第18章 ── 第26話

 ルクセイドを後にする事をケストレル団長たちに話してから三日ほどして、迎賓館において俺たちのために懇親会のようなパーティが開かれた。


 このパーティは騎士団の面々や街の名士は勿論のこと、貴族やルクセイド国王も出席するほど大きなモノになった。


 この国に来て王様や貴族には殆ど会ったことがなかったんだけど、数百人ほどが来てたよ。


「我が国は楽しめましたかな?」

「ええ、迷宮やグリフォンなどを見れて面白かったですよ」


 今、俺と話しているのがルクセイド領王国の国王、ハインリヒ・リッテンハイム国王陛下だ。

 リッテンハイム陛下は非常に温厚な物腰で、一般的には権力の象徴を示す称号を持っている人物のようには見えない。まあ、この国では権力は全く持ってないんだけど。騎士団が国の権力そのものだからね。


 国王が公の場に顔を出すことはあまりなく、外交使節などが来訪した場合に対外的な窓口になるくらいだそうで、何のアポイントもなく来国している俺のような者と会うことはないらしい。


 貴族たちも似たような立場だ。貴族たちに領地の所有は認められておらず、騎士団の承認がある貴族が領地管理や運営を任されているという事例は非常に少ない。カルネ伯爵は例外的な存在だったようだ。

 王族や貴族の生活費は騎士団が管理する国庫から捻出されているため、私財を蓄える事もできない。生活には困らないし、そこそこ贅沢な暮らしを国の保証でさせてもらっている身分だから不平も出ないみたいだ。


 飼い殺しって状況なんだけどなぁ。不満がないってのはアレだね。覇気がない感じ。


「辺境伯殿は冒険者をしておいでだとお伺いしておりますが」


 国王と共に歓談に来ている貴族、エルンスト・コッヘル侯爵なる人物は王都の貴族地区の屋敷で図書館の管理を任されている人物だ。


「ええ、東方の冒険者ギルドに所属しています」

「冒険者と言えば、世界を旅しておいでなのでしょう? 大変羨ましいことです」

「あぁ、旅は面白いですからね。自分の知らない土地を歩いていると面白い発見も多いですから」

「私も一度外の世界を見てみたいものです」


 ルクセイドの貴族にはあまり自由がないようで、好きに旅行も行けないようだ。


「でも旅には危険もあります。この国に来る時に越えた山にはバジリスクが出ましたよ」

「おお、バジリスクですか……生物を岩に変える視線を使うと文献にありましたな」

「ええ、危うく石にされる所でしたよ」


 俺は石になりかけた方の腕をめくって見せる。


「幸い、ウチのチームには神官プリーストがおりましたので、魔法で治療しました」

「恐ろしいことですな。我々は騎士団に守護されていて良かった。のう、コッヘル侯爵?」

「まったくです、陛下。世界に危険がなくなれば私たちも恐怖に襲われずに旅を出来るのでしょうに」


 確かにそうだが、人間が安全を確保できている場所より、無秩序な地域が多いティエルローゼでは難しいだろうね。


「俺は自由に旅をすることを許されていますが、冒険者の成り上がり貴族だからってのもあります。この世界において旅とは死と隣り合わせです。それは死ぬ自由でもある。どこの国でも普通の貴族には許されないでしょうね」


 ま、現実世界の地球だって似たようなモノだけど。アマゾンの奥地やサハラ砂漠のような極地だと安全に旅なんかできないもんね。

 それでも地球は人間が確保している地域は世界を覆っていて、世界を安全に旅する事は可能だ。


 ティエルローゼではそうはいかない。人間が制御不能な凶暴なモンスターが実在するからね。


「時に辺境伯殿は世界樹の北側の国に行かれたりもする予定ですかな?」


 コッヘル侯爵が心配そうな顔で聞いてきた。


「えーと、まだ解りませんが、行く可能性は高いですね」

「そうですか……ふむむ」

「何か?」

「実はですな……」


 コッヘル侯爵は管理する図書館の書物で知ったという話をしてくれた。


 それは数百年も前の出来事を記した古い書物の内容だそうだ。


 食糧事情が乏しく群雄割拠状態だった西方諸国が、救世主の出現によりようやく安定した平和がやってきたという。そんなおり、大陸の東方から強大な軍隊が現れて大陸西方諸国を蹂躙した。

 少ない食料を奪い合って戦っていた西方諸国は、ようやく食糧事情が改善しはじめたばかりで戦の疲弊から回復してはいなかった。東方の軍団に抗う術はなかったらしい。


 西方各地を救世主が回って食料を増産していたが、これら国々は又もや戦乱に巻き込まれ少なからず国が消滅していった。救世主が尽力した国々の畑や田は破壊し尽されてしまった。


 救世主が妻を娶り腰を落ち着けたある村での出来事だ。

 救世主は他国に出ていて村にはいなかった時の事だという。

 東方の大軍勢が救世主の村にやってきて村人や住居、農地にいたるまで焼き尽くした。

 この時、救世主が見初めた妻と子供も東方軍によって惨殺されてしまう。もちろん、村人たちは救世主の妻と子供を隠し匿ったのだが無駄だったらしい。


 その事件の一週間後に村に帰ってきた救世主は、焼け野原になった村を目撃した。

 茫然自失の救世主に生き残った少数の村人が告げた。救世主の妻と子供を守れなくて申し訳なかったと。


 救世主は地面が揺れるほどの大声で泣き叫んだという。その怒号にも似た慟哭は三日三晩続いた。

 村人は救世主の慟哭が消えたのに気づき救世主を探したが、どこにも姿は無かった。


 それ以来、西方諸国で救世主の姿を見ることはなかったが、大陸の東に魔神と名乗る怪物が出現したという噂が聞こえてくるようになった。

 魔神は大陸東方の都市や村を焼き払い人々を苦しめていると伝わってきたらしい。


 大陸西方の人々は魔神の噂を聞くにつけ「当然の報いだ。きっと救世主様が天罰を与えるために魔神になったのだ」と囁きあったという。

 


 うーむ……これか? シンノスケが魔神になった経緯いきさつは……なんというダーク展開か。

 真実かどうかは判らないが、概ね真実なのかもしれないな。アースラたちも口をつぐんでいたくらいだし。

 なんとも胸糞悪い話だよ。もし俺が今のトリエンを同じようにされたら、俺も魔神になりかねない所業だな。


 どうして東側の軍勢はそんな事をしたのだろう? その辺りの歴史は東側には伝わっていないんだよなぁ。ミンスター公爵も言ってたように四〇〇年くらい前からの歴史しか伝わってない。


 多分だが、シンノスケは西方に攻めてきた軍勢を滅ぼしたんだろう。もちろんその軍勢が所属する国も含めて。

 今、東方にある諸国は、そういった国の生き残りが興した国々なんだろうなぁ。その所為で歴史が分断した感じになっているんだな。


「お気をつけ下さい、辺境伯殿。もし北の諸国を訪れる際には、自分の出自は明かさないように。未だに救世主を奪った東方に恨みを持つ者もおると聞きますので」

「あ、はい。心得ました。貴重な話を聞かせて頂きありがとうございます」



 俺はちょっと気分が沈んでしまったので、料理や酒で紛らわせることにする。


 料理を酒で胃袋に流し込んでいる時、ふと見たらマリスが騎士や従士たちに取り囲まれていた。やはりグリフォンが人気というよりマリスが人気でしたな。


 トリシアは例の如く女性に大人気です。男装の麗人ですからな。一度、ちゃんとしたドレスにしたらどうかと提案したら、性分に合わないと全否定されたので自業自得だ。


 アナベルはグリフォニアにある宗教関係者の大勢と何やら話している。


「ですから、マリオン様はケントさんへ私を遣わされたのです」

「おお、神々は世に蔓延はびこる邪悪から我々を守ってくださっているのですな」

「当然なのです。神々の慈愛は世界を包み隠さず覆っておるのですから。そしてケントさんは全ての生きとし生けるものをその慈愛で守ってくれるのですよ」


 何やら迷える子羊をいざなう聖女の如き状態ですな。というか、その話の行き着く先に妙な不安を感じるのですが。マリオン教徒というか、ケント教の教えみたくなってる気がしてならない。崇め奉られるのはゴメンだぞ?


 俺はアナベルの周囲に漂う異様な感じを努めて無視することに。巻き込まれたら五体投地されかねない。触らぬ神に祟りなし。


 ハリスを探す。


 ハリスは見事に気配を消して透明人間のようにパーティ参加者の間を歩き、お目当ての料理が並んでいるテーブルに近づいた。誰もハリスを気に留めないので、料理を取り分けている給仕にすら気づかれず途方に暮れていた。


 気配を断つのをやめればいいのに。


 俺がそう思っていると、ハリスは分身を出して分身に給仕をさせはじめる。分身君にも食べさせてやれと思ったのは秘密だ。



 そうこうしていると、ケストレル騎士団長とゲーマルク副騎士団長が連れ立ってやってきた。


「辺境伯殿、楽しんでおられるか?」

「ええ、なんとか。あんまり堅苦しいのは好きじゃないですが、最近は慣れましたね」


 ケストレル団長の言葉に苦笑で応える。


「そうか。私もこういう公の場に出るのは苦手だったがな。人の上に立つ事になってからは、生きていく上で非常に重要な事と思えるようになった。辺境伯殿も慣れておくといい」

「そうですね。貴族になってから、こういう場に立つ必要がでてきたので慣れるようにしないとですね」


 こういう宴会のようなもので一番苦労するのは、目上の者に対して失礼を働かないようにすることだね。

 そんな苦労をしないようにするには、自分が目上の立場に立つしかないんだが、そっちの方が苦労しそうだ。それなら失礼を犯さないように努力する方が楽ちんだな。


「そういえば……国防についてなんですけど。西の方で色々大変って言ってましたよね?」

「その辺りは既に対処済みだが、冒険者ギルドが上手く働き始めれば問題は解決するだろう」


 実務面の話なのでゲーマルクが応える。


「どうですかね? 侵入してくるのが獣人と言ってましたし、獣人の傭兵団を雇ってみては?」

「獣人の傭兵団?」


 ゲーマルクが何を突拍子もない事を言いだすんだという顔をする。


「東の隣国であるウェスデルフ王国なんですが」

「ああ、獣人の国だと聞いている」

「そこはオーファンラントの属国ですが国軍が二〇万もいるような軍事大国です」

「「二〇万!?」」


 ケストレルとゲーマルクが口を揃えて大声を上げた。その大声に、周囲の客たちが一瞬静まり返ってしまった。

 周囲を見回したケストレルが咳払いをして「失礼」と周囲に謝ると、やがて賑やかさが戻ってくる。


「アーサー、そんな国とトンネルで繋がって大丈夫だろうか?」

「俺も少々心配ですよ……」


 猜疑心の虫がまた騒ぎ出してしまったかな?


「いや、大丈夫です。俺が他国への侵攻を禁止しましたから」


 俺の言葉に二人の目線がこちらに向く。


「本当に大丈夫だろうか?」

「そこの所、どうなんだ、辺境伯殿?」

「ウェスデルフの王はミノタウロスなんですが、俺が打ち倒した事で忠誠を誓っているんで問題ありませんよ」


 ミノタウロスと言った瞬間、二人の顔が蒼白になった。


「ミノタウロスを……打ち倒した……?」

「信じられん……」

「まあ、事実なので信じてもらうしかないんですが……」


 確かに人間種とは基礎能力が違うからなぁ。ドーンヴァースでは中級モンスター扱いの種族だし。


「で、あそこは人口問題を抱えてまして、俺の提案で獣人たちを傭兵団として組織して他国へ派遣する仕組みを作らせたんですよ」

「獣人が組織を?」

「アーサー、獣人にそんな知能があったか?」

「いや、聞いたことないです」


 んー? 大陸西方の獣人は知能に問題があるのか? ウェスデルフで会った土竜もぐら人族の知性度は普通だった気がするが。


「彼らはかなり訓練されていますし、獣人の気質だと思いますが雇い主に従順です。扱いやすい即戦力としては優秀かと」

「ふむ……トンネルが繋がった時に視察してみねばならないかもしれんな」


 ケストレルは疑念の払拭をしたいようだ。


「ならば紹介状を書いておきますよ。後でお渡ししますね」

「よろしく頼む」

「お安い御用です」


 よし、ウェスデルフの傭兵団の売り込みも済んだな。後はルクセイドとウェスデルフの問題だ。雇うもよし、断るもよしだ。

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