の分身を出して音もなく影に消えた。


「指示したら奴らを拘束するぞ」


 ハリスが頷く。


「よし、前進だ。警戒しておけよ。甲虫人には俺も初めて会うから、どんな攻撃をしてくるか解らない」


 どうやら皆も初めてらしく、全員が気を引き締めた表情になった。


 マリスが俺の指示した方向の下生えの灌木をアダマンチウムの小剣で薙ぎ倒していく。


 俺は大マップ画面を注視して甲虫人たちの動向を監視している。


「やべぇ、あいつらこっちに向かってくるよ」

「どうするんだよカルン兄!?」

「一時撤退するか……?」

「でも……奴ら、猿でも鳥でも蜥蜴でもないよ」


 キリキリという音と共に会話が筒抜けだぞ。


「俺たちの瑠璃装甲なら勝てそうだぜ、兄ちゃん」

「そうだな。鉄の武器だって俺たちに傷なんか負わせられないからな」


 どうやら甲虫人たちは戦闘することに決めたようだ。


「来るぞ。殺さないように注意しろ」


 ガサッガサッという音が前方から近づいてくる。


 俺たちは五メートル四方くらいの少し開けた場所で立ち止まる。そこで甲虫人が出てくるのを待ち構えた。


 二分ほど待つと、突然一匹の甲虫人が結構なスピードで突撃してきた。

 マリスがタワーシールドを固く構える。


──ガキーーン!


 強烈な金属音が鳴り響き、タワーシールドに甲虫人の身体がぶち当たる。


「甘いのじゃ。カウンター・スラッシュ!」


 ぶち当たった甲羅にマリスの小剣がカウンターの攻撃を仕掛ける。

 さっきのようにガキーンという音がするかと思いきや、サクッとすんなりと刃が装甲に吸い込まれていく。


 そりゃアダマンチウム製だし当然か。


「うぎゃあぁあぁあぁぁ!!」


 マリスの刃が装甲に食い込んだ瞬間、周囲に絶叫が響き渡る。


「兄ちゃん!」


 突然、頭上からもう一匹の甲虫人が飛び出してきた。槍のような物を握ってマリスの頭に攻撃を仕掛けようとしている。


「じゃから、甘いと言っておるのじゃ! サイクロン・デストラクション!」


 マリスのスキルが再び炸裂する。縦に竜巻のような渦が巻き上がる。その渦は斬属性の無数の刃となって目標を切り裂く。


「ぎゃあぁぁぁあぁぁ!!!」


 空中の甲虫人は四肢を竜巻に叩き切られて、黄色い体液を周囲に撒き散らす。


「汚いな。空弾ブローバレット


 トリシアが頭上に空弾ブローバレットを打ち上げ、降ってくる体液を吹き飛ばした。


 身をよじりながら四肢──よく見たら六肢か?──が切断された甲虫人が、最初に突っ込んできた甲虫人の近くにドサリと落ちた。


「に、兄ちゃん……」

「痛いよぉ……マルン……!?」


 背中をマリスに切られた甲虫人が、手足の無くなった甲虫人を見て慌てたように走り寄った。


 さすがに仲間の傷を見て、自分の痛みすら忘れたようだ。


「カルン兄!」

「マルン無事か!?」

「つるつる猿め!」


 残りの三匹が茂みから飛び出してきた。


「あぎゃ!?」

「ぐべ!」

「うわっ!」


 傷ついた二匹に走り寄る彼らの足元の影から手が伸びてきて足をしっかりと掴んだ為、三匹が地面にバタバタと倒れてしまう。


 影から徐々にハリスの分身たちが姿を表す。


「動くな……」


 既にそれぞれの分身の忍者刀が甲虫人の首元に当てられていた。


「はい。それまで」


 俺はパンと両の手を打ち付けて敵、味方双方に合図を送る。


「マルンよぉ……」


 突撃してきた甲虫人が倒れている甲虫人をユサユサと揺らしている。


 倒れている甲虫人は、ステータスバーを確認する限り気絶しているだけで、死んではいない。


「死んでないよ。気絶しているだけだ」


 背中から黄色い体液を流しながら仲間の身体を揺する甲虫人の肩に手を置いて俺は言った。


 人間の頚椎では不可能な角度で甲虫人の顔がこちらに向いた。


「でも放っておいたら弟は死ぬ!」

「死なせねえよ」


 俺は魔法を唱えた。


部位再生パーツ・リジェネレーション


 部位再生パーツ・リジェネレーションで切断されて無くなってしまった六肢を再生させる。


 通常なら痛みで悶え苦しむ所だが、気絶しているので静かなのが助かるね。


「アナベル! コイツらに回復魔法を頼む!」

「オーケーだ!」


 俺に命じられアナベルが素早く中級の回復魔法を二匹に掛けた。傷はみるみるうちに癒やされていく。


「おお……? こ、こんな奇跡が!?」


 眼の前で繰り広げられる魔法の技に甲虫人が驚きの声を上げたが、その顔には驚いたような表情は見つけられない。


 ま、甲虫だからなぁ。表情というものがないのかもしれないねぇ。

 さっきから、キリキリという音が随分と素早い感じで鳴っているし、この音が感情を表しているような気がするな。

 とにかく、仲間たちは俺の指示通りに甲虫人を殺さなかったな。手加減してなかったら一〇レベル前後のヤツなんて瞬殺だからな。

 重傷者は出たけど、回復魔法があれば問題ないね。

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