第18章 ── 第25話

「失礼します!」


 突然、ケストレルの執務室に伝令の従士が入ってくる。

 騎士と従士では服の色が違うから良く判る。騎士は赤で、従士は青だ。


「何事だ!? 今、重要な会議中だぞ!?」

「も、申し訳ありません! レリオンに派遣されておりましたグリフォン騎士様より報告書が送られてきました!」

「おお、ホルトン家の件だな?」


 お、ホルトン家の悪事がやっと白日の元に晒されるときが?


 ケストレルは従士から書類を受け取ると目を通す。


「何? ゴーレムだと!?」


 ん?


「迷宮でゴーレムが捕縛され、支配に成功したらしい! 信じられん!」

「おいおい。そんな事ってあるのかよ。あれか? アルハランとかいうヤツらがやったのか?」

「いや、ガーディアン・オブ・オーダーという新進の冒険者たちらしい……ん? ケント・クサナギ? 何? え?」


 ケストレルが書類から俺の顔を見たが、すぐにまた書類に目を戻している。


「何だ、団長。どうしたんだ?」


 ゲーマルクがいぶかしげな顔をしている。


「あ、いや。ところでトリエン辺境伯殿……貴殿のチームの名前なんだが……」

「あー、俺のチームがガーディアン・オブ・オーダーですね、はい」


 俺は苦笑いで応える。


 なんだ、まだそういう情報伝わってなかったんだ。グリフォンを使ってる割りに情報が遅いんだね。


「何だってんだ?」

「読んでみろ」


 事情が解らずイラつき始めたゲーマルクにケストレルが書類を渡した。


「なになに? 迷宮でレベル四五のアイアン・ゴーレムが捕獲され、街に寄進された? 事を成し遂げた冒険者チームはガーディアン・オブ・オーダー? チーム・リーダーはケント・クサナギ氏で……」


 そこまで読んで、ゲーマルクの顔が凄い速さで俺に向いた。


「お、おい。これって……」

「えーと、俺たちの事ですかね」


 俺はより一層苦笑いの色が濃くなってしまう。


 既に団長も副団長も把握しているものだと思っていたんだよね。どうりでレリオンあたりでの話をしてこないと思ったよ。


「スゲェな……こんなの聞いたことがない……」


 ケストレルは再び書類に目を通す。


「ケント・クサナギ氏は伝説の料理人としても名を馳せており、銀の騎馬隊によって守られている……銀の騎馬隊?」

「あー、俺たちの乗ってるのがミスリル製の騎乗ゴーレムなので、そう呼んでる衛士がいるって事かと……」


 ますますゲーマルクは混乱したような顔になる。


「辺境伯殿……迷宮でゴーレムを捕まえたのか?」

「はぁ。お二人ともご存知なのかと思っていたんですが」

「いや、俺は知らなかった。ヴォーリアの手紙にも一言も書いてなかった!」

「私も聞いていなかったな」


 ふむ、そうなのか。


「えーとですね……」


 俺はレリオンの迷宮での出来事を手短かに二人に聞せる。

 パウルを助けた事でホルトン家に目を付けられた事、断った為か街で買い物が出来なくなったりしたこと、迷宮内でホルトン家に紐付いた冒険者に襲われた事、ゴーレムを捕獲した事、地上に戻ってから街に売却した事などだ。


 俺はホルトン家には恨み骨髄なのでキッチリ説明させて頂くよ。ゴーレムとは余り関係ない話しだけどね。


「ホルトン家め、騎士団が決めた仕組みを壊そうとしていたのかよ」


 ゲーマルクが機嫌の悪そうな声になる。


「そのようで。それを断った所為で逆恨みされたみたいです」

「それがホルトン家の別宅での騒ぎに繋がったのだな。確かにこの報告書の後ろの方にホルトンの罪状が書かれておる。ホルトンの罪は明白のようだな、アーサー」

「ああ、そのようで。辺境伯殿のお仲間を攫うような輩ですからね」

「アーサー、どう処理する?」


 ケストレルの問いにゲーマルクが思案顔になる。


「ホルトン家とセネトン家の地位は剥奪。他の商家と替えましょう。その後、この二家の者たちを捕縛し断罪するとしましょう。ジョイス家については……」

「ジョイス家は途中で彼らにくみしない方針にしたようですよ? 既に当主のレオナルド氏からも謝罪を受けました」


 俺は慌てて口を挟んだ。ブルック・ジョイスは俺がゴーレムを連れ帰った時の会合で考えを改めたっぽいし、レオナルドに仕出かした事を包み隠さず報告していた。


「ふむ。被害者である辺境伯殿が許すと言うなら情状酌量の余地ありです。少々の罰金程度で済ませましょう」


 俺はちょっとだけホッとする。作る予定の空飛ぶ車の納品先が無くなるのは困る。金貨五〇万枚の大商いになる予定なんだからね。


「ホルトン関連の話は、これで終わりにしよう。私としてはゴーレムの捕獲方法について聞いてみたいのだが」


 ほぼ問題が解決されたため、ケストレルは既にホルトンに興味を失ったようだ。


「えーと、魔法を使ったんです」

「魔法とな?」


 ケストレルは興味津々のようだ。


「ゴーレムへ命令を与える魔法ですね」

「そんな魔法は聞いたことがないが」


 すかさずゲーマルクがツッコミを入れてくる。


 そりゃそうだろ。ゴーレムを作り出す技術がロスト・テクノロジー化してるこの世界で、それに命令を与える魔法が残ってるはずないからな。

 まあ、それがこの世界の常識だし、俺の話の内容に引っかかるんだろうけどさ。


「我が領地では多数のゴーレムを使役していますので」

「そうか! 辺境伯殿の領地にもレリオンのような迷宮があるんだな!?」


 違いますが……副団長は何か盛大に勘違いをしているようだな。


「いえ、迷宮やらダンジョンやらはありませんよ。ゴーレムは我が領地で作ってるんで」

「は?」


 ゲーマルクがイケメンに似合わない間抜けな表情になる。


「辺境伯殿の領地にはゴーレムを製造する技術がお有りなのか!?」


 ケストレルも驚きの声を上げた。


「ええ、ゴーレムというか魔法道具全般を作ってますね」

「な、何という事だ……」


 ゲーマルクは顔面蒼白となっている。


「では、五年で消えてしまうなどという事は無いわけですな!?」

「ありませんよ。それはあの迷宮だけの規則ですね。俺もその規則を聞いてビックリしましたけど」


 ケストレルが目をキラキラさせている。


「アーサー、オーファンラント王国との同盟は是非とも進めねばならぬぞ」

「言われなくてもですよ。魔法道具を作り出せるような国と友好関係を結べれば怖いものなしですからね」


 ドーンヴァースでもそうだったが、基本的に魔法道具はダンジョンの宝箱や敵からのドロップ、運営が開催するイベントの賞品などで手に入れるしかない。店売りのアイテムは、魔法が掛かっていることはないんだ。

 それは現在のティエルローゼでも一緒で、太古の時代にあった魔法道具作成技術は既に失われたテクノロジーなのだ。


 そのロスト・テクノロジーを復活させたのがシャーリー・エイジェルステッドだったわけだよ。彼女自身は魔法道具作成技術をソフィア・バーネットから受け継いだらしいけどね。

 そのソフィアは、シャーリー以外に技術を伝授していないようだしな。今、ティエルローゼで魔法道具を作り出せるのは俺の工房だけだろう。

 帝国でもローゼン閣下によって研究は進められていたようだが、結果に結びついてなかったようだし。


「まあ、その辺りは我が国の宰相閣下も乗り気なようなので」

「辺境伯殿の国に一度行ってみたいものだ」

「あ、団長ずるいです。その時は俺も連れて行ってくださいよ」


 コラ。団長と副団長が治めてる国を離れたら問題あるだろ。


「条約が締結してから……ですよね? じゃないとルクセイドのまつりごとが回らなくなりますよ」

「まあ、そうなのだが……アーサー、何か手を考えろ」

「後進の育成を考えないとダメですね。俺たちがいなくても国が回る仕組みを作らないと」


 それが出来たら楽なんだろうけどねぇ。作り出すのは大変だろうな。

 ウチの国王もココに似て宰相が差配してる所が大きいけど、副団長みたいなことは言わないからな。トップと次席がそろって国から出るなんて事はないもん。


「ところで、ウチのマリスが駐屯地にお邪魔していると思うんですが」

「おお、あの美少女だな? 彼女は凄いな! はぐれを自由自在に操って見せおる。あれ程の腕となると我がグリフォン騎士団に迎え入れたいものだが」


 それ、あの村で一度断られてるじゃんね。


「はぁ」

「団長、辺境伯殿に随行している者を勧誘するのは問題ですよ」

「それはそうだな。失敬した」

「あのグリフォンをマリスが使役している事はルクセイドで問題になりませんか?」


 俺がそういうとゲーマルクは頷く。


「本来なら重罪」


 そしてニヤリと笑った。


「だが、あのはぐれが懐いてしまった以上、グリフォンの意思は尊重しなければならない。それに彼女は他国人だ。我が国の法律で縛るわけにもいかないしな」


 なるほど。他国の貴族の関係者だし治外法権という事なのかもね。


「では、国外に連れ出しても問題はないと」

「グリフォンが付いてく意思を持つならやむを得まい」


 ケストレルも少々残念そうな口ぶりだ。


 ネームド・モンスターだし、あれほど立派なグリフォンだからねぇ。本当なら騎士団が欲しいはずだもんな。


「大体、ルクセイドでやりたい事もやっちゃいましたので、もう少ししたら他の国にも行ってみたいと思ってるんですよね」


 俺がそう言うとケストレルが少し慌てる。


「れ、例の温かくなるヤツはどうなりますかな?」

「あ、アレはもうジョイス商会に納めましたよ?」

「は? 二日前に発注したばかりだが?」

「ええ、もう納品しました。カイロを五〇〇個と圧縮炭を」


 ケストレルが驚く。


「なんという早業……さすがですな」

「まあ、それが取り柄ですので」


 その後、二人からルクセイドに隣接する国などの情報を仕入れてから騎士団本部を後にした。


 空を見るとイーグル・ウィンドの巨体が、他の騎士たちと空を舞っている姿が見えた。マリスが騎士たちと模擬戦をやっているようだ。

 守護騎士ガーディアン・ナイトなのに騎兵キャバリエみたくなってきたなぁ。


 中天に登った陽の光を遮りながら舞うグリフォンたちの姿は力強く、そして美しかった。

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