第18章 ── 第22話

 商館内のレオナルドの執務室は三階にあり、かなりの広さがある。


 仕事机や書類棚などが並んでいるが絵画や彫刻といったものもズラリと並んでいる。

 俺は芸術は解らないから何とも言えないが、結構な価値のあるものなのかも。


「これはこれは、トリエン辺境伯様。ようこそお出で下さいました」

「例の納品に伺ったんですよ」

「おお……既にご用意いただけましたか。お言葉に偽り無しとは、さすがでございます。で、品物は……」


 俺はインベントリ・バッグをポンと叩く。


「この中にあります」

「なるほど、無限鞄ホールディング・バッグですか。では倉庫にご案内申し上げます」


 商館の隣にある倉庫には、様々な日用品が所狭しと積み上げられている。


 棚は綺麗に整頓されてるし、商品種別ごとに分けられているな。これは棚卸しの時に困らなくて済みそう。この世界の商店とかで棚卸しとかの業務があるのか知らないけど。


「このあたりにお出し下さると助かります」

「はいはい」


 棚の一画の空いている所をレオナルドが指し示すので、そこにカイロと圧縮炭ボードを置いていく。


「これが例の品ですか。なるほど、全く見たことのない物ですね。こちらの黒い板は何でしょうか?」

「それが燃料になるものです。こちらが取扱説明書になります。使用の際の注意事項なども書いてありますので、使用者に必ず写しなどを渡して熟読させるようにしてください」

「危険な物なんでしょうか?」

「火を使いますし、火傷などの危険はありますよ。そうならないための取り扱い方法を書いてあります」

「なるほど……」


 受け取ったレオナルドが取扱説明書に軽く目を通している。


「ふむふむ……このボードの一欠片かけらに火を点けて中にいれるのですね」


 レオナルドはカイロに夢中になりはじめている。


 やはり新商品に興味津々って所ですかね。商人としては正しい姿勢ではあると思うけど。


「どうです?」


 俺は棚にカイロと圧縮炭を入れる作業を再開する。カイロはそれほど大きくないから嵩張かさばらないが、圧縮炭ボードは結構な分量があるので棚に全部入りきるか判らない。平たく作ってあるからなんとか収まりそうだけどね。


「素晴らしい……これほど素晴らしい物だとは。私はもっと大きいものなのかと思っておりました。手のひらに乗るほど小さいとは」


 暖を取る物だからなぁ。ストーブとか暖炉とか焚き火とか、そういう物しかない世界だと大型だと思うよね。


「よっと。これで全部です」


 カイロとボードを全て棚に納め、カイロをいじくり回すのに夢中のレオナルドに向き直った。


「あ、仕事を全て一人にさせてしまいまして……申し訳ありません!」


 相手が他国の貴族だったことを思い出したレオナルドがカイロの一つを懐に入れながら平謝りしてくる。


「まあ、構いませんけど。これで納品は完了ですね」

「はい。納品完了書に署名いただけば全て終了です。執務室の方に代金も用意しております」


 執務室に戻り書類にサインをして代金を受け取った。


 グリフォン騎士団は奮発したようだなぁ……金貨で五〇〇枚もあったよ。たかがカイロにこんなに出るとはな。

 ちなみに原材料費は金貨一〇枚程度なんだよ。まさしくボロ儲けです。加工に魔法とか生産ライン使ったから、そっちの費用ってことでいいよね。


 迎賓館に戻り一息つく。


「ふう。あちこちいって疲れたわ~」


 別にSPは減ってないんだが、精神的ってやつ?


 夕方まで一眠りしてから夕食のために迎賓館の食堂へと向かう。


「お、ケント来たかや? 仕事は終わりか?」

「ああ、終わったよ。マリスの方はどうだ?」

「イーグル・ウィンドは騎士どもに大人気じゃぞ?」


 そりゃ大人気だろ。俺たちが見た騎乗グリフォンより一回りもデカイし、戦闘力も一〇レベル分くらい強いしなぁ。それがマリスに従順に従っていたら……「萌え」要素なんじゃ?


 全身鎧の美少女が巨大なグリフォンに跨って笑顔で剣を振り回すアニメっぽいイメージが浮かんだが、脳裏から締め出しておく。


「よく……寝ていたな……」


 ハリスに見られてたか。


「ああ、ちょっと気疲れしたかもね。ハリスたちはどうだ? 西方語の方は」

「ああ、私はもう殆ど覚えたぞ」


 トリシアは得意げに言う。そりゃ知力度のステータスが高いトリシアなら楽勝だろう。


「私は今、慣用句を習ってますよ!」

「慣用句?」

「はい! 『グリフォンの羽根の先ほどの価値』とかです!」


 なんだそりゃ? どういう意味だよ。


「えーと……『どんな物にもそれ相応の価値がある』という意味でしたっけ?」


 アナベルが人差し指を顎に当てつつ遠くを見るような目で言う。


「俺も……会話程度は……覚えられた……信じられん……ことだ……が」

「レベルが上がって知力が上がったんだろ?」


 知力度が上がった影響で記憶力や推理力、発想力などが良くなると思う。俺も現実の頃より色々良くなってる気がするからねぇ。


 だが、知力が上がったといっても、それら全部が全部良くなるというわけではないと思う。

 人によるのだろうが、俺は理解力と記憶力が飛躍的に上がっている気がする。魔法の書なんかを読んでも、殆ど丸暗記できるし、センテンスも一度知ったら忘れない。魔法術式を分析するのも得意といえるだろな。


「そうかぁ。三人とも頑張ってるね!」


 西方語を全員話せるようになれば、今後も楽になるよ。それにしても一日二日程度で覚えるとはな……スゲェ。


「やはり気づいてないだろ?」

「ああ……」

「ですね」

「面白いもんじゃの」


 四人が顔を見合わせて含み笑いしている。


「ん? 何だ? 何の事だ?」

「私たちは今、全員西方語で話していたんだが、気がついてないだろ?」

「え? そうなの?」


 示し合わせて西方語だけで話していたのか。全く気づかなかったよ。俺には日本語にしか聞こえないので判断に困るなぁ。


「やはりケントの言語能力は我々とは別の何かなのかもしれないな」


 トリシアは俺だけが特別だと思っているらしいな。


「うーん。翻訳機能の所為だと思うんだけどなぁ」

「翻訳機能? 神の能力の一つですか!?」

「いや、プレイヤーが提供されてる機能の一つだよ。自動的に多言語を自分の使う言語に翻訳してくれるんだ」


 アナベルは、こういう能力をすぐ神の力とかにしたがる。神官プリーストの悪い癖だ。


「興味深い魔法だな」

「魔法とは違うだろ。一種のことわりの一部……とかなんじゃないかと思うよ。転生後に言葉が通じなかったら困るからじゃない?」

「やはり神の御業ってことですね!」


 転生させたものが神ならそうなんだろうよ。ただ、神すら転生の仕組みを知らないんだから神の御業じゃないと思うよ。


 もしかすると姿が見えないという創造神が何らかのシステムを作って転生者を呼び寄せている可能性もある。その場合なら創造神のサービスの一環として言語翻訳機能をプレイヤーの転生体に付随させているというのもあるかもしれない。


 ま、気にしたら負けだ。俺は考えても解らない事は気にしないたちなんだよ。



 本日の夕食は子牛のステーキに白パン、何かのハムで作ったサラダ、スープはジャガイモの冷製スープ。


 胡椒が効いてないので、胡椒ミルを出して振りかけたりして味を整えて食べた。料理人には失礼にあたると思うが、美味しくないんだから仕方ない。

 食べないという選択肢はもっと失礼なので、このようにして美味しく戴くしかないね。


 夜になり寛いでいると、アーサー・ゲーマルク副騎士団長が酒の瓶を紐で下げてやってきた。


「トリエン辺境伯殿、美味い酒が手に入ったのだ。一緒にどうだ?」

「ほう……それはそれは。是非ご馳走になりたいですねぇ」


 俺がそう言うとゲーマルクがニヤリと笑った。


「ヴォーリアが言ってた通りだな。相当飲める口と見た!」

「いや、それ程じゃ……」

「ふふふ。今日は三本持ってきたからな。飲み明かそう!」


 ゲーマルクは嬉しげに居間のソファに腰を下ろし、三本の酒瓶をテーブルに置いた。


 それぞれ一升瓶くらいの大きさがあるんだが……援軍が必要かもしれん。


「おい、ハリス。それとトリシアたちもどうだ?」

「西の酒か。今までワインとかだったが、それは違うのか?」


 ハリスが俺の横に来てソファに腰掛けた。トリシアもやってくる。


「私も飲むのですよ!」

「我もじゃ!」


 マリスもか。まあ、見た目子供だけど中身は最長老だからいいか。ドラゴンは酒が好きってのは日本でも有名な話だからなぁ。


「子供に飲ませる酒なんか無いぞ!」


 マリスが瓶に手を伸ばそうとしたのをゲーマルクがさらい腕に抱く。


「いや、マリスは見た目子供だけど、俺たちの中で一番年上なんですよ?」


 俺がそういうとゲーマルクがポカンと半口を開ける。


「マジで? 女は化けるって言うが……化け過ぎじゃないか?」

「ま、確かに化けておるがの! 酒は何でも好きじゃぞ。それは何かや?」


 俺は苦笑するしかない。中身がドラゴンだって知ったら失神するだろな。


「これは北の妖精族の酒、フェアリーテイルだ。そこらの安酒とはわけが違うぞ」


 ゲーマルクが得意そうになる。


「おお。あの酒かや? あれは中々美味いの! よく住処すみかに送られてきたものじゃ!」

「フェアリーテイルの味が解るとは! 中々、話の解るヤツのようだな」


 ゲーマルクとマリスが何かニヤリと笑い合ってます。


 というか、酒の味が解ると話が解る事になるのか?


「それじゃ俺も何本か出そうかな。帝国でデニッセルから貰った酒なんだけど」


 俺はインベントリ・バッグから二本の酒瓶を取り出してテーブルの一升瓶の横に並べて置く。


 それを見たゲーマルクが興味深そうに身を乗り出す。


「ガラスの瓶か。珍しいな……琥珀色の酒?」


 俺の出したのはデニッセルの田舎で作られているというバーボンだ。


「トウモロコシから作られる酒ですね。美味いですよ」

「これは是非頂かねば! 東方の酒なのだろう? トウモコロシってのが何なのか知らんが」


 トウモロコシって言えてねぇ。何を殺す気だよ。


「トウモロコシです。ブレンダ帝国という国の酒ですよ」


 フェアリーテイルという妖精酒には俺も興味がある。味次第では仕入れに行く必要が出てくるかもしれんしね。

 確かその北の森林のさらに先に世界樹があるんだったね。

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