第18章 ── 第28話
二日後。
ようやく俺とマストールは鍛冶部屋から開放される。
「やれやれ、ケントは人使いが荒いのう。久々に老骨にムチを打つような仕事じゃったわい」
「老骨ってほどマストールは老けてないだろ。ドワーフの寿命は六〇〇年くらいだって本に載ってた」
「ワシは四二七歳じゃ。もう下り坂も良いところじゃなぁ」
バカか。あと一七〇年以上も寿命があれば十分だろ! 人間の二倍以上だぞ!
今回の作業中、エマが何度か見に来てたようだが、彼女には鍛冶についてはチンプンカンプンなので口も出せずに立ち去った。
ソフィアの所に行き来しているのは明らかだなぁ。あれだけ引きこもりだったのに、今じゃほとんど研究室にいないんだから。
休憩室でマストールと俺はフロルに持ってきてもらった飲み物で喉を潤す。
「フロル、今日もエマがいないようだが、急ぎの仕事とか発注はないのか?」
「只今、魔法道具の作成依頼はありません。すでにエマさまが依頼分の魔法道具は完成させております。倉庫にて受け取り人が現れるまで保管中でございます」
ふむ。言葉通り、ちゃんと仕事していたんだな。偉い偉い。
「んじゃ、こっちの作業も終わったし俺もルクセイドに戻るか」
「なんじゃ、もう行くのか? もっとゆっくり……」
「いや。明日にはルクセイドを立つつもりなんでね。そうも言ってられないんだ」
「相変わらず忙しいのう。ま、そこがケントの取り柄でもあるのやもしれぬがな」
くさされているのか褒められているのかよく解らん。
俺は少々苦笑する。
「ま、今日できる事は今日のうちにやっておきたいだけだよ」
「ワシはしばらくトリエンに滞在するつもりじゃ」
「解ってるよ。ゆっくりしていってくれ。トリエンにもドワーフの移住者が増えてるし、ドワーフの名士であるマストールがいれば何かあった時に便利だしな」
「問題をワシに押し付けるつもりか!?」
「ヘパさんの企みに加担した者の言葉とも思えないが」
飲み物を口に運んだマストールが盛大に吹き出してむせ返る。
「そ、それは言わぬ約束じゃぞ!」
いいえ、そんな約束はした覚えがありません。
「仕方あるまい。ドワーフ関連で何かあった時は力になろう」
「ああ、頼んだ」
俺は
「それじゃフロル、工房の管理は任せたよ。マストールもな」
「畏まりました、ご主人様」
「うむ」
俺は
チラリと見ればハリスはまだ寝ている。
朝も相当に早い時間だからね。今から寝ても二時間ほど寝られるか。
俺はベッドに倒れ込んで泥のように眠った。
「……きろ……ケント……」
ん?
ユサユサと俺の身体が揺れる。
「ん?」
「起きろ……時間だ……」
「ああ、ハリスか。時間?」
「ああ……出発は……今日のはず……だ」
あー、そうだった。西の蛮族の地へ向かうんだった。
「ああ、悪い。さっきまで鍛冶部屋に籠もってたんだ」
「出来た……のか?」
「概ね部品はそろった。あとは魔法の付与だな」
「ビックリ箱は……健在か……」
そういうハリスは大して驚いた顔をしてないが。
──バンッ
扉が勢いよく開いて、マリスとトリシア、アナベルがやってくる。
「なんじゃ!? まだ準備が終わっておらんのか!?」
「ああ、今起きたよ」
トリシアとアナベルは見合って肩を
「今日が出発のはずだが?」
「そうなのですよ?」
誰の為に疲れ切ってると思ってんだよ。
「ここ二日、徹夜でお前らの武具を用意してたんだよ!」
「出来たのか?」
「いや、魔法の付与がまだだ」
そういうと、マリスを筆頭に女性陣がガッカリした感じになる。
「ま、蛮族の地とやらに到着するまでに完成させるさ」
「楽しみなのです!」
「どんなのじゃろうか」
「新たなる武器か」
ま、蛮族の地まで行くにはグリフォニアから西へ四日以上かかるからな。
途中、二つほど都市を通るし、それまでには完成するさ。
「で、どんな魔法の付与がいいか希望を聞いておきたい」
「透明化……」
「神の加護を!」
「完全防御じゃ!」
ハリスの透明化はともかく無茶言ってるのが二人いますな。
「私の武器とやらがどんなモノか解らぬからな。何とも言えん」
トリシアのはな。ハンドガンみたいなのだと思ってるとは思うが、彼女にとって得体の知れない武器だからな。
「ハンドガンは短距離用射撃武器だからな。今度のトリシアの武器は長距離用にするつもりだよ」
「そう言われても解らん。コレと同じような付与でいいと思うぞ」
ふむ。それなら難しい話じゃない。すでに魔法回路の設計図は頭の中にあるからな。それを少々改良するだけでいいか。
「よし、みんなの希望は解った。できる限り善処したものにする」
マリスとアナベルの希望は少し妥協してもらう必要がありそうだがな。
防具を装着して剣を腰に下げる。背中には
迎賓館の外ではメンバーたちが既に待っていた。
「今回は色々作業があるから馬車を出そうかね」
俺は幌馬車を出してスレイプニルを繋げる。他のメンバーの騎乗ゴーレムも出してやる。
「アナベルは御者をしてくれ。付与作業とかあるから俺は荷台だ」
「はいなのです」
新しい武具が掛かっているので中々素直ですな。いつもなら歩くとかいい出したりするからね。
俺はシュヴァネンゼー男爵の執務室に顔を出し、出発する旨を伝える。
「左様ですか」
ホッヘンがパンパンと手を叩くとメイド長が現れる。
「全員を門前へ。トリエン辺境伯殿のお見送りを」
「畏まりました」
見送りなど要らないんだが、それもシュヴァンネンゼー男爵の仕事なのだろう。
そうそう、ホッヘン氏が迎賓館の廊下を歩いている時に教えてくれたんだが、ホルトン家とセネトン家がお取り潰しになり、
ちなみに、パウルは勘当されていたのと自ら冒険者になって迷宮探索をしていたため、何のお咎めもなかったそうだ。
それと指導五家の二つの家が無くなったため、新たな統治方法の策定が行われているらしい。ゲーマルクが知恵を絞っている最中らしいので問題はなさそうだ。
俺が馬車に戻る頃には、メイドや執事などの使用人たちがズラリと迎賓館の入り口から門まで左右に並んでいた。
「それでは、トリエン辺境伯殿。またのお出でをお待ちしております」
俺の後ろにいたシュヴァンネンゼー男爵ホッヘンが貴族風に頭を下げて言った。
「ああ、その時はよろしくお願いします」
俺は馬車の荷台に乗り込む。
「それではスレちゃん、出発なのですよー」
アナベルがそういうとスレイプニルが歩き出した。
スレちゃんとか、また変な名前付けてる。まあ、俺もヘパーエストをヘパさんとか呼んでるから人のことは言えないか。
銀の馬列がグリフォニアの街を進む。
例のレリオンからの報告書以降、グリフォニアに俺たちの情報が出回り始めていた。
「見て! あれが迷宮の料理人様の馬車だわ!」
「凄い! 銀の馬だよ。あの狼も銀だな!」
「迷宮でゴーレムを捕獲したんだってよ!」
あー、どうやら俺たちが今日、グリフォニアを発つ事が騎士団から発表されていたようだ。
その俺たちを見物しようと街の人々が繰り出してきていると判断できる状況だな。
国賓待遇で迎えた者が人知れずグリフォニアから離れるなんて事は騎士団にはできない事だったのだろう。
こういうのはどこの国でも必要なイベントなんだろうか。
歓迎されない雰囲気よりかはマシだし、気分も悪くはないが人から注目されるってのは居心地が悪くなるんだよね。ドーンヴァースでチヤホヤされてたのにある時期から一気にドン底に落とされた経験を持つ俺としてはさ。
俺は周囲の喧騒を無視して魔法の付与作業に専念することにした。
王都グリフォニアの西の門にはグリフォンに乗った騎士たちが見送りに来ていた。
さすがにケストレルとゲーマルクはいなかったが、あの村に来た騎士などもやってきていた。その数、およそ二〇騎。
それぞれの騎士は、俺たちの馬列がやってくると剣を縦に構えて敬礼で見送ってくれた。
これだけのグリフォン騎士が並ぶと壮観ですなぁ。
西門に到着する頃、グリフォン騎士の後ろにいた従士がラッパを高らかに吹いた。
武勇を祈るような勇ましいラッパの音が街と空に響き渡った。
グリフォニアか。また来る事もあるかもしれないな。中々悪くない街だったよ。
まあ、俺たちとしてはレリオンの方が性に合う気がするけどね。なんてったって俺たちは冒険者だからな。
俺は通り過ぎた門に振り返り、まだ俺たちを見送っている騎士や街の人々に目をやる。
どこに行っても、こんな歓迎を受けるならいいんだが。
これから向かう蛮族の地や大陸の北側などでは、そうは行かないんだろうなぁ。
取り敢えず、他の国などでは身分を隠して行動することにしよう。これは仲間たちにも徹底させる必要があるな。
仲間たちは西方語をほぼ完全にマスターしたみたいなので、今後は言葉から正体がバレるようなことはないはずだ。もっとも、各国固有の言語などはサッパリ解らないんだけど。
共通語のようなモノがあるのは本当にありがたい仕様だと思う。転生者に優しい世界で良かったよ。
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