第19章 ── 翠緑の黄金地帯

第19章 ── 第1話

 グリフォニアを発った四日後、俺たちはルクセイドの西側国境から蛮族の地と呼ばれる森林地帯に侵入していた。


「すげぇジャングルだなぁ」


 フェンリル以外の騎乗ゴーレムは収納し、鬱蒼とした森に足を踏み入れた俺は目の前に展開される踏破困難な地形に既に辟易していた。


「ジャングルとな? 素敵用語かや?」

「密林って意味だな」


 新装備の全身鎧に身を包んで先頭を歩くマリスは、相変わらず英語を素敵用語と言い、ツッコミを入れてくる。

 最近、お前も結構使ってるだろ。気づいてないかもしれないが。


 マリスのフルプレートはマストールに打ち出してもらっているので、相変わらず見事なレリーフが刻まれている。そんなに芸術性を追求すると整備が面倒なんですけどねぇ。

 ただ、マストールが作っただけあって、俺が作ったものよりもいくらか性能が上がっていた。後々俺が防具を作る時の参考になりそう。


 マリスがマチェットよろしく振り回して下生えのブッシュを切り裂いている小剣もアダマンチウム製の新作。切れ味は抜群で、木や草程度で刃こぼれなど起こさない。


「大陸東方の森の雰囲気とは全く違っているのが面白い」


 森の民たるエルフのトリシアは意気揚々といった感じだ。彼女も新しい全身アダマンチウム製の防具姿だ。

 ブレストプレート、グリーブ、ガントレットにチェインメイルという遊撃団仕様だが、銀ではなく緑色に光っているのがジャングルに溶け込むようなカモフラージュ効果を遺憾なく発揮中。


 ちなみに武器はIAR歩兵用自動小銃の構想をベースに狙撃銃仕様の支援バトル・ライフルを作成した。

 ストックは狭い場所での取り回しを重視して伸縮できるようにしてある。最大八倍のロング・レンジ・スコープを本体上部にマウントしたのも狙撃を意識してだ。基本オプションはバイポットだが、爆裂魔法を閉じ込めたグレネード弾を発射可能なランチャーに換装可能。今回の自信作です。


「本当に蛮族さんはいるのでしょうか? 全然人気がないのです」


 アナベルはもうへばり気味か? SPは十分残っているけどなぁ。

 気分の問題というのもあるかもしれない。見通しが悪く、どこから猛獣や獣人が襲ってきても不思議がないような地形だからね。


 アナベルの装備も基本的にはミスリル製の時と変わらない。ガントレットにグリーブ、その上からアダマンチウム糸で織り上げた神官服だ。材料をアダマンチウム・インゴットにして生産ラインで製造したので労力は裁縫だけだったので割りと楽に作れた。


 背中には大きなアダマンチウム製ウォーハンマーを装備しているが、ミスリルより遥かに重量があるのでストラップとベルトでシッカリと背負えるような追加装備を作っておいた。重くなった分、威力は相当上がっている。


 ハリスは分身を出して地上のみならず樹上にも警戒網を展開している。ルクセイドのダイア・ウルフ部隊が数匹同行してくれてるんだが、最近はハリスと連携して警戒網の強化をしているらしいよ。

 ハリスがダイア・ウルフたちと怪しげに言葉を交わしているのを何度か見かけたんだよね。どうも「意思疎通:動物」とかいうスキルを手に入れたらしく、ますます人間離れしてきてますな。


 ハリスの装備も全部アダマンチウム製に換装済み。忍者刀もチェインメイルも忍者服もね。忍者服の色は今回、黒ではなくウッドランド・パターンの迷彩模様です。以前、ハリスとトリシアに実験して見せたんだが、ハリスは迷彩模様を気に入ったらしい。ま、今回はジャングルだし合ってる色合いだろう。

 手裏剣もアダマンチウムで新調したが、今回は棒手裏剣だけでなく十字手裏剣も作ったよ。



 大マップ画面で周囲や位置をしっかりとチェックしつつ進む。


 ここから半日ほど行ったあたりに集落らしい場所がある。今はそこに向かって進んでいるんだ。


 その集落らしきあたりには二〇個ほどの白い光点があり、クリックして調べてみた限りは狼人族だった。ただ、その光点の中に成人に達した男の姿はいないみたい。老人や女性、子供しか表示されてない。男衆は狩りにでも出ているのかもしれないな。


 午後三時を回った頃、その集落に辿り着く。


 俺たちが森から姿を表す前から集落内にいた狼人族が騒ぎ出していた。

 森から顔を出して覗いてみると、粗末な武器を手にとった老人や女性がこちらを警戒しているのが目に入った。


「な、何者だ!?」


 見るからに老人の狼人族の一人が、顔を出した俺に震える声ながら大きな声で叫んだ。


 さすがは狼人族だね。多分だけど匂いで俺たちの接近に気づいたんだろうね。


 俺は敵意はない事を示すために両手を上げて森から出る。仲間たちも俺に倣って両手を上げて続く。


 狼人族たちはいきなり襲いかかってくるような事はなく、俺たちが近づいて行くと同じだけ後退してしまう。


 物凄く警戒しているなぁ。


「怪しいものじゃない。フソウ竜王国に行く途中の冒険者だよ」


 俺は精一杯にこやかに答えてみる。


「冒険者? 何の事だ! 冒険者とは何だ!?」


 あれ? 冒険者を知らないのか? いや、隣のフソウは冒険者天国的に聞いているんだが? 蛮族の地には来ないのか?

 フソウはドラゴンを信奉しているらしいし、ファフニールが西の山にいるから聖地っぽい扱いで立ち入り禁止にしてるとかかな?


「んー。冒険者ってのは色々な問題を解決して回る旅人みたいな感じ?」

「問題を解決する旅人……?」


 老人だけでなく、他の狼人族が顔を見合わせて混乱しているように見える。


「問題を解決してくれる旅人は救世主様だけだ。冒険者などという者は知らぬ!」


 おっと、出たね、救世主。すでに大陸西方で救世主という場合、シンノスケの事だと判明している。


「ああ、君たちの言う救世主も冒険者だよ。この世界の話じゃないけどね」

「救世主様が冒険者……」


 ポカーンとした顔の老人が構えていた赤錆だらけで刃こぼれ三昧の短剣を下げた。


「貴方様たちが……救世主様……?」

「いや、シンノスケとは別だけど……あ、俺は同郷だな」

「は? 救世主様の名前はシンノスケ様というのですか?」

「あ、西方では知られてないんだっけ? まあ、いいか。君たちの言う救世主が西方で食料事情の解決に奔走していた昔々の人物の事ならそうだよ」


 そこまで聞いた狼人族たちが、ほぼ全員脱力したようにへたり込んだ。


「良かった……襲撃じゃなかったのね」

「死ぬかと思った……」


 女性たちは涙目だし、老人たちは肩を叩きあって喜んでいる。


「ん? 何かあったの?」


 何かそこまで警戒しなければならない理由があるのかもしれない。さっきの雰囲気は尋常じゃなかったもんな。


「いえ……いつもの事ですが……」


 大声を上げて話しかけてきた老人狼人族が、先程とはまるで違う雰囲気で答えてくれる。


「ここのところ頻繁に戦に駆り出されておりまして常時男手がありません。敵の部族に襲撃を受けたら我々ではひとたまりもありませんで」


 最近、この地域では蛮族間での小競り合いが多く発生しているらしい。


 現在、この蛮族の地では、大きく別けて四つ勢力が優勢に事を進めているという。ルクセイドの情報通りとも言えるかもしれない。


 この集落は猿人族の勢力下にあり、強制的に男手を徴兵されてしまうそうだ。


「この地域の部族はどんな理由で争ってるんです?」


 俺はとりあえず、長年争ってる理由というのが知りたい。原因もなく争うなんてあるのかね?

 普通、争うとしたら縄張りとかが被ったりした時だと思うんだが、そんな長年争うような理由なんだろうか?


「我々はもう八〇〇年近く部族間で闘いを続けております。理由と聞かれましても、我々のような弱小部族では知る由もなく……」


 狼人族は八〇〇年も弱小部族なの? 猿人族より戦闘力は高そうなんだけどな?


 狼人族の人々は突然現れた俺たちを襲撃者と勘違いしたことを詫び、ささやかだけど歓迎してくれると言ってきた。


 今は使われていないが、手入れの行き届いた小屋を一つ提供してもらったので、今晩世話になることにする。


「女子供ばかりじゃったのう」

「さっきの話では戦争のようだな」

「戦争で泣くのは力のない女子供ばかりなのです」


 そういう君たちも女子供なんだけど。力がありあまってる人たちに言われても説得力なしです。ま、君たちが普通じゃないんだけど。


 しばらくして、さっきの老人──この集落の長老らしい──が俺たちを呼びに来た。


「食事の準備ができました。どうぞお出で下さい」

「ありがとうございます」


 俺たちは長老に連れられ集落の真ん中にある集会所のような所に案内される。


 集会所の中には集落の全住民が来ており、共同で食事の用意をしていた。

 テーブルに並べられた食事は質素で、茹でた芋、干した肉の切れ端、ちょっとだけ塩の味がする野草のスープだった。


 長老の号令の元、一斉に食事が始まったが、子どもたちが目を輝かせて芋や肉片に噛み付いているのを見て俺は悟った。


 以前、ゴブリンの巣でも感じたあの感覚だ。

 俺たちを歓迎するためにいつもより豪華な献立てなのだ。子供たちの反応から見ても間違いないだろう。


 こんな粗末な食事で子供たちにはご馳走なのか……


 これは何とかしてやらないといけない案件なのではないだろうか?


 俺は集会所の中にある調理場に目を向ける。そこで料理をして部族全員で食事をするのが彼らの習慣なのだろう。


 ウェスデルフも食糧難だったが、ここより遥かにマシな状況だ。

 概ね、戦争を理由に猿人族から食料まで徴収されている可能性が高い。男手がないから狩りで獲物も禄に取れない状態と判断する。


 俺は長老に話しかける。


「ちょっとそこの調理場を借りても?」

「ええ、構いませんが……料理がお口に合いませんでしたか。何分、食料が乏しく……」

「いえ、そういう事じゃありません。皆さんの歓迎にお礼をしたいと思いましてね」


 俺は調理場の横に、インベントリ・バッグから取り出した料理用のテーブルを設置する。


 それを見た獣人族の人々は目を見開いて驚いている。


「お、ケントが作るのかや!?」

「久々にカツ丼を食べたいものだが」

「私はイクラのお寿司が食べたいのです!」


 お前ら食いしん坊チームの為に作るんじゃねえよ、全く! こいつらは本当に食い意地が張ってるな。


 俺は豚のブロック肉を取り出してテーブルにドンと置く。


 狼人族が目をまん丸にしてあんぐりを開けた。


 炊いたご飯はインベントリ・バッグに大量にあるので新しく炊く必要はないな。トリシアのリクエストのカツ丼ではなく、トンカツ定食にしておくか。


 携帯用簡易かまどで油を二つの鍋に温めておく。低温と高温の二度揚げは基本ですからな。

 温まるまでにトンカツを処理しておく。


 食いしん坊チームは俺の用意した材料を見てトンカツだと推理してワイワイ話し合っている。


「トンカツじゃ。明日はカツ丼じゃぞ、トリシア!」

「うむ。明日が楽しみだな!」

「いえ、カツサンドという可能性もあります!」


 お前らは黙れ。


 狼人族はといえば、さっきから表情も変わらず身動き一つしていないが、口からダラダラとヨダレを垂らしている子供たちが印象深い。

 相当飢えてるなぁ。

 俺も久々に料理するし、腕に縒りを掛けて作ろうかね?

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