第19章 ── 第3話

 蛮族の地の争いを収めるためには、幾つかの方法があると思う。


 長老たちと別れて、充てがわれた小屋に戻った俺たちは今後の方針について話し合う。


「という事で、この蛮族の地一帯を争いのない場所にしたいと思うのだが、何か意見がある人」


 マリスとアナベルはキョロキョロと俺と他のメンバーの顔を見ているが、意見する気はなさそう。

 ハリスは目を閉じて腕を組んでいるだけだ。


「トリシア、どうかな?」

「既にケントは何か考えているんだろう?」


 逆に聞かれてしまった。質問に質問を返すのはイケナイ事だと思います、トリシア先生。


「手っ取り早いのは、シンノスケが作ってたという田畑をどうにかする事だろうな。無いなら無い事を証明すればいい」

「もし、あったら?」

「ぶっ壊して争いの元を無くしちゃえばいいんじゃね? もっとも、それではシンノスケが目指していた地域の食糧不足というのは解決しないし、争いも無くならないだろうね」


 トリシアも頷く。


「最良の解決方法は、森を開墾して田畑を増やし、各部族が飢えることのないようにしてしまうのが一番なんだろうけどな」

「それは大変そうだぞ?」

「まあね。だから各部族に労働力を提供させて共同で開発させるなどの施策は必要になるだろう」


 だが、いがみ合ってる部族間に協力させるのは至難の技だろう事は想像に難くない。

 俺の見立てとしては、非常に植生の濃いジャングルに飲み込まれて既に無くなってると思うんだけど。


「別の方法は?」

「そうだなぁ……ウェスデルフみたいに各部族を力で制圧しちゃえば楽だな」


 獣人族は自分より強いものを受け入れる土壌があるのはウェスデルフでも実証済みだからな。

 実際、この集落の人々も自分たちよりも強い勢力である猿人族に唯々諾々と従っているのが現状だ。なので、強い勢力である四部族を俺たちチームでひっくり返すだけの簡単なお仕事と言える。


「問題点は?」

「支配下に置くのは手っ取り早いが、基盤となる自治政府がないから俺たちがこの地を離れた後にどうなるのか解らない」


 こういうのは本当に面倒だよね。


「その二つの方法をどっちも実行するとどうなる?」

「両方? そうだな。強制支配後、シンノスケのように田畑を作らせて……」


 そして自治政府を発足させる……か。四部族の代表による評議会を作り、地域の安定を図らせる。田畑の収穫を平等に分配させる管理機構にすれば問題ないな。部族規模によって労働力の提供をさせるかすれば、田畑の管理を全部族で行わせる事も可能だろう。


「ふむ……なるほど。それはそれで上手くいきそうだな」


 俺の中で蛮族の地の安定的な社会機構の構想が練上がっていく。


「また領主になるのかや?」

「いや、領主っていうか……名目上の支配者……国王? あ、それは嫌だなぁ……」


 マリスに言われて計画後の俺の立場を考えて躊躇する事になってしまう。こういうのってメチャクチャ面倒だからな。


「神さまも世界を支配していますが、別に姿を表さなくても信仰されているのです。ケントさんが神になれば問題ありません!」


 いや、それは宗教じゃんか。宗教と国家や領地の運営は全く別物だと思いますが?


「力のあるものが上から支配するのが基本的な構造だと思うんだが、俺がずっとここにいるわけでもないし、どうしたもんかなぁ」


 俺はここでふと閃いた。


「おい、マリス」

「なんじゃ?」

「マリスの友だちのファフニルだっけ?」

「エンセランスじゃ。ファフニルは種族名じゃぞ」


 確かにマリスが自分の名乗りを上げる時は「マリストリア」とか言うね。本名は「マリソリア」らしいけど。


「まあ、それはいいんだ。で、そのエンセランスに支配者代行になってもらえないだろうか?」

「なんじゃと?」

「エンシェント・ドラゴンに俺の代わりにここら一帯を支配してもらうんだよ。名目だけでいいんだけどね」


 古代竜に支配された地にちょっかいを出してくるような国や勢力は普通ないだろう。アホな冒険者が古代竜の巣に突撃してくる事はあるかもしれないが。


「名義貸しってやつじゃな?」


 そんな言葉よく知ってるな。現実世界では犯罪行為の事なんだが。この世界の「名義貸し」ってのは犯罪じゃないのかな? あんまり良い響きの言葉じゃないんだけど。


 力の無いものが力のある者の威を借りる事になるが、実際効果はありそうなんだよねぇ。「神の名の下に」とか現実世界でも中世の時代にはやられてたじゃん。


「良いのではないじゃろか? 名声欲に駆られた者が巣に攻め込んでくるやもしれぬが、アヤツに勝てる者もそうそうおらんじゃろうし」


 ふむ。マリスが良いって言うなら問題はないのかな?


「虎の威を借る狐っぽくてカッコ悪いけど」

「何!? またケントの国の言葉かや!?」


 マリスが目をキラキラさせはじめる。本当にマリスは故事とか諺が好きだよね。


「俺の国ってわけじゃないけど……戦国策とかいう古い文献から生まれた言葉らしいね」


 前漢時代とか詳しくは知らん。古文の授業で習ったのをたまたま覚えてただけだけど。


「ま、エンセランスとかいうマリスの友だちが引き受けてくれればだけどな」

「エンセランスは友ではないのじゃ! 舎弟じゃと言うたはずじゃぞ!?」


 舎弟なのかよ。ということはマリスよりも弱いのかな?


「何にせよ、エンセランス氏に一度会っておく必要がありそうだな」

「この地より西の山じゃぞ?」


 大マップ画面で調べてみると、蛮族の地の向こう側、西海岸のあたりに大きな山が存在する。スリー・ファング・マウンテンという名称らしい。


 ここか。ファフニールはこの山の中に巣を構えているんだろう。


「よし、明日の朝にここを出発して、救世主とやらの田んぼを探しつつ西へ向かおう」

「了解じゃ」

「はいー」

「良いだろう」

「エンシェント……ドラゴンか……」


 ハリスは少し緊張しているっぽいが、他の三人は問題無さそうだ。というか、マリスもエンシェント・ドラゴンですよ、ハリスの兄貴。



 翌日の朝、集落の人々にカツサンドを振る舞い、集落を後にする。


 カツ丼でなかったことにトリシアが盛大にガッカリしていたが、それはいつでも作れるから我慢しておけ。



 大マップ画面を参考にジャングルを進む。


 かなりの熱帯雨林なので非常に蒸し暑い。ジャングルの中心に進むにつれてその傾向が強くなっている気がするなぁ。


 しばらく歩き続けている時に気づいたんだが、ジャングルだというのに野生動物が比較的少ない。


 普通、森やジャングルなら鳥や獣が結構いるはずなんだが、それほど見かけないんだよ。虫なども少ないね。


 これだけ大自然の真っ只中だというのに生態系がアンバランスという印象だ。


 俺は大マップ画面の縮尺を変えて森全体を画面に表示させてみる。


「ありゃ?」


 俺が少々間抜けな声を上げると、隣を歩いていたトリシアがこちらに顔を向けた。


「何だ? どうした?」

「ああ、森のこの部分に表示されない所があるんだよ」


 マップを可視モードにしてやると、トリシアが覗き込んでくる。


「ちょうど森の中心あたりだな」

「ここから、大体三日くらいの距離だな」


 こういうマップの表示のされ方は、この世界に来て何度か経験がある。ようは別マップ扱いになっている場所だ。レリオンの迷宮内もこういう感じに表示されて、隠された中の様子は窺うことが出来なかった。


「魔法的、あるいは次元的に別空間という事か……」

「そこが例の救世主の?」

「恐らく……田んぼと畑がある所じゃないかな?」


 こうもあっさりと見つかると拍子抜けなのだが、これは俺の能力石ステータス・ストーンの機能だからであって、他の者には無い機能なので仕方ない。


 この世界のゲームマスターからしたら俺って存在はやっぱりチート扱いになっちゃうんだろうなぁ……申し訳ない。


 謎ゾーンにピンを立てておく。こうするとミニマップにピンの位置方向に矢印が付くからね。



 三日ほど掛かったが、ようやく謎ゾーンの端っこに辿り着いた。


 立ち止まって周囲を観察してみるが、ただのジャングルにしか見えない。


 ハンドサインで先頭のマリスに「進め」の指示をだす。

 マリスは頷くと前進を開始した。


 すると、マリスは何故か右方向に進路を変えて進もうとする。


「おい、そっちは右だ。真っ直ぐだぞ?」

「真っ直ぐじゃが?」


 怪訝な顔でマリスが振り返った。


「いや、右に曲がってるよ」


 マリスは周囲を確認する。隊列と自分の位置を見て確かに右に逸れている事を認識したマリスが首をひねる。


「おかしいのう。真っ直ぐ進んだはずなのじゃが」


 マリスは元の位置に戻ると、もう一度歩き出す。今度は左に進路がずれていく。


 マリスは立ち止まっている俺たちとの相対位置を確認しながら進んでいたので、明らかに進む方角がずれていることに気づいたようだ。


「変なのじゃ! 真っ直ぐ進んでるはずなのに横にずれていくのじゃ!」


 なるほど何らかの魔法が働いているのかもしれない。


「待て、調べてみよう」


 トリシアが前に出て魔法を使った。


『バンキル・セルシス・アイデル・アテン。魔力鑑定アプレイサル・マジック


 魔法が発動し、トリシアが周囲を見回すような動作をする。


「幻術系の魔法が展開されているな。いや、これは……魔法ではない……なんだと!? 精霊力!?」


 トリシアが妙に慌てている。


「どういう事?」

「いや、これは……空間が保護されている。それに……これ魔法とは違う。精霊によるものだ」

「精霊?」


 アースラが言っていた事だが、神々が世界を作る時に利用したのが精霊の力だ。基本、魔力は属性を持たないが、魔法の行使にあたり精霊の力によって魔力に各属性の特徴を与えるわけだ。


「ということは、この先は精霊によって守られた地って事になるのか?」

「恐らくは。アルテナ大森林にもこのような土地はない」


 ふむ。非常に珍しい状態なんだな。


 精霊が何でこの辺りを護っているのか。そりゃ理由は明白だろうな。シンノスケの作った田畑があるに違いない。

 ただ、シンノスケの田畑を護ってるとしても、何故精霊が護っているのだろうか。シンノスケが精霊を使役できたとか?

 何にせよ、この空間保護を突破しないことには真相には辿り着けそうにない。さて、どうしたもんか。

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