第19章 ── 第5話

 両脇をドライアドにしっかりと抱えられて引きずられること二〇分。

 俺は黄金の稲穂が揺れる広大な広さの田園地帯にいた。


「どこまで連れて行くつもりなんだよ」


 半ば抵抗を諦めてドライアドのなすがままになっている俺だが、そろそろ忍耐ゾーンのレッドゲージを突破しそうだ。


「もうすぐですよ。我らの長も人間の帰還を心待ちにしていたのですから、会って頂かないと」


 長だと? ドライアドの長ってどんなヤツだろう? トレントとか?


 ようやく移動が終わり、俺は地面におろされた。


「長、人間を連れてきました! 七九八年ぶりに帰還なされました!」


 長と聞いて俺は後ろを振り返る。


 そこにはやはり肌が緑色の美女が立っていた。だが、他のドライアドたちと違って、縦も横も二倍以上の大きさがある。ついでに胸も二倍くらい。


「よくぞ戻られました人間よ」

「あ、はい」


 殆ど全裸の美女に囲まれた俺はドギマギしてしまい、短い返答しかできなかった。


 蔦が絡まってるから大事な部分は隠れてるけど、刺激が強すぎますよ!


「さあ、見て下さい! 貴方に命じられ、この地をずっと守護し、そして手入れをしてきました」


 長らしい巨大ドライアドが両手を広げ、自分の周囲を指し示す。

 それに促されて、俺も周囲を確認してみる。


 広い……東京ドーム五〇個分くらいか?


 目算だが、そのくらいの広さがあるようだ。

 その東京ドーム五〇個分の土地いっぱいに黄金の稲穂が風に揺られていた。


「おー、こりゃ凄い田園地帯だな」

「そうでしょう? 貴方と共に森を拓き整備したのが昨日のようです」


 懐かしげに言う長に周囲のドライアドが黄色い声を上げて笑う。


「でも……申し訳ないが、俺はシンノスケじゃないんだよ」

「シンノスケ……?」


 長が遠くを見るような遠い目をしながら消え入りそうな声で囁いた。


「シンノスケ……そうです! 貴方の名前はシンノスケ!」

「いや、シンノスケは別人! 俺の名前はケント・クサナギだ!」


 長が怪訝な顔をしながら俺を見下ろす。周囲のドライアドも首を傾げている。


「貴方は人間でしょう?」

「そうだよ」

「我々の姿を見られ、そして話もできる」

「そうみたいだね」

「ではシンノスケで間違いありません」


 どうしてそうなる。もしかしてドライアドは人の顔を識別できないのか?


「俺は確かに人間だし、シンノスケと同じ世界からティエルローゼにやってきた。だが、シンノスケとは別の人間だよ」

「同じ力を持つ人間は同じ存在でしょう」


 だから、違うっての! 精霊ってのはみんなこんなか? イフリートは俺を主として認識していたが。


「とにかく、俺はシンノスケじゃない」


 俺はキッパリと言い切る。ドライアドたちは納得していない顔だがな。


「それで、ここを守護してきたらしいけど、そもそもどういった経緯でシンノスケに協力するつもりになったんだ?」


 俺はドライアドの長に疑問に思っている事をぶつけてみる。


「シンノスケ……記憶がないのですね。だから別人だなどと訳のわからない事を言っているのしょうね。仕方ありません。忘れてしまったなら聞かせてあげましょう。記憶も戻るかもしれません」


 長はそういうと話し始めた。


 ドライアドがシンノスケに会ったのはとある小さな森の中だったそうだ。


 最初は木を切りに来る人間だと思っていたらしいが、何故かその人間はドライアドが宿っていない木だけを切り倒すという器用な事をしていたらしい。


 基本的に人間にはまるで興味がなかったが、自分たちが宿る木を切らない人間は珍しかったので興味を惹かれたという。

 何ヶ月か観察していた所、時々その人間と目が合うことに気づいた。


 ドライアドは不思議に思い、その人間を付け回した。


 人間はあるとき、振り返るとドライアドに声を掛けてきた。


「何でそんなに付いてくるんだ?」


 人間は自分たちを認識していたし、自分たちを見る事ができる存在は珍しいからだとドライアドは応えた。


「それだけでか。まあ、いい。付いて回るのは構わない。でも、俺の邪魔はしないでくれよ」


 人間はそういうと何か作業をしていた。


 人間のしている作業を何日もみているうちに、彼のしていることをドライアドは理解したらしい。


 植物が住みやすい環境を整えようとしているのだ。土を掘り返して地面を柔らかくしたり。溝を掘り水を引いたり、土の栄養を増やしたり。


 ドライアドは何だか嬉しくなり、人間とよく喋るようになった。


 人間は自分たちが食べられる植物を育てて、人間たちが生きていけるようにしたいと言った。

 そうすれば、無駄に死んでいく命を救えるのだと。


「私たちが手伝ってやろうか?」


 ドライアドがそういうと人間は優しげに笑った。


「そうしてくれると助かるな」


 それ以来、その人間に協力して様々な土地を周り、あたりに田んぼや畑を作ってきたのだ。


「今から七九八年前、人間……シンノスケは急遽北東の地に戻っていきました。我々にこの地の手入れを任せて」


 長は遠い目をしながら昔を懐かしそうに思い出している。


「なるほど……」


 どうやらシンノスケはドライアドと話をできる珍しい人間だったらしい。


 俺がこの世界へ来てから聞いた話や読んだ本の内容から考えても、人間と精霊は基本的には話せないし、姿を見ることもできないはずだ。


 だけどシンノスケには、それが可能だったんだろうな。なにせプレイヤーだからなぁ。ユニーク・スキルの類ならそれも可能だったに違いない。

 そんなシンノスケだから、ドライアドに仕事を任せることができたんだろうね。


 それ以来、ドライアドはこの土地を守り、そして管理してきたわけだ。七九八年とか言ってるしな。


「でも、精霊と話ができるとは……って、今、俺も話せてるけど」


 俺がそういうと長が少し微笑みながら応えた。


「ここはそういう風に魔力を形にしていますからね。障壁の外に出たら普通の人間には我々を見ることはできません」


 なるほど、翻訳機能のようなもんがあるって事か。


「貴方のお連れもこちらに向かってきています。娘たちに護衛をさせていますから危険はありませんし、そのうち我々の姿も声も解るようになるでしょう」


 ふむ。それは助かる。仲間たちに危害を加えないようなら何の問題もないか。


「そんな機能がこのあたりにあるなら、なんで俺をシンノスケと間違えるんだ?」

「貴方は障壁の外で娘たちを見て、そして話しかけた。そんな事ができるのは、人間……シンノスケ以外におりません」


 うーむ。神々と会ったり会話したりしてきたから、特殊な感覚を身に着けたって事なのかなぁ?

 実際、神が望まない限り、人間は神と接触できないはずらしいからな。


 なのに念話という形で俺はイルシスとファースト・コンタクトしてしまった。そのあたりから、こういう人間の目には見えない不確かな存在っていうのかな? そういうのを見たりできるようになってるんじゃないかと思うわけ。


 このような存在は、TRPGの世界設定などではアストラル体っていう事が多いよね。マリスの幻霊使い魔アストラル・ファミリアもそうだ。


 今まで精霊というものは魔法で呼び出したイフリートくらいしか見たことなかったけど、そういう存在を視認できるようになったとしたら、それはそれで便利なのかもしれない。


 何はともあれ、俺とシンノスケが別人だとドライアドたちが認識した場合、俺たちが危険に陥らないかが不安ではある。


 ただ、彼女たちドライアドは非常に温厚で親しみやすい事は間違いない。ちょっと目のやり場に困る格好だけどね。さっきから股間の紳士がアブナイのですよ。


 俺は努めて脳内を賢者モードにしておく。


「この田んぼは収穫時期だと思うんだけど、稲は刈らないの?」


 風に揺れる稲穂を眺めながら、ドライアドの長に聞いてみる。


 もう稲穂が垂れ下がるほどになっているし、収穫したほうが良さそうなんだが。


「明日には刈り入れを行い、来年に向けて育て始めます」


 ドライアドだけあって植物に関してはエキスパートだろうから、正確な認識なんだろうな。


「明日か。美味しいお米なんだろうなぁ。食べてみたいね」

「食べますか? 明日、刈り取り次第、お渡ししましょう」


 ドライアドが嬉しげに笑う。


「植物を司る精霊なのに、自分が育てたモノを人間に食べられるのは嫌じゃないのかな?」


 俺がそういうと長は鈴がなるような綺麗な声で笑った。


「我々精霊はこの世界全ての者に宿っています。食べられたからといって存在が無くなることはありません。貴方の身体の中にも我々の力は循環しているのですから」


 ふむ。そりゃそうか。人間を構成する細胞にはミトコンドリアっていう植物由来のモノがあるからね。単細胞生物時代に共生関係になったと言われているとか学校で習ったっけな。

 そう考えれば、俺たち生物の身体にもドライアドたち精霊の力は介在しているんだろう。彼女はそういう事を言っているんだと俺は思う。



 眼の前の黄金の絨毯を見つめながら、どのくらいの米が取れるのかを想像してみる。


 農業は詳しくないから解んないな。

 でも、この蛮族の地に住む部族全部の食料を賄うほどの量ではないと思う。年に一回の収穫で一年食いつなぐにはね。


「ここをもっと広げないと周囲の部族の消費に追いつかないかもなぁ」


 俺がそういうと、ドライアドの長が頷く。


「人間は今の四倍から八倍ほどの広さが必要だと言っていましたね」


 なるほど、それほど広げれば問題なくなるのか。


「ここを広げるにあたって、森の伐採をしなければならないと思うけど、ドライアドたちには問題ない?」

「ありませんよ。我々は別の木に移ればいいだけですので」


 なるほど。宿り木を移れるのね。それなら安心。


 ここを四~八倍も増やすとなると、俺たちの力では心許ないな。早めに部族を平定して、ここに労働力を送り込む算段が必要になりそうだ。

 秋の終わりから冬のうちに開墾していけば、来年には田んぼを整備できるだろう。そして再来年には、米を作り始めることができると思う。

 トリエンの駐屯地を造ったときに使った土木作業用のゴーレムを出して作業させると効率的かもしれないな。

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