第18章 ── 第18話

 木炭大量生産のため、エマに術式を書き留めた紙を渡す。


「この術式が次元短縮炉ディメンジョン・ショートニング・フーナンスね。これを掛けた後に火炎嵐ファイア・ストームを打ち込むんだよ」


 そして手順を教える。


「ああ、ケント。このままだと私には無理よ」

「え?」

「ちょっとレベルが高すぎるわ。やったら炉の強度に問題が出るかも」

「ふむ。空間属性術式に問題があるのかな?」


 エマには無理な部分の洗い出しをする。


「それと時間属性術式もね。炉の空間強度と中の短縮速度をもっと遅くしないと私の魔法レベルが追いつかない」

「行使するレベルを上げたら?」

「そうじゃなくて、私のスキル・レベルが足りないの。この『炉』の魔法は必要な各属性魔法のレベルが最低でも八は必要ね」

「消費MP増やすだけで使えるだろ?」


 エマが深い溜め息を吐く。


「それができれば苦労しないのよ」

「え? 俺はできるけど?」

「は? ますます規格外じゃない。貴方、本当に人間なの?」

「はい、人間ですが?」


 エマは少し考え込む。


「この術式、もう少し小さくできないかしら?」

「これ以上、コンパクトにすると汎用性がなくなるような気がするが」

「コンパクト? 小さい……密集……かしら……そうよ。今は汎用性は要らないでしょ? さっきのようにするだけなんでしょ?」

「まあ、そうだね……」


 俺は少々魔法術式をいじくり回す。


 うーむ。まず全体的にレベルを下げるか。複合属性魔法だと単純に呪文のレベルを上げればいいわけじゃなく、術式をある程度改変しなかればならないんだよね。単属性だとレベル上げるだけで済むだけどな。


 八レベルを五レベルまで落とす。


 これだと空間障壁強度が大分弱くなるな。熱が漏れ出しそうだな。ここに熱を逃がす風属性術式を足す。風を循環させてカーテンとすることで熱の漏洩を最小限にするわけだ。これは三レベル程度の追加術式でいいし、負担は少なくなる。


 時間短縮部分は六レベルだが、確かにエマには荷が重いか。エマが言うには彼女の時間属性魔法のスキル・レベルは四に到達したばかりらしい。時間属性魔法スキルではフィルの方が一日いちじつの長があるね。


 時間短縮部分を四レベルに落とすと炭焼きの時間が三倍ほど掛かる事になるが、これは仕方ない事なので目をつむる事にしよう。


「よし、コレでどうだ?」

「相変わらずの早業ね」


 エマが俺の書き直した術式をチェックする。


「これなら……私でも使えそう。にしても、よくこんな短時間でこれほど美しい術式を思いつくわね」

「思いつく? センテンスは決まってるんだから、それを組み合わせるだけだろが」

「また、そういう無茶を言う」


 呪文の改良には数ヶ月も掛かるとか、新規魔法の開発には数年も掛かることもあるとか……相変わらず俺には理解不能だが、この世界の魔法使いスペル・キャスターには相当難しい作業なんだと。その場の思いつきで、どうこうできるレベルではないのは確からしい。


「ま、この術式でやってみるわね。ちゃんと監督しててよ」

「解ってるよ」


 その後、新しい材木を運ばせてエマに魔法の行使をさせる。


 やはり呪文レベルが大幅に下がっているせいで小規模な分量しか作れないが、一応、俺の時と同じくらいの品質の木炭が作れた。一度に作れる量が少ないし、時間も掛かる。


「ふう……どうかしら?」

「まあまあだね。この調子で続けてくれる?」

「いいわよ。どのくらい作るの?」

「一トンくらいだな」

「やっとくわ」


 俺は後をエマに任せ、自分の作った木炭で作業場で圧縮用の器具を作る。木枠に金属製の歯車やネジ型の支柱を使って簡易型のプレス機をでっち上げた。


 まずは圧縮炭の現物を作るわけだ。これを端末でデータベースに登録すれば、木炭を原材料に生産ラインを動かせる。魔法も使わない製品なので大量生産も簡単にできる。


 出来上がったプレス機で材木の圧縮を行うが、これが結構骨が折れた。前に作ったのはただの木炭だったから楽だったが、備長炭みたいな高硬度の炭を圧縮するんだからね。


 普通の力では不可能だが、俺の人間離れした高レベル筋力度によって無理やり圧縮していく。

 ギリギリと弾け飛びそうな音を立て、簡易プレス機が木炭を一メートル×五〇センチほどのブロック状の圧縮炭を作り出した。


「よし、これを薄く切ってと」


 俺は剣を抜いて薄く切り分ける。精密機械に匹敵するほどの正確さで同じ厚さの圧縮炭ボードが作られていく。高い器用度の為せる技ですな。

 このボードにノミで溝を掘っていく。軽く力を入れると一回分の燃料ブロックを取り分けられるようにね。


「こんなもんかな?」


 サンプル品ができたので端末でデータベースに登録する。


 材料を生産ラインに入れて試しに作らせてみる。次々と燃料ブロックボードが量産される。


「おお、上手く出来たな!」


 目を別の生産ラインに移せば、そちらではカイロの増産が進んでいる。


 よし、これで依頼達成の目処が立ったな。明日の夜には全て出来上がっているはずだ。



 さてと作業が一段落ついたので別の仕事をしておこう。


 俺はフンボルトに通信を入れる。


「宰相閣下、ケントです」

『クサナギ辺境伯!? 相変わらず突然ですな?』

「えーと、今よろしいですか?」

『ああ、大丈夫。今は執務室で一人なので』

「実は、西方にあるルクセイド領王国という国がオーファンラントとの正式な国交を求めているんですが」


 俺はフンボルトに国交を結んで通商条約を結びたいと言われた事をなども含め、ルクセイド領王国の詳細を説明する。


『ふむ。その迷宮都市というのは面白そうな物件ですな』

「そうですね。ウチの国にもあればと思えるような代物でしたよ」

『陛下にもお聞きしなければいけないが、私としては条約の締結は国益にもなると判断するが』


 宰相のフンボルトの反応は悪くない。


「でしたら、条約締結に向けて話を進めますが」

『そうしてくれるかね?』

「了解です。ルクセイドからオーファンラントに使者を送るように言っておきましょう」

『ふむ、使者が来るのはいつ頃になりそうかね?』


 俺は旅の行程を考える。山越えは不可能だとすると、山脈の北側を通ってくることになるだろう。


「一~二ヶ月程度ではないかと」

『了解した。それまでに使者の受け入れ体制を整えておくとする。陛下からの裁可が降り次第、この腕輪で連絡を入れよう』

「よろしくお願いします」


 条約の話もこれで進められるな。ケストレルが喜ぶだろう。


 続いて、セイファードに連絡をする。


「もしもし、セイファード?」

『お、こんな昼早くにケントか! 久しぶりだな!』


 昼夜逆転のセイファードにはちょっと早かったかな。


「ああ、久しぶり。元気でやってる? ゴメン、アンデッドに元気もないか。最近、全然通信が来ないじゃないか」

『ああ……ゴメン。ちょっと色々忙しくて……』


 忙しいって……イチャイチャにか?


 しばらく近況などをセイファードから聞く。あれからセイファードは王女と仲良くやっているらしい。一応、婚礼を上げたそうで、王女は正式にペールゼン王国のサーシャ王妃になったわけだ。


「まあ、それはおめでとう。それはそうと、前に話してた闇石ダーク・ストーンなんだけど」

『ああ、アレ? 今、二〇キロ分くらい溜まったよ。約束の一〇〇キロにはまだまだだなぁ』

「取り敢えず、それを受け取れないかな?」

『いいけど、何に使うの?』

「空飛ぶ車を作ってみようと思ってね」

『空飛ぶ!? マジかよ! 反重力自動車ってことかよ! SF!? SFをこの世界に持ち込むつもりなんだな!?』


 久々に話したセイファードは大興奮だ。


『くそう。俺も見てみたい! いや、乗りたい!』

「まあ、そのうちな。まずはウチの国王陛下に作ってやらないとなぁ。第一号車を他国に納品しては国王の権威に傷がつくし」

『あー。そういうのあるよねー。俺の城にも初物とか大量に届くよ。ナマモノはアンデッドじゃない家臣に分け与えちゃうけどね』


 そのうち自分用のを作ってセイファードを乗せてやるかね。


「んじゃ、今日の夜にそちらに顔を出させてもらうよ」

『ああ、待ってる。歓待するぜ?』

「いや、それほど暇でもないんで、すぐおいとまするよ」

『そいつは残念だなぁ。ま、いいや。待ってるからな!』


 セイファードとの通信を終えて、炭焼きの様子を見に行く。


 エマが作業をしている実験室は結構な熱さになっていた。ちょっと魔法に欠陥があったかな?


「大丈夫か?」

「へっちゃらよ。どう? 結構作ったわよ?」


 部屋の隅を指さしてエマは得意そうな顔だが、玉のような汗を掻いていた。


「お。結構できたね」


 まだ一時間しか経っていないけど、かなり出来た方だろう。俺の作ったヤツの五分の一程度だけどね。


「よし、ここからは俺がやろう」

「そう? じゃあ、後はよろしく。私は魔法の書を読まなきゃ」

「今は何を覚えてるんだ?」

「今は道具に魔力を定着させる魔法の術式集よ?」


 へぇ。やはりシャーリーと同じ魔法道具製作者を目指すのかな?


「ケントがいないときに制作依頼が来たら困るのよ。出来ませんじゃかっこ悪いじゃない? 私一人でも魔法道具の設計と製造ができるようにならなくちゃ」


 そうだねぇ。そうなると俺は楽でいいなぁ。


「なるほどね。エマは頼もしいな。これからもよろしく頼むよ」


 俺がそう言うとエマは顔を少し赤くする。


「わかってるわよ。工房の責任者としてやることはやるわ!」


 エマは何故か怒ったような顔をして実験室から出ていった。


 なんで怒ってるんだ? 解らんヤツだな。


 俺は少し不思議に思ったが炭焼き作業を続ける。



 夜まで作業を続けると必要重量分の木炭は完成した。あとは生産ラインに任せれば全部完了だ。


 さて、一度、ルクセイドに戻るか。


 ゲートを開いて迎賓館のあてがわれている部屋に繋げ、門の入り口に飛び込む。部屋ではハリスが待っていた。


「遅かったな……」

「ああ」


 ハリスは驚きもせずに言う。

 一応、トリエンでやってきた事をハリスにも話しておく。


「ふむ……あの温かい……ヤツか……」

「明日の朝には出来上がっているだろうね」


 他の仲間は今、迎賓館の浴場に行っているらしい。

 この街には入浴の文化があった。面白いことに大衆浴場などというものもあるらしい。レリオンには無かったのでちょっとビックリ。


 もっとも、迎賓館の浴場といってもお湯は出ない。基本水風呂しかないんだ。水浴びだとしても進歩的な気がするのは珍しい国家の体制のせいかもしれないね。


 女たちが出たら俺も風呂に行くかなぁ。炭の粉が体中に付着してるからね。館で入ってきても良かったんだけど、ちょっと遅くなっちゃったし。

 風呂の無い時は布を水で濡らして身体を拭くくらいしかできないから、風呂がある場合は積極的に入浴しておきたいよね。

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