第18章 ── 第24話

 一時間後、ケストレルの帆船は完成した。プラモ作りで鍛えたウェザリング技法を用いた塗装でかなりリアルにできた。


「ううむ。何という技術……」

「え?」


 ケストレルは帆船模型をあらゆる角度から眺めている。


「さすが……あの暖房器具を作り出したトリエン脅威の技術力……」


 どこの玩具会社のCMかっ!


「それでアーサー。何でお前も一緒に来たんだ? また難しい話か?」


 ケストレルがゲーマルクを胡散臭そうな顔で見た。

 さっきからゲーマルクはホトホト呆れたといった顔でソファに座っている。


「いや……まあ、今日はトリエン辺境伯殿が団長に提案があるようでしてね」

「それはついでの話ですよ。本題はオーファンラントとの条約についてですよ」

「通商条約かね? 話が進むのは何ヶ月も後かと思っていたが」


 ケストレルが顎髭を撫でながら壁に張ってあるカレンダーを見ている。


 前、この執務室に来た時にカレンダーを見てその存在に驚いたんだよ。口には出さなかったけどね。この世界にもカレンダーってあるんだなと。

 能力石ステータス・ストーンの機能にあるので驚くことでもないんだが、紙媒体のは東側では出回ってないからね。


「オーファンラントのフンボルト宰相閣下と連絡を取りました。国王陛下の裁可はまだですが、前向きに進めるように仰せつかっています」

「ふむ。では正式な特使を派遣せねばならぬな。アーサー、手配してくれ」

「ええ、既に人選は終わってますよ」


 さすが副騎士団長。ソツがないね。


「それでですね。東側との国交を開くにあたり、我がオーファンラント王国の属国であるウェスデルフ王国と街道を繋げたいと考えているのですが」

「例の獣人の国だな。山脈はどうする?」

「すでにウェスデルフに命じて山脈にトンネルを掘ってレリオン周辺まで繋げる計画を立案中です」

「「おおっ!」」


 ケストレルとゲーマルクが同時に感嘆の声を上げた。


「素晴らしい。トリエン辺境伯殿は仕事が早い!」

「俺と辺境伯殿がいれば条約は簡単に結べそうだな」


 ゲーマルクの中での団長の位置づけが窺える一言が出たよ。


「で、辺境伯殿。トンネルの掘削費用についてだが……」

「既に金貨一〇万枚を与え、トンネルの掘削計画を指示してあります」

「一〇万枚! そんな大金をポンと出せる財力がお前さんにはあるんだな」

「まあ、迷宮で大分稼がせて頂きましたからね。トンネル費用はこちらもちで良いですよ」


 俺がそういうとゲーマルクがホッとした顔になる。


「いや、助かる。ここの所、出費が多くてな。節約しておきたいと思っていたんだ」

「何だ、アーサー。我が国の財政は危機的状況なのか?」

「財政難ってほどじゃないですが、西の防衛費が膨らんでましてね」

「ああ、頭の痛いことだな」


 最近、ルクセイド領王国は西の蛮族の地からの侵入に悩まされているらしく、結構な出費をせざるをえない状況なのだとか。


「西ですか。一体どんな所なんです?」

「色々な部族が覇権を争っている地域だ」


 ゲーマルク副騎士団長が説明をしてくれた。


 まず、その地域には国と呼べるほどの組織は存在しない。ただ、村的な規模の大きさの種族や部族が何十も存在し、テリトリーの奪い合いをしているという。

 その中でも比較的勢力が大きいのは蜥蜴人リザードマン族、猿人エイプマン族、鳥人バードマン族、甲虫人ビートルマン族の四種族。


 見事なまでに獣人族しかいねぇ!


 にしてもルクセイドって西と東で獣人に挟まれた国柄だったんだな。確かに獣人は普通の人間よりも身体能力に優れているからな。


「その辺りは普通の人族は住んでないんです?」

「住んでるんじゃないか? 詳しくは解っていない地域だからな」


 情報が随分と適当だな。敵対勢力なんだろ? やはり諜報活動がこの世界には浸透していないって事か。


「獣人族からの被害が多いなら、ウェスデルフと道を繋げると抵抗を感じる人がいますかね?」

「いや、それは問題ない。我が国の騎士団ほど強い獣人などおらぬからな。別段、脅威に感じているわけではない」

「どっちかというと、獣人に与えられた被害を国民に補填してやる費用がかさんでいてな」


 ああ、そういう事か。いかに獣人が肉体的に優れていても烏合の衆では脅威にはならないわけか。


「ふむ……それなら俺が提案しようとしている話が解決策の一つになるかもしれませんね」

「冒険者が?」


 ゲーマルクが不審げに顔を上げた。


「冒険者? アーサー、何の話だ?」

「では、説明させて頂きます」


 俺は今、迷宮都市レリオンで進められている冒険者ギルド発足について話す。それに伴い、東方諸国で採用されている冒険者ギルドの実績や仕組みなども冒険者カードなども見せたりして詳しく説明する。


「というように、民間防衛力として冒険者を組織したものが冒険者ギルドとなります」


 説明している最中、ケストレルとゲーマルクは難しい顔をしていたが、ずっと黙って聞いてくれていた。


「何か質問はありますか?」

「私としては……民間による防衛力というのが引っかかるのだが」


 ケストレルは支配者層でないものが軍事力を組織するというのが気にかかるらしい。


「ましてや冒険者を組織するとなると……暴徒と化す心配がある」

「ああ、このあたりの冒険者には規律というものがありませんからね。便宜上、冒険者と呼んでいるだけで、ただの流れ者ですし。俺の言う冒険者はしっかりとした規則で縛られたもので、ちゃんとした資格持ちということですよ」

「それは解る。だが、もしその冒険者が徒党を組んで国に反発した場合は……」

「ギルド憲章に政に関わってはならないというモノがありましてね。ギルド憲章に抵触した場合、資格の剥奪、捕縛、官憲への引き渡しがギルドによって行われます。暴徒になったなら遠慮なく殲滅して結構です」


 ギルド憲章が掲載された冊子をインベントリ・バッグから取り出してケストレルに渡す。

 ケストレルは冊子を開いて中を見るが、東方語で書かれているため読めない。


「読めぬ」

「ですよね」


 俺は苦笑して冊子の中を朗読して聞かせてやる。一〇分ほど掛けて読んでいると、ゲーマルクが声を上げた。


「ちょっと待て! 随分と詳しい規則が書かれているようだが、これが全部ギルド憲章なのか!?」

「そうですよ。まだ半分も読んでませんけど」


 ゲーマルクが何か考えている。


「我が国の法律よりも系統立てて決められているようだ。続けてくれ」


 ルクセイドの法律ってそんなにアバウトなの? よく言っても大らかって感じ?


 俺は続けてギルド憲章を読み上げる。


 途中、ゲーマルクの質問なども挟んでだが、おおよそ一時間ほどで憲章の朗読は終了する。


「中々興味深い内容だった」


 ゲーマルクがかなり真剣な顔で言う。


「そうか? 何が何やら私にはサッパリだったが」


 ケストレルは微妙に理解できてないみたい。


「団長、このギルド憲章とやらを簡単にまとめると……冒険者は市民をあらゆる脅威から守る義務を負うというものですよ」

「ふむ。それが何だというのだ?」

「だから! 力のない者を冒険者は保護しなければならないんですよ!」

「それは当然だろう? 武力を持つものの義務ではないか」


 解ってねぇなとゲーマルクは呆れた顔になる。


「冒険者が騒ぎを起こす事がなくなるんですよ。騒ぎを起こすのはただの犯罪者で冒険者ではないということです。そういう犯罪者は冒険者に狩られるわけですな」

「ん? だから何だというのだ?」

「いいですか、資格を持つ冒険者は治安維持機能を持つ事になるんですよ。それは都市だけでなく、荒野であれ草原であれ森であれ、どこでもです」


 ゲーマルクは実務者として冒険者の役割を理解したようだ。


「団長、我々騎士団や衛士団は都市や村などでしか機能しません。おわかりですか? 要請がなければ出動しない。もし、本当に国民が困っている時、助けを呼べないような時……我々は無力だ」


 ゲーマルクの頭がガクリと落ちた。


「だが、それは仕方あるまい?」

「そういう状況を冒険者が解決する場合が増えるとすれば……無辜むこの民を助ける事が可能になる」

「助かる国民が増えるのか?」

「冒険者の人数次第ですが……確実に増えるでしょう。先程、トリエン辺境伯殿が話したように、クエストの発注という形で当事者に費用を負担させる形式は、我が国の負担を極端に抑える効果もあるでしょうし」


 ゲーマルクは一息ついてから続ける。


「冒険者はクエストだけでなく、何らかの困っている民に遭遇した場合には救援を義務とするとありました。我が国の治安は一気に良くなる可能性がありますね」

「本当か?」


 まあ、そういう事だねぇ。ゲーマルクの説明は色々とあちこち説明が飛んで解りにくいが、民間防衛における冒険者の立ち位置はそういう感じだ。


 通常はクエストの消化を行っているが、緊急時には民間人保護を最優先で行うのだ。こういう場合の報酬はギルドが蓄えておく金から賄われている。


「我が国には迷宮都市レリオンがあり、近隣諸国から噂を聞いた冒険者共が集まってくる傾向がある。これを利用すれば冒険者の確保はあまり難しくない」

「して、その冒険者ギルドは国とは関わらないと言っていたではないか」

「ええ、そうです。トリエン辺境伯殿によれば政には関わらない。ですな?」


 ゲーマルクが確認するように顔を向けてくる。


「ええ。基本的に関わりませんよ。戦争などが起きて兵士が民間人を虐殺しているなんて状況を見ない限りは」

「ふむ……そのような行いは騎士道にもとる行為だ。我が騎士団にそのような事をする輩はおらぬな。となると、冒険者ギルドが我が国に驚異になることはないか」


 ようやくケストレルの猜疑心が和らいできたかな?


「まあ、そうなりますね。俺は貴族なんてもんになっちゃったから政に関わる事もありますが、それは貴族としての立場であって冒険者としてではありません」

「で、団長。このギルドを発足させるのに伴い、冒険者と名乗ることを禁止する必要があります」

「禁止? 何故だ?」

「ギルド所属の冒険者と区別するためですよ。だから所属していないものはただの流れ者。流れ者が問題を起こせばただの犯罪者として処罰するのはいつも通り」

「所属の冒険者が問題を起こした場合は?」

「ギルドが対処するでしょう。そうだな、辺境伯殿?」

「ええ、資格の剥奪、捕縛などで対処します。資格を剥奪したものは、冒険者ではなくなりますので衛士団に引き渡されるでしょう」


 俺はさらに続ける。


「騎士団員に名誉や誇りがあるように、ギルド所属の冒険者にもあります。冒険者である以上、その名に恥じぬ行いを心がけています」

「騎士団と同じようにか……」


 ケストレルが遠い目をする。


「よし! 冒険者ギルドの発足、我が国が後援する!」

「了解した。団長、俺は法律を考えよう」

「そこはアーサーに任せる。私のやることは?」

「貴族や有力者への根回し……ですかね?」


 どうやら話はまとまったようだね。


「辺境伯殿、ルクセイドにおける冒険者ギルド発足は許可する。後で許可証を発行しよう」


 ケストレルが腕を組んで言った。


「ありがとうございます。レリオンに来ている冒険者ギルドの者に渡しておきます」

「そうか。既に貴国の冒険者ギルドの者が来ていたのだったな。ならばそちらに届けるように使いを出すか」

「手配しておきますよ」


 ようやくギルド発足がルクセイド領王国で認められたね。これでギルドに対する俺の支援は完了かな?


 そうだ。西の国境での問題が頻発しているならウェスデルフの傭兵団を紹介するのもいいかもしれないな。相手が獣人なら獣人をぶつければいいじゃない? 費用は掛かるが、民間人へ被害の補填をする費用を充てれば、安く済むかもしれないし。傭兵団の料金体系は把握してないけどさ。

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