第19章 ── 第6話

 ドライアドと田んぼや畑をじっくりと見て回る。


 田畑の所々に穴が掘ってあり、その上には板で雨樋が作ってあって雨などの水が入らないようにしてあるね。


「あれって……もしかして肥溜こえだめ?」


 今さっきから芳ばしい独特の匂いが漂ってくると思ったよ。


「考案者だけに気づかれましたか。そうです。貴方が言った通りの物を作っております」


 うわー。化学肥料のないこの世界にとっては凄い発明品だよ。落ちたら大変な目に合うけど。


 屎尿を発酵させ寄生虫などを除去する事が可能だとかネットで読んだ事がある。発酵がしっかり行われないと色々と問題が発生するらしいが、この気候とドライアドの管理で発酵不足などは起きそうにないので有効な肥料になるかもしれないな。


「ところで、こえの材料はどうしてるのかな?」


 侵入阻害をしている以上、人間の物は使えないはず。


「主に森に住む動物などの排泄物を利用しています」


 もっともな方法だ。だが、この美女ぞろいのドライアドが動物の排泄物をせっせと集めている場面を脳内にイメージしてしまい少々苦笑する。


「美人が台無しだなぁ」


 俺がそういうと、周囲にいるドライアドたちが楽しげに笑った。


「それも自然の営みの一部ですから。人間から美人と言われるのも久しぶりです」


 ともあれ、この場所を部族の者たちに立ち入る事を許すようになれば、そういう実務は獣人族にやらせればいい。

 今後も精霊に作業を担わせて、実りだけ味わおうとする事を許すつもりはない。気候の管理や植物の育成などに少々の力を借りる程度にしなければ、地域の自立化は不可能だ。



 周囲を見回るうちに、仲間たちが他のドライアドに連れられてやって来るのが目に入った。


「おーい!」


 マリスが俺の姿を見て嬉しげに手を振り走ってくる。その後からトリシアやハリス、アナベルもやってきた。


「ケント、あまり我に心配掛けるでない!」

「やあ、遅かったな」

「遅くないのじゃ! ケントが連れ去られてから、まだ一〇分も経っておらんぞ!」


 嬉しげな表情で少々怒ったような口ぶりのマリスの頭を撫で回す。


 あれ? 二〇分以上経ってるはずだけどな。


 ミニマップの隣の時計表示を確認するが、マリスの言っている通りで一〇分くらいしか経っていなかった。俺の勘違いか?


「すまん。ドライアドが有無を言わさず引きずってきたもんで」


 時間経過が微妙に不思議だが、怒り顔のマリスが可愛いので気にしないことにする。


 ま、プックリと膨れるマリスの目は笑っているから、心底怒っているという風ではないね。


「ケント、凄い田園地帯だな。アルテナ村付近のようだ」


 やってきたトリシアが周囲を見ながら感慨深げだ。


「あそこよりも万全な管理と手入れがドライアドの手によってなされてるよ」


 俺がそういうとトリシアがドライアドを見ながら頷く。


「ようやく我々にもドライアドが認識できるようになった。精霊が人の形をしているという伝承は事実だったようだ」

「ああ、どうもこの地域に来ると普通の人間でも見えるように空間が調整されているようだぞ」

「少々薄着過ぎます! ケントさんたち男性が困りますよ!」


 アナベルは妙な所に突っ込んでいるな。精霊に服を着ろとか言うヤツも珍しい事だろうよ。

 ま、確かにハリスが目のやり場に困ったような顔でドライアドを見ているからね。ちょっと面白いけど。


「そうそう。紹介しよう。こちらがドライアドの長の……名前、なんだっけ?」


 俺が巨大なドライアドの長に顔を向けると、彼女はニッコリと笑った。


「私はリサドリュアス。シンノスケは私を単にリサと呼んでいましたよ」

「リサドリュアス!!」


 トリシアが叫んだ。


「エルフの古き言い伝えにある森の精霊の長だ! 世界樹に宿る大精霊だと言われている!」


 驚愕の表情を浮かべつつトリシアが跪いた。


 女王以外の存在にトリシアが跪くのは初めて見るぞ。国王であるリカルドにも跪かないのが彼女なのだが。


「世界樹に宿ってるの?」


 トリシアの行動に驚きながらも、俺はリサに聞いてみた。


「そうです。今も彼女とは繋がっていますよ」


 リサは温厚そうに応える。


 世界樹って性別あるんだ……


 俺は妙な部分に感心してしまったが、世界樹と言われるだけあって、このティエルローゼの土地の植物を司る存在という事なのだろう。


「おー、我の住処の精霊じゃったのか。お初にお目にかかる。マリソリアじゃ。この姿の時はマリストリアじゃぞ。特別にマリスと呼んで良いぞ?」


 そう言うマリスにもリサは優しげな表情で頷く。


「知っていますよ。貴女は本を読むのが好きでしたね」


 へぇ……ここにいるのに繋がっている木の近くの出来事も解るのかな?


「死んだ人間どもの持ち物に入ってる事があるからのう。よく読んだもんじゃ。人間の世界に出てきたのも本のお陰じゃしのう」


 トリシアの物語だよな。ハリスもその本があったから冒険者になった。


「エルフの者と話すのは初めてです。エルフ殿、どちらの森からやってきたのですか?」

「はっ! 東の地、アルテナ大森林に生を受けた森のエルフです。名をトリシア・アリ・エンティルと申します!」


 トリシアが丁寧な口をきくのを初めて見たよ。今日のビックリ箱はトリシアで決定。


「アルテナ……なるほど、アルテナリュアスの管理する森ですね。という事はケセル……」


 思案顔のリサにトリシアが驚いたような顔をする。


「ケセルシルヴァ様をご存知なのですか?」


 トリシアがそう言うと、リサは首を傾げる。


「ケセルシルヴァ? いえ、そんな名前ではなく……そうそう、ケセルマリアというエルフが森の管理を手伝っているとアルテナリュアスから聞いていたのです」


 トリシアは衝撃を受けたような顔になる。


「それは……女王陛下であるケセルシルヴァ様の母君の名前でございます……」

「ケセルマリアは壮健ですか?」

「いえ……魔神と名乗るプレイヤーに害されました」


 あー、魔神とシンノスケは同一人物なんですけど。


 俺はどう説明するべきか悩んでしまう。


「プレイヤー……?」


 そう言いつつリサが俺の方に目を向ける。


「魔神、そう自らを名乗ったプレイヤーはシンノスケだよ。大陸西側では救世主と言われていた」


 そう言うと、トリシアだけでなくハリスもアナベルもこちらに向いた。マリスはそれほど驚きもしていない。


「そう……なの……か?」

「ほえー、ビックリなのです!」

「それは初耳だな。本当なのか?」

「我は救世主も魔神もあまり興味ないのじゃ」


 俺はみんなに頷いて見せる。


「どうやらシンノスケは自分の妻子を東側の軍勢に殺されたらしいんだよ。それでキレちゃったんだな。温厚なヤツがキレると怖いってよく聞くからね」


 俺はこれまで集めてきた魔神、救世主ことシンノスケに起こった出来事をみんなに喋って聞かせた。


「その軍勢にはエルフもいたのだろうか」


 人間の仕出かした事による余勢を買ってエルフも滅ぼされかけたからなぁ。きっとトリシアのように外の世界に出たエルフが軍勢にいたのかもねぇ。当時のことは解らないが。


「そのような事が……」


 アナベルも絶句している。神をも口をつぐむ所業だったらしいからね。


 妻子の死に様が相当酷いものだったのだろうと俺は思っている。書物や口伝で伝わる事もほんの一部だし、正確に伝わっているなんて思えない。救世主と呼ばれたほどの優しいヤツだったシンノスケが凄惨な魔神に変貌したほどなんだから。


「自業自得……か」


 ハリスは魔神の虐殺に巻き込まれた罪もない人間にまで冷徹にそう言ってのける。

 今は亡き国の送り出した軍勢の仕出かした事で、東の地の全ての人類種がシンノスケに蹂躙された。その国にそんな暴挙をさせる事を許した全てのモノに罪があると言いたいのだろうか。

 国々の外交関係とはそんな単純ではないのだが、言いたいことは解る。


 そのような暴挙を見過ごした国にも責任は付いて回る。シンノスケの心中を察するに、東の全てが同罪だったんだろうしな。


「ま、愚かな人間のした事の報いを受けたのじゃ。もう、シンノスケとやらも命で罪を償っておるしの。我らがシンミリする必要はないのじゃ」


 マリスの言う事ももっともだ。だが、人間の歴史とは過去から連綿と受け継がれる物だ。その出来事を教訓にできなければ、人類など滅んでいい。


 そういやアースラが似たような事を言ってたっけ? 神々も同じような判断をしたって事だなぁ。俺の領地でもそんな事が起こらないようにしっかりと管理しなきゃね。


「シンノスケは死んだのですか?」


 俺たちの話を黙って聞いていたドライアドの長、リサが口を開いた。


「ああ、そうだよ。だから俺はシンノスケとは別人なんだ。やっと理解してくれたかな?」


 リサは俺の顔をじっと見つめている。


「それでも貴方はシンノスケの生まれ変わりに違いない。精霊と心を通わせることができる者は普通、存在しないのですから」


 うーん。そこは違うと思いますよ。同じドーンヴァースを遊んでた人間だからね。どっちも同じ時間軸で生まれてますから。生まれ変わりではありえないでしょ。


「面倒だからそれでいいけど……俺は俺だよ。だからシンノスケと同一視するのは勘弁願いたい。俺の名前はケント・クサナギだ」


 俺がそういうと、リサは少し寂しそうに微笑みながら頷いてくれた。


「わかりました。ではケント・クサナギ。この土地をどうしますか?」


 リサが両手を広げて田園地帯を指し示す。


「そうだな。この地を広げ、この地域に住まう獣人族の糧としよう。それは今は亡きシンノスケの願いだった事だ。その望みを俺も叶えてやりたい」


 俺がそう宣言すると、周囲にいたドライアドが俺たちを取り囲んだ状態のまま全員が跪いた。

 そしてリサも俺の横で膝をついた。


「その願い、我がドライアドの一族が引き受けましょう。今までどおり、この地の管理は我々が行います」


 それは安心だな。俺の手が離れてもここは維持されるわけだね。


「リサドリュアスが名の下に、古き約束がこの者と再び確認された事をここに宣言します」


 そうリサが声高に言うと、俺とドライアドの身体が一瞬だけ強烈な閃光を発した。


「うわっ!?」

「な、何事じゃ!?」

「くっ……!」

「目が! 目が~!」


 仲間たちが目を抑えて慌てている。

 一人、どっかの有名な特務機関の大佐みたいなのがいるが……アナベル、君はアニメオタクか何かか?


「世界の安寧を約束した時と同じ、第二の誓約が今、この時をもって結ばれました。この誓約は精霊界に住まう我らの中で永遠に履行されるでしょう」


 リサが何やらサラリと飛んでもない事を言っている気がするのだが?


「誓約? 第二の?」


 俺がそう囁くと、トリシアたちが怪訝そうな顔を向けてくる。


「何だそれは?」

「ほえ~?」

「精霊の長が何かへんてこな言葉を言ったが、そう言っておったのかや?」


 おい、今リサが喋った言葉をみんな理解できてないのか? あれか? 翻訳システムで自動翻訳されたって事か?

 もし、そうならどうやら精霊語とやらも俺には日本語に聞こえるって事だぞ。

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