第19章 ── 第2話
「さあ、出来たぞ」
俺は一言もなくまん丸に目を見開いている住民たちの前にトンカツ定食を置いていく。
「あの……これは……」
長老は戸惑いながらトンカツと俺の顔を見比べている。口からは隠しようもないヨダレが垂れているのは言うまでもない。
「遠慮なくどうぞ」
大人である老人や女性たちは俺がそう言っても手をつけようとしなかったが、子供たちは我慢しきれなくなって素手でトンカツを掴み噛み付いたが、熱々のトンカツをいつまでも持っていられるわけもなく、トンカツを口にぶら下げたまま手を離してしまっている。
「慌てるなよ。フォークとナイフを使うんだ」
俺は皿の横にあるフォークとナイフを実践で使ってみせる。
すると、今度は大人も恐る恐るながらフォークとナイフを手に取った。
「こうして、こう」
一切れ取り分け俺は口に運ぶ。口の中に豚の肉汁の旨味が広がる。
「こうして……こう?」
子供の一人が俺の真似をしながらトンカツを口に入れた。
「んまっ! なにこれ!?」
その子の声を聞いた人々が我先にトンカツに手を付け始める。
「はぁ……さすがは救世主様の御名を知るお方……」
長老がボソりと言うが、聞き耳スキルが拾ってきた。
「そうそれ、食事の後でいいんだけど、救世主の話を聞かせてくれないか?」
一応、シンノスケの情報は手に入れておきたいね。
食事の後、長老を含めた老人たちと懇談する。
「救世主様の事をお知りになりたいと仰っておりましたが……」
「ああ、彼は俺と同郷の人物でね」
「貴方たちはニパンの方なのですか?」
何だそれ?
「いえ、日本ですよ」
長い年月が経ったため、伝え聞く国名が変わってしまっているようだなぁ。
「ニッポン……ですか……」
長老は納得したようなしてないような顔だが頷くと話をしてくれる。
「救世主様がこの地へいらしたのは、かれこれ八〇〇年ほど前だと言い伝えられています」
シンノスケは大陸西方の各地域の食糧事情改善のため、この地にやってきたという。
田んぼや畑を幾つか作った時、シンノスケの元に凶報がもたらされた。シンノスケの村が襲われたと。
知らせを受けたシンノスケは、この地を急いで離れていった。その後シンノスケは二度と戻って来なかった。
「ふむ。なるほどな。ルクセイドで聞いた話と照らし合わせても
村に戻ったシンノスケの足取りは西方には知られていないが、東方地域を百年単位で地獄に陥れた事は解っている。そしてタクヤと相打ち……か。
「それで……途中で田も畑も放棄されてしまったわけでして」
その田んぼや畑を巡って、この地の部族が争いを始めた。この争いは既に八〇〇年も続いているのだ。
各部族の勢力は多少は上下しているが、決定的な差も生まれずに現在まで拮抗状態が継続中。
「八〇〇年……そんなに時間が経ってたら、田んぼなんて森に飲み込まれちゃうんじゃないか? なのに今の今まで争い合ってるなんてなぁ……」
「私どもも良くは知りません。その田畑があるとされている場所を見たこともないので」
どういう事だ? 見たこともない物を元にして争っているってことか?
「何故、未だにそこに残っているのかは誰も知りません。ただ、救世主様のお力を以てすれば……今でもそこにあるはずだと」
ふむ。何百年も維持される不思議な田畑……確かにシンノスケの力、プレイヤーの力があれば可能かもしれない。
「この辺りの部族では、その田や畑があると思われる辺りを『聖なる実りの地』と呼んでいます」
そいつは是非、見ておく必要があるかもしれないな。あるならばだが。
「その場所はどのあたり?」
「さぁ……誰も見たことはありませんから……」
それほど広い地域だとは思えないんだが、何で見つけに行かないんだろ? まあ、これだけ植生の濃いジャングルだと、見つけ出すのが難しいのかもしれないね。でも八〇〇年間も未発見か……マヤ文明の遺跡みたいだな。
「探していないの?」
「猿人族の者たちは探しています。他の三部族も探しているでしょう」
「君たちは探さないの?」
「我々は森に探しに出ることは禁じられています」
この集落は猿人族の勢力下だと言っていたな。
力の無い部族の者は、力ある部族に支配されるというのがこの地域の習慣というか規則なのだろうか。協調や調和というものはないのだろう。
「でもさ、救世主はこの一帯の人々を助ける為に田畑を作ったはずなのに、なんで取り合うような事になってんの?」
長老は事情を詳しく知らないようだが、各部族の主張は知っているそうだ。
「田んぼの水源は北にある沼地に頼っていると言われています。その周囲を縄張りにしているのが蜥蜴人族です。ですので、水の所有者である蜥蜴人族が田んぼの所有者だと言っています」
あー、水利権がこじれちゃった感じですか。確かに田んぼには水は必要だし、田んぼの生殺与奪を握っているわけだからなぁ。だからって所有権を主張するのはどうかねぇ。
「鳥人族は田んぼに空から近づくものから田を守っているのだから、実りを頂くのは当然だと申しております」
米などの実を食べにくる小鳥などを追い払うのに鳥人族ならうってつけだねぇ。だからといって全部頂くと主張するのは頂けないな。
「甲虫人族は田や畑を襲う害虫や稲を守る益虫がいるのだから自分たちが守っていると言い、だから自分たちに権利があるのだと言っているようです」
もう主張がメチャクチャだな。その虫どもを甲虫人族が操っているのなら主張も一部認められるかもしれないが、発見すらされていない田畑を守れるわけないだろ。もし派遣した虫たちが稲などを守っているなら、甲虫人族は田畑の場所を知っていなければならないだろうに。
「で、猿人族は?」
「救世主様に一番姿形が似ているのが自分たちなので、食べる権利は自分たちにあると……」
呆れて物が言えないほどのバカな主張だ。神を模して作られたから人間が一番偉い。とか言ってるのと同じレベルだな。
そんなバカな主張で八〇〇年も争い続けているとか、ハッキリ言ってアホの極みだ。
その四部族の争いに力のない集落の人々から労働力から食料物資まで搾取していくのは奴隷制度と同じ気がする。
そういや、土竜人族のヤツが奴隷の身分から自由になるために逃げてきたって言ってたっけ。
俺は何ら罪もない人々が奴隷の身分に甘んじるしかないような状況を見過ごしておくことはできない。
これは何とかしないといけない案件だろう。冒険者としても放っておいてはまずいと思う。
「トリシア。こういう場合、ギルド憲章ではどう解釈できるかな?」
トリシアが密かにニヤリと笑った気がする。
「ここは国を治める者がいない地域だな。だが、そこに生活する人々は一般庶民と定義される。そこの者が困っているならば助ける義務はあるかもしれないな」
ふむ。世界に住む人々は、臣民やら領民やら市民やらと様々な呼び名を付けられるが、それらをひっくるめて一般庶民と定義するということだな。
「よし。で、罪もなく一方的に搾取される状態は奴隷と何ら変わらないと思うんだが、何の咎もなく奴隷にされる一般庶民は救助対象か?」
「盗賊や野盗に襲われた村から連れ去られた者を助けるのは冒険者の義務だな」
トリシアは何の淀みもなく断言した。
「決まりだな?」
俺がそう聞くとトリシアが頷く。
「ああ、決まりだ」
俺は長老に視線を戻す。
「何が決まったのですか?」
「この地域の争いを止める事が決まったんだよ」
老人たちは俺の言葉を聞いても理解できていないのか、戸惑ったような顔をして顔を見合わせている。
「争いを止めるとは……争いが止まるとどうなるのでしょうか?」
彼らは争いの無い平和な時を過ごしたことはないんだなぁ。何という不幸な境遇なのだろうか。
「そうだね。自由に森を行き来して、平和に生きる事ができるようになると思うよ? 獲物を取るのも自由だし、誰かに禁止されることもない」
「それはまた随分といい世界ですねぇ」
そんな夢物語が実現するとは思っていないようで、老人たちも含め長老が苦笑いをする。
「それと君たちのように人数や力のない部族が、奴隷のように虐げられる事もないようにする」
「はあ……それはどういう事でしょう? そんな事が森の外にはあるのでしょうか?」
長い間、自由という物を全く知らない者には理解できないのだろう。
「森の外はそういう世界だよ。ま、自分の身は自分で守る必要はあるけどね」
「集落が危険になるという事でしょうか……?」
確かに力ある者に守られていれば、考える必要もないし生きるのは楽かもしれない。
ただ、それは生きているだけだ。
人間たるもの、生きているだけでは何の意味もないんじゃないか? でなければ文明の発達など起こりようもないじゃないか。
まあ、八〇〇年以上にわたって奴隷生活を強いられてきた人々にそんな事を言っても理解もされないし、歓迎されるとも思えないな。
とりあえず俺たちが勝手に開放して、否応なしに自由という状況に放り込んでしまおう。それが手っ取り早い。
そして陰ながら人々を守るように特殊なゴーレム部隊やダイア・ウルフ部隊を送り込んでおけばいいんじゃないか? うん、それだな。
「ま、俺たちに任せておいてくださいよ。悪いようにはしないから」
俺は長老たちにウィンクをして見せる。ちょっとキザかな?
よし、チームの方針は決した。長年争いの絶えない通称「蛮族の地」の争いを無くし、平和をもたらすのだ。
その為の計画を立てなければならない。
さて、どうしたものだろう。
何をすれば争いは止まり、平和な土地になるだろうか?
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