第18章 ── 第21話

 その後、オーガス、ザッカル、そしてジョルジョを交えて、ウェスデルフのどこからトンネルを掘るかなどを話し合う。


 一応、ウェスデルフの王都の端から。西南西方向に掘って、迷宮都市レリオン近辺に繋がるようなトンネルにする事で最終決定となった。

 山脈の中腹はバジリスクが生息する地域なので、ルクセイド側の出口は山脈の麓の低い部分に出口を作るように指示する。


 ちなみに、この会議でデルフェリア山脈の中に鉱脈があることがジョルジョの話から解った。鉄だけでなく金や銀、銅などの貴金属鉱石、そしてアダマンタイト鉱脈もあるそうだ。これはマストールに聞かせたら飛んできそうな話だな。

 それと、どうやらルクセイドの地下には原油らしいものがある。ジョルジョから証言から得た印象だが、刺激臭のあるドロドロとしたものが溜まった巨大な地底湖があったらしいのだ。もし原油なら利用価値は相当に高い。トリエンにもあればいいのに。


 一通りウェスデルフでの用事が済んだので、エマをソフィアに会わせるべく転移門マジック・ゲートを使う。


「それじゃ、後はよろしく」

「仰せのままに」


 エマとゲートを潜る。繋げた先はキシリアン城の四階部分、ペガサス厩舎だ。


 ゲートから出ると、ペガサスが足踏みをする音が聞こえた。見ればペガサスがゲートの出現に驚いて不安げに身じろぎしていた。


「あ、ごめんごめん。俺だよ。覚えてるかな?」


 ペガサスはゲートから出てきた者が俺だと気づいたのか落ち着きを取り戻したように鼻を鳴らした。


「ペ、ペガサスだわ! 私、初めてみた!」


 エマはゲートから出て、ペガサスに目を奪われている。


「なんて綺麗な生き物なのかしら!」


 エマの心からの賛辞を聞いてペガサスが気高く顔を天井に振り上げた。


 うん。ドヤ顔だね。ペガサスもドヤ顔するんだな。ちょっと面白い。


「何の騒ぎだ?」


 そこへソフィアが階段から降りてきた。ドヤ顔のペガサスと俺たちを見てソフィアがニヤリと笑う。


「何だ、またお前さんか」

「お邪魔して申し訳ない」

「いいさ。で、今日は何の用事かね?」


 エマは降りてきたソフィアをマジマジと見ている。


「ああ、今日はシャーリーの姪を連れてきたんですよ。貴方の話をしたら会わせてほしいと言うもんで」


 俺がそこまで言うと、エマが俺を押しのけるようにして前に出た。


「エマ・マクスウェルと申します。我が叔母、シャーリー・エイジェルステットのお師匠様と伺いまして、いてもたってもおられず押しかけてきてしまいました。誠に申し訳ありません」


 ジロリとエマを見るソフィア。


 ソフィアの目が茶色から一瞬だけ青く変わったような気がしたが、気のせいだったかな?


「ふむ。面影がシャーリーに似ているね。それと……イルシス様に加護を貰ったね?」

「はい。叔母の加護が私にもたらされております」


 ソフィアは無言で頷く。


「こんな所では何だね。上がってお茶にでもしようか」

「はい! 喜んで!」


 俺が返事をする前にエマが返事をする。


 俺はとっととグリフォニアに戻りたいんだけどな……



「サーシャ殿の侍女たちもいなくなったので、お茶を淹れるのも自分でしなきゃならなくなった」


 城の五階の居間でティーポットからお茶をティーカップへ注ぎながらソフィアが言う。


「何か、申し訳ない」

「お前さんが気にすることじゃない。ちょっとした年寄りの愚痴さ」


 ニヤリと笑うソフィアがお茶請けの菓子を出してくれる。


「ま、あの侍女が居なくなっちまって、やることが増えたからね。考える暇もなくて良いことさね」


 やはりこんな所で一人で暮らすのは寂しいに違いない。


「それで、エマと言ったかね。私に会ってどうしたかったんだい?」

「是非、シャーリー叔母さまと同じようにご教授頂きたく思いまして!」


 ストレートだなぁ。


「魔法をかい?」

「はい!」

「別に教えるほどの事じゃないんだがねぇ」

「そこを何とか! 私は叔母さまのような魔法使いスペル・キャスターになりたいのです!」


 ソフィアは身を乗り出すエマの姿を懐かしそうに見ていた。


「本当に似ているねぇ。魔力の色や対流も似ている」

「魔力の色? 対流?」


 エマが目を輝かせる。


「私の目は特別でね。眼の前にいる者の魔力の質や色などが解るのさ」


 そういうソフィアの目の色は茶色ではなく青色に変わっていた。


「そんな能力があるんですね」


 俺がそういうとソフィアは俺に青い目を向けてきた。


「当然さね。これはドーンヴァースで私が生まれた時からの能力だよ。プレイヤーのレベルを見抜く能力だ。前回、お前さんに使うの忘れてたからね。ちょっと調べさせてもらうよ」

「あ、良いですよ。お好きに見て下さい」


 ジロジロと俺を見るソフィアは眉間にシワを寄せる。


「やっぱりお前さん、ただのプレイヤーじゃないねぇ……GMに近い……いや、まさか……」

「え? GM?」


 ソフィアは俺の言葉など無視して俺を凝視し続けた。


「いや……何でもない。お前さん、もうレベル八五にもなったのか。中々優秀だよ」

「さっきのGMとかいうのは?」

「何でもないよ。気にしないことさ。お前さんは、お前さんのしたいように生きていくのがいいだろう」


 ソフィアは何事もなかったようにお菓子をかじり、お茶を飲んでいる。


 気にするなと言われる方が気になるんですけど! 奥歯に物が挟まったような感じなんですけど!


 ソフィアが俺をみて何を感じ、何が解ったのかは解らない。だが「GMに近い」という言葉が漏れたわけだし、何かゲームマスター的な特徴が俺の身体にあるのか?

 『オールラウンダー』という規格外のスキルを持っているわけだし、GMっぽい構成なのかもしれない。


「で、ここには何時までいられるんだい?」

「えーと、俺はすぐにお暇しますよ。エマは……エマはどうするんだ?」

「私は工房の仕事に差し支えないように通わせて頂きたいのですけども」


 エマがちらりとソフィアの様子を窺う。


「私はまだ弟子にするなんていってないけどね」

「えー!?」


 エマが絶望にも似た悲鳴を上げる。


「ははは。今日からでも明日からでも好きな時に来ればいいさ」


 ソフィアが笑いながらエマの来訪を許した。その途端エマが嬉しそうに飛び上がった。


「はい! では今日からお願いします!」

「送り迎えはお前さんがやるのかい?」


 俺にそんな暇はありませんが。


「大丈夫です。私が一人で来ます!」

「エマには転移門マジック・ゲートの魔法を教えてありますからね。もう、一人でも行ったり来たりできるはずですよ」


 転移門マジック・ゲートは一度行った事のある場所ならどこにでも繋げられるからね。


「成功率は二割って所ですけど……」

「二割なのかい? その辺りから指導していく必要があるね?」

「お願いします!」


 すでにソフィアとエマは師弟関係が出来上がったっぽいな。良いことだ。

 ドーンヴァースのボスキャラだったのにソフィアって人が良いんだよなぁ。ドーンヴァースでもそうだったのかな?


 実際、サブ・シナリオにおける「ソフィア・バーネット」は、「近隣の村人たちから迫害を受けた若き魔女が大いなる魔力に目覚めて暴走した」という設定のキャラクターだったんだけど。

 どういう迫害を受けたのかまではシナリオには表現されてなかったんだよね。本人に聞くのも悪い気がするし、謎は謎のままにしておくとしよう。



「それじゃ、俺はルクセイドの王都に戻るよ。ソフィアさん、エマをよろしくお願いします」

「ああ、預かるよ」

「何かお礼をしたいところですが」

「いらないよ。もう貰ってるからね」


 何か渡したっけ? 記憶にないが。


「エマ、ソフィアさんに余り無茶なお願いするなよ? もしソフィアさんに何か頼まれたら出来るだけ協力してやること」

「い、言われなくても解ってるわよ! 早く行きなさいよ! 修行の邪魔だわ!」


 エマがプリプリと怒るので早々に退散することしよう。


 転移門マジック・ゲートを開いて入り口に入る寸前、ソフィアの声を耳が拾ってきた。


「ツンデレかい?」


 俺は一瞬でグリフォニアの迎賓館の自室に戻ってきた。ソフィアに聞かれたエマの返答は聞こえてこなかったので解らないが、エマが「ツンデレ」なんだろうか? というか、ティエルローゼにも「ツンデレ」って言葉があるのだろうか?

 そもそもエマが「ツンデレ」……? エマはいつも「ツン」しかしてませんが。「デレ」たエマを見てみたい気もしますけどね。


 既に昼を回っている時刻なので、俺はカツサンドを齧りつつ迎賓館を出た。


 マップによるとジョイス商会はグリフォニアの南地区にある。大きな倉庫などもある区画で商業区とも呼ばれている。グリフォニアで一番商人が多い地区らしい。


 歩いていくと一時間以上掛かりそうなのでスレイプニルを取り出して乗っていく。


 街の人々が驚いたような顔で俺の乗る騎乗ゴーレムを見ている。


 いつもの反応だねぇ。レリオンならどんな魔法道具もありえるのかもしれないけど、さすがにグリフォニアでは珍しいんだろうね。グリフォンを見慣れていても銀色の馬が珍しくないわけないもんな。


 ジョイス商会は南地区でも最も大きい商館を構えていた。他にも大きな商館はあるが、ジョイス商会の物ほどではなった。


 領王国一の商会というのは伊達じゃないねぇ。


 商館の前まで来ると、商館員らしき若者たちがスレイプニルを見て目を丸くしている。


「い、いらっしゃいませ……?」

「馬鹿! お前何いってるんだよ!」


 俺を客だと思った若い商館員が俺に挨拶をしてきたが、他の商館員がそれを諌めている。ま、格好はどうみても冒険者だし、客扱いされなくても仕方ない。こんな大きな商館に用事がある冒険者などいないだろうしな。


「ああ、どうも。レオナルド氏は居られます?」


 俺は構わずに声を掛けてきた商館員に尋ねる。


「え? あ、主人は今、執務室におりますが……」


 俺はスレイプニルから降りるとインベントリ・バッグに仕舞い込む。


 それを見た商館員たちが再び目を見開いた。俺は彼らに構わず商館に入ろうと入り口に向かうが、すぐに足を止めて振り返る。


「執務室って中に入れば解る所にあるの?」


 俺がそう言うと、少々呆けていた商館員の一人が慌てたように喋りだす。


「あ、いえ! ご案内致します!」

「よろしくね」

「はい! こちらでございます」


 若い商館員が一人先導をしてくれたので、ようやく俺は商館に入った。


 世の中、どんな人物が客になるか解らないんだから、見た目で判断しちゃダメだと思うよ。商人なら特にそうだと思うんだが……まあ、ジョイス商会ほどの大きい所だと、そういう気構えはないのかなぁ。よく解らんけど。

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