第18章 ── 第19話

 深夜近く、ハリスに断ってからペールゼン王国へと転移門マジック・ゲートを繋げる。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」

「戻るのは……いつだ?」

「そうだな。明日の昼頃には戻れるだろう」


 ハリスは頷いた。


「分身……連れてくか?」

「いや、大丈夫だろ?」


 俺が断ると、出掛かった分身が引っ込んだ。


 分身って面白れぇなぁ……出し入れ自由すぎるだろ。


 門をくぐり、ペールゼン王国の王城のど真ん前に転移した。


 相変わらずこの王城は幽霊屋敷にしか見えねぇな。


 館を見上げていると、ボコボコと地面からスケルトンの顔が出てきたが、俺の姿をジッっと見ただけで土の中に戻っていってしまった。

 その後、すぐに入り口のドアが開き、知った顔が覗いた。


「いらっしゃいませ。ケント・クサナギ辺境伯殿」

「やあ、ペルージア女爵。元気そうで何より」

「それで……ハリスさまは?」

「ああ、ハリスは留守番だよ」


 ペルージアが傍目でも解るほどにガッカリした表情を浮かべる。


「そ、そうですか……ペールゼン国王陛下がお待ちになっています」

「うん。ありがとう」


 ペルージアに連れられ、謁見の間に行く。


 途中、ローハン伯爵とすれ違った。首を小脇に抱えながらも廊下の脇に巨体を寄せて敬礼で見送ってくれた。


 相変わらず威風堂々とホラー風味を振りまいているね。あの恐怖のオーラを振りまかなけりゃカッコいいで通りそうなもんだがなぁ。首の切り口とかが俺は苦手です。頭を下げられるとモロ見えですもんな。


 謁見の間に入ると玉座が前のと違っていた。前のは一人用だったんだが、今のは横に少し長くなっている。短めのベンチくらいか?


 その横長玉座にセイファードどサーシャが座ってイチャイチャしていた。


「ペルージア。最近、毎日アレなの?」

「ええ……目のやり場に困ります……」


 さすがのペルージアも少々頬をピンク色に染めおり、眉尻を下げつつも目を反らした。


「やあ! 遅かったな!」


 俺たちが入ってきたのに気づいたセイファードが首にサーシャをぶら下げつつ玉座から立ち上がる。


「そうか? セイファードは夜型だから深夜に来たんだけど。通信はいつもこの時間だったじゃん」

「そうだったっけ? 例の物は用意しておいたよ」


「セイちゃん! こっち向かないとダメなの!」

「ああ、姫。申し訳ない。友人が参ったので……」

「姫じゃないの! もう、何度言ったら解るの? サーシャよ」

「はい。サーシャ……さま」


 そう言いつつ。セイファードはサーシャをお姫様抱っこした。


 ごちそうさまです。それにしても尻に敷かれておりますなぁ。


 お姫様抱っこにご満悦のサーシャがこちらに顔を向け、ようやく俺の存在に気づいた。


「あら? お久しぶりですね。ごきげんよう」

「はい。サーシャ女王陛下に置かれましても、ご機嫌麗しく存じ上げます」

「クサナギ……と申しましたか。セイちゃんと再会させてくれたこと、心より御礼申し上げますよ」


 あー、うん。何度目だっけ? 以前、ソフィアの所からここに送る前にも何度か言われたセリフな気がするが。

 それと、お姫様抱っこで威厳ありそうな言い回ししても、全く威厳ありませんよ?


 セイファードが謁見の間の隅に置かれたチェストに歩み寄る。


「これの中に入れてある」

「おー、助かる」


 俺もチェストに近づき蓋を開ける。

 黒光りする大小の石がゴロゴロとしている。


「これが闇石ダーク・ストーンか。実物は初めて見るな」

「こいつに魔力を注ぎながら特定の呪文を唱えることでアンデッドを量産できるんだ。死霊術師ネクロマンサーなら絶対手に入れたいと思う代物だそうだな」

「文献で読む限り、そうらしいな」

「だから管理はくれぐれも注意してくれよ?」


 セイファードが念押しで言う。


「当然だ。ゾンビやら何やらに街の中を闊歩されたくないしな」

「苦手なんだっけ?」

「苦手っつーか、気持ち悪いじゃん!」

「確かに。この姿になってからは全く思わないけどさ」


 君、すでに骸骨だもんねぇ。


「以前、欠片を貰った時に色々試して気づいたんだけど、魔法回路に組み込むと黒から灰色に変色して反重力効果を生み出すんだよ。その変化過程で闇石ダーク・ストーンの特性は失うようだね」

「もうそこまで研究が進んだの? やっぱりケントは凄いね」

「それほどでも……」

「いや、凄いよ。この前、トリエンの商人に納品してもらった魔法道具なんだけどさ。あれは凄い。水もお湯も使いたい放題だよ。住民も凄い喜んでいると報告を受けてるよ」


 その言葉に俺の横にいたペルージアも無言で首を縦に振り同意の意を示している。


「魔法の蛇口か。ウチのベストセラー商品だな」

「日本の給湯システムを思い出したし」

「ああ、解る。俺もそうだった」



 その後、魔法談義やこの世界で見てきた様々な事柄を冗談交じりにセイファードと話し合った。


 やはり一般的な物理現象は現実世界と大差はないね。


 そこに神々と魔法の存在が世界に劇的な変化をもたらしているというのが、セイファードと俺の中で見解の一致を見る。


 アースラを交えて三人で話せれば、もっと世界の真理に近づける気がするが、あいつは既に神という存在になって久しいので何とも言えない所がある。

 人間に肩入れしすぎると神界でも問題になるしな。



 朝になって直接、魔法工房に戻る。


 やっぱりペールゼンで朝を迎えてしまいましたな。所々でサーシャが会話に乱入してきたのでちょっと面白かったけど。


 生産ラインを見に行くと、ラインがキッチリ仕事をこなして目的の数以上のカイロと圧縮炭ボードを作り上げていた。


「よしよし」


 俺はカイロの一つを手に取り、圧縮炭の欠片に火を点けて中に入れる。

 カイロは直ぐに温かくなった。


「うん、いい出来だ」


 ついでに取扱説明書を紙に書いておく。

 使い方だけでなく、扱う上での注意事項などもしっかり記入しておこう。そのまま使っていると低温やけどの恐れもあるから、布でくるんだり、袋に入れて使うようにね。



 取説を書き終えて、全てをインベントリ・バッグに収めておく。

 そうこうしていると、エマが工房にやってきた。眠そうな目をこすっている所を見ると、また夜更かしして魔法の書でも読んでたんだろうか。


「おはよー」

「ああ、おはよう」

「終わったの?」

「終わったよ。これから発つつもりだ」


 エマの眠気が吹っ飛んだようだ。


「もう!? 私、まだ準備できてないんですけど!」

「準備って何だ?」


 エマが顔を真っ赤にする。


「叔母さまの師匠の方の所に連れて行ってくれるんでしょ!?」

「あー、そうだったっけ……」

「いい!? ちょっと待ってなさいよ!」


 エマがバタバタと工房の奥に入っていった。騒がしいやつだ。


 しばらく待っていると。以前とは違って比較的軽装で戻ってきた。魔法の杖やローブは女の子らしい可愛い飾りや模様が付いていた。


「お洒落じゃん」

「当然よ。叔母さまの師匠の方に会いにいくんですもの」

「彼女の名前はソフィア・バーネットという。西側の国では高名な魔術師ウィザードだ。天馬の守護者とも呼ばれているようだね」


 エマが期待に胸を膨らませ、鼻息が荒くなりつつある。


 エマの目のキラキラが限界突破しそうだし、そろそろ行くとするか。


「んじゃ、行こうか。まずウェスデルフに寄る」

「獣人の国なんですっけ?」

「そう。王はミノタウロスだぞ?」


 エマの顔が少し怯んだものになる。


 そりゃ当然だろうなぁ。普通の人間にとってミノタウロスってのは怪物の代表格みたいな存在だし、多少レベルが上がったといえど、エマにはモンスターとの対峙経験は皆無だろうからね。


「心配するな。俺に絶対服従みたいだからね」

「獣人の国には何の用で行くの?」

「西側への街道づくりを依頼するつもりだよ」



 俺は話しつつも転移門マジック・ゲートを作り出す。


「この魔法、ちょっと魔力使いすぎよね。どうにか出来ないかしら?」


 転移門マジック・ゲートの魔法は既にエマに教えてあるのだが、エマにはまだ荷が重いらしく、五回に一回程度しか成功しないんだそうだ。

 膨大な魔力を消費するくせに失敗したら何も起こらないので、エマには少々不評だった。


「ま、そのうちな」


 俺はエマを連れて転移門を抜ける。


 門から出た先はウェスデルフの王城の前。いつもの様に獣人の近衛兵が仰々しい敬礼で出迎えてくれた。


「ご苦労。オーガスはいるな?」

「はっ! 只今、こちらに向かっております!」


 別に来なくてもこちらから行くのに。相変わらず律儀だよな獣人族は。


 ドドドドドと猛烈な足音が近づいてくる。


 初めての土地で珍しそうに周囲を見回していたエマが、音に気がついて俺の背中にしがみついた。


「な、何の音なの?」

「ああ、これは……ほら、来たよ」


 岩を掘り抜ぬいて作られた王城のポッカリと開いた入り口の奥から、筋骨隆々の黒光りする巨体が押し寄せてきた。


「ひっ!?」


 ギラギラと赤い目に左右に大きなツノが生えている。もうツノ生えたのかよ。


「我が主よ!」

「相変わらず元気そうだな、オーガス」


 ジャンピング土下座よろしく、五体投地ごたいとうちにシフトチェンジする騒がしいミノタウロスに俺は声を掛ける。


「こ、これがミノタウロス……」


 俺の腰あたりにしがみついているエマが、恐る恐るといった感じで覗き込んでいる。


 オーガスが顔を上げ、エマに赤い獰猛な目を向けた。慌ててエマは引っ込む。


「して、本日お供にしておいでの、そちらの人物は……」

「ああ、紹介しておこう。エマ・マクスウェル女爵だ。俺の領地トリエンで主席魔法担当官をしている」

「おお、お初にお目にかかる、エマ女爵殿。私はオーガス・ガリスタ。我が主によりウェスデルフ王国の国王を拝命しております」


 オーガスにとって俺に直接雇われているエマを同格かそれ以上の権威と見ているようだ。

 重要度で言ったら俺にとってエマの方が上なのは正直事実だし。

 一応、エマにとってもオーガスとの顔見せはしておいて損はないだろう。エマが単身、ウェスデルフに来ることが無いとも言えないからな。

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