第19章 ── 第4話

 トリシアの魔力鑑定アプレイサル・マジックの効果は疑いようのないものだ。


 魔力と精霊力がどう違うのか。詳しくは知らないが、シャーリー図書館で得た知識やアースラの話などから、世界を構築する素となったモノなのだと思う。魔力はその素の力を利用して属性を得ている。

 俺が召喚できるイフリートは魔力を形代にして精霊力を具現化しているものなのだろうと思う。


 属性が陰陽五行と同じ思想だと俺は前々から思ってるんだけど、それがこの世界の精霊の相関関係に影響しているのであれば、どうにかできる可能性がある気がする。


 陰陽五行における相関図では「木は燃えて火を産む」となっている。これは木が火よりも強いという関係ではない。これは相手を生かす循環により相互に制御、抑制できるということだ。火は金を相剋し、金は木に勝つのだ。よって、木と火の関係は相生であり「木は火で燃える」わけだ。


 ならば強力な上位精霊イフリートを呼び出したら、この空間保護障壁を突破、あるいは制御できるんじゃないか。


「みんな、少し後ろに下がってくれ。イフリートを呼び出す」


 俺がそういうとトリシアがニヤリと笑った。


「なるほど、精霊には精霊をぶつけるか」

「あれじゃな。属性の相互強化じゃろ?」


 マリスもドラゴンだけに魔法の事は直感的に知っているって事ですな。


「どうなるんです?」

「属性の相関図としてはどちらも強化されることになるが、通常の属性に上位精霊ほどの強力な属性をぶつけた場合、弱い方は強化されても飲み込まれてしまい、事実上破壊、あるいは吸収される」

「なるほどー、ここは木の属性なのですね?」


 周囲はジャングルだしな。当然の事ながら木属性の精霊力だろ。


「我に仕えしアグニの眷属けんぞく。我の命により馳せ参じよ。『上級火炎精霊召喚サモン・グレーター・ファイア・エレメンタル』」


 厨二病詠唱(効果は全くない)と共に無詠唱で『上級火炎精霊召喚サモン・グレーター・ファイア・エレメンタル』を使用する。


 ブワッと強烈な熱風が辺りに巻き起こり、巨大な火柱が天を焦がす。


 火柱が収まると、巨大な炎の上位精霊「イフリート」が俺の前に平伏ひれふした状態で姿を現した。


『我ガアルジヨ』


 相変わらずの強面魔神だ。


「この先に精霊力による侵入阻害障壁があるみたいなんだ。解除する事はできるか?」


 俺が指差す方向に炎の魔神が視線を動かす。イフリートの目が少々細く歪んだ。

 再び視線が俺に戻ってくると、イフリートは応えた。


『容易キ事ナリ』

「そうか。では解除を頼む」

『我ガアルジノ仰セノママニ』


 イフリートは立ち上がると障壁にゆっくりと歩み寄る。


──バチチッ!


 イフリートが障壁の影響圏内に入った途端、周囲に猛烈な火の粉が飛び散りはじめた。


──パリーン


 ものの二秒も掛からずに周囲に張り巡らされていた侵入阻害の精霊力がガラスが割れるようなエフェクトで霧散した。


 どこのスーパーロボット物の世界観的バリアだよ。


 俺はあまりにもベタな効果エフェクトに苦笑いしか出なかった。


 イフリートは俺の命令を遂行し終わるとに溶けるように消え、元の世界に戻っていった。


「終わったよ」


 俺が仲間たちに振り返ると、彼女らは感心したような顔で成り行きを見ていた。


「やっぱり凄いのう。火の精霊を自在に操るさまは」

「ああ、想像を絶する力だ。世界の根源を左右するのだからな」


 ハリスは二人の感嘆の言葉に力強く頷いているだけだ。


 いや、上位精霊のイフリートが凄いんであって、俺が凄いんじゃないだろ? ただの召喚魔法なんだし。


 アナベルは俺が『上級火炎精霊召喚サモン・グレーター・ファイア・エレメンタル』の魔法を使うのを初めて見た為か口をパクパクしているばかりで声もでないようだった。


 それに気づいたマリスがアナベルを見上げた。


「大丈夫かや?」

「こ、こ、これは凄いのです!!」


 突然、アナベルが爆発したように喋りだす。


「聖獣召喚も凄かったのですが! コレはもっと凄いのです!!」

「それはそうだ。伝説の神の御業だぞ?」

「アナベルは初めて見たのじゃし、感動もひとしおじゃな」


 アナベルの賛辞にトリシアとマリスが得意げに頷いている。


 だから、なんで君たちが得意げなんだよ。


「ただの魔法だよ。下位精霊を呼び出す魔法を使うとサラマンダーが出てくるよ?」

「それは火に強い大型の蜥蜴だろ?」

「以前……リククやサラたちと……捕まえた事が……ある」

「いや、ティエルローゼに生息する火蜥蜴サラマンダーは野生動物だけどさ。俺がいうサラマンダーは火の精霊だ。精霊の方のは炎に包まれたトカゲみたいな見た目だよ」


 仲間たちはキョトンとした顔になってしまう。


「どう説明したらいいかなぁ……」


 俺は腕を組んで頭を撚るが、うまい説明の仕方が解らない。


 そうこうしていると、破壊した障壁のあたりからゾロゾロと蔦が絡まったような肌が緑色の女性たちが出てきた。


「これは一体どういう事でしょう? 阻害障壁が破壊されています」

「火の精霊の仕業のようです」

「なぜここに火の精霊が?」


 緑の女性たちは、辺りに散らばる破壊された障壁の破片を拾い上げて見せあったり、障壁を調べたりと忙しそうだ。


 にしても、まるで俺たちがいないような振る舞いはどういうことか。


「すみません。貴女たちは誰です?」


 俺は業を煮やして彼女らに話しかける。


「おい、ケント。誰に話しかけてるんだ?」

「誰か来たのかや?」

「誰もいませんよ?」


 仲間たちが背後からそんな言葉を掛けてきた。


「いや、いるだろ。ここに五人も」


 俺は女性たちを指差すが、仲間たちには見えていないようだった。

 女性たちに目を戻してもう一度いる事を確認する。


 やっぱりいるよ?


「え? この人たちが見えないの?」


 俺がそう言いながら彼女たちを見ていると、五人のうちの一人が俺の存在に気づいたように顔を向けてきた。


「貴方、私が見えるのですか?」

「は? 見えるもなにも……」


 俺が戸惑いながら言うと、その女性が驚いた顔で周囲の他の女性に叫んだ。


「私たちが見える人間が戻ったわ!」


 その途端、他の四人の視線も俺に集中した。


 この女の人たちは全員、ニンフたちみたいな絶世の美女なんで、当然俺は居心地が悪くなりましたよ。


「人間! とうとう戻ったのですね!?」

「我らの仕事ぶりを見ていただかねば!」

「でも、人間の顔ってこんなだったかしら?」

「私たちが見えるんですもの、同じ人間でしょ?」


 あー、姦しいです。「女三人寄れば姦しい」と言いますが、五人いるので相当なモノです。


「いや、誰の事を言っているんだよ。というか、君たちとは初対面だよ」


 俺は騒がしい五人にそう話しかけた。


「いえ、貴方は人間です。間違いありません」

「いや、確かに人間だが」

「やっぱり! さ、人間。私たちの仕事を見に行きますよ」


 俺は二人の女性に両腕を抱えられて障壁に穿たれた穴の中に連れて行かれそうになる。


「ケント! どこに行くのじゃ!?」

「待って下さい~」

「おい、ケント! 何かマズイ事になっているのか!?」


 三人が連れ去られようとする俺を追うように駆けてくる。

 ハリスは分身を出して周囲を警戒しはじめつつも三人を追ってくる。


「いや、ちょっと。貴女たちは誰なんです!?」


 俺の両脇を固める女性に焦りながらも話しかける。


「誰も何も、この場所の管理を私たちに任せたのは人間、貴方でしょう? 忘れたのですか?」

「管理を?」

「私たちはドライアド、そんな事も忘れてしまわれたのですか」


 ドライアドだと? 木の精霊か!!


 木の精霊ドライアド、ギリシャ神話やケルト族の宗教観などで言及される精霊の事だ。

 非常に美しい女性や男性の姿で現れ、時には人を魅了しては攫って行くとも言われている存在だ。


 ドーンヴァースではクエストのキーとなるNPCや敵として配置されていた。この世界にもこういう者が存在していたようだ。


「ドライアドだ! トリシア、ドライアドだ!」


 どんどん引っ張っていかれるので、俺はそう叫ぶことしかできなかった。思いの外、彼女たちの力は強く、有無を言わせぬものがあったのだ。


 必死で追いかけてくる四人の速度よりも早く、ずんずんとジャングルの奥に進んでいく。

 この先にシンノスケの田畑があるのだろうか。その管理をドライアドに任せていたとすると、シンノスケは只の守護騎士ガーディアン・ナイトではなかったのだろうか?


 まるで宙を進むようにズルズルと引っ張られていく俺は、そんな事を考えていた。

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