第18章 ── 第20話

「ウェスデルフの運営は、その後上手く行っている?」


 オーガスの支配者よろしく、俺は質問を投げかける。


「はっ。現在、軍の半数以上を解体し、傭兵団の編成を行っています。一部の傭兵団は既に他国へ派遣する目処が立っております」


 ほう。順調じゃないか。


「食糧事情の方は?」

「本国や関係各国より当面の食料は送られてきております。食糧生産支援として農夫の団体が来ています」


 そこも取り決め通り動いているか。


「何か問題は?」

「我が主が支配者となられてから、治安面は大分落ち着いてきております。以前のような力こそ正義という考えに固執する者はまだおりますが、表立った傷害、強姦、収奪などの犯罪事件は激減しております」

「まあ、人族でも起きている事柄だからなぁ。完全に無くすことは不可能だろう。それでも理想はそういうことのない社会だ。手は緩めるな」

「御意」


 俺はオーガスを立たせて一緒に王城の謁見の間へと向かう。エマもおっかなびっくり着いてくる。


 謁見の間に着くとオーガスに勧められたので玉座に座る。

 オーガスは玉座の前でひざまずいた。


 ふと見るとオーガスの息子、王子ザッカルが書類の束を抱えて謁見の間にやってきたのが見えた。


「父上! 例の件で相談……こ、これは!? クサナギ様!!!」


 ザッカルは玉座に座る俺の姿を認めて走り寄ってきてひざまずく。書類の束を抱えたままなのでぎこちない。


「楽にしてくれ」

「はっ!」


 俺の命令は絶対らしいので、彼らはひざまずいた姿勢から胡座あぐらをかくような感じになった。


 うん、そっちの方が気楽でいいよ。


「それで……今日来た理由なんだけどさ」

「何か不手際でもありましたでしょうか?」


 オーガスが少々不安げな顔になる。

 といってもミノタウロスの表情はイマイチ解らないが。雰囲気というやつだよ。


「実は、このウェスデルフの西にある山脈……なんだっけ? デルフェリア山脈か。この山をぶち抜いてトンネルを作りたいんだ」


 俺が提案したことを理解できないのか、オーガスが戸惑ったような顔になる。ザッカルは目を輝かせている。何か面白そうな政策が始まったと思っていそうだ。


「トンネルと申しますと……どこまで掘ればよろしいのでしょうか?」

「この山脈の向こうにも国があるのは解るね?」

「はい。人族の国があるという話は知っておりますが」

「うん。ルクセイド領王国というのがその国の名前だ。その国はオーファンラント王国との国交を開きたいと言ってきている」

「おお、我が主が西方に赴かれて半年も経っておりませんが、すでに懐柔されましたか!」


 オーガスは俺がやったことを誇らしげに感じたらしく、強面が歪むほどに笑っている。


「いや、別に武力を見せつけたりはしていないぞ?」

「クサナギ様、ご謙遜を」


 ザッカルも含み笑いの状態だ。


 うーむ。どうも彼らにとって俺は絶対的な力の象徴と捉えられているようだなぁ。


「それで、ルクセイドまでトンネルを掘りたいと思っているんだ。物資や人の行き来を可能にしたい。あの山を人に越えさせるのはちょっと無理だろ?」

「確かに。我が獣人族であってもおいそれと越える事は不可能でございます」


 毛皮を着た獣人族でさえ不可能に近いなら人間は基本無理だ。高レベルの俺たちですらヤバイと思ったくらいだからなぁ。ほんと、カイロを作って正解だったよ。


「承知致しました。早速、トンネルを作る準備に取り掛かると致しましょう。ザッカル、あの流れ者が使えるな?」

「ええ。あの者なら」

「え? 誰の事?」


 流れ者ということはウェスデルフの外の人間の事だろう。


「はい、一〇年ほど前にウェスデルフへと流れてきた西方の者がおります。この王城を設計したのもその者でございます」


 おー、この山肌をくり抜いて王城にしようとしたヤツの事なのか。なかなか斬新で面白い発想の持ち主だな。


「ちょっと会ってみたいな」

「はっ! ご随意に。近衛兵! ジョルジョ・セパナスを連れてまいれ!」


 オーガスが命令を発すると近くにいた近衛兵の一人が敬礼をして走っていった。


 しばらくすると、非常に小柄な獣人を近衛兵が連れてきた。


 ずんぐりしていて、目には真っ黒なサングラスをしている。ローブの袖からは鋭く黒光りする爪が見え隠れしていた。


「お呼びと伺いまして参上致しました」

「うむ、ジョルジョ。我が主が貴様に会いたいと仰せだ」

「主……? あぁ、新しい国王陛下でございますか。それは大変な名誉。伏して忠誠を」


 しかし、ジョルジョという妙な獣人は、全く人のいない空間に平伏している。


「おい、ジョルジョ。そちらではない。我が主はこちらに御わす」


 オーガスに言われてジョルジョが、長い鼻をヒクヒクさせている。


「こ、これは失礼を……何分、私めは殆ど見えぬので……嗅ぎ慣れていない芳香はこちらからですな」


 向き直った方はエマのいるところだ。

 さっきから、エマは黙って玉座より少し離れた場所にあるソファに座っていたのだが、変な獣人に頭を下げられて困惑している。


「何なのよ……主ってのは私の事じゃないわよ。あっちにいるでしょ」

「ふむ。こちらでもない……それでは、こちらですな」


 今度は俺の方に顔を向けた。


「そうよ。それがケントよ。色眼鏡を外せばいいじゃない。全く……そんなものをしてるから見えないのよ」


 先程、オーガスの侍従らしき獣人に出されたお茶を飲みながらエマが不満げに言う。


「いやはや、手厳しい。光の強い場所では色眼鏡を外すわけには参りませんので」


 ふむ。こいつは……なるほど掘る名人だな。


土竜もぐら人族だな。初めて見るが、そうだろう?」

「おお、新しき陛下は我が種族をご存知でございましたか! 大変な名誉でございます」


 鼻をこすりつけるようにジョルジョは平伏した。


「見るのは初めてだし、存在もしらなかったが……君に会ってそうだと気づいたんだ」

「我が種族は大抵の場合は地面の下におりますので。地上に出てくることは稀でございます」

「君以外の土竜もぐら人族もいるの?」

「いえ、ウェスデルフには私一人でございます」


 え? なんで?


「一人なの? 流れ者とオーガスが言ってたけど、他から来たの?」

「はい。ここより遥か西側の地よりウェスデルフへやってきた者でございます」

「西側? ルクセイドから来たのか?」

「ルクセイド? ああ、ここの西側の国でございますか。それよりも西側でございます」

「ルクセイドの西側? 蛮族の地だと聞いたが……」

「その通りでございます。西の国の更に向こうは、様々な部族が覇権を争う不安定な場所でございまして。ウェスデルフのような安定した国家ではございません」


 ジョルジョの話によると、様々な部族が群雄割拠している蛮族の地に彼の同族の土竜もぐら人族はいた。

 その土竜もぐら人族は、蛮族の一部族に奴隷として飼われていて非常に苦しい生活を強いられていたらしい。

 ジョルジョはその生活から逃げ出すため、ずっと東に穴を掘った。何十キロも一人で掘り抜いて蛮族の地から脱出したそうだ。

 追手が差し向けられるのを恐れて必死に掘り続け、気づいたらデルフェリア山脈を越えていたという。


「え!? 蛮族の地からずっと地下を掘り進んで来たのか!?」

「いえ、途中々々で地上には出ました。方向を確認しなければなりませんし、水や食料を得なければなりませんでしたから」


 そりゃそうか。一瞬焦ったよ。


「でも目が殆ど見えないのに食料とか手に入ったの?」

「その分、鼻が利きますので。地を這う虫やネズミなどを捕まえるのは得意でございます」

「なかなか苦労してきたようだね」

「我が種族ならいつもの事で御座います」


 土竜もぐら人族なら掘る事が得意なのは当たり前だね。よし、彼にトンネル計画の責任者になってもらおうか。


「よし! ジョルジョ・セパナス、君に頼みたい。ウェスデルフの西にある山脈を掘り抜き、ルクセイド領王国までの道を作ってくれ。商人や旅人が行き来しやすいように地底の街道を作るんだ」


 俺の言葉にジョルジョは空を見つめるような感じで一瞬固まる。


「人族が通れるほどに? 大事業でございますが、新しい陛下の命令とあれば喜んで」

「オーガス、ジョルジョが必要という物は用意してやってくれ。人であれ食料であれ何でもだ。費用は金貨一〇万枚くらいあればいいかな?」


 俺はルクセイドの金貨で一〇万枚ほどをインベントリ・バッグから取り出す。


「こ、この金貨は随分大きいですね!?」


 ザッカルがルクセイド金貨を見て目を輝かせる。


「ああ、ルクセイドがある西方の貨幣は東方よりも一回り大きいんだ。こっちの金額で二枚分くらいの価値があるぞ」

「同じ金貨一枚で二倍の価値なら、美味しい商売になりますな!」

「いや、重さでちゃんと換金しないとダメだろ」


 それじゃまるで江戸時代にアメリカが江戸幕府に仕掛けた通貨詐欺みたいな話になりそうで嫌だぞ。


「そのうち為替換金所の設置をするべきかな」

「為替とは……」


 うーん。為替とか言われてもわからんか。

 ルクセイドでは手形みたいので支払いをするシステムがあったけど、あれが為替の元だよね。


 日本は江戸時代から切手とかいう為替手形システムがあったんだが。為替の語源はこれだよ。

 こういう為替という証書を金銭の変わりとして送ったり受け取ったりするのは物騒な世の中では非常に便利なんだよね。大量の金貨を運んでいて根こそぎ持っていかれたら大事だからな。


「まあ、為替ってのは他の国の通貨と自分の国の通貨を交換する時に使われる言葉だ」


 本来の為替の意味とは違うが、便宜上外国為替などという言葉が充てられたんだな。


「通貨同士で重さが違えば、価値も変わるだろ? それを換金して正常な価値でやり取りしなかったら、公正な取引はできない。そういった場所を作ってやらなかったら良い商売はできない。俺はそう思うよ。換金の際に手数料を取れば問題ないだろう」


 オーガスは理解不能という感じだが、ザッカルは理解できたようだ。


「ご意見ごもっとも」

「んで、この金貨はルクセイド領王国で流通しているものだ。一〇万枚あるから、こっちでは二〇万枚分くらいの価値だと思う。正確に計量してこっちでどのくらいの価値があるのか調べてくれ。それで、この金貨をジョルジョのやるトンネル事業に充てること」

「賜りました」


 オーガスが金貨の入った袋を受け取った。


「ところでトンネルが出来て、商人などが行き来するようになりますと税金などを取れましょうか?」


 ザッカルは経済方面に強いので、早速その手の事が気になるようだね。


「そりゃ取れるさ。この国の法律で定められた税金は取り立てて問題ない。通行税、物品税なんかだろ?」

「はい。クサナギ様が我が国の主になられてから、オーファンラント王国の法律に準ずるものを制定致しました」


 え? そうだったの? じゃ、今まではどうしてたんだろ?

 あ、そういや、国庫に三〇万枚しか金貨なかったんだっけ? 今まではドンブリ勘定で国家運営していた可能性があるな。

 何とも恐ろしい事だ……そりゃ経済観念があるザッカルが反発したわけだよ。


 チラリとエマを見たら、エマが処置なしといった仕草で俺に視線を向けてきたよ。財務関連はザッカルに任せておいた方がよさそうだ。オーガスは財務に関して大らか過ぎるね。

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